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21.期末テスト (Ⅲ)
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朝、学校に来てみると、教室前の廊下はがやがやとたくさんの生徒達で賑わっていた。どうやら先週実施された期末テストの順位が張り出されているようだ。目を輝かせる者から意気消沈する者まで、生徒達の顔色は様々だ。人混みの中を縫うように進み、やっとこさ貼り出しの前に立つ。そこには当然のようにクラリスの名前が載っていた。
(うーん、やっぱり四位かあ。)
僅かに気落ちしながら、一覧を上から順に読んでいく。一位は案の定、不動のカミラが占め、二位から順にハワード、エリオット、クラリスと続いた。つまりは前回と同じ並びだ。
(総合点だけ見れば、前回より二十点近く上がったから、ちょっと自信がありましたのに。)
成績が上がっていることは確かなので、良しとするか。そう自分に言い聞かせて踵を返した時だった。
「すごいじゃんフローラ!!二十位だって!!前回からすごい上がってる!!」
後ろから聞き覚えのある名前が聞こえ、しばし足を止める。おそらくマーゴットの声だろう。
「そんな……私は別に。皆が勉強を教えてくれたおかげだよ。」
「そんなこと言って、前は私と同じくらいだったのに、もうこんなに差がついちゃった!!くそ~、これだから地頭がいい人間は~」
「マーゴったら、違うって!!本当に、あの日皆が勉強会を開いてくれたおかげだよ!!……私、一年次の遅れもあったから、本気で困ってたの。だから、みんなには感謝してもしきれないよ。」
フローラは今年編入した為、一年時の授業は履修していない。一応、一般市民の学校に通っていたのだろうが、貴族と市民では教育の質に差がありすぎる。そのブランクを今回で一気に挽回するとは……
(主人公補正を侮るべからず、ですわね。)
クラリスは、声の主達の方へ、面白くなさそうな顔を向けてから、一度止めた足を再び進め始めた。
午前の授業を終え、昼休みになった。今日はカミラが私用で出ている為、昼食は一人だ。食堂で買ったサンドイッチで適当に昼を済ませると、クラリスはそのまま北校舎に向かった。
今いる生徒達の教室がある棟は南校舎で、反対の北校舎には、職員室や各科目の準備室、美術室、音楽室などの特別教室が並んでいる。クラリスがいつもお世話になっている図書室もこちら側だ。
グレネル教諭から次の授業の準備を頼まれていた為、魔法学の準備室へ向かう。扉をノックすればグレネル教諭が顔を出し、いくつか資料を運ぶよう指示された。内容から察するに、今日は魔力生成についての座学らしい。
(毎回思うけど、魔法学の先生って大変よね。)
生徒それぞれが違う属性を持つ為、教える内容が多岐に渡る。グレネル教諭は魔法学全般の教養が担当なので、全生徒を教えているが、それぞれの属性魔法については、また別で教諭を雇っているのが現状だ。
(一人一属性ならまだしも、中には多属性を扱える者もいるし、どの授業を受けさせるべきか、見極めが難しいわよね。)
まあ、自分が最たる例なわけだが。
多属性操者の場合、最も得意な属性に合わせて履修することが一般的だが、希望があれば別でも構わない。しかし、成績をつけることが難しくなる為、毎回自由選択というのはあまり推奨されていない。
色々考えながら歩いていると、どこかから、歌声が響いてくるのに気がついた。そういえば、上は音楽室である。今は昼休みで授業はやっていないし、コーラス部の練習にしては声が少ない。おそらく、誰か一人の独唱だ。いつもなら、さして気にも留めなかったのだが、その歌声があまりに美しかったので、つい音楽室を覗いてみたくなった。
(ローレライってやつかしら……すごく魅力的な声。ああでも、姿を見たら死んでしまうのだっけ?)
昔聞いたおとぎ話を思い出しながら、そろりそろりと階段を上る。音楽室の前に立つと、扉をごく僅かに開けた。そこから少しだけ顔を覗かせて声の主を捉えた時、クラリスは目を見開いた。
そこには、意外なような、そうでもないような、判断し難い人物がいた。ライバル令嬢の一人であり、音楽一家の落ちこぼれ、アンジェ=デュシェーヌだ。
(あの人は確か、音楽の道を諦めたのではなかったかしら?)
このゲームの主要キャラクターを割り出す際、彼女についてはある程度調べておいた。
アンジェ=デュシェーヌ。有名な音楽一家デュシェーヌ家の四女。家族全員が指揮者や演奏者として活躍しているにも関わらず、彼女だけはそこまでの技量を持ち合わせなかった。あくまで音楽家としてやっていくのは厳しいというだけであり、人よりも優れたセンスはある。てんで才能がないわけではないのだが、家柄が家柄だけに、その事実は必要以上に目立ってしまった。
彼女の家族は、誰もアンジェ咎めなかった。しかし、悪趣味な貴族の集う社交界ではそうはいかない。アンジェがお茶会や夜会に参加すれば、「落ちこぼれのアンジェ」と陰口を叩き、会場の楽団が演奏を始めれば「アンジェ様も一緒に弾いてみてはいかが」などと揶揄するような輩もいた。楽団は主催者が雇ったもので、いわば召使いの部類に入る為、招待客であるアンジェにそのような発言をすることは失礼千万なのだが、当のアンジェは、一番のコンプレックスを指摘され、何も言い返すことができなかった。
そういった嫌がらせから、徐々に自分に自信を失ったアンジェは、何事にも「どうせダメだ」と否定から入る癖がついた。今では開き直って不良グループに交じり、しょっちゅう授業を抜けたり無断欠席を繰り返している問題児だ。
彼女は自分をこんな風に追いやった"音楽"というものに極端な嫌悪感を抱いており、その類の授業は全て欠席するほど拒絶している。もちろん、音楽室にも寄り付かないはずなのだが……
一人思案していた時、扉が開きかけていることに気づいたろう、天使の歌声がぴたりと止んだ。
「誰!?」
その鋭い声で、一気に現実へ引き戻される。どうやら彼女は、こちらの存在に気付いているようだ。射るような視線が突き刺さる。はぐらかすのは無理そうだと観念し、クラリスはおそるおそるアンジェの前に姿を現した。
「ごめんなさい。別に、冷やかしのつもりじゃなかったのよ。魔法学の準備室に用があってこちらにきたら、上からきれいな歌声が聞こえたから、ちょっと覗いてみたくなってしまったの。…………とはいえ、こそこそと盗み見なんて悪趣味だったわね。」
クラリスは正直に答えた。先程グレネル教諭に託された両手いっぱいの荷物からも、それが信頼に足る言葉だと証明できよう。
「……貴女は確か、氷の魔女……クラリス様だったかしら?」
厳しい目つきのままアンジェが問う。うろ覚えでも、自分のことを知っているとは意外だった。しかし、どうやらあまり好かれていないらしい。先程から表情がどんどん険しくなっている。
(まあ、なんとなく気持ちは分かるけど。)
たとえ畑が違えど、才に恵まれた者というのは、そうでない者にとってひどく目障りな存在である。嫉妬、羨望、憎悪など、簡単には片づけられない、複雑で混沌とした感情を抱いてしまうものだ。
「悪いけど、用がないならお帰り願えるかしら。見世物じゃないの。」
やる気がすっかり削がれたらしい、アンジェは立っていた教壇を降り、そのまま手荷物をまとめ始めた。クラリスも、このまま何事もなかったように踵を返すしてもいいのだが(アンジェもそれを望んでいる)、接点のないライバル令嬢に接近できる、またとないチャンスだ。なんとかして話を続けられなければと、思いついた言葉をそのまま投げかけてしまった。
「歌うのが好きでしたら、秋の文化祭で歌唱大会に出てみてはいかがかしら?」
途端、空気が見事に凍りついた。
なんたる悪手!!言ったそばから自分の顔を覆いたくなるような、最悪な話題の切り出しだ。けして他意はないのだが、アンジェからしたら、これは揶揄や冷やかし以外の何でもない。彼女は一瞬目を見開いた後、みるみる顔を歪め、今度は先程と打って変わり、ドスの利いた声を響かせた。
「言ったでしょう?見世物じゃないのよ。」
そう言うと、クラリスを押しのけて音楽室を後にした。
(や、やってしまったわ……)
遠ざかる背中を見つめながら、クラリスは大きくため息をつく。カミラの時といい、自分は人を怒らせる天才なのかもしれない。最も、あの時は故意だったのだが。
気がつけば昼休みもあと十分を切っている。クラリスはもう一度深くため息をつくと、とぼとぼと教室の方へ戻っていった。
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