異世界オメガ

さこ

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07 余命

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 来己だけではなく、所員まで黙り込んでしんと静まり返った空間に隼百は若干後悔する。言うべきじゃなかったかな。

「えっと。でも宣告された余命は過ぎてるけどラッキーな事にまだ歩けてるんだ。オレ、ちょっとだけ運が良いんだよな。死ぬ前に普通じゃない体験も出来たし」
 和ませようとしてまた失敗した。おかしいな。所員さん達が気まずそうに目を逸らしてる。

 来己が姿勢を正す。
「藤崎先輩、この異世界の医療は恐らく相当進んでいます」
「うん?」
 話の方向性が見えなくて首を傾げる。……てか今あっさり異世界って言ったな。まだ認めたくないのに。
「まだ悲観する必要はないって意味ですよ」 優雅に微笑む来己。「この手の恩恵が受け取れるのは一部の選ばれた人間だけって相場が決まってますが、召喚された僕らには優遇措置があるそうですから。きっと最高水準の治療が受けられますよ先輩。希望は捨てずにいきましょう」

 来己の台詞を聞き終えると、隼百は思わずくすりと笑った。
 どこか白々しく、薄情。でもだからこそ、下手な同情をしてこない来己に好感が持てた。

「うん。治ったら嬉しいな」



 一方の来己は隼百の反応に当惑してる。

 ──目の前に横になって寝ている、同郷だと言う痩せこけた白衣の中年男。
 彼は初対面で子供の自分にあっさりと弱点を晒した。
 自分はもう死んでいる筈の人間なのだと。

 死期が近い人間に会うのは初めてだ。
 番候補だと言われ引き合わされたけれど、彼を見ても少しも来己の心は動かなかった。違う……明らかなハズレで落胆した。
 営業から来己が「アルファ」だと告げられた時、馬鹿げた話だと反発する一方で、来己は深く納得していた。
 ──だからなのか、と。
 自分が人より優秀だからという意味じゃなく。だから来己は『みんなと一緒』じゃないのかと。

 来己は昔から空気を読まない。その必要を感じない。
 誰もが来己の前に立つと身構える──怯えるのだ。そうでなかった場合に向けられる感情は、崇拝だ。
 一介の高校生の筈の来己には信者が大勢いる。友達はいない。誰も来己の隣には立てない。

 来己には相手を試す癖がある。来己を見て子供の癖に生意気だと怒る大人は一定数いて、そういう邪魔な相手を見極める為にだ。

 この『先輩』には生き残れる可能性を示してみた。彼は子供の口出しだと怒るだろうか、みっともなくすがるだろうか、為人ひととなりを見極めるつもりでいた。……が、取るに足らない世間話みたいに流された。生死を分ける話なのに、僕を前にしてるのに、どうして自然体でいられるのか。ここで笑う意味も、わからない。
 しばらくするとひとりで納得して頷く。
「……うん、そうですね。下手に期待しないぐらいが丁度良いですよね。僕が力になれる事があったら協力します」
「え。ライキ君、助かる。教えて欲しいんだけど異世界って何かな?」
 再び間。
「え。嘘でしょそこからですか!?」

 そこで成り行きを見守っていた室長がぽんと手を打った。
「ああ! 君にはまだ何も説明してなかったな。自己紹介もまだか。藤崎隼百君。私は統合召喚システム室長の剣崎だ。その辺に嘉手納支所の所長、現場主任といるが、うん、あまり藤崎君と関わりはないから紹介は略して構わないな。よろしく」
「あ、はいよろしく?」

 隼百は周囲をこっそり見渡す。注目浴びてる。自分だけが横になってるのはそろそろ居づらくなってきた。調子も良いし、そっと身体を起こしてみる。
 重かった。
 緩慢な動作しか出来ない事に気が付く。……そか。痛みが無いだけで、自由に身体が動かせる訳じゃないな。他人の身体みたいだ。
 おっかなびっくり椅子の背もたれに身を預ける。

 その様をじっと見ていた室長が口を開く。
「藤崎君はこのモニター室から全ての様子が見えていたよね。会話だって聞きたい声が聞こえてただろう? 情報収集は出来てる筈だ」
「え、ここって勝手に聞きたい音が拾える仕組みなんです?」
「そりゃ施設中全ての音を垂れ流したら五月蠅すぎるだろう。マザーが聞こえる会話を取捨選択してくれているんだよ。気持ち悪いよね」
 AIのアルゴリズム的なものかな。とふんわり理解する隼百だ。
「確かに、何となくは察してますけど」
 でもどこまでもざっくりと、ふんわりの理解である。

 アルファとオメガが何なのか、どうして隼百はライキ君と対面させられたのか、全くわからん。

「ふむ。放置してすまなかったね。でも藤崎君の召喚は想定外だったんだよ」
「想定外」
「そうだよ。想定外の連続だよ機器の故障にしろ魔方陣の不都合にしろ原因を突き止めないといけないし君は全裸で病人だし、おかげで来訪者には説明が必要だって案件をすっぱり忘れてたよね」
 一息で言い訳してあはははと無責任に笑う室長。
 不意にぞくりと寒気がして振り向けば、笑顔の来己がいる。
「それ人として駄目じゃないですか。藤崎先輩が大人しいから貴女方は助かってますよね」
「うん。本当に助かる。泣き喚かれるのは面倒だからね」
「ええ……ニコニコと嫌味を言うライキ君も怖いけど、全く通じてない室長さんも怖い」
「怖がってないですよね藤崎先輩。本当に怖がってたら思考を口から漏らしませんよ」
「和ませようかと。や、だって皆さん怯えてるよ? ホラあそこの人、泣きそうだし」

「さあ藤崎君、解らない事は遠慮なく聞いてくれ! 必要な説明はあるかな?」
「室長さんは自由ですね。……いや、もう何がわからないのかがわからないんだけど」
「待って下さい。説明なんて後で構わないでしょ。先輩をまともな場所で休ませるか、医者に見せる方が先です。病人なんですよ」 ずいっと前に進み出て隼百の姿を隠す来己だ。目を細めて室長を睨む。「異世界だろうが日本なら常識はそう変わらないと思うんですが?」
 あれ? 隼百は首を傾げる。
 初対面では隼百に興味なさげだったのに庇われてる。高校生から過保護にされてるこの状況は一体。
「あはは。流石、アルファだね」 けど次の室長の台詞に納得した。「とても親身な台詞に聞こえるがね、後藤来己君? 君だって私から情報を引き出そうとしてるんじゃないか。自分の知る日本とここ・・がどれだけ違うか推し量ってるんだね?」
「……」
「あー頭良いんだ。ライキ君はすごいな」
「……藤崎先輩はもう少し怒って下さい。天然ですか」

「ところで藤崎君、言っておくけど君の処置なら出来る事はもう終わっているよ。調子はどうかな?」
「良いですね。これなら努力次第でもっと動けそうです」
「なら良かった。いくらかなら余命を伸ばすことも出来るからね」
「そりゃ、有り難うございます」
「……は?」
 低く押し殺した声は来己。当の隼百は苦笑してる。
「ちょっと待てよ。そんな言い方無いだろ!」
 来己の怒声に隼百は目を見開く。出会ってからこっち、ずっと高校生という年齢にそぐわない冷静な様を見てきたから意外だ。結構感情を露わにするタイプなんだな。怒鳴られた室長は全く悪びれてない。
「言い方変えても事実は変わらないだろ。こっちはメンタルケアが出来るような正式な医者じゃないんだよ。直截なのは諦めてくれ」
「医者じゃないなら余命なんてわからないだろ。偉そうに指摘してんじゃねえよ」
「資格が無いだけで知識はある。藤崎君は手遅れだ」 と隼百に向き直る。「君は若い頃から散々に不摂生を繰り返してきただろう。身体を大事に扱ってこなかったな」
「あ、はい」
「細胞がバグってる。だから治療で一時的に回復させたってバグだらけの細胞が復活するだけなんだわ。貴重なポーションを無駄にしたよ。勿体ない」 隼百に告げてから来己へと視線を移す。「さっき君は藤崎君に希望持たせるような事を言ってたけど、悪いね。こっちの医療でも出来ない事はあるよ。末期患者はどうにもならん」
「ババア」
「うわライキ君落ち着いて。オレ気にしてないから」
 慌てて間に入る隼百だ。
「は? 先輩は気にしろ」
「なぜ怒られるんだろ?」
「先輩には怒ってません! てか先輩はオレが怖くないんですか?」
「んー。オレ、打たれ強いんだよ。メンタルは丈夫でさ。自分の性格に助けられてるって凄くないか? 褒めて欲しい」
「……」
「あれ? 身体の痛みが消えたのにライキ君からの視線が痛い」
 じとりと恨めしげに見つめられても困る。
 隼百だって本当なら第三者に仲裁してもらいたかったけど、名乗ってくれない所員さん達は来己に怯えて声も出せない様子なのだ。若い子が怖いってのはわかるけど研究者、か弱い。
「えっと、仕切り直して、現状を教えてくれよ。まず異世界ってところからして呑み込めてないんだけど」

「……藤崎先輩は異世界って単語の意味はご存じですか?」
 嫌そうに、しぶしぶと引き下がった来己がそう聞いてきた。
「知ってるよ。ドラゴンと魔法と剣の、空想の世界。ナルニア物語とか、そういうのなら」
「古典ですね。僕も知っている」
「物語……だよな? オレは異世界って言うと中世ヨーロッパに似た世界を思い浮かべるけど」 と隼百は視界を埋めるモニター陣を眺める。そこに映されている人間の半分は普段着の日本人、もう半分は背広のサラリーマンだ。内勤と営業かな? 「和風の異世界譚もあるか。浦島太郎だって異世界に行った話だし。かぐや姫も異世界からの来訪者だろ?」
「僕、それも知ってます」
 知ってて当たり前だと思うが、まるで重大な事実のように言う。
「でもここは現代日本だよな」
「いえ。どうやらここは日本ですが、元の日本とは同じではありません」
「……うん?」


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