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12 仲嶋
しおりを挟む「仲嶋君は営業の鑑だからね。召喚された直後の『お客さん』の中には納得できないとか帰せとか喚くクレーマーも多いんだが」
「で、しょうね」
室長が喋ってる途中で堪えきれずに突っ込んだのは来己だ。召喚しておいてクレーマー呼ばわりはヒドイ。
「仕方ないじゃないか。『今からあなたを召喚したいのですがよろしいですか?』とか確認する技術は無いんだ。文句があるなら君、開発してくれ」
「凄いなあ……」 呑気に感心してる隼百。「室長さんが自信満々すぎてこっちが間違えてる気がしてくる」
「そうそう。そういうクレーマーを察知すると仲嶋君はまず自信満々に口上を並べ立てるんだよね。あれ内容よりも勢いだよ? 勢い。問答無用で丸め込む。人の話は聞かないのが特技だ。なかなか真似できないよ」
誉めているのか貶しているのかわからない室長をごほん、と咳払いで遮る営業さん。
「失礼……では藤崎隼百様、これまででご不明な点はございますでしょうか? 私が出来る限りご説明致します」
それでも指摘は図星だったのか、仲嶋は初めて隼百に質問の機会をくれた。
折角なので聞いてみる。
「アルファとオメガってなんですか? あと、オレはベータだそうなので、ベータの事も教えて欲しいです」
「っは?」
室長を振り返る仲嶋。糸目で眼鏡だというのに縋り付くような目をしているのがわかる。
「そういう訳だ。説明してやってくれ」
「どういう訳です!? いや先に私に説明してくださいよ!?」
「聞かなかったじゃないか」
「いま聞いてます!」
「藤崎君はベータだよ。巻き込まれ召喚だそうだ」
「はあ!? そんなのありなんですか?」
「まだ何も調べてないからわからんね。君はまず自分の仕事をしてくれ。藤崎君が途方に暮れているだろうが」
「私も途方に暮れてますが?」
「なんだ。やはりアルファ協会の人間はベータは見放すのかい?」
その切り返しは何故か、仲嶋の痛いところを突いたようだ。
「──そんなことは、ありません」 ぎっと唇を引き結んで、隼百を振り返る。「では藤崎様もそちらの後藤来己様と同じで、アルファもオメガもいない世界からのお越しという事ですね……レアケースが続きましたね」
「ライキ君とは高校が同じなんですよ。年は全然違うけど」
隼百が片手を上げて申告する。そこには少しの照れが見えている。
年の離れた子を同高とか言うの、縦の繋がりの強い体育会でもなかったから普通に恥ずかしい。
「……?」
仲嶋は理解しがたいといった表情で首を傾げてる。
「ですから藤崎さんと僕は同郷で、同じ異世界出身者です」
そつなく捕捉したのは来己だ。
「……同郷?」
「君やっぱり人の話を聞かないな。今さっき言っただろが。藤崎君はアルファの後藤君に巻き込まれてこの世界に召喚された。本人達はそう推察している」
「……なあ」 室長を睨む、糸目の眼力が結構怖い。「そういうのは先に、きっちりかっちり、俺に説明してから説明させろよ」
「聞かなかったじゃないか」
室長が繰り返す文言にちっと盛大に舌打ちする仲嶋。
「なんかすみません」
思わず隼百が謝る。
「……」 仲嶋は無言で溜息をついて、「アルファ、ベータ、オメガというのは性別です」
前置き無く説明を始めた。
性別?
「男女以外に性別ってあるんですか?」
「あります。まず『アルファ』ですが、これは知力体力全てにおいて優れている。いわば群を統率する狼です。次、『ベータ』は個体数が一番多い。数が最大の特徴であり強みですね。一般人の総称と思っていただければ大丈夫です。最後、『オメガ』は美しい。発情期があり、男性でも妊娠し子供を産む事が出来ます。逆にアルファ女性はオメガを孕ませる事が出来ます。オメガは発情期の間に自らの項を噛んだアルファを伴侶と認め、生涯の相手とします。それが先刻から私が言っている番ですね」
間。
「……煙草あります?」
「残念ながら御座いません」
「そーすか」
相手からの返事も上の空で隼百は考え込む。
さっきまでの仲嶋の口上は無駄に口数が多かったけれど、今の説明は簡潔だ。
でも情報量過多。
「えー、っと。子供産むのに男って言えるのか? それってもう女性で良いんじゃないか?」
そしてアルファ女性は男性で良い気がする。
あと性別の特徴で『美しい』って何だ?
「れっきとした男ですよ。しっかり男性器だって付いてますし、生殖可能ですので。……そこ疑わしげな顔は止めて貰えますかね? オメガ男だって女を妊娠させる事が出来るんですって。ちゃんと」 なんで仲嶋さんは必死なんだろう? と見ていると、ごほんと咳払い。「……可能と言っているだけです。……その気になる機会はありません」
最後は言い訳っぽく付け加えた。
「へええ……」 はじめて思った。なるほど。ここは異世界だ。「……世の中にはいろんな世の中があるんですね」
「先輩、思考を放棄してますよね」
「オレ、ベータで良かった」
「……ご希望通りの性別だったようで何よりです。まあ普通が一番ですよね」
普通の代表である仲嶋が言う。
……。
普通? 見た目に反してこの人は性格はエキセントリックで、これ普通って言うんだろか。……そもそも普通ってのは何だ? 考えてウッカリ深淵に嵌まりそうになった隼百だ。
でも仲嶋の外見は平凡だからか、つい同士的な親しみを覚えてしまう。何となくこの人は安心出来る。
「それにしても召喚でベータですか……後で不快な雑音が耳に入ってくるかもしれませんね。藤崎様は何を言われても気になさらぬように」
「後も何も、もうハズレベータって言われてましたよね先輩」
「ハッ」
「え?」
馬鹿にしたように鼻を鳴らしたのは仲嶋だ。急に素を出さないで欲しい。吃驚する。
「それは発言した方がハズレなだけですよ」 腕を組んで言う。「貴方を貶める発言ならば、全て無視して結構。ベータで有ることそれ自体が悪いわけではないんです」
ふうん?
「仲嶋さんは益にならないオレを心配して助言をくれる人なんですね」
「いえ私は仕事です」
どきっぱり。
「そ、そうですか」
「……元々アルファとオメガは個体数が少ない。けど、ほんの少し前までこの世界のアルファとオメガは絶滅しかけていたんですよ。それがこのプロジェクトが動いた事により、一定数まで持ち直した。いわばこの召還は世界を救う大事業です。アルファは優れた指導者であり、ベータの民衆は常に強いカリスマを求めているものですから。オメガはそのアルファを繋ぎ止める楔。──それだから召喚でベータは求められてないんですよ。だってベータが求めているわけですから」
禅問答かな?
「……僕にはそれは理解できません。アルファが居ても居なくても世の中って変わらないんじゃないかな」 来己が言う。「現に僕らの世界にバースの区分けは存在しませんでした。なのに文明はここと大差ないように見えるんですよね」
すると仲嶋が笑う。
「あなたは健全ですね。その考え方は悪くない」
「……健全じゃないのがわかっていて、元に戻そうとは思わないんですか」
「元に、ねえ? ……そりゃまあ、この世界は健全ではないんでしょうがね」 腕を組んでる仲嶋はどこか斜に構えた斜物言いをする。「言い換えましょうか。アルファとオメガを召喚する事により、この世界はあらゆる世界の利点を取り込み、かつてない発展を見せております。そちらの世界と似たり寄ったりだった文明度もこの先はもっと大きな差異が出てくるでしょう──もう、物事の是非ではないんですよ。動き出した列車は簡単には止まりません」
ふと心配になる。
「今更だけどすみません仲嶋さん、結構ぶっちゃけてないです? 上司に怒られませんか?」
「あァ。だってここ、協会の監視カメラも無いしね。取り繕っても仕方ないでしょう?」
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