捜査員は濡れた繭の中で置き去りにされる

五月雨時雨

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捜査員は濡れた繭の中で置き去りにされる

強力な魔力を生み出す鉱石が採取できる地点は一つ残らず国の統治下に置かれ、悪用されないよう、また鉱石の内に秘められた魔力の暴走による事故が発生しないよう慎重に慎重を重ねて採掘されている。
そう、本来はそうあるべきだ。鉱石が取れる場所にいるのは、国に雇われた鉱夫とその鉱夫の護衛と監視を兼ねる軍の者だけであるはずだ。
だが、ここは違う。ここは国への届け出がなされず違法に鉱石が採掘されている場所だ。
この空間にいるのは、鉱石を違法に扱って利益を得ようと目論む組織の構成員と、その組織を壊滅に追いやるために動いている捜査員の俺のみで、本来ここにいるべき者達は一人もいない状況となってしまっている。
この状態を許すわけには行かない。単純に俺が仕えている国に背く組織であることに加えて、このまま放置していては取り返しの付かない事故に発展しかねないからだ。
勢いよく振り下ろされるつるはしが岩を砕く音に混ざって聞こえてくる会話に意識を傾け、作業に没頭する者達が流した汗の匂いの中にかすかに含まれている別の匂いを辿り、俺は犬獣人として生まれ持った能力を最大限に生かしながら一つの部屋に辿り着き、中に誰もいないことを事前に把握した上で岩肌に取り付けられた木製のドアをそっと開いた。
岩をくり抜いて作り出された簡素な部屋を照らし出す机に置かれたランプの明かりを借り、俺は物音を立てないよう細心の注意を払いながら違法な採掘を行っている組織について探る。
しかし、それらしい資料は見える範囲にはどこにも無い。油断して何かしらを出しっぱなしにしていてくれればと思ったが、望む光景は俺の前には存在していない。俺は危険を承知で、部屋の外の様子に耳をそばたてながら机に取り付けられた引き出しを一つ一つ開け始めた。
保存の利く軽食、酒、武器の手入れに用いる道具。次々と開ける引き出しの中に何の意味も無い情報を持つ物達を次々と見つけながら、俺は焦燥感を抱きつつ次の引き出しの取っ手を右手で掴んだ。
その瞬間だった。

「あっ、がぁぁぁっ!? ぐぎ、あっ、うぁぁぁぁぁーっ!!」

俺の全身に、強烈な電気の様な衝撃が走った。痛みは全くないが、思わず絶叫が溢れ出る程の衝撃に俺は身体中の毛を逆立てながらしばらくの間叫びつつ身を強ばらせ、衝撃が引くと同時に身体を床に横たえさせてしまった。

「う、あぁ、あ、くぁ……」

逃げなければ。そう考えて身体を動かしても、脱力させられた俺の身体は言うことを聞いてくれない。
立ち上がることはおろか床を這いずることも叶わぬまま、倒れた時に引き抜かれた引き出しの内側に刻まれていた魔法陣を目にして俺は罠に嵌められた事実に後悔を募らせる。そんな遅すぎる後悔をする状態へと俺を追いやった組織の構成員達は、まんまと動けなくなった俺の身体を数人がかりで無理矢理に引き起こしながら、嘲りを込めた愉快色の声音で俺に言い放った。

「ようこそ、捜査員さん。君のために用意したプレゼントの味は腰が抜ける程だっただろう?」
「でも、本当のプレゼントはまだここからだよ。捜査員さんをこれからたっぷり愉しませてあげるから、期待しててくれよ?」
「っ、あ、ふぅっ……!」

ニヤニヤとした醜悪な笑みを向けられながら口にされる言葉に対して言い返すことも出来ない俺は、舌の回らない口で力無く呻きながら為す術無く身に着けていた道具と衣服を剥ぎ取られ、俺を嵌めた男達の手で裸体に厳重な拘束を施されていった。



左右の手首と足首を短く括る形で縄を結ばれ、二の腕と太ももを遊び無く繋ぐ縄を与えられ、指を使えないようにする鍵の付いた革製の袋を手足に被せられた俺の裸体は逃走と抵抗を完全に封じられてしまった。
もはや俺は、移動はもちろん暴れることさえままならない。左右を一つにまとめられた足では立ちたくても立てず、背中で伸ばしたまま一つに括られた腕では口を上下から押さえ込んで開けなくさせている布を解くことすら出来ない。
文字通り手も足も出せず、言葉も出せない。けれど、俺を捕らえた男達はすでに何も出来ない俺にとどめの拘束を加えた。
それはただの拘束ではなく、湿った何十枚もの布を使った拘束。男達は抗えない俺の裸体を鉱石を掘っていた者達が着ていた汗塗れの衣服で厳重にくるみ、その上から縄を雁字搦めに結んでしまったのだ。

「んーっ! んむ、むぅ、ふぐぅぅぅっ!」

俺の姿は、外から見たら繭のように見えていることだろう。その繭の中からの脱出を求めて俺は必死に身体を動かすが、俺は繭から抜け出す以前に手足の縄を緩めることすら出来ない。
俺の足掻きはただただ息を乱し、強烈な汗の臭気をより激しく吸い込み自分を余計に苦しめるだけに終わってしまう。

「ふぅっ! うぅーっ! んぐ、むぅぅっ……!!」

犬獣人として生まれたことを、鋭敏な嗅覚を有していることを生まれて始めて恨みながら、俺は作業服で作られた繭から逃れようともがき続ける。すぐ近くで観察しているであろう男達に無様な姿を晒したくないといったことなど欠片も考えられずに、俺はめちゃくちゃに身をよじって暑さと匂いで俺を嬲る繭から這い出ようと試み続ける。
そんな俺に、男達は繭の外から残酷な言葉を浴びせかけた。それは、俺を絶望に叩き堕とす非道な言葉だ。

「それじゃ捜査員さん、さよなら。国に目を付けられたから俺達はここを引き払うことにするよ」
「その作業服は捜査員さんへのプレゼントとしてあげるから、俺達への手がかりとして好きに使って良いからね」
「んじゃ、バイバイ。お仲間が助けに来るまで、その中で壊れない程度に好きなだけ愉しんでね。惨めな捜査員さん」
「ふぅぅっ!?」

こんな格好で置き去りにされる。恐怖のあまりに俺は冗談だろうと思ったが、宣言が事実であることを示すかのように男達は俺に背を向けて歩き出した。

「むぐぅぅぅっ! ぶ、ふぶぅぅっ! んっ、んっむぅっ! うぐぅぅぅっ!!」

遠ざかる足音に誇りを捨てた哀願を放ち、凝縮された数十人分の汗の匂いを嗅がされながら救いを望む俺の思いも虚しく足音は遠くへと離れていき、とうとう犬獣人である俺の耳にも届かない場所へと行ってしまった。
俺に聞こえるのは、自分自身のくぐもった叫びと身悶えの度に発せられる縄と衣服が擦れ合う音だけ。違法に使われていた鉱石の採掘場に一人で放置され、汗塗れの作業服で形成された繭に閉じ込められた絶望を俺に改めて思い知らせる音だけだ。

「ふぅっ……ふむ、んぅ……っふ、ぐ、うぅ……!」

俺からの連絡が無ければ仲間が動き、遅くとも明日の昼にはこの採掘場に救助が訪れるだろう。
それまで耐えられるだろうか。仲間が来てくれるよりも先に俺は汗の臭気に正気を破壊されてしまうのではないだろうか。匂いの責めに自我を壊される可能性に戦慄しながら俺は仲間の訪れを心待ちにしつつ再度もがき始め、呼吸の回数を抑えに抑えつつ、汗に濡れた衣服の中で縄に縛られた裸体を動かしていた。
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