華と毒薬

アザミユメコ

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第一章 狂い菊に祝盃を

十一 菊人形(後編)

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「もとはただの倉庫でしたが、隠居の身で時間も余っていますし、せっかくなので、少しずつ菊人形たちの箱庭をつくってみたのです」

 と、管理人の萩尾はぎおはにこにこしながらいった。

「狂い菊は名の由来どおり面白いですよ。毎日見にくるたびに花弁の様子が少しずつ変わるんです。菊人形そのものに命が宿って、深夜にでも動きだしているじゃないかという気分になります」
「たしかに、客がいないのがもったいないくらいの出来だな」

 と、志千しちは素直に賞賛する。

「お客さんは蝶子ちゃんだけです。ほかには配送業者の出入りくらいしかありませんね。その方々は花には見向きもしませんし。座長がお好きなのでご自宅用の狂い菊をお届けしていますが、こちらにはいらっしゃいません」

 その蝶子は、部屋の中心でなにかを熱心に眺めていた。
 百貨店のショーウインドウを思わせる、木枠のついた硝子がらすの箱に入れられており、他の人形とは少し様子が異なっている。

「この人形は?」

 萩尾に尋ねながら、蝶子の隣に並んでそれを見あげる。
 
「こちらは造りが繊細なので、硝子に閉じ込めて空気に触れさせないようにしているんです。機械室のほうに仕舞っていたのを最近飾ったんですよ。この箱を用意するのは骨が折れましたが、素晴らしい出来映えですからね。蝶子ちゃんもお気に入りみたいでよく会いに来てくれます」

 かなり古いものなのか、肌の表面も、衣装も、色褪せて黄ばんでしまっていた。
 菊人形は頭と手足以外、木の骨格でできているが、これだけは体までしっかりとつくられている。服も人間と同じ採寸のものを着ていた。

 硝子の檻の中で瞳を閉じている女優残菊。
 より本物に近い、等身大の生人形いきにんぎょうだ。

 着せられている衣装は見覚えがあった。
 煽情的せんじょうてきでエキゾチックなドレスの上に、何枚にも重なった薄いヴェール。
 頭にはめた宝石飾りは動けばしゃらしゃらと小気味よい音を立てそうだ。

「これ、『サロメ』か」
「ええ。当時使用された本物の衣装です」

 ワイルドの戯曲に登場する、愛する男の首を欲しがったユダヤの王女である。
 初代残菊が出演した最後の作品であり、生の舞台を観たことはないが、盆にのせた首と見つめ合う写真が有名なので知っている。

「昔見た舞台じゃすごい存在感があったけど、残菊ってこんなに小柄だったんだな……」

 志千が成長したのだから当然だが、幼い頃に客席から眺めた印象よりずっとか細く感じる。
 手首や指など、強く握りしめたら簡単に折れてしまいそうだ。
 背丈は女性にしても低く、なで肩なのもあって、男とはまったく違う細工物のような華奢さだった。

 後ろについてきていた百夜ももやに、こそっと耳打ちして尋ねた。

「実物もこんな感じだったのか?」
「ああ、背格好はかなり忠実にできているな」

 映像であれば、二代目残菊は初代と瓜二つだ。
 しかし、いくら百夜が男にしては線が細いといっても骨格が女とは違うし、背丈も頭一つ分差がある。とくに西洋物のドレスは躰の輪郭がでるのでわかりやすい。

 こうして本物を模した人形と比べれば一目瞭然であった。
 
「こりゃ実物を知っている奴にはすぐばれるな」
「だから、いい方法はないかと考えている」

 撮影には遠近法や踏み台を利用した、だまし絵のような手法を使っていた。
 化粧をすれば首から上はそっくりなのだ。
 映像よりも信憑性があって、脅迫状の犯人の興味を引ける手段はないか。

「首から上、首から上だけね……」

 志千は室内の菊人形たちを見渡し、声をあげた。

「あ。思いついた!」

 怪訝な表情をする百夜に向かって、

「ももちゃんさ、菊を着ろよ」

 そういい放ち、ますます顔をしかめさせる。

「なにをいっている」
「まあまあ。詳しくは帰って話すから」
「というか、ずっと気になっていたが、なぜ貴様までその呼び方なんだ」
「蝶子さんのがうつっちまった。とりあえず花をもらっていこうぜ」

 志千と百夜がそれぞれ持っていたバケツに、萩尾が茎を綿に包んだ菊を入れてくれた。

「萩尾じいさん、いつもありがとうねえ」
「いえいえ。いつでも遊びにきてくださいね。彼女たちもここに閉ざされているより、見てくれる人がいるほうが喜びます」

 日が落ちる直前の西日が眩しい。
 外にでると、室内との気温差でよけいに蒸し暑く感じた。
 見送りにきた管理人のほうを振り返って蝶子が手を振る。

「またね!」
「はい。庭の野菊が咲いたら、好きに摘んでいってくださいね。小振りの白い花弁が可愛らしくて、蝶子ちゃんみたいですから」

 皺だらけの笑みを浮かべ、志千たちが角を曲がるまで手を振り返していた。


 ***


 牡丹荘に戻り、蝶子が用意してくれた食卓を囲った。

「萩尾ってじいさんは好々爺だったな。蝶子さんとも親しそうだったし、ちょっと安心した」

 百夜は十九とはいえ、浮世離れした雰囲気があってどこか危なっかしい。蝶子はしっかりしているようで本当の子どもだ。
 近くに見守ってくれる大人がいるのを知って安堵したのである。

「ウチねえ、あそこに捨てられてたんだって」
「栽培所に?」
「うん、残菊が見つけたんだっていってた。春で庭にちょうちょが飛んでいたから、蝶子。拾われたあとは売春宿に預けられて育ったんだけど、縁があるから萩尾じいさんもよく気にかけてくれてるし、なんだか懐かしい気がして、他人とは思えないんだよねえ」

 小さい頃だから憶えてないけどね、と笑った。

「で、なにを思いついたって?」

 食事もそこそこに、煙管きせるを咥えようとしていた百夜が尋ねてきた。

「ふふん。ウチはわかったよ!」

 少女が得意げにいった。

 過去にあった脅迫状の件は当然蝶子も知っている。志千が頼まれた犯人おびき出し計画はざっと説明したのだが、理解の早さはさすがだ。

「菊人形、きれいだけれど、案外ごつい」

 と、五七五にもなっていない標語めいた言葉を披露する。

「蝶子さん、正解!」
「おれはさっぱりわからない」

 首をかしげる百夜に向かって、ちいさな家主がふふんと鼻を鳴らした。

「菊人形って、首から上はお雛さんみたいに綺麗な顔がついてるけど、頭に対して体が一回り大きいよな」
「花が立体的だからだろう。それに、輪郭を普通の人間の体に合わせたら貧相になる」

 花盛りの菊で存分飾り立てているからこそ、迫力があって素晴らしい。
 もちろんそれは志千も理解している。

「だからさ、舞台でおまえが菊人形になればいい」
「人形にふんする、ということか?」
「ああ。花を飾れば男の体も隠れるし、見慣れた菊人形の体格なら気にならない。照明の当て方でも目の錯覚は起こせるしな。さらに俺が黒衣を着て、後ろで操っているような演出をする。そうすれば背後で初代残菊の声色をつけられるだろ」

 つまり、等身大の人形劇だ。

「わざわざ舞台で人形を演じるなんて、不自然じゃないか。うまくいくとは思えない」
「そうか? 活動しかり、舞台然り、現実と比べりゃぜんぶ不自然だぜ。客に『そういうもの』だと思わせる力がなけりゃ、演劇なんか成り立たねえよ。俺らには武器があるだろ。な、一緒ならやれそうな気がしねえ?」

 少しのあいだ沈黙して、百夜はまっすぐに志千の目を見た。

「おれの見た目と」
「そう、俺の声で」

 こうして、『初代残菊・完全復活計画』は幕を開けた。

「ねっ、菊人形の衣装はウチが担当するからね!」

 蝶子がはしゃいでいった。

「そりゃ助かる。なるべく少人数でやりたいからな」
「菊がたくさん必要だけれど、また萩尾のじいさんに頼めば大丈夫」

 まずは計画を成功させるための場所探しだ。
 人形芝居をやるにしても道端では恰好がつかないし、裏で声をあてる種がばれてしまう。
 立派でなくてもいいが、相応の箱は必要だった。
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