小説探偵

夕凪ヨウ

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Case225.訪問者

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「当時、あの男は警察官だった。警察庁刑事局捜査一課の新人刑事として働いていたと・・・そう聞いている。」
「聞いている・・・?」
「190を超える巨大に、整った悪人面。あの男の名前すら、私は知らない。さっきの発言で、ようやく認識したんだよ。お前の母親を・・私の妻を殺したのが、あの男だと。」

 龍と玲央は何も言えなかった。アサヒの口から母親のことが語られなかったのは、不仲だからではない。彼女自身が、記憶していなかったからなのだと分かった。

「偶然か必然か・・・あの男は東堂信武の部下だった。昔も今も変わらず・・ということさ。笑えない冗談だ。」

 茂は嘲笑した。その笑いが、アサヒでもあの男でもなく、自分に対する嘲笑だと、龍たちは理解した。

「これ以上話すことは何もない。後は自分でどうにかしろ。」

 吐き捨てるようにそう言うと、茂はゆっくりとアサヒの腕を解いた。踵を返し、克幸と共に歩き始める。

「西園寺茂!」

 肩越しに振り返り、玲央が投げた布を茂は受け取った。

「早く止血した方がいい。失明以前に失血で気を失うよ。」
「お前から受け取るとは不快だが、頂戴しておこう。」

 克幸が布を解き、茂の目に当てた。去り際、茂は消え入るような声で呟く。

「・・・お前たちのような警察官が過去にもいれば、私たちは苦しまずに済んだものを。」

 虚しく響く声を掻き消すかのように、警察の足音が聞こえた。
                   
         ※

「見て、海里兄さん。昨日のこと・・・すっごい大きく記事になってる。」

 真衣から新聞を受け取り、海里は記事を見つめた。そこには“火事”と書かれており、テロリストのことは何1つなかった。

「どうして正直に書かないのかな?」
「国民が付いていけないからですよ。警察内部にもテロリストのことをはっきりと認識していない人間がいるのに、勝手なことはできません。もしくは・・・・」

 圧力、と言う言葉を、海里は飲み込んだ。根拠のないことだと思い直し、溜息をつく。

(昨夜の東堂さんの電話、あれは嘘ではないのだろう。でもまさか、あんなことがあったなんて。)

「アサヒさんの母親が?」
『そうらしい。嘘をついているようには見えなかったし、事実だろう。アサヒは何も知らなかったようだ。』
「黙っていたのは、親心・・・でしょうか。」
『さあな。とにかく、お前も警戒しろ。奴らが天宮に接触している以上、お前のことは必ず知っている。双方のテロリストから狙われる立場だということ、忘れるな。』
「肝に銘じておきます。ご忠告、感謝します。」

(父は母を失ったからテロリストを率いた。圭介さんの父母は、父の友人だったからきっとそれで・・・。でも・・西園寺茂までが同じ思いをしていたなんて、思い至らなかった。一体私たちは、どれほどの悲しみと向き合わなければならないのだろう。)

「兄さん!話聞いてる?」
「えっ?ああ・・すみません。何でしたっけ?」
「今日編集者さんと打ち合わせなんでしょ?何時に帰ってくるの?時間によったら、夕食当番変わるから。」
「あ、問題ありませんよ。夕方には帰って来ます。夕飯は私が作りますよ。」
「そっか。じゃあ早くご飯食べなよ。」

 真衣は食べ終わった食器を持って台所へ向かった。海里は心の中に靄を抱きながら、白米を頬張った。
  
         ※

「すみません・・・茂伯父さん。手は尽くしましたが、失明は免れなくて。」
「気にするな、大和。怪我を負った時から分かっていたことさ。入院は必要か?」
「一応数日間だけ・・・。雑菌が入っていたりしたら危険なので。」

 茂はそうか、と頷き、部下が置いていった小説に手を伸ばした。大和は頭を下げ、静かに病室から去る。

(アサヒ・・・なぜ、急にあんなことを聞いた?記憶が思い起こされることなどあり得ないから放っておいたのに・・・・。赤子の頃の記憶など、思い出すはずがないと思っていたのに。認識が甘かったか。)

 小説の内容が入ってこないまま、茂はページを巡り続けた。

「凛子・・・。」

 無意識に、茂はその名を呼んでいた。ハッとし、深い溜息をつく。本を閉じ、横になった。すると扉が開き、克幸と使用人たちが顔を出した。

「父さん。大丈夫?」
「失明はしたが、死ななかったから問題ない。あの男の調べはついたか?」
「まだ調査中。35年なんて昔だし、新人警察官の情報は中々出て来ないから。」
「そうだろうな。私も調べが付かなかったし、警察の方が早いかもしれん。」

 沈黙が流れた。克幸は苦笑する。

「アサヒへの言い訳はもう無理かな。」
「ああ。あそこまで話した上に、警察がいたんだ。今も調べているだろう。私たちが30年以上隠して来た話が、一瞬で知られた・・・何をあんなに拘っていたのか、今となっては分からんな。」

 今度は茂が苦笑した。克幸が尋ねる。

「・・・・もし母さんが生きてたら、父さん、今どうしてた?」
「妙な質問をするな。死者が生きている想像などしたくもない。ただでさえ・・・」

(ただでさえ、昨日あれだけ冷静さを失ったんだ。これ以上深入りしたくない。)

「言いたいことは分かるけどさ。僕はね、今と180度違ったと思うよ。あんなに家は広くないし、父さんも有名人じゃない。どこかの研究所に属して、働いてる。母さんも同じ、かな。日菜とアサヒは、きっと変わらないーーーー」
「変わるさ。日菜はともかく、アサヒは警察になっていない。あいつが警察になったのは、私が不正を働いていることを知って、それを突き止めるためだ。今と同じなど、あり得ない。」

 茂は、妙に饒舌になっていることに気がつき、口を閉じた。
 昨夜から何度もあの男の顔と言葉が蘇り、妻の姿が脳裏に浮かんだ。


“この子の名前は、アサヒにしましょう。日菜と同じように、私たちの光ですもの。克幸は私たちに幸せをくれて、日菜とアサヒは光をくれる。私たち家族が、ずっと笑っていられるように。”


(皮肉なものだ。子供たちの名前の由来は、“幸せ”と“光”・・・。笑っている、ずっと離れないと約束しながら、1番初めにいなくなったのは凛子、お前だった。
その結果、法医学者になりたいと言った娘と縁を切り、警察官になりたいと言った娘を突き放した。
警察への復讐心で、私はあまりに多くのものを遠ざけてしまったな。)


“パパ!見て見て!今日、理科のテストで100点取ったの‼︎将来は、パパと同じ科学者になるね!”


(なぜ今になってーーーー幼い頃のアサヒを思い出す?幼い頃も、ずっと距離を取って自分から話しかけることすらしなかった。それなのに、今更・・・。)

 頭痛がした。茂は軽い舌打ちをし、再びベッドに体を預ける。

「旦那様。」
「どうした?」
「お見舞いの方がいらっしゃっています。会われますか?」

 わざわざ許可を取る必要があるのかと思い、茂は眉を顰めた。

「・・・見舞客を拒む理由はないが。」
「いえ、それが・・・。」

 使用人はぎこちなく扉から体を離した。すると、海里がひょっこりと顔を出した。

「江本海里・・・。」
「突然すみません。こちらに入院しているとお聞きしたので。」
「いかがなさいますか?旦那様。」
「・・・・構わない、入れてやれ。何か話があるのだろう。そうでなければここには来ない。」
「話が早くて何よりです。失礼しますね。」
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