異世界オメガ

さこ

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36 目の前でいちゃつくカップル

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 仲嶋さんが返事をした。
「……えー?」
 返事したのは仲嶋さん。つまり仲嶋さんだ。

 隼百はやとの言語能力はゲシュタルト崩壊を起こしている。
 だって糸目の平凡顔だと記憶していた人が美少年だった。いや少年じゃないあの子達の親だから二十代半ばにはなってるか? そう捉えてみれば二十過ぎに見えない事もない……ような気がする。明らかに子どもではない、が。年齢は見れば見るほど解らなくなってくる。なりは青年だけど肌が異様に瑞々しいのが違和感。
 まあ歳はいい。
 あらかじめ変装してると聞いてたし、ちゃんと承知してた。けど思わないじゃん可愛いな!

「顔色良くなったのに微妙な顔してんな」
 そんな、いじめっ子みたいな笑みを見せられても可愛いし。

「あのねえ」 彼の背後ではトルマリンが頭痛を堪えるような表情をしてる。手が塞がっていていつもの大袈裟な仕草は無い。「満暁みつあきは隼百君に素顔を見せるのは初めてでしょ。もっと他に言ってあげる言葉は無いのかい?」
「ああ挨拶してなかったか」
「そうだけど、そこじゃない」

 トルマリンの前、頭ひとつ低い位置でくりっと猫目の可愛い系美形は面白そうな、興味深げな視線を隼百に向ける。
「こっちの姿では初めまして、ですね」 声も前とは違う。でもどこか人を食った、揶揄うような調子にはやっぱり覚えがある。「よく俺だってわかったな

「満暁、こっちの姿って。今変装しているみたいな言い方をしないでくれ。それは君の素顔だ」
「ぐだぐだ五月蠅い」 ガッと強めにトルマリンを肘で突く猫目の可愛い男子がニヒルに笑うアンバランス。「ま、けどお前の言っていた通りだな。藤崎様は眼が良い」
 隼百はまだ混乱してる。……でも合って・・・はいるんだよな。
 ふ、と息を吐く。
 よし納得した。

「様は止めてくれ。そりゃ、わかるよ」
「様が駄目なら藤崎って呼び捨てにするけど」
「いいよ」
「いいのかよ。じゃ遠慮なく? 藤崎のソレは人並み外れた観察力の賜物たまものか? それとも直感? 能力が発現したのはこの世界に飛ばされてから? 力を使ってるって自覚はあるか?」
 見慣れない仲嶋にじっと見つめられ焦って手を上げる。
「いや、まさか。そんな大層なのじゃない」
「じゃどんなの?」 切り込むように問われ、隼百は視線を彷徨わせる。口に出すべきか迷っている内に仲嶋は尚も言い募る。「自分は何もしてないと思ってても無意識にを使っている場合もあるんだよ。こっちが聞いて判断してやるから言ってみろって」
「だから……オレが解ったのは仲嶋さんが所有欲丸出しに囲われてるからだよ」

 せめてソフトに告げてみた。
 囲われてる、じゃ何を言ってるのかわからんかな? でもハッキリと伝えて良いのかどうかわからん。

 それともオレの感覚がおかしいのかな? 自信がなくなってくる隼百だ。仲嶋は堂々と腕を組んで立ってるし、彼の背後のトルマリンは仲嶋の腰に腕を回して立っている。隼百と目が合うと挨拶なのかニコリと微笑んだ。いや……つまりトルマリンは仲嶋を抱きしめている。その上、時折屈んでは仲嶋のつむじに唇を落としている。
 男同士だよな? でも誤魔化しようがないくらいに腕の中を見つめるトルマリンの目は愛しげだ。羞恥が無いのか自覚が無いのか、日常なのか? 感覚が麻痺してる?
 そういえばアルファとオメガが揃っているところを直接目にするのは初めてだ。
 これがつがいか。
 隼百の中のアルファとオメガの概念がバカップルにそっと上書きされた瞬間である。

「いだっ!」
「え?」
 すぱんと小気味好い音と共にトルマリンが仰け反った。
「いや仲嶋さん手、大丈夫?」
「大丈夫じゃない!」
「えっと、いや。耳まで赤面して涙目になってるのは反則的に可愛いけど虐めてる気分になるから勘弁して欲しいかな?」
「冷静に突っ込むな!」
「隼百君、殴られた俺の方も気にして」
 トルマリンも涙目で、こちらは鼻の頭が赤い。密着していた分、裏拳がモロ顔面に入ったのだろう。

「ごめんね隼百」 ここでおっとりと口を挟んだのはまどかだ。「俺もいつもの光景だからうっかり見逃していたよ。本当だよね。トルマリンさんが執着する相手なんて仲嶋しかいない。……でもそれに気付いたっていう意味ならやっぱり隼百に観察眼あるかな」
「下手なフォローでトドメ刺すなよ! くっそ恥ずかしい! 偉そうに語っちまったじゃねえか!」
 じたばたと悶えていても可愛い。

「まあまあそう落ち込まないで」
「元凶がしれっと慰めんな馬鹿!」
「でも仕方ないんだよ?」
 とトルマリン。どうやら腰の腕にぐっと力を入れたようだ。仲嶋がよろめきそうになって、
「あ?」
 よろめかない。がしっと固定されてる。
「満暁、自覚無いからなあ。わかってる? 隼百君は番持ちじゃない外の人間の中で、君が、初めて素顔を見せる相手だ。まず誰がつがいなのかを明確に見せておかないと俺が不安になる」
 一時停止みたいに硬直する仲嶋。
 再起動。
「堂々とおかしな理論展開すんじゃねえ!」
 綺麗な蹴りが出たが、今度は当たらなかった。密着しているのに避けるアルファの運動神経が凄……いや、避けなきゃいけない位に仲嶋さんの蹴りが怖いのか?

 二人のやり取りの間、他の面子はと言えば、ガー君は円達に追加の椅子を用意しているし、円も彼のエスコートに従い席に着いている。落ち着きすぎだろう。

「そろそろ故郷の味が恋しくなる頃合だろうって用意して貰ったんだよ。これが隼百の世界の料理? 馴染み深い感じがするな」

 円の前に置かれたのはシロノワールだ。いや懐かしいって言われりゃ懐かしいけど何故そのチョイス?

『ハヤトの世界にある喫茶店のメニューです。こだわったポイントはハヤトの分は胃に負担をかけないようゼリー飲料を模したところです。けれどハヤト、ご所望ならモーニングもご用意できますよ。如何です?』
 やっぱりガー君セレクトか。
「いや、充分。ありがとう気持ちは嬉しい」 片手を上げて断ってから隼百は首を傾げる。新たに用意されたのは円の分だけだ。残りのふたりを見る。「あれは放っておいて良いんだ?」
「トルマリンさんと仲嶋の喧嘩? 相変わらずだよね」
「いつもなのか」
『はい。隼百も風景として流して下さい』
「風景には見えないけどな!?」
 隼百の突っ込みに円は軽く肩を竦める。
「俺は馬に蹴られたくないんだよ。基本的に強いアルファって番への執着も強いから注意してね」
 はい?
「面白いな? アルファって執着の粘度で強さが測れるのか」
「うん」
「……ごめんオレ、冗談で言った」
 真顔で頷かれて隼百は怯む。
「うーん。これは受け売りなんだけど」 円は思い出すように銀色のスプーンを手元で振る。「社会は本能を否定する。個々の欲望を否定する。そういうものだし、支配者には理性が必要だ。けどアルファが本領発揮するのは本能を開放した時なんだよね」
 そう言って円はデニッシュパンの上のソフトクリームをスプーンで掬って口に運ぶ。
「……ふうん?」
 相槌を打ってみたものの、反応に困る。
 隼百には別世界の話だ。異世界という以前に今後も関わりが無い内容、という意味で。
 けど次の台詞には思わず顔を上げる。

「極端な話を言えば、この世界のアルファはオメガを捨てたから滅びた」

「え?」
「自らの本能を殺したから滅びた、とも言えるかな。アルファにはオメガが必要で、オメガを失ったら生きていられない。アルファとオメガはセットなんだ」
「……初めて聞いた」
「だろうね。まだ一般的な見解じゃないし」 淡々と教えてくれながら四等分のデニッシュ生地を更に小さく切り分けていく。「えーとね。アルファって人の存在としては不自然に優秀なんだって。対してオメガは不自然な位に弱い。その辺は元より居ない・・・世界から来た隼百の方が理解出来るんじゃないかな? ……アルファもオメガも自然としては存在するべきじゃないのかも」
「? オレの世界には居なかったけど、そりゃ単に分岐したルートの結果だろ。ここには居る。存在してる以上は許されてる」
『誰にです?』
「え? 神様?」
「……うん。そか」
 温かい生地と冷たいソフトクリームを同時に口に入れる。美味しかったのか、顰めていた眉が緩まった。

『さて。話を戻し、私が円の捕捉を致しましょう。分岐したルートを語るならこの世界は興味深いですよ。最も特異な点は、支配層だったアルファ達の選択です。完璧なアルファの弱点がオメガと捉え、その弱点を根本から消そうとした。そしてそれは自らを追い詰める結果となった』 解説をするガー君は愉しそうだ。『ええ。サンプルとしてはとても有意義なデータを残してくれました』
 つか他人事だな。ガー君も別世界の存在なのかな? 

 そういえば召喚事業って、この世界を導いていたアルファが絶滅寸前になって、困って他の世界から補填しようとした事から成り立っているんだったか? 隼百がこの世界に来た最初にはそのような説明を受けた。
 自分は間違えて召喚された口だけど。

 でも滅亡の理由までは知らなかった。
 心がざわざわする。なんでかな。どうしてかわからない程に衝撃を受けているのは。隼百は自問する。オレは今の話の、どの部分が気に入らないんだ?

「アルファにはオメガが必要? ……んなはずない」

 無意識の呟きは円に拾われた。
「うん。実際にアルファに依存してるのはオメガの方だね。番にしたってアルファは番契約を解消しても別の番を選べるけどオメガは一生ひとりのアルファに縛られるし、捨てられたらオメガは死ぬまで苦しむし」
 と別添えのシロップをデニッシュパンとソフトクリームに回しかける。
「は? 何だソレ不公平じゃないか」
「それがアルファとオメガの関係なんだけど……新鮮な反応だね」 面白そうに瞳が煌めく。「そっか。外の人にわざわざ負の歴史は教えないから隼百は知らないよな。昔ここではオメガは迫害の対象だったんだ」
「……円も迫害されてた口か? それとも別世界から召喚されたオメガ?」
 円は首を横に振る。
「俺は元々居た方・・・・・。でも俺が産まれた頃はもうアルファもオメガも減って保護対象になってたから昔の人みたいに辛い事は無かった」
『いいえ。マドカは不当な差別は受けていました』
「あー。それが不当って事は気づかなかったかな? 鈍感だし。迷惑をかけているから当たり前なんだと思ってた。ただ……俺はオメガと判明してからずっと否定されて生きてきて、自分は居なくても良いかなとは思ってて」 話の内容の重さに反し、生地を口に入れた円は幸せそうだ。デニッシュパンとシロップとソフトクリームのコラボはお気に召したようで何より。充分に咀嚼してから口を開く。「番を得てから今みたいな話をよく言われた。自分はオメガだって卑下するんじゃなく、必要な存在なんだから矜持を持てって。でも俺が隼百に教えたいのは、強いアルファは執着心が半端ないって部分」
「ん?」
 急に話を振られた。
「心構えはしておくと良いから覚えておくと良い。でも怖くはないから安心して」
「ありがとう? 念押ししてくれて悪いんだけど、オレには関係ないな?」

 どうして円は隼百がオメガであるような発言をするのか。まさか同類と勘違いしてるとか?
 隼百はオメガである円と仲嶋を窺い見る。
 無いな。

「そうだよね」 円は深刻そうに考え込んで頷く。「可哀想だけど隼百の場合、全然安心出来ないから関係ないか」
「うん? うん」

 何か根本的に会話が噛み合っていないんだが、心配してくれてるし、親身に教えてくれようとしている気持ちは解るし、あまり深く追及しない方が良い気がする。
 まあ、ざっくりは理解した。

「つまりすごく執着するのが運命の番って事か」
「んー? それはどうだろ?」
 円の返答は曖昧だ。
「ざっくりすぎた?」
「逆に運命じゃないからこそ、不安で執着するってパターンもあるから」
「……ああ、そっちか」
 拍子抜けして息を漏らす。
「そっちってどっち?」
「うん?」
「隼百、そっちってどっちかな?」
 問われた隼百は思わず身体を後ろに引く。
「いや、意識して言ったワケじゃないから聞き返されても困るけど」
「ふうん。困るのはどうしてかな?」
「え? どう……して?」
 どこまでも追及されて言い淀む。

 そもそも、一体、オレは何に拍子抜けした?
 さっきみたいに自分に問うてみる。……面倒だな。円はどうしてこんな事をさせるのか、と八つ当たり気味に恨む程度には億劫に感じる作業だけど、別に自分の思考を追えばいいだけだ──なのに、少し考えようとすると怖くなって焦ってきた。
 あれ?

「……うん」 円は全てを悟ったような笑みを浮かべている。「自分でもわからないんだね。隼百が知りたいのは運命の番の話だと思うけど」
「いや別に」
「でもアルファとオメガの説明をしてたところに急に運命・・を話題に出してきたのは隼百だよ?」
「……そうだったかな?」
「隼百には番と言えば運命っていう刷り込みがあるんじゃないかな。召喚されてくるのは皆、運命持ちだから。けど世の中にいるのは運命ばかりじゃない」

「うん?」
『修正させて頂きますがハヤト、マドカの感覚も大概狂っていますからね。運命の番がよくいるこの世界が異常なのです。本来は運命ではない番が圧倒的多数派になるものですよ』

「それはそれとして、の話だよ。今は運命召喚の恩恵を受けてる分、運命であるのが正義っていう風潮がある。けどまだ何も知らない隼百にはその思考に毒されて欲しくない。運命じゃない番を否定するのは間違いだよ。健気なんだから」
「健気」
「うん。運命だろうが運命じゃなかろうが、番を想う気持ちに違いがあるわけじゃない。むしろ、じゃない・・・・方が運命って担保がない分、必死に番を守ろうとする傾向がある。……勿論、これだって俺の主観だから一般的じゃないんだろうけどやっぱり周りにそういう人達がいると」

「ちょっちょっと良いですか!?」 と切羽詰まった声が台詞を遮った。「やめて下さい円さん。俺が居た堪れなくなりますから」
 円の前に屈んでヒソヒソと情けない調子で話しかけているのはトルマリンだ。喧嘩は終わったのか? 隼百からはその表情は見えない。

 どうしたん?

「だからトルマリンさんは気にしすぎ。番になっちゃえば相手が運命かどうかは意味がないよ。アレはとっかかりで、絆は育てていくもの」
「狡いですね。それは円さんだから言える台詞です」
「俺には言い返せない台詞を使うトルマリンさんは狡くないのか?」
「うっ、返す言葉も御座いません」
「俺にとって二人は憧れなんだけどなー?」
「いや、いやいや何をおっしゃいます」
 顔は見えないがトルマリンの耳は赤い。

 ……どうやらトルマリンは円に対しては敬語を使うらしい。そして勝てないらしい。
 うーん? アルファは複数の番が持てるらしいけど、会話から察するに円はトルマリンの番では無さそうだな?
 それぞれの関係性がよくわからんが、触れないでおこうと隼百はそっと誓う。他人の事情なんて詮索するものじゃない。触らぬ神に祟りなしって言葉が脳裏をよぎったからではない。

 とりあえず、番の問題はとてもデリケートだって事は理解した。
 ふと脈絡ない考えが降ってくる。

 自分は運命だと思ったのに相手にとってはそうじゃない、って事はアルファとオメガ間にもあるんだろうか。
 ……益体やくたいも無い。あるだろうな腐る程。

 ところで我関せずという顔をしている人物が隼百以外にもひとり居る。おい当事者。
 と突っ込むのはやぶ蛇になるから言わない。なのに目が合った。

「……。仲嶋さんの子供って、滅茶苦茶パワーあるよな」
 無難な話題を選ぶ。
「ガキなんて皆そんなもん」 糸目じゃない美形からは素っ気ない答えが返ってきた。それから笑う。「似てるだろ」
「……うん? ああそうか、似てるのかアレは」 隼百は腕を組んで深く頷く。「似てるな。やんちゃなのとか大人しいのとか小さいのとか色々いたけど、皆、可愛かった」
「あー」

「だろう!? うちの子は満暁に似て可愛い! 長男なんて最近は綺麗にもなってきて歳はもう二桁だよ早すぎる! ああ隼百君引いてる? ごめんね? でも心配が尽きなくてね。うちの子達はオメガアルファベータ性別関係無く可愛いから世に出してしまったら速攻悪い虫が付くに違いないのに揃って箱入りに育てたものだからまだ出す気はないけど純粋培養ってのは諸刃の剣なんだよね次男は賢いけど外の害虫に対処出来るのかといったら不安だよねいくら囲ってたって虫はどこからでも湧くものだし先を想像するだけで胃がギリギリする」
「トルマリンさん? うちの子は虫?」
「滅相もございません! 誤解です!」

「そういえば仲嶋さんって満暁って名前なんだな」
「あー。呼ぶのは旦那位だけどな」
『ハヤトはスルースキルが高いですね』
「無視したつもりは無いよ」
「放置で構わねえぞ? オレでもウザい」
「そりゃまあ、鬱陶しいとは思ったけど」
「わかる」
「満暁がヒドいのはいつもの事として、隼百君も結構、俺に塩対応だよね。どうしてかな」
「原因オレか? 態度がおかしいのはそっちだろう」 返す隼百の方が若干呆れてる。「こっちはおっさんなのに女の子相手みたいに接してくるから居心地が悪いし、相手しづらい」
「あー……」
「ああ」
『成る程』
「ふうん」

 隼百からしたら当然の事を言ったつもりだが、聞いた相手は揃って微妙な表情になった。
 トルマリンが微妙な顔のまま口を開く。
「ごめんね無意識だったよ。そうか。俺、隼百君を円さんと同列に見ちゃうんだな」
「オメガじゃないのに、か」 仲嶋が呟いて、考え込む。「無意識ってのは馬鹿にならないよな」

 嫌な空気だ。隼百は反論したくて、でも声に出せずに沈黙する。この人達はまさか隼百がオメガに見えるとでも言うつもりか? だから無いっての。目覚めてからの異常な体調の良さは変わらないのに動悸がするし冷や汗が出てきた。
 皆、変だ。
 俺はオメガじゃないしベータで普通で自分の立場をひとことで表すなら傍観者だと隼百は思う。今はなんだかんだで重要人物と多く関わっている気がするが、それはイレギュラーな存在だからだろう。アルファオメガを欲した召喚に紛れ込んだベータ。非凡を集めた中に平凡な者がいれば目立つ。皆が召喚された者から特別な部分を見いだそうとするのは癖みたいなものだろう。自分に異能は無い。そういう者にふさわしい言葉はそうだ、傍観者。結論を出したら少し落ち着いてきた。自身の思考の中にある違和感に、隼百は気づかない。

 そんな中、円だけは別の方向に注目していた。
「ごめんトルマリンさん、俺は隼百の気持ちの方がわかる。男として、女の子扱いされるのって戸惑うし、違和感があるよな」
「え?」
『私が説明致しましょう』 ガー君は解説となると生き生きする。でも解説するポイントあったか? 『幼少期に男性として育てられた男オメガは同性から突然オメガとして扱われると疎外感を覚える傾向にあります。性別が変わった訳ではないのに同性から壁を作られ、割り振られる仕事も根本から変わります。それを言語化すると女性扱いに違和感を覚えるという風になるのですね』
「すみません! 侮辱するつもりは毛頭無く!」
 直立不動で叫ぶトルマリン。
 ……さっきからアレだな。そこまで恐縮するほどの上下関係なのかとちょっと引く。

 けどおかげで隼百の嫌な緊張は溶けた。そっと息を吐く。

 落ち着けば他人を気遣う余裕が出てくる。円はやっぱり男だったのか。じゃなくて、そこじゃなくて、言い方は悪かったから誤解は解いておきたい。

「言っとくけどトルマリンを嫌ってるわけじゃないから」
「え? 隼百君?」
「色々と感謝してるし、人としては好きだよ」
 トルマリンが蹌踉めいた。
「くっ、唐突なデレがあるからこの子、憎めない」
『トルマリンがウザがられる理由がよくわかりますね』
「……異世界だからかな? オレ、時々言われる言葉の意味がわからないんだよな」
『ハヤトは少々古風な所がありますよね』
「単に聞き流したいだけじゃないかな」
「いやだって、トルマリンって可愛い伴侶と子どもがいるのに時々オレを口説くような台詞を言うだろ? 言葉に別の意味があるのかと疑うよ」
 空気が冷えた。

「……トルマリンさん?」
 微笑んでいるのに円の目が怖い。想定以上で予想外の反応に隼百は焦る。失言した!? トルマリンもぎょっとしている。
「反応が可愛くて揶揄った時の仕返しが今!?」
「いやオレだって勿論、揶揄われたのはちゃんと解ってるから! 大丈夫! 全然大丈夫!」
 なにが大丈夫なのか隼百自身も全くわからないが、空気が怖いので一生懸命トルマリンを庇う。何故だ? ここは冗談として流されるべき場面だよな? しかし円の笑顔は堅い。

「トルマリンさんって気に入った人しか視界に入れないし、相手にしないよね。これは浮気になるのかな?」
「なりません! なぜ円さんが反応するんです!?」
「いや浮気って……平凡な男のオレと可愛い仲嶋さんとじゃ比較にならねえだろ」
 マトモに受け止めないでほしい。明らかに家族を溺愛しているトルマリンの浮気相手がおっさんでは水を差す結果にもならんと思うじゃんでも悪かった。口説くとか口走ったのは考え無しだったごめんトルマリン。

「……ふうん」
「満暁?」
 ぱしっという音がして何事かと見れば、トルマリンが仲嶋の手首を掴んでる。
「……なんだよ離せ」
 仲嶋は面倒そうに手を振るが腕は外れない。どうやら距離を取ろうとしていたところを阻まれたらしい。
「焼きもち!? 嫉妬してくれてるんだ」
「はあっ!? 誰がお前に」
 ぎっと音がしそうに睨んで腕を強く振るが、外れない。
 ぷんぶんと振る。外れない。
「誰にとは言ってないけど?」 怪しく微笑む。「……満暁は俺に嫉妬した?」
「ぐ」



「オレは悟った」 隼百が唐突に宣言する。「これを風景として受け流せば良いんだな?」
「正しいけども」
「オレは円に倣っただけだけど? 優雅に食事を再開してるそっちが大概なんだからな」
 円は隼百に呆れているが、自分だって切り替えが早いのだ。
 いつの間にか最後のシロノワールの欠片を口に入れている。溶けたソフトクリームを生地で丁寧に掬って浸してから、である。

『ここは喧嘩中のトルマリンとミツアキのデザートを後回しにした私の判断力を褒めて欲しいところです』

 じゅわっと染みた生地を味わっていた円が溜息だか吐息だか解らない息を吐く。
「トルマリンさんの行動がね」
「うん?」
 ガー君の自慢を自然に聞き流してるよ。
「仲嶋の気を引きたいたいだけ、って解ったから気が抜けてる。これでも俺は毎度、性懲りも無く踊らされてるんだ。隼百は順応早くて羨ましいなあ」
「順応してないから! 直視出来てないし!」 全力で目を逸らしながら隼百も反論する。 視界の端では何か大きい方が小さい方に覆い被さっている。口は塞がれてるから声だけは漏れてないけど遠慮して! 「……アレは子どもの教育的にはどうなんだ」
 ちょっと落ち着こう、と存在忘れてた飲料の残りを手に取る。珈琲は氷も溶けかけてすっかりミルク色に染まってる。
「ありのまま見せてるよ。慣らした方が良いし」
「嘘だろ」
「それが日常なら忌避しなくなるだろ? 実際あの子達、気にしてないし」 一拍おいて、「オメガの発情期がどんなか隼百は知ってる?」
「ぷっえ? や?」
 ストロー銜えたタイミングでヒドイ。咳き込む隼百に円は苦笑する。
「純情。ベータだって年中発情期だ」
「そ、そ……ああ、捉え方次第か」
「オメガって発情の期間が限られてる分、強力でさ。人前でわきまえるような理性が飛ぶんだよね。これはそうなった時、発情をしている親を見て悪だって学習させない為に必要な処置」
「そういうものか」
「隼百は素直だよね。建前かも? オレは番からそう言われているけど、丸め込まれている気がしなくもない」
 ぽわりと首を傾げる円から感じるのはほのかな闇だ。
「……大変だな」
 いや追及しないって決めてるけど! 子ども諸共監禁されてないかこれ? 大丈夫か? いや追及しないけど!

「ところで身体の調子はどうかな?」 と、円の手が隼百の頬に触れて下から覗き込んでくる。「顔色なんかは改善してるけど解りにくくて……隼百って所作に変化が少ないよね」

「あ! そうだ言いそびれてた」 隼百は椅子を引いて円の正面に立つ。腰を折って礼をする。「ありがとう」
「なんで?」
「凄いよな。こんなに楽に立ち上がれるんだから」

 感謝しているのに何故か円が困った顔を浮かべた。隼百の礼儀に対してか、話の内容に対してか。
「凄いのは隼百だ。君、相当我慢強いだろ。体調が悪くてもそれを他人に悟らせない犬みたいなところあるよね。俺には礼を言わなくて良いよ。救ってくれたのは──」
「流石に察する。オレを回復してくれたのは円だろ。おかげで久々に健康だった頃を思い出せた」
「そりゃ病理を消滅させたのはオレだけど」
 円はむしろ気落ちした様子だ。
「消滅?」
「今の隼百は完治して健康だ」
「……へ?」
 何気なく放たれた一言に驚愕する。
 精々、ポーションの強いバージョンで症状を軽くしてくれた程度なんだと思ってた。
 そんな、気軽に。

「でも」 円は言い辛そうに、覚悟を決めたみたいに手のひらをぐっと握り込む。「多分、隼百の寿命は伸びてない」

 うん? と隼百は首を傾げる。


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