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06 だからどうでもいい
しおりを挟むぱちん、と明かりをつけたように隼百は目覚めた。
瞼の裏にはチラチラと踊る、いろとりどりの光。瞑っていた目を開いてみれば、やはりズラリと並ぶモニター。
……。変わってない、な?
天国でも地獄でもなくて、まだ警備室の中だ。いつ寝落ちたのか一瞬思い出せない。でも目が覚めたのは運が良かった。
次はどうだろ?
益体もない思考が胸を這い上がってきたが、それが恐怖に変わる前に断ち切って考察に移る。これは夢の続きなのか、現実か。
あと視界が横なのは何でだ?
視線を巡らせてみればどうやらソファーの上に横向きに寝かされている。応接室のソファーを繋げて寝られるようにした、間に合わせのベッドもどきだ。
映像を見た限りでは仮眠室らしき部屋もあったけどな? ベッドまで運んでくれる親切は無いらしい。
意識を失う前に慌ただしく人が出入りしていたのは覚えてる。尤も慌ただしいのは今もで、誰かの話し声はするし、まだ複数の人の気配がある。それでも邪魔にせず寝かせておいてくれるのだから有り難い親切だ。隼百の目覚めに誰も気がつかない辺り、単に雑に扱われているだけかもしれないが。
とっちらかった情報を整理してみる。
召喚とか、異世界だとか、飛び交う単語の意味は知っているけど理解は出来ないので置いといて。
恐らくここはどこかの研究施設。……嘉手納って言ってたな。沖縄って事しか知らない。
今は所員が室内に備え付けのマイクやら端末を使ってモニター画面の向こう側とやり取りをしている。
アレ通話出来るのかよ……。男の視線が隼百に向いて、咄嗟に目を閉じた。
「本日、先に召喚したアルファも平行世界からの来訪者だったんですよね。この人は彼のツガイだから同じ平行世界から来たんじゃないですか?」
「それは無いな」 女性の声での応答。室長だ。「番で同郷はおかしい」
──主任に、所長に、室長。役職が多すぎる。だがこの中で一番偉いのはどうやら室長らしい。
「何故です」
聞き返したのは主任、のような気がする。
男性所員の見分けに自信が無い隼百だ。主任は眼鏡をかけていて痩せぎすだが、他の所員も痩せて眼鏡か、小太りで眼鏡か、ノー眼鏡か、という組み合わせなので誰が誰やらわかりゃしない。
多分だけど此処には脳みそにステータス全部を突っ込んだ人間が集まっている。外見に気を配らないせいで寝癖率が高い。なんなら室長も寝癖だ。
「何故も何も、考えればわかる」 室長の声。隼百の前方をずかずかと歩きながら解説する。「同じ世界にいるならそこで出逢ば良いだけの話だろ。運命なんだから。同郷なら界を超えてくる必要無いんだよ。必要が無ければ界渡りなんて出来ないさ」
「極論ですね。根拠に弱いし推論に過ぎない」
「まあいいさ。答えはすぐに出る」 唐突に室長が急に隼百を振り返る。「おはよう。応急措置は施しておいたよ。気分はどうかな?」
「おはようございます」
狸寝入りを丸無視された勢いに、つい普通に答えてしまった隼百だ。それから自身の変化に気が付く。
びっくりした。
「……凄いですね。ずっと楽になりました。ありがとうございます」
応急措置で何したらここまで回復するのか。
薬や点滴、注射程度では焼け石に水だった。最近はろくな処置もしてなくて、慣れてしまった痛みが今は消えてる。慢性的に続いてた頭痛やら胸の痛みやら、何から何まで。
緩やかな衰弱に自覚すら無かった症状──喉や胸の閊えも失せ、久しぶりのすっきりとした呼吸。
「君は聞かれてからようやく自分の体調に注意を向けるのかい? 鈍感だね」
「あはは。誰か煙草持ってません?」
「煙草は無いよ。それよりご覧よ!」 室長は明るく返事をして部屋の入り口に移動して扉を開ける。「待望の人が来てくれたよ。会いたかったかな?」
「……?」
待望の……誰が?
正体不明の不安が隼百を襲う。──底の見えない闇に落ちるような恐怖。
一体、誰が入って来るのか、考えるのも怖い──不意に、夢の記憶がよみがえる。
──手招きする誰か。
──追いつけない背中。
メンドウダ──思い出すと胸を抉られる──失望の声。
が、
入室してきたのは見覚えがある顔だったから拍子抜けした。
とは言っても、さっきテレビ画面で見ただけだけど。
部屋に入室してきた美貌の学生は椅子の上に横になった隼百を一瞥してすぐに視線を外す。それから何かを探すように視線を彷徨わせる。
一方、間近に学ランを見て目に飛び込んできた校章に、
「あれ浜高?」
思わず呟く隼百だ。高校生が目を見開く。
「もしかして僕が面会するのってこのおじ……おにいさんですか?」
慌てて言い直した少年に、苦笑する隼百。
不惑の年と言えばちょっと格好良いけど四十路。実年齢より老けている自覚がある。
「おじさんで正しいよ。気を遣ってくれてありがとな」
「いえ、すみません。どうしてお医者さんが横になっているのかと不思議に思ってました」
「白衣は借りただけなんだ」
「そうなんですか」
行儀良く頷く高校生。裸に白衣への突っ込みはない。……そもそも隼百への関心が薄いのだ。
上手に隠したけれど、隼百を紹介されたと気付いた瞬間に高校生の顔に浮かんだ表情は落胆だ。
「……大丈夫だよ。君の捜してる人は見つかる」
思わず慰める隼百だ。
「え?」
「いや迷子の顔してるから」
「……僕が、迷子?」
呆然と聞き返されてはっとする。
「って、ごめん勘違い! 迷子なら普通、家に帰りたいんだよな。捜し人って、なに言ってんだオレ。って迷子も失礼か、ごめん」
「いえ。嬉しいです。合ってます。はじめまして。僕は後藤来己。仰る通り、浜祀高校の二年です」
「あ、はい。はじめまして。礼儀正しいね」
高校生は自然な仕草で屈んで、寝てる隼百と目の高さを合わせてくれる。
軽く混乱する。
……画面で見るよりも格好良いって普通アイドルとかに抱く感想だったよな? いや間違えた。そこらの芸能人より断然煌びやかで圧が強い。オーラって言うべきか。存在感の塊。強い目力とその瞳を損なわないだけの美貌。均整の取れた美しい体躯。対面しただけでもう、男としての圧倒的な差を思い知らされて妬む気すら起こらない。寧ろ拝みたくなる。宗教興せそうだな高校生。
彼はじっと何かを待っている様子。
……あ。
「あー。オレは」 自己紹介いるか? と思いながら一応、名乗ってみる。「藤崎隼百です。浜祀は母校だからライキ君の先輩になるかな。こんな場所で同じ地方の子に会えて嬉しいよ。……まあオレ、ここがどこなのかわかってないんだけど」
「藤崎先輩は病気なんですか?」
遠慮無えな。
来己はずばりと核心に触れてきた。
「んー」 間延びした相槌打ちながら隼百は少し悩む。相手は所詮赤の他人で、子供だ。適当に誤魔化す事だって出来る……けど今のうちにぶっちゃけた方が面倒が無いか。「余命1年って告げられてから1年経ったよ」
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