異世界オメガ

さこ

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08 同郷とは

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「おそらく大昔のどこかの地点で枝分かれして未来が変わったパラレルワールドだと思うんですよね。オメガバースが定着してるから」
「パラレルワールド? バース?」
「ただ僕としても疑問は残る。大昔に枝分かれしたなら言葉なんて大きく違ってる筈なんだけど……その辺、どうなんです?」
 来己の視線を向けられて室長の目が生き生きと輝く。
「過去に分かれた枝の先が、結局は類似していく──パラレルワールドでは稀によくある現象だね。だから魔方陣の翻訳を通さない藤崎君の言葉も通じたんだろう」
「ちょっと待って? ごめんわからん。ついていけてない。なんでライキ君はここが異世界だって確信してるんだ? オレまだドッキリの線が捨てきれないんだけど」
「すみません、先輩への解説でしたね。置いてけぼりにするつもりは無かったんですけど」
「いや、良いよ。混乱してるのはお互い様だった……うん。オレ、せめてライキ君が同じ出身地の人で良かった」
「それはどうでしょうか」
「へ?」
「藤崎先輩と僕の元の世界は似てるだけで別の次元にいた可能性もありますよ」
「待って、訳が分からなくなるからその解説止まって」
 止まってくれなかった。隼百の慌てる様が愉しくなってきたらしい来己はとても綺麗に微笑む。
「皆さんはかぐや姫や浦島太郎を知っていますか?」
 来己に話を振られた所員達が一様に首を縦に振る。当然だろう。
「ではナルニア物語は?」
「知らないです」
「わかりませんね」
「……ええ?」
 眉を下げる隼百に構わず来己が続ける。
「他の物語ならどうでしょうね? 例えば鬼滅。トトロ。ドラえもん」
 一斉に首を横に振る所員と、
「急にアニメかよ。最近のジャンプわかんねえよ」
 突っ込んだ隼百に、来己はしてやったりという表情。
「ふふ。先輩の好きな映画は?」
「えっ……? オレはあんまり見ないんだけど」
「では好きなタイトルでなくても構いません。最近見た物でも。何か映画のタイトルをひとつ挙げて下さい」
「そう言われてもな……あー……この施設、近未来っぽくてガタカを思い出した、かな?」
「あァ……雰囲気が似てるならもっと別の作品を挙げても良さそうですけど、藤崎先輩がガタカが好きなんですね。僕も好きですよ」
「……うう」
 赤面する。思考を覗かれたみたいで恥ずかしい。

「君たちの世界の物語か。ずるいなあ。聞いた事がない」
 不満を漏らす室長に所員が呆れてる。
「どこまで知に貪欲なんですか。まあ、言葉が通じるような近い世界でも、個人の作る物語には差異が出ますよね」
「でもこれで大体わかりました。どうやら先輩と僕の世界は同じですね」
「……ライキ君は多方面に詳しいよね」

 ──来己と話しているとこう、相手が年下だという感覚が薄れていく。何なんだろ、この子は。
 主任、所長、室長、と肩書きがついた大人達が此処にはいる。なのに場を支配しているのは最年少つ余所者の来己だ。
 隼百以外、誰もそれに疑問に感じていないのも不思議だ。主導権を握る来己に、大人達は当然のように従っている。

 生まれながらの支配者、そんな単語が頭に浮かんだ。

「話は戻りますが、先輩は異世界召喚についてはどんな風に理解してますか?」
「えっと、物語としてか? 召喚された勇者に国の王が世界を救ってくれって依頼するのがセオリーだよな。そんで勇者は魔王を斃してお姫様と結婚する」
「古いですね」
「オレは古いんだよ」 がりがりと頭を掻く。「もっとも滅亡の危機もなさそうだし、使命も無さそうだけど」
「それは僕も同意」
「残念だったね勇者候補」 室長が腕を広げて軽薄に笑う。「ここに滅亡の危機なんて無いよ。寧ろ栄華を極め、華やいでいく過渡期の真っ最中だ」
「ふうん?」
 目を細くする隼百だ。
 では何故ここに自分がいるのか、ますますわからない。来己だったらわかるのだ。彼はいかにも特別だ。
 見れば王者の瞳が静かに隼百を捉える。
「他に疑問はありますか? 先輩」
 ──疑問だらけだ。隼百は肩を竦める。
「オメガとかアルファってのは? さっきからよく聞こえてくる単語だけど」
「藤崎先輩、オメガバースはご存じないですか」
「知らない。……と不味いかな?」
「いいえ。先輩くらいの歳の男性には縁の無いジャンルですから。僕だって乱読家だから知識があるだけですし」

 つまり、年寄りは知らない、と?
 くっそ。
「……オメガウェポンなら知ってるけど」
「オメガウエポン?」
「ラスボスの後に出てくる最強ボスだよ。最近の子は知らないか」
「聞いた事はありますね……?」
 年代差の知識で反撃したつもりが、胡乱な反応をされて寂しくなった隼百だ。とても空しい。

「さて。ここでひとつ確認させてくれるかな? おふたりさん」 室長がパンと手を打ってふたりの気を引く。「お互い出逢って何か感じたかい?」
 来己は無言。
「ライキ君に感じた事ですか? 世代間ギャップを少々」
「運命は?」
 運命?
「室長さんって運命って単語似合わないですね」
「私じゃないよ。君がどう感じたかを聞いてるんだ。彼を見て、世代間なんとか以外にビビッとこなかったかな? 胸がぎゅっとなって苦しいとか、頭が沸騰するとか──性衝動が抑えられなくなるとか」
 隼百の眉が寄る。なんだって同性の学生相手に欲情しなきゃならんみたいな言い方するんだ?
「……見ていて解りませんか?」 来己が面倒そうに口を挟む。「藤崎先輩は僕の運命じゃないです」
 その返答に、室長がふふんと胸を反らす。
「やっぱりな」 所員に向かって、「言ったじゃないか。同郷で運命ってのは無いよ」
「室長、勝ち誇ったって何も解決しませんよ」
「とりあえず新たな召喚予定は後藤来己さんのつがいになりますね。予定に組み込んでおきます」
「だったら藤崎氏の番も召喚するべきでは……けどこれは厳しいですね……」
「厳しいって?」
「いや室長、喚んだところで番のオメガが余命僅かだったら相手のアルファがどう反応するかわかりませんて。繁栄を喚ぶ為の召喚なのに、破滅を喚び込みますよ?」
「怒り狂うアルファなんて、想像するだけで恐ろしい」

 隼百は頬を掻く。
 当人を置いて、所員同士で話し合いが始まってしまった。相変わらず話が解らない。

 すると来己が片手を挙げ、皆の話を止める。
「ところで皆さんは藤崎先輩がオメガって前提で話をされてるんですよね? 僕は実物を見た事が無いので見当違いならすみません、僕には先輩がオメガには見えないんですけど」
 雷に打たれたように固まる所員達。
「……え?」
「……は?」

 だからオメガってのは何なんだ?
 と聞きたいが、最早タイミングが掴めない隼百だ。その横で来己が問う。

「先ほど、僕は召喚で喚ばれて来るのはアルファとオメガだけだと聞きましたが例外は無いんですか?」
「例外はありません」 自信ありげに答えたのは多分、主任。「この召還では運命の番を捜す者を惹きつけます。そもそも目的の為の境界越えが可能なのは規格外のアルファだけです。そのアルファがオメガを喚ぶ──そういう仕組みなんです。ベータでは運命になりえない」
「絶対に?」
 念を押して問うてくる来己アルファに、戸惑いを見せる所員。
「……ですから説明の通り、この召喚システムは運命の番の惹き合う力を利用した物なので」
「でも聞いた限り、最初からあり得ない事態が起きてるんですよね? その異常が続いている可能性があるのでは?」
「それは、ですが」
 主任が返答に詰まる。
「僕と藤崎先輩の居た世界にはアルファもオメガも居ません」
「……それは先に伺いました」
「意味が解ってます? ──存在しないんですよ。それでも僕がアルファだと言うなら、もしかすると僕以外にもアルファが居たのかもしれない。過去の偉人とかにね。けどアルファは兎も角、オメガの男性ってベータの中に紛れる事が出来るんでしょうか? 過去にオメガらしい男が居ただなんて、僕はおとぎ話でも聞いた事がないです。もし居たら確実に差別されているでしょうし、アレって隠せない特徴があるでしょ。なのに先輩がオメガ? 自覚症状は無さそうですけど。それともこの世界に召喚されるとベータが後天的にオメガになるんですか?」
「……こ、後天的オメガにはなる事はありません」
「……」
 それきり所員達は大した反論も出来ずに固まっている。隼百が口を挟む余地はなく、そもそも話の内容がわからない。ひとりだけついて行けない自分が聞くのもなあ……と頭を掻いた、手首を唐突に背後から握られた。
 ?
 目を見開く。腕がちくっとした。振り返って見れば、室長がペンに似た何かの先端から小さな紙に一滴の赤色を浸している。
 遅れて理解する。
「今オレの血、抜きました?」
「貰ったのは細胞だよ」
 狂犬病予防接種のベテラン獣医みたいな室長の行動に咄嗟の文句も出ず、ただ眺めてしまう隼百だ。
 いつキットを用意したのか、シートの上にスポイトで別の液体を加えてる。──透明な液体がじわりと青色に変わった。
 リトマス試験紙みたい。
 などと呑気に理科の実験を思い出していたら唐突に雄叫びを上げたのでびくっとした。
「あーくっそ先入観と固定観念に負けた!」 悔しそうにペンをカチカチ鳴らす。「すっかりオメガだと思い込んでた。けどそうか。これまで異常事態が続いたんだ。バースだって外すわ」
「私は初めから怪しいと思ってたんです」 勢い込んで言うのは名乗ってもらってない所員さん。「いくら何でも平凡すぎますよ」
「ああ……ベータですか、だから」
「病気で劣化しているせいかと思い込んでましたけど」
 所員達は視線を交わし、意味ありげに隼百を見る。

 訳が解らなくても、向けられた視線の種類ぐらいは解る。蝶だと思ったのに蛾だった──そんな目で見られて、隼百は思わず身を引く。

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