異世界オメガ

さこ

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23 赤ずきん

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「いや待って隼百君? 助けたから感謝しろなんて言わないけど、ドン引きしてるのはなんで?」
 素朴に不思議そうな仲嶋アルファ。あのな……。

「だってオレ、延命したってすぐ死ぬ身ですよ? これだけ救い甲斐が無い人間、他に居ない。なのにそこまでして助けてくれる他人なんて怪しいし、気持ち悪いです」
 あ、しまった。思った事を口に出したら暴言になって隼百は密かに焦る。命の恩人相手に言い過ぎた。いくらこの助力に何らかの思惑を感じるにしても……って。
 ああ、思惑か。自分の考えに唐突に腑に落ちる。
 言葉通りにとらえれば良いんだ。このアルファの思惑と行動なんて、最初から一貫してる。

 ──つがいのため。

 なら、納得できる。実験台としてなら自分はそこそこ使える気がする。
 納得はしても共感は出来ないけどな。
 多分、そこはオレの方が異常だし。

 人に対しても、物に対しても、生にも──隼百は何かに執着した覚えが無い。
 それだからこそ、未来が消えても、拠り所の無い異世界に落とされても平常心でいられるのだろうけれど。
 隼百には、みっともなく番に執着してる目の前のアルファの方がいきものとして正しく見えるし、まぶしい。

 幸い、相手は隼百の暴言には反応せず、首を傾げる。
「君はちょっと客観的過ぎるよね。ふむ。要するに、助ける理由を教えたら安心するのかな」 顎に指を添えて考える様を隼百は呆れ半分に眺める。イケメンはいちいち絵になる。普通に動いてるだけの癖して。「……最初は奴への嫌がらせだったよ。守ったのは、隠してる間に死なすわけにいかないから仕方なくだね。けど、まさかここまで目が離せないとはねえ。誤算だよ。深く関わり過ぎた」
 と肩を竦める。
 沈黙。
「……うん?」 説明終わり? 意味不明なんだけど。「誰ですか? 奴って」

 ──深くなるアルファの笑みに追求するだけ無駄だと悟る。

 溜息を吐く。
 この人、教えると言いつつ、教えてくれる気が無い。
「わかりました。わからないって事がわかりました」
「あはは。にしても隼百君、何でもすんなり受け入れてくれるよね。バラエティに富んだ死因を教えたって混乱ひとつしないか」
 つまらなそうに言わないで欲しい。

「だってオレ、ひとつは覚えてますよ」

 眉を上げるアルファ。
「覚えてる? 死んだ事を? 無かったことにしたのに?」
「砂が消えたから」

 ──記憶を遡れば、あれは先月の最初。雑用の餌の採集に来た海岸で、剥き出しの消波ブロックを見た。
 なぜ覚えてるのかと言えばそこが前日まで砂に埋もれていた場所だったからだ。
 ただの砂浜に見えていた場所は、本当はテトラポットの上だった。

 海岸の消波ブロックというのは怖いモノで、下に落ちると複雑な海流で溺れる。というのは釣り人なんかの常識だけど、陸側、砂が溜まってしまった消波ブロックも怖い。
 砂で溺れる。
 うっかり出来た隙間に嵌まれば生き埋めになるからだ。這い上がる事も出来ず、死体の回収も難しいと聞いた。
「昨日と違う光景に吃驚して見てたら興奮して訴えてくる子がいてさ。急に砂が消えたんだよ! って。危ないから業者が来て片づけたんだね、って迎えに来た親と話したの覚えてる。あれ、本当に一瞬で消えたって事か」
「そうそう。君、あの子を助けようとして死んだんだよね」
「いや知らないけど。……また出鱈目な真似を」

 田舎での生活は、実はあまり前の世界と変わらない。日常は忙しなく、異世界にいる事を忘れそうになる。
 なのにアルファが絡むと途端にオーバーテクノロジーを実感しておののく。

「理解してるなら話は早い。君が何度も死んでいるのは事実だ。俺も感慨深いよー? 腕時計これを造ってからここまで有効活用してくれた子は初めてだよ」 と口の端を上げる。「異常だろう?」
「えっ……と。死にすぎ、ですね?」
「疑問符付けなくても大丈夫。おかしいから。ちゃんと異常だから自信を持って」
「ひょっとして旦那さん、怒ってます?」
「もう少し疑問と恐怖を持って欲しいね。どうして君は死を繰り返すんだろう。本人に失敗した記憶がないから? 癖が付いてる? こういうパターンは俺も初めてで対処がわからないんだよ。だから、ちょっと実験させてくれないかな?」
「はい。どうぞ」
 あっさり了承した隼百に、相手は逆に不服そうに目を細くする。
「……本当、無防備だなあ。赤ずきんは狼を見分ける為に眼を良くしたんじゃないのかな。けどあれも結局、一度は食べられてるか」

 なんかぶつぶつ言ってる。

「あー。赤ずきんの童話ならオレの世界にもありましたよ。不思議と昔話や神話になると共通した話が多いんですよね。『赤ずきん』は目が良いわけじゃないです。おばあさんに化けた狼に、どうしてそんなに目が大きいの? とか聞く方」
「……だから君は、もっと緊迫感をね?」 旦那、説教を言いかけて、止めた。「まあいいか。その方が都合良い」

「……」 隼百は首を掻く。この、人当たりの良いアルファが自分に取る態度は時折、酷薄だ。眼が良いかどうかは知らないけど、流石に分かる。「旦那さんって、オレのこと嫌いですよね」

 少し違うか。
 この目はもっと、別の。
 ──憎んでる。
 相手は苦笑する。
「いや、君は可愛いよ」
「……そりゃどうも」

 ──誰が鵜呑みにするか。言葉の通りなら、相対していてこうも背筋が冷えたりしない。
 溜息が漏れる。嫌われるのは構わないんだけど。困る。
 だって、彼は隼百を嫌っているのに助けてくれる。いまだに体調が悪化していないのはおそろく死にかける度に稀少なポーション消費して回復リセットされてるからだろうし、何より、他の人間のように隼百をベータだと侮る事も無い。

 だから取るべき距離感がわからん。アルファって皆、こうなのかな。

 隼百の下がった眉を見て旦那がふ、と笑う。
「赤ずきんは後悔したんじゃないのかな」
「え?」
「狼に食べられる瞬間に。もっと目が良かったら間違えなかったのにって。だから生まれ変わった赤ずきんは目が良い」

「……この世界の童話は展開が違うのかな」 言葉の意味がわからないけど突っ込んで聞く気も無くて、当たり障りの無い返しでお茶を濁す。「ところでオレ達、何やってるんですかね。オレを殺した暴漢から逃げたところ、って認識で合ってます?」

 異常な移動法で辿り着いたのは、普通にアパートの外。駐車場だ。
 歩いて出るのと何も変わらない。

 田舎の早朝。
 駐車場と言っても他に空き地が多く視界は広い。空き家も多いから人通りは無い。交通量もない。
 寝間着のおっさんと場違いな美形が立ち話をするってカオスの横を一匹の猫が通り過ぎていく。
 空には鰯雲。日中はまだまだ暑くて気分は夏なのに空模様は秋っぽいな、などと現実逃避気味に考える。

 そういえば、水族館の志知さんは水槽で回遊魚を飼うのが夢なんだそうだ。赤身魚は止まると死ぬから飼育は無理なんだけど、要はそれだけの規模の水槽と設備を備えるのが夢って意味なんだろう。

 のどかな田舎の日常に見えて違和感はある。

 あの猫はいつもは警戒心が強くて近づいてこない三毛だし、駐車場には見慣れない車が一台止まっている。

「やっぱり隼百君は勘が良いね。だいたい正解だ。でも今回に限っては、君は死んだから巻き戻ったんじゃない」
「そう、なんですか?」
「この時計、犯されても巻き戻る仕組みでねえ……でもアレは殺人もセットだね。結局殺すつもりだろう。凶器持ってたし。ああ、戻ってきたよ」
「はい?」
 おかされ? 聞き間違いかな。
「事故死は何度もあるけど人に殺されるのは初めてだよね。──ああ違うな。次が成功・・したら彼に殺されるのは二度目になる」

 ……彼。
 二度目?

 隼百は息を吐く。
「館長ですか」
 するとアルファは薄く笑う。
「元、が付くんじゃないかな。その役職は今、空席だろう」
「……よく、御存じで」

 彼が辞めた理由を隼百は知らない。

 隼百どころか職員の誰も、館長が辞めるとは知らされていなかった。
 ひと月前。
 ずれ込んた予定に溜まった仕事、死んだ魚の事後処理と慌ただしい中、突然発表された人事に全員が驚いてた。
 一ヶ月経った今でも代わりの館長は決まってないし、事務所の私物もそのまま。水族館を運営する本社は急な人事に対する詳細を発表しないし、市も沈黙している。何があったのか。辛うじて喫煙所で聞けた噂によれば、どうやら偉い人を怒らせたらしい、鶴の一声の人事だとの事。

 責任者の不在で水族館の業務に問題があったかと言うと、全く影響が無かったところはちょっと物悲しい。
 ただ隼百の環境は改善された。それまで遠巻きにしてた志知以外の同僚らが普通に接してくれるようになったからだ。

 正直、釈然としない。

「……うちの館長をクビにしたのって旦那です?」
「俺? そんな権限無いよ。管轄じゃないし、興味も無いな」
「ですよね」
「唐突だね。どうしてそう思ったのかな?」
「館長、上の人間を怒らせたらしいんですけど、それがアルファなのかな? と思って……ただの思いつきです」
 心なしか気温が下がって、隼百の台詞は尻すぼみになる。へえ? と仲嶋旦那。
「それなら中央のアルファだろう。いるだろう? アルファさん。君の職場、当たり前だけど協会所属だからね」 喉の奥で笑う。「君を傷つけたから怒ったかな」
「それは無いです。関わりが無い。それよりどうして館長は殺す対象にオレを選んだんだろ」
「本人に聞くのが1番だろうけど、オススメはしないな。また繰り返すだろう・・・・・・・からね」

 バタン、と荒々しい音に意識が逸れる。

 勢い良く車のドアを閉めて国産車に乗り込んだのは丁度今、話題にしていた人物だった。
 久々に姿を見る。
 やつれているという風でもなく、健康そう。
 ただ、どこか消化不良に見える鬱屈とした横顔。
 普段乗り熟しているジャガーじゃないんだな、とぼんやり考える。

「彼は今さっき、君の部屋に忍び込んだけど、家主は不在だった。仕方ないから帰るところだね」

 ──突発的な事故とは違うのだ。
 5分前を未然に防いだところで、何も終わらない。
 それは隼百でも予測が付いた。


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