小説探偵

夕凪ヨウ

文字の大きさ
上 下
196 / 234

Case191.迫り来る脅威②

しおりを挟む
「さて・・と。こっちは逃亡劇を続けるとするか。」
「そうだね。あ、来たよ。」

 車を発進させると、すかさずテロリストたちが追いかけて来た。玲央はGPSアプリでアサヒの位置を確認しながら龍に距離を伝えている。

「もう少し離れた方がいいな。」
「うん。近づかれたらバレるよ。」

 龍は大通りに飛び出し、渋滞に滑り込んだ。テロリストたちの車は遠ざかり、脇道へ戻ったのが確認できた。

「当然そう来るよな。」
「だったら意表をつこうか。」

 龍は頷いて車線を変更し、Uターンして警視庁へ向かった。テロリストたちはここぞとばかりにスピードを上げる。

「父さんと連絡繋がったよ。これなら行ける。」
「じゃあ、“作戦通り”に行けそうだな。」
「それまで捕まらなければ・・ね。」
                    
         ※

「着いたわ。ここが目的地。」
「え?ここって・・・」
「ほら早く。見つかったら厄介なのよ。」

 海里は呆然と目の前の光景を見つめていた。アサヒがバイクを止めたのは、以前小夜が暮らしていた天宮家の別邸だったのだ。アサヒは構わず中に入り、家へ向かう。

「どういうことなんですか?なぜここに・・・・。」
「所有者の許可は得てるわ。」

 そう言うと、アサヒは突然屈んで茂みを掻き分けた。すると、そこには地下へ通じる入り口があったのだ。海里は言葉を失う。

「さっ、入るわよ。」

 中は縄梯子が垂らされており、海里は梯子を降りた。アサヒは面倒だと思ったのか扉を閉めた後、勢いよく飛び降りて着地した。

「着いたのね。江本さん。」
「小夜さん・・・!」
「こっちに。見つからない場所に案内するわ。アサヒさんはどうされます?」
「警視庁に戻るわ。捜査一課時代のおふざけはこの程度にしておかないと。」
「そうですか。お気をつけて。」

 アサヒは笑い、闇の中に消えた。小夜は海里を手招きし、通路を歩いて行く。

「こんな場所があったなんて・・・。非常通路ですか?」
「ええ。使ったことはなかったし、この家自体を取り戻す気はなかったのだけれど・・・事情が変わったのよ。」
「事情?」

 小夜は頷き、歩きながら説明を続けた。

「以前、西園寺茂たちが襲撃したときに私に“鍵”を渡せと言ったことは覚えてる?」
「はい。何か分かりませんでしたけど。」
「その鍵はね、ネックレスと私自身なの。でも彼らは1つだけだと思っているから、どの道ここにはたどり着けない。」
「ここ、って・・・。」

 小夜が足を止めた。不思議に思って前を見ると、金庫らしき巨大な扉が立っている。

「この中なら安全よ。隠れましょうか。」
「それは分かりますけど、この金庫の中って・・・。」

 海里が言い淀むと、小夜はにっこりと笑って答えた。

「もちろん、お金。」

 小夜は扉にある電子機器をいじり、小さな画面に宝石の側面を押し当て、鍵を開けた。するとゴトン、と音がし、ゆっくりと扉が開いて行く。そこには、信じられない量の札束が保管されていた。

「ここは鍵の所有者しか開けない。壊すことも不可能。地下だからと言って酷い環境じゃないし、隠れ家には絶好の場所なのよ。」
「・・・・天宮家には、こんな莫大な財産があったんですね。鍵を持っているということは、正式に小夜さんが相続していると?」
「そういうこと。さあ、少し休みましょう?私も走って来て疲れたのよ。」

 2人は壁にもたれかかって座った。海里も緊張が解けると同時に疲労がのしかかり、溜息をつく。2人はしばし沈黙していた。
 するとしばらくして、小夜がポツリと呟いた。

「テロにはお金がいるのね。西園寺茂は、ここにある全財産を欲しがっているわ。」
「これ全部ですか。しかし妙な話ですね。西園寺茂だって、相当お金はあるでしょうに。」
「お金はあるに越したことないのよ。ただあり過ぎれば、人が人でなくなるだけ。人がお金を欲するのは、幸せになれると信じているからだけど、それは個人の幸せで、他人との幸せじゃない。だから裕福な人は孤独になるの。」
「・・・小夜さんは孤独じゃありませんよ。大切に想ってくださる方がいらっしゃいます。」

 玲央のことを言っているのだと、小夜も分かった。彼女は苦い笑みを浮かべる。

「その想いに甘えることはできないわ。誰かに頼れば頼るほど、失っていくだけよ。そうならないためには、距離を置くしかない。」

 海里が何か言おうとした時、扉を叩く音がした。2人は息を呑む。小夜がそっと立ち上がり、扉の外を見れるカメラを覗き込んだ。

「アサヒさんだわ。」

 海里も近づいて見て、アサヒだと確認した。小夜はゆっくりと扉を解除する。

「お疲れ様。下っ端だけだけど、大方逮捕できた。戻りましょう。警視庁で事情聴取もあると思うから。」
「分かりました。東堂さんと玲央さんはご無事ですか?」
「五体満足で生きてるわ。テロリストの追尾を振り切って、井上課長が指揮を取って出した伊吹たちの応援と合流したの。それで一気に逮捕して・・・って感じ。」
「それはすごいですね。怪我人などは?」
「警視庁で数名怪我人が出たけど、命に関わることはないわ。2人も怪我とかしてない?」

 2人は頷いた。外に出ると義則が車を止めており、海里たちは彼の車で警視庁へ向かった。

「ああ、お帰り。2人とも。」

 玲央は笑ってそう言ったが、どこか笑顔がぎこちなかった。海里は首を傾げる。
 ふと奥にいる龍を見たが、彼も同じような表情をしていた。

「お2人ともどうしたんですか?」
「・・・さっき、西園寺茂のことを調べるために天宮和豊に会いに行っていた。」

 小夜の顔色が変わった。龍は続ける。

「その際、嘘か本当か分からないが、奴は俺にこう言った。“根岸以外の裏切り者がいる。ただし警察官ではない。”、と。」

 その言葉に海里は固まった。信じられないという顔で龍を見る。

「・・・・東堂さん・・私たちを、疑っているんですか?」
「現時点でテロリストのことを知っている人間がお前たちくらいだと言いたいだけだ。」
「それを疑っていると言うんじゃないんですか?」

 海里が2人と出会って以来、流れたことのない不穏な空気が漂った、その時だった。突如、玲央が拳銃を取り出し、海里と小夜の前に立って2人の背後にあるビルに向かって発砲した。同時に、地面に弾丸がめり込む。

「外した!龍!」

 龍もすぐに2人の前に立った。2人が同時に銃を構え、引き金を引こうとした時、鮮血が宙を鮮やかに染めた。

 誰もが、何が起こったのか理解できなかった。銃声は、彼らの背後から聞こえたのだ。そして、わずかな間があった後、龍が枯れるような声でその名を呼んだ。

「江本・・・お前・・・・」

 龍に言われて初めて、海里は、自分の腹部から出血していることに気がついた。白い肌が真っ赤に染まり、全身の力が抜けて行くのが分かる。

 海里の上半身が、ぐらりと背後に傾いた。

 全員に名前を呼ばれながら、海里は意識を失った。
しおりを挟む

処理中です...