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28.臨時召集-3

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 煤けた石床と色褪せた煉瓦壁で構成されたいささか無骨な空間は、騎士の間と呼ばれる、その名通りローアルデ騎士団を召集する際に使われる場所だった。
 用途があまりないせいか、手入れも行き届いていないらしい。ゴシック窓から差し込む光が、空中を漂う塵埃を映し、きらきらと乱反射する。なんとまあ虚しいきらめきだろうか。テオドアはこの場を照らしてしまった太陽光に同情しながら、ぼんやりと前を眺めていた。

 各部隊長および副隊長と、第八部隊総員が整列するその先、皆の目の前にはローアルデ騎士団の要、総指揮を担うギュンター騎士団長が立っていた。逞しい体躯に眩しい銀の髪。鷹のように鋭い金眼からは、一見熟練の騎士のような風格が漂っているが、あくまでそれは見掛け倒し。内実は剣より筆を持つ機会の方が多い、貴族上がりの坊ちゃんだ。
 先代団長である彼の父こそ、貴族といえど優秀な実力の持ち主であったが、当代は親の築いた地位に寄りかかっているにすぎない。前線の実情を知らないくせに……否、知らないからか、荒事は全て平民部隊こちらに丸投げする、テオドアからしたらあまり好ましくない指揮官だった。

 だがこの男だけならまだいい。厄介なのはその後ろにひっそりと立つ男。ヴォモイ軍務大臣だ。
 今でこそギュンター同様、書類仕事ばかりしている彼だが、昔は騎士として前線を駆け回っていたと聞く。もっとも、彼が得意としたのは力で訴えることではなく、知恵で上手く立ち回ることだったらしい。策士のヴォモイという通り名は、出世した今も健在だ。
 この男の厄介なところは、良くも悪くもローアルデを深く愛していることだった。フィリンヘルムの三大国として祖国を誇り、恵の国として名高い母なる地を慈しむ。鈍く輝きをはなつ深緑の瞳は、僅かながらも始祖の血を引いている証拠であり、それがより一層彼の祖国愛を確固たるものにした。
 何事も度が過ぎると却って害になることもある。過度な愛国心によって、彼の中に生まれた害悪。それは悲しいことに、己のような異端・異分子への忌避感であった。


「全員、今日は突然の召集にもかかわらず即日集合してくれてご苦労。早速本題に入るが、いきなり諸君らを呼び出したのには当然理由がある。」

 ギュンターが無駄に良い声でハキハキと喋る。聞き心地の良いテノールボイスも、テオドアにはただ耳障りでしかなかった。第八部隊がわざわざ名指しで呼ばれた以上、嫌な予感しかしない。

「……先日、北の森で大型の魔物の目撃報告があった。その為諸君らには近辺の警備強化と、標的の討伐を命ずる。」
「失礼、標的の種類や種族名などの情報はないのでしょうか?大型の魔物というだけではこちらもどう準備をすれば良いのか……」

 第一部隊長の的確な質問に、ギュンターは分かりやすく渋い顔をする。

「………大魔犬ヘルハウンドだ。」

 背後にいたヴォモイがギュンターの代わりに告げた。その答えに、その場にいた騎士達は皆どよめく。テオドア自身も一瞬呼吸が止まったほどだ。

 大魔犬ヘルハウンド。大型魔物の中では小ぶりな方に入るものの、二十メートルほどある巨大な犬型の魔物である。ただデカいだけならまだしも、彼らは口から毒の混じった炎を吐き出すのだ。煉獄の炎と呼ばれるその吐息は、一晩で山一つ焼け野原にすると言う。
 普段はここから遥か離れた、魔物の巣食う渓谷に潜んでいるというのに、いったい何故森に姿を現したのか。
 ……いや、今はそんなことよりも――

「では諸君らの分担について告げる。第一、第二は城内武装の強化、第三から第五は城近辺、第六、第七は北の森に隣接する地区の巡警を。……そして第八部隊、諸君らは北の森にて標的の討伐を頼む。第九、十は各部隊の補佐を行なってくれ。」

 その場に再びどよめきの声が響く。多くは第八部隊員の声だった。テオドアの腹を胃もたれに似た不快なむかつきが襲う。

「……僭越ながら、騎士団長。我々第八部隊だけ名指しで呼ばれ、かつ一番負担が大きいであろう標的の討伐を命令される理由が分かりません。まとは一晩で山一つ焼き尽くすほどの化物。我々にどれほどの被害が出るか計り知れない。もう少し慎重な陣を組んでいただきたいのですが。」

 たとえ相手が自分より目上の者だとしても、ここは噛みつかねばならぬところだ。テオドアは真っ赤な目をぎらつかせながら目の前の男に静かに食ってかかる。
 お飾りの坊ちゃんにはそれだけで随分効果があったようだ。ギュンター騎士団長はまごつきながら答えを濁している。しかし後ろに立つ大臣の方はそうでなかった。

「いやはや、第八副隊長は己の力を随分過小評価しているようだ。なあ、ノイマン副隊長?……貴君の活躍はこちらの耳にも届いているぞ。なんでも鬼のような形相で魔物をばっさばっさと薙ぎ倒すそうじゃないか。さすがは戦国の血を継ぎし男。貴君がいれば、この戦もきっと安泰であろう。」

 本当はこの血が嫌いな癖に、都合のいい時だけおだててくれるものだ。わざとらしい物言いに反吐が出る。

「……しかも今回標的は魔犬と聞く。勇猛なルビーの血は、犬に好かれるそうだな。まさしく貴君にうってつけだと思うのだが。」

 あくまでもローアルデの血を認めない姿勢が鼻についた。
 しかし彼の言うことも一理ある。ガルムンドの血は何故だか犬に好かれるのだ。それは魔物であっても同じであった。もっとも、魔物に懐かれるということではなく、好んで標的にされるだけのことなのだが。テオドアが小さく唸る。

「……ところで、第八部隊は隊長の姿が見えないようだが……?」
「体調は先日の巡警で中型魔物と戦闘になり、怪我を負いました。現在は治療の為、しばらく休職しておりますが、……それが何か?」
「……戦闘が得意な貴君が怪我ひとつしておらず、代わりに隊長が大怪我を負った、か。……いやなに、気を悪くしないでほしいのだが、こうも考えられないかね。君が・・彼を陥れた・・・・・、と……」
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