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『語り継ぐ魂』
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『語り継ぐ魂』
蜩が啼いていた――
それは、いつのことだろう・・・・・
「今日も、暑くなりそうですなぁ・・・・・」
独り言のようにそんなことを呟きながら、住職は寺の裏にある小さな墓地に居た。
その奥手には竹林が涼しげな葉音を奏でながら広がっている。
住職は一つの墓石の前に立ち手を合わせていた。
墓石の前には山百合が清楚な姿で供えられていた。
それに、夏の風に揺らぐ香の煙が辺りに漂っている。
「南無阿弥陀仏・・・・南無阿弥陀仏・・・・・」
嗄れた太い声が穏やかに経を唱え続けていた。
「じいちゃん!何してんの?」
不意に届いた幼き子の声に、住職はその方を見やる。
そこには――まだ四、五歳の年だろう・・・・
さらりとした黒髪を揺らし、目鼻立ちのくっきりとした男の子が立っていた。
何のためらいもなくその子は住職の傍らへ駆け寄って来た。
そんな幼子に住職もまた不審を抱くこともなく、
「おう・・・・坊か――」
深い皺をさらに寄せて住職は穏やかに笑む。
「これ、誰のお墓?」
ふと、幼子は住職の前にある墓石に眼をやった。
その傍に居る住職が墓石の方へ視線を返しながら一息ついて語る。
「・・・・これはのぉ・・・・大切な仲間を想い、大切な仲間と共に生き、戦った者たちの墓じゃよ――・・・・」
そう語る住職は遠く、遐くを想うように夏の碧い空を見上げた。
「・・・ふ――ん・・・・」
曖昧な・・・・聞いているのか、いないのか、そんな相づちを返して、幼子はしばしその墓石を見つめていた。
――その、純粋で真っ直ぐな濃紺の眸・・・・・
住職は幼子のその眸に微かな想いを感じていた。
「・・・拓登くん――!こんなところに居たの?」
不安気な面持ちで駆けて来たのは、
柔らかな栗色をした髪を束ね可愛らしいエプロンを着た娘だった。
その姿は――保育士であろうか・・・・その子を探して慌てている様子だった。
傍に居た住職に気付き駆け寄って来ると、軽く一礼して〝拓登〟そう呼ばれた幼子に向き直って必死に言う。
「勝手にあちこち行かないって約束だったよね?迷子にでもなったら・・・・先生、悲しいよ・・・・。」
そう言い聞かせながらも、彼女は自分を落ち着かせるように深呼吸していた。
そんな二人のやり取りを見ながら住職は優しく微笑んで言う。
「迷子にならずによかったのぉ・・・・」
「・・・すみません――また、お参りに来ました。」
彼女は申し訳なさそうに頭を下げる。
そう――毎月一度、近くの児童福祉施設――
いわば、孤児院の子どもたちが、この寺に園外散歩がてら通園バスに乗って参りに来るのである。
だから――とも言うか、突然に子どもが現れても特に驚きもしない住職ではあったが、先程からずっとこの墓石を眺めている幼子の眸に確かな想いを覚っていた。
「・・・・なぁ、坊よ――」
住職もまた、この墓石を見やり語る。
「いつか――いつの日か必ず、其方と廻り逢い、其方を守ってくれる者が現れるじゃろう・・・・坊よ、その命、大切に生きるのじゃよ。その命、たった一つしかないものじゃからのぅ―――」
――遐い昔を想うように・・・・
彼らの命を想うように、住職はまた、分厚い掌を合わせた。
きょとんとした表情で住職を見やっているこの幼子には意味するところは分からない。
そして、先生の手を引き寺の方へ駆け出して行く。
少し行った先で急に立ち止まり、幼子は住職を振り返り叫ぶ。
「じいちゃん、早くお参り行くよ――っ!」
その、人懐っこい言い草に・・・・
その、無垢で真っ直ぐな笑顔に・・・・
受け継がれた〝魂〟を感じて―――。
蜩が啼いていた――
それは、いつのことだろう・・・・・
「今日も、暑くなりそうですなぁ・・・・・」
独り言のようにそんなことを呟きながら、住職は寺の裏にある小さな墓地に居た。
その奥手には竹林が涼しげな葉音を奏でながら広がっている。
住職は一つの墓石の前に立ち手を合わせていた。
墓石の前には山百合が清楚な姿で供えられていた。
それに、夏の風に揺らぐ香の煙が辺りに漂っている。
「南無阿弥陀仏・・・・南無阿弥陀仏・・・・・」
嗄れた太い声が穏やかに経を唱え続けていた。
「じいちゃん!何してんの?」
不意に届いた幼き子の声に、住職はその方を見やる。
そこには――まだ四、五歳の年だろう・・・・
さらりとした黒髪を揺らし、目鼻立ちのくっきりとした男の子が立っていた。
何のためらいもなくその子は住職の傍らへ駆け寄って来た。
そんな幼子に住職もまた不審を抱くこともなく、
「おう・・・・坊か――」
深い皺をさらに寄せて住職は穏やかに笑む。
「これ、誰のお墓?」
ふと、幼子は住職の前にある墓石に眼をやった。
その傍に居る住職が墓石の方へ視線を返しながら一息ついて語る。
「・・・・これはのぉ・・・・大切な仲間を想い、大切な仲間と共に生き、戦った者たちの墓じゃよ――・・・・」
そう語る住職は遠く、遐くを想うように夏の碧い空を見上げた。
「・・・ふ――ん・・・・」
曖昧な・・・・聞いているのか、いないのか、そんな相づちを返して、幼子はしばしその墓石を見つめていた。
――その、純粋で真っ直ぐな濃紺の眸・・・・・
住職は幼子のその眸に微かな想いを感じていた。
「・・・拓登くん――!こんなところに居たの?」
不安気な面持ちで駆けて来たのは、
柔らかな栗色をした髪を束ね可愛らしいエプロンを着た娘だった。
その姿は――保育士であろうか・・・・その子を探して慌てている様子だった。
傍に居た住職に気付き駆け寄って来ると、軽く一礼して〝拓登〟そう呼ばれた幼子に向き直って必死に言う。
「勝手にあちこち行かないって約束だったよね?迷子にでもなったら・・・・先生、悲しいよ・・・・。」
そう言い聞かせながらも、彼女は自分を落ち着かせるように深呼吸していた。
そんな二人のやり取りを見ながら住職は優しく微笑んで言う。
「迷子にならずによかったのぉ・・・・」
「・・・すみません――また、お参りに来ました。」
彼女は申し訳なさそうに頭を下げる。
そう――毎月一度、近くの児童福祉施設――
いわば、孤児院の子どもたちが、この寺に園外散歩がてら通園バスに乗って参りに来るのである。
だから――とも言うか、突然に子どもが現れても特に驚きもしない住職ではあったが、先程からずっとこの墓石を眺めている幼子の眸に確かな想いを覚っていた。
「・・・・なぁ、坊よ――」
住職もまた、この墓石を見やり語る。
「いつか――いつの日か必ず、其方と廻り逢い、其方を守ってくれる者が現れるじゃろう・・・・坊よ、その命、大切に生きるのじゃよ。その命、たった一つしかないものじゃからのぅ―――」
――遐い昔を想うように・・・・
彼らの命を想うように、住職はまた、分厚い掌を合わせた。
きょとんとした表情で住職を見やっているこの幼子には意味するところは分からない。
そして、先生の手を引き寺の方へ駆け出して行く。
少し行った先で急に立ち止まり、幼子は住職を振り返り叫ぶ。
「じいちゃん、早くお参り行くよ――っ!」
その、人懐っこい言い草に・・・・
その、無垢で真っ直ぐな笑顔に・・・・
受け継がれた〝魂〟を感じて―――。
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