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20.期末テスト (Ⅱ)
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後ろにいたハワードも気づいたらしく、急に気まずそうな顔になる。残念ながら、カミラもその姿を捉えたようだ。横目で見れば、ひどく傷ついた顔をしているのが分かった。
エリオットとフローラもこちらに気づいたらしい。一瞬目を見開いた後に、やりづらそうに視線をそらした。
「カミラ、駄目よ。あなたの株を落とすわ。」
今にも店に乗り込みそうなカミラを冷静にたしなめる。このままならあちらが悪者だが、もしここで彼女が動けばどうなるか分からない。校外で問題を起こしたとして、最悪、謹慎処分だってあり得るのだ。
彼女を制止しておきながら、強く握りしめて震える拳を見ていると、こっちまで胸が痛くなった。
「……ここから少し北にケイティ・ベーカリーというおいしいパン屋があるわ。イートインも可能だからそっちにしましょう。」
「……そうだな、僕も急にパンが食べたくなってきたよ……」
ハワードが分かりやすい嘘を続ける。しばし沈黙が流れたが、ややあってカミラが絞り出すような声で「そうね」と一言返事をした。彼女が道を引き返すのを合図に、三人は移動を始める。最後尾となったクラリスは、窓の向こうに分かりやすい軽蔑のまなざしを向けて、その場を後にした。
ケイティ・ベーカリーまでの道中は重く耐え難い空気に包まれていたが、店につくとそれは幾分か和らいだ。軽快なBGMに、立ち込めるパンの芳ばしい香り、次いでハワードの腹の虫が盛大に鳴いたことから、緊張が大分ほぐれたのである。
「いいかい、僕は男で、しかもちょうど成長期だ。だから君達女性陣より腹が早く減るのは仕方ないだろう?実をいうと、図書室にいた時から小腹が空いていたんだ。」
「別に、今まで聞いたお腹の音の中で一番大きかったからって馬鹿になんかしないわよ、ハワード。」
「そうそう、店に入った瞬間に鳴り響いてお客全員が貴方の方を見たけど、全然気にならなかったわ。」
「絶っっっ対に馬鹿にしているだろう!!さっきから涙目で笑いを堪えているじゃないか!!……いいか、今日はたまたま朝食が少なめだったんだ。それに勉強し通しでブドウ糖をめいっぱい消費したのがいけなかった。要はタイミングが悪かったんだ。だから……」
「はいはい、分かったわハワード。」
「人の話は最後まで聞けクラリス!!」
ハワード(の腹)のおかげで今や空気は元通りだ。おそらくカミラは無理して気丈に振舞っている部分もあるのだろうが、無粋なことは言うもんじゃない。
四人掛けの広い席に着き、各々買ったパンを広げる。クラリスはカフェラテにアボカドサーモンのホットサンドと白桃デニッシュ、カミラはアイスティーにほうれん草のキッシュとチェリーパイ、ハワードはコーヒーにウインナーロール、チーズベーコンのピザパン、カレーパンそしてクリームパンだ。
「ハワード、貴方そんなに食べられますの?」
「今自分でも不安になったところだ。」
「ちょっと…まあ持ち帰りもできるみたいだからそれは救いね。悪くならないといいけど。」
「最悪、私の氷魔法があるわ。」
「やめてくれ、いつ溶けてくれるか分からん。」
「その時はわたくしの炎魔法で……」
「それはそれで今度は焼失しそうだ。」
そういった調子で談笑を続ける。気が付いたら大分いい時間になっていた。
「結局クリームパンだけ残ってしまった。」
「凍らせる?」
「結構だ。学園に戻ったら僕は一度寮に帰って冷蔵室にこれを置いてくるよ。……誰かに盗られないといいが。」
そう言うと、ハワードはクリームパンの入った紙包みをカバンの中に入れた。
寮では生徒共同の冷蔵室があり、購入した飲食物を保管できる。しかし、共同であることから、名前を明記しておかないと盗まれることがしばしばある。特に、がさつな男子寮ではそういったことが頻発しており、ひどい時は名前を書いていても盗む輩がいるそうだ。こういった事態を嫌い、自分専用の冷蔵庫(この世界では家電ではなく魔法具に入る。)を別途で購入して自室に置く生徒も少なくない。
校門でハワードと一度別れると、カミラと二人で図書室に向かう。途中、なんでもないようにカミラがぽつりと言葉を漏らした。
「先程は止めてくれてありがとう。……貴女がいなかったら私、また問題を起こしていたわ。」
カミラを見ると、彼女は前を向いたまま淡々と喋っている。その眼には怒りでも嫌悪でもない、ただただ底なき悲しみが満ちていた。虚空を見つめる彼女の瞳は、昼間だというのに光が差さない。その姿に、止んだはずの胸の痛みがまた疼きはじめた。結局何も言葉を返せないまま図書室に到着した。
あの二人はいったい何を考えているのだろう。最初こそ、補正もあいまってフローラに怒りを覚えたが、最近はエリオットの方が不愉快である。何なのだ、あの態度は。百歩譲り、フローラが何も言い返さないのを“気後れ“で片づけてやったとて、あの男は第二皇子だというのに、何の弁解もないとはどういう了見か。本来なら国を統べる者として、諍いになりそうな場合は、上手くその場を収められなければいけないだろう。それが自ら諍いの種を生み出しているとは何事か。
(考えれば考えるほどあのぼんくら王子には腹が立つわ……)
思わず親指の爪を噛む。苛立ちがエスカレートし始めたところで、ハワードが図書室に戻ってきた。はっと我に返れば、時刻はもう十四時である。流石にそろそろ勉強を再開しなければと思い、今日の不愉快な出来事を、無理やり頭から追い出す。目前に問題集を広げ、がむしゃらにページを進めていった。
それからどれくらい経った頃だろうか、
「……あらやだ、もうこんな時間。」
ふと時計を見上げたカミラが小さく漏らす。針は十八時を指していた。
「そろそろお開きにしようか。皆、今日は随分勉強が捗ったんじゃないか?」
「そうね。苦手なところは大分対策が練れたわ。あとは来週一杯で総復習が出来れば上出来じゃないかしら。」
クラリスが満足そうに手元のノートを見る。 特に本日後半の集中力は尋常じゃなかったので、予想以上の進捗に思わず笑みがこぼれてしまう。
「わたくしもより頭の中が明確になって有意義でしたわ。」
「それは良かった。僕も大分疑問が解消されたよ。……アリサの気持ちは最後まで分からなかったが。」
ここは捨てるしかないかもなあ、とハワードが小さくぼやいた。
「では皆、再来週のテストではお互い健闘を祈るぞ。」
その言葉を合図に勉強会はお開きとなった。
ここ最近で一気に日が伸びた為、外はまだ割と明るいが、頭上の太陽は十分西に傾いている。昼間飛び交っていた蝶達は既に眠りに就いたのだろうか、もうその姿は見当たらなかった。
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