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攻防1

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 テレビで言ってた異常気象が増えてるって、こういう天気も入るのかなあ。

 ふわりとてのひらに降りてきた桜と雪。
 雪だけが体温で溶けて消えていく。残されたのは桜のピンク色と、冷たさでほんのり赤くなったてのひら。それをストロボで切り取るように雷が照らす。
 現実味が無いから逆に落ち着いてしげしげと観察してしまう。
 と、
「──ぶ──ぎ────ッ」
 ……うん?
 どこかから聞こえたのは悲鳴のような、カエルの断末魔みたいな音だ。嵐に紛れて届きにくいけれど、注意して耳を傾けてみれば屋敷中が騒々しい。

 何かあったんだろうか。……ってあるよな。今、まさに天気がおかしい最中だ。
 中庭の前の廊下で立ちつくしたまま様子を窺っていたら人の気配が解るぐらいに近づいてきた。
 荒々しい足音が届く。
 そして現れた人影に目を見張る。

「ここを出るぞ」
 爲永ためなが
 何故ここに。
 ……出たければ勝手に出れば良いのでは。
 意味がわからなくてただ相手を見つめてしまう。行ってきますの挨拶を俺に言う理由はなんだ? 親しくはないし、爲永がそんな律儀な性格じゃない事だけは知ってる。混乱してぼんやりとしか反応を返さない俺に焦れたのか、彼は背後に従ってきた秘書サンに言う。
「連れて行け」
「えっ」
 ちょっと待て何故? 俺か? 抵抗するつもりもありませんけど俺か?
「あの、なっ?──」
 秘書に連れて行けと言った癖に爲永自身に腕を引っ張られて半ば強制的に走らされる。随分と強引だ。
 腕を引かれながらも咄嗟に落ちてた自分の鞄を拾う。貴重品。
 拾って、あれ? ……いま思い出したけど、俺、自分の服着てるな……。そして服は洗濯後の感触。あぁあ女中さんの仕事か。頭を抱えたくなる。申し訳ない。
 爲永は中庭の反対側、部屋の奥に向かってる。いきなり道を間違えてるんじゃないかと思ったが、襖の奥、押し入れだと思っていた場所に暗い廊下が現れる。こんなのあったのか……隠し通路じみてる。
 なにかを考える間もなく、ぐいぐい無言で走らされる。途中は従業員用の通路になってるらしく、そのうちに調理場に出た。何故か朝の忙しい時間なのに誰もいない。掴まれている片腕以外の自由なので、引っ張られながら俺は手に届く範囲でラップ、ペットボトル、キッチンバサミとタオルを拾う。構うのが面倒なのか爲永は文句は言ってこない。まあ、どうせ俺が抵抗しても敵わないしね。
 にしても、吹雪と花と雷に誰もノーリアクションなのが気になる。今も雷光は激しく吹雪いているのに。
 そもそも一体なにを焦っているんだ? 爲永を見上げて、
 雷光に照らされた表情にぞっとした。

 ──わらってる。

 この人の笑ったところを一度は見てみたいと思ったことがあるけど……コレ違うやつ。
 俺の視線に気づいて爲永は馬鹿にしたようにフンと鼻を鳴らした。何故。
「宣戦布告されたぞ」
 人の腕をきつく握りながら、聞いてないのになんか言ってくる。
 もー……こっそり溜息をつく。腕痛いんだよ。誰にだよ。言うならはっきり言えよ。説明不足だよ。

 とりあえずの目的地がわかった。
 自動車だ。……外か。なにかを追っているのか? それとも逆に、なにかから逃げてる? けど爲永に逃げるという単語が似合わないし。
 ということを考えてる間もなく突き飛ばすように後部座席に放り込まれ、俺の後すぐ爲永が入ってきた。
 うえっ?
 そして運転席に乗り込んできたのが秘書の人。
 他には誰もいない。

 ……色々イレギュラーすぎる。
 普段の爲永なら運転は運転手がいるだろうし、俺を入れたこの3人でドライブなんてあり得ない。

 それにしても──車に乗せられて、さっきからなんとなく気になっていた匂いが強くなる。……なんだっけこれ。アルファの匂い? 違う。よりすごく気になるものだ。どうしてこれが気になるのか。早くしないと。なにを? 危ないから。焦る。何で混乱してるんだ俺。まず落ち着こう。深呼吸して──理解した途端、ぞぞっと背筋を寒気が襲う。──血の匂い。
 出所。どこ。
 わかった。爲永のスーツ。脇腹が濡れている。
「……怪我してるんですか?」
 返ってきたのは無言。
 無視だよ。
「金針さっさと車を出せ。時間との勝負になる」
「……どちらに」
 秘書サンが聞く。
「病院に」
「地下だ」
 声がかぶった。爲永が病院と言った俺をぎろりと睨んで、なにか言おうとしたところで車が発進する。
 よく見たら額に脂汗をかいているから相当痛いと思うんたけど。
 ……。
 車に乗せられた後は放置されているのを良しとして、スーツの上から傷口辺りを押してみる。
 あ、呻(うめ)いた。
「オマエ」
「手当てするので横になって……いいや、そこで良いんで大人しくしてください」
「あァ!?」
 狭い車の中では取れる体勢に限界がある。
「大丈夫です。薬は持っているので」
 出所は怪しいやつだけどな。
 先ほど台所から取ってきたハサミを使って手早く服を切り裂く。クッソ筋肉羨ましい。どうでもいいけど爲永さんの首にかけてるペンダントは素朴すぎてらしくないよな。なんて気を散してないと怖くて震えそう。──人の怪我を見るのは初めてだ。
 傷口確認……大丈夫。何とかなる。
「……でもなんの傷だろ」
「魔物」
「?」
 なんか言ったか? けど無視して集中する。第一に清潔に。ペットボトルの水で傷口の汚れを洗い流して、水はタオルで受け止める。それから包帯がわりにラップを巻きつける。薬は迷って止めた。だってやると内蔵に塗りつける感じになりそうだよ。
 止血だけでも無いよりマシだと思う。
 処置の間、微動だにしない男に感心する。強いなあこの人。
 と──
 ─────に前触れは無かった。
 とつぜん腰から力が抜けて俺は座席にへたり込む。「……え?」えっと、あれ俺もしかして緊張から解放された安堵から腰抜けた? 解放されてないのに? でもすぐにぞくりと全身に電流が走るみたいな震えが来て、
「……ふッ、うあっ?」
 たまらず身体を丸める。
 なに?
「なんだこいつ急に」
 爲永は訝しげに俺から距離を取って離れる。傷つくんだけど。
「……彼はオメガですからアルファの貴方に反応してるのでは」
 チガウ。
 予感に駆られて車窓から空を見あげる。
「……うっそだ」
 俺のつぶやきに隣の男もつられて空を見上げて、短く息を呑んだ。
 ってことは俺だけが見えてる幻覚じゃないんだ。

 ──天上から一条の光が走ってる。

 ロケットの打ち上げの軌跡みたいな。や……ロケットはこんなに垂直の線じゃないし、方向が逆だ。
 地震の時のように車体が横に揺れる。遅れてドゴンと、もの凄く大きな音が響く。
 ……。ええ。
 爲永が片頬を持ち上げて、
「成る程」凶悪な表情でわらう。「──来たか」


 俺は地上に注意を向けて目を見張る。黒い煙。赤。
 これ……さっきの屋敷が燃えているんじゃないか。
「──!」
 咄嗟に引き返そうとして車のドアが開かない。なんで開かない。諦め悪くガチャガチャしていると、
「無駄な事を」爲永が鼻で嗤う。「あそこにオマエの知り合いなぞいないだろうが」
「けどおにぎりくれたよ」
 変な顔をされた。
 どうしよう。どうしよう。
「……心配なのはどなたですか?」
 運転席からの声。秘書サンが聞いてくれてる?
「女中さん達が」
「従業員でしたら避難は完了しているので大丈夫でしょう」
 なんだ。そうか、よかった。さすが、爲永さん。よかった。
 安心したら疑問が湧く。
 ……どうして避難できたんだ?

「おいオメガ、俺の負傷に気付いたのはいつだ」
 しかし、こちらが何か聞くよりも先に詰問された。
「……いつって、車に乗った時ですけど」
 それにしてもこの人とこんなに長く会話したのはじめてだな。
 出会ってから何年も経つけれど、一方的にこっちが思い入れがあるだけ、という関係だったからなんというか……俺、個体認識されてたんだなあと感慨深い。
 まあ、避けられてる上に嫌われてる自覚はあったけど。

 なんて考えてたら気づくと爲永の眉間の皺が深くなってる。
「乗ってからだと? ならなぜ道具を拾ってきた」
「道具?」
「ハサミ、ラップに水、タオル。訳のわからんモノ武器にするかと思や、選んだように」
 俺の察しの悪さに苛つくように早口で単語を並べていく。短気です。
「あー、それは……」改めて聞かれるとわからないな。よく覚えてない。「なんとなくです」
「あぁ!?」
「代表、身体に障りますので恫喝は控えめに」
「あの」秘書サンに怒られて大人しく背もたれに身を預けた爲永に声をかける。「なんで俺を一緒に連れてきたんですか?」
 根本的なこと聞くのを忘れてたんですよね。何で俺はここにいるのか。
「……」
「今なにが起こってるんですか?」
「……」
 返事はない。安定の無視だよ。
「爲永さん、何かやらかしたんですか?」
 それぐらいは聞いたって良いよな。巻き込まれてる。すると、その質問は不快で我慢ができなかったようで、すかさず反論が来た。
「濡れ衣をほざくな。俺がナニかを起こしているわけじゃあない」背もたれにふんぞり返る。「原因はオメガ、オマエだろが」
「え。まさか」
 爲永がフン、と鼻を鳴らす。
「知らないってのは罪だな」
 知らない?
「だから……なにを知ってるんですか?」
「俺が教えると思うか? オメガごときに」
 にべもない。
「教えないくせに知らないって責められても困るんだけどなあ」
「あぁ!?」
「心の声が漏れました」
「てめえ放り出すぞ」
「代表……」

 そのうちに車はひとつの駐車場に入り、やがて停車した。目的地に到着したようだ。すごい……あんな曖昧な指示でよく迷わず目的地を選べたな秘書サン。

 地下って指示だったけど、そこは普通のビルに見えた。
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