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第一章 狂い菊に祝盃を
十九 色彩(前編)
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活動写真に人生のすべてを賭けて生きてきた。
夢は父に認められること、そして観客の記憶に自分の芸を焼きつけること。
それ以外は見えていなかったのに──
今はどんなに集中していても、頭の片隅にたった一人の存在が居座っていて離れない。
声を発すれば、どうしたって想いがこもる。
今まで知らなかった感情が乗ってしまう。
変化に気づいたのは志千自身だけではなく、周囲も同じだったようだ。
「近頃、なんだか説明の調子が変わったね」
所属している鳳館の館主に呼びとめられたとき、元に戻せといわれるのではないかと身構えた。
「ああ、意識しているわけじゃないんですけど……すみません」
「いやいや、責めていないよ。寿八先生のような重厚さは抜けたけど、軽やかで、きみの声には合っているんじゃないかね」
と、意外にも満足そうだ。
観客の反応が第一の世界である。
要は、評判がよかったらしい。
「志千君はせっかく若くて粋なんだから。軽妙洒脱な感じで、女性客受けもこっちのほうがいいと思うよ。こないだ映画雑誌に載っていた写真も、これまたご婦人方に好評でねえ」
あんなに父と同じを求められていたのに、あっさりと手のひらを返された気分だ。
だが、よくよく思い返してみれば、決して周りの責任ではない。
そのままの自分が認められない可能性を恐れて、志千自身が変わろうとしていなかったのだと気づいた。
ただ挑戦してみればよかっただけの話なのである。
浅草の街を歩いていても、いつもの風景が違って見える。
一緒に行きたい店、観たい芝居、食べたい物。これらにどんな反応をするだろうと、なにを見ても、あの無表情で気難しい青年の姿が脳裏を掠める。
まるで白黒の活動写真が、鮮やかな色彩を帯びたような感覚だった。
***
女なら責任の取りようがある、と桜蒔はいっていた。
結婚を申し込んだり、子をなしたり、たしかに道筋は明確だ。
ならば男同士の終着点はどこにあるのだろう。
「なー、先生はどう思う?」
「じゃけえ、なしてわしに相談するん!?」
桜蒔は件の小屋にこもり、映写の調整をしているところだった。
深夜に開かれる『謎の芝居小屋』は、日の高い時刻に見ればただのみすぼらしい廃屋だ。
設備も、音響も、とても上等とはいえない。
それでも二、三幕と上演を重ねるうち、観客は少しずつ増えてきていた。
浅草に何年も通っている芝居好きたちの評判にのぼるようになったからだ。
今度こそは本物だと、そう囁かれている初代残菊の衝撃もさることながら、脚本と映像、演出で完成度を底上げしてくれた桜蒔の助力は大きい。
こう見えて、松柏キネマだけではなく他の会社でも多くの脚本を提供しており、洋行帰りで異国の映画にも精通している人気の劇作家だ。
本業が忙しいだろうに負担の大きい役割を担ってくれている。
面白がっているにしても、なぜここまでしてくれるのか不思議ではある。
百夜に対して特別な感情を抱いているのは間違いないのだろうが、思いきって訊いてみたい気持ちもあって会いにやってきたのだった。
「桜蒔先生が花街で結構遊んでるって、昔から有名じゃん。経験豊富なんだろ」
「よけーなこと知っとるのう……」
「それに、最初は先生のこと恋敵なのかと思ってたんだけどさ。先生は百夜を大事にしてるけど、どっちかというと親心みたいに感じるんだよな」
百夜はやらんといわれたときは嫁入りみたいだと思ったが、その後の反応を見るかぎり、そう遠くない感情を抱いているのではないかと思えてきた。
「あんなでかい息子がおってたまるか! いや、ぎりぎりいけんこともない、か?」
「そりゃ知らねえけど、親ってのはたとえだよ。実際、そういう目で見てないだろ?」
「おどれみたいなやらしい目で?」
「うっ……」
直接的にいわれると困るが、間違ってはいない分、反論しにくい。
「まあ、ももは旧友の子じゃけえね。悪い虫がつかんように見張っとかんといけん。おどれみたいな」
「べつに体目当てじゃねえし、ちゃんと考えてるよ。だから相談してんじゃん!」
男だろうと女だろうと関係なく、誰かを好きになったこと自体が初めてなのだ。
なにもかも手探りにしか進めない。
「それで、責任ってどうやって取ればいいんだ? 一生守ってやるとか?」
「気ぃ早っ! 重っ! 一人で先走んな!」
勇んで尋ねた結果、即却下された。
「あんなぁ、もも本人がそれを望んどるんか、まずは訊かんといけんじゃろ。なんで両想い前提なんじゃ。自信家か。いきなり責任取ろうとすんな」
「う、たしかに」
自分の気持ちを自覚しただけで、向こうが志千をどう思っているのかまだ確認していない。
これまでの反応から、少しは意識されていると信じたいのだが、志千と同じ種類の感情ではないかもしれない。
「半端な覚悟で関わるなとはいうたけど、好きといったわけでも、いわれたわけでもないんじゃろ? 終着点を考える前に、まず出発できるか心配したらええのに」
「そうか……。確かめるのが先だよな」
解決はしていないが、目的が明確になったおかげで胸中の霧が晴れた気がする。
「こないだみたいに無理やり襲いんさんなよ」
「しねえよ。とりあえず……」
大真面目に、志千はいった。
「デートに誘ってくる」
「あ、そう……」
映写機にフイルムを取りつけながら、桜蒔は歌うようにつぶやいた。
「恋する男は阿呆よのう」
志千に対してだけではなく、自嘲気味にも聴こえる口調だ。
「今まで誰にも本気になれんかったからって、のほほんと童貞のままでおったのがおもろいよな、シッチーは。ジゴロ顔のくせに」
「先生は誰にも本気になれねえから、独身を貫いて芸者遊びしてんの?」
「ガキには教えてやらん」
子どもっぽい性格と童顔が相まって、普段は年上に見えないのだが──そう笑った横顔は、年相応に大人びて見えた。
夢は父に認められること、そして観客の記憶に自分の芸を焼きつけること。
それ以外は見えていなかったのに──
今はどんなに集中していても、頭の片隅にたった一人の存在が居座っていて離れない。
声を発すれば、どうしたって想いがこもる。
今まで知らなかった感情が乗ってしまう。
変化に気づいたのは志千自身だけではなく、周囲も同じだったようだ。
「近頃、なんだか説明の調子が変わったね」
所属している鳳館の館主に呼びとめられたとき、元に戻せといわれるのではないかと身構えた。
「ああ、意識しているわけじゃないんですけど……すみません」
「いやいや、責めていないよ。寿八先生のような重厚さは抜けたけど、軽やかで、きみの声には合っているんじゃないかね」
と、意外にも満足そうだ。
観客の反応が第一の世界である。
要は、評判がよかったらしい。
「志千君はせっかく若くて粋なんだから。軽妙洒脱な感じで、女性客受けもこっちのほうがいいと思うよ。こないだ映画雑誌に載っていた写真も、これまたご婦人方に好評でねえ」
あんなに父と同じを求められていたのに、あっさりと手のひらを返された気分だ。
だが、よくよく思い返してみれば、決して周りの責任ではない。
そのままの自分が認められない可能性を恐れて、志千自身が変わろうとしていなかったのだと気づいた。
ただ挑戦してみればよかっただけの話なのである。
浅草の街を歩いていても、いつもの風景が違って見える。
一緒に行きたい店、観たい芝居、食べたい物。これらにどんな反応をするだろうと、なにを見ても、あの無表情で気難しい青年の姿が脳裏を掠める。
まるで白黒の活動写真が、鮮やかな色彩を帯びたような感覚だった。
***
女なら責任の取りようがある、と桜蒔はいっていた。
結婚を申し込んだり、子をなしたり、たしかに道筋は明確だ。
ならば男同士の終着点はどこにあるのだろう。
「なー、先生はどう思う?」
「じゃけえ、なしてわしに相談するん!?」
桜蒔は件の小屋にこもり、映写の調整をしているところだった。
深夜に開かれる『謎の芝居小屋』は、日の高い時刻に見ればただのみすぼらしい廃屋だ。
設備も、音響も、とても上等とはいえない。
それでも二、三幕と上演を重ねるうち、観客は少しずつ増えてきていた。
浅草に何年も通っている芝居好きたちの評判にのぼるようになったからだ。
今度こそは本物だと、そう囁かれている初代残菊の衝撃もさることながら、脚本と映像、演出で完成度を底上げしてくれた桜蒔の助力は大きい。
こう見えて、松柏キネマだけではなく他の会社でも多くの脚本を提供しており、洋行帰りで異国の映画にも精通している人気の劇作家だ。
本業が忙しいだろうに負担の大きい役割を担ってくれている。
面白がっているにしても、なぜここまでしてくれるのか不思議ではある。
百夜に対して特別な感情を抱いているのは間違いないのだろうが、思いきって訊いてみたい気持ちもあって会いにやってきたのだった。
「桜蒔先生が花街で結構遊んでるって、昔から有名じゃん。経験豊富なんだろ」
「よけーなこと知っとるのう……」
「それに、最初は先生のこと恋敵なのかと思ってたんだけどさ。先生は百夜を大事にしてるけど、どっちかというと親心みたいに感じるんだよな」
百夜はやらんといわれたときは嫁入りみたいだと思ったが、その後の反応を見るかぎり、そう遠くない感情を抱いているのではないかと思えてきた。
「あんなでかい息子がおってたまるか! いや、ぎりぎりいけんこともない、か?」
「そりゃ知らねえけど、親ってのはたとえだよ。実際、そういう目で見てないだろ?」
「おどれみたいなやらしい目で?」
「うっ……」
直接的にいわれると困るが、間違ってはいない分、反論しにくい。
「まあ、ももは旧友の子じゃけえね。悪い虫がつかんように見張っとかんといけん。おどれみたいな」
「べつに体目当てじゃねえし、ちゃんと考えてるよ。だから相談してんじゃん!」
男だろうと女だろうと関係なく、誰かを好きになったこと自体が初めてなのだ。
なにもかも手探りにしか進めない。
「それで、責任ってどうやって取ればいいんだ? 一生守ってやるとか?」
「気ぃ早っ! 重っ! 一人で先走んな!」
勇んで尋ねた結果、即却下された。
「あんなぁ、もも本人がそれを望んどるんか、まずは訊かんといけんじゃろ。なんで両想い前提なんじゃ。自信家か。いきなり責任取ろうとすんな」
「う、たしかに」
自分の気持ちを自覚しただけで、向こうが志千をどう思っているのかまだ確認していない。
これまでの反応から、少しは意識されていると信じたいのだが、志千と同じ種類の感情ではないかもしれない。
「半端な覚悟で関わるなとはいうたけど、好きといったわけでも、いわれたわけでもないんじゃろ? 終着点を考える前に、まず出発できるか心配したらええのに」
「そうか……。確かめるのが先だよな」
解決はしていないが、目的が明確になったおかげで胸中の霧が晴れた気がする。
「こないだみたいに無理やり襲いんさんなよ」
「しねえよ。とりあえず……」
大真面目に、志千はいった。
「デートに誘ってくる」
「あ、そう……」
映写機にフイルムを取りつけながら、桜蒔は歌うようにつぶやいた。
「恋する男は阿呆よのう」
志千に対してだけではなく、自嘲気味にも聴こえる口調だ。
「今まで誰にも本気になれんかったからって、のほほんと童貞のままでおったのがおもろいよな、シッチーは。ジゴロ顔のくせに」
「先生は誰にも本気になれねえから、独身を貫いて芸者遊びしてんの?」
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子どもっぽい性格と童顔が相まって、普段は年上に見えないのだが──そう笑った横顔は、年相応に大人びて見えた。
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