絶滅危惧種オメガと異世界アルファ

さこ

文字の大きさ
21 / 39

乱入

しおりを挟む



 思考は唐突にぶち切られた。
 いま俺はとても重要な告白を聞いた筈だが、それが一瞬で脇に押しやられる事態に陥っている。

 瞬くような光と爆音がして──場違いにも思い出したのは花火だ。

 地下なのにふわりと春のような風が吹く。どうして春と思ったのかって、花の香に包まれたからで。よく知った匂い。それに気を取られて対処が遅れた。音の聞こえた方向、頭上に視線を向ける。

 天井が降ってくるのが見えた。

「なにこれ……」
 事態を理解できなくてその光景を呆然と眺めてしまう。

 避ける事なんて思いつかない。……まあどうせ俺の運動能力では避けられないだろうし。
 冷静に分析してる余裕なんて無いんだけど、恐怖にストッパーが掛かってるんだろう。まるでスローモーションのよう。こういうの、なんて言うんだっけ。
 ああわかった──走馬灯。死ぬ前に見るやつだ。チッと嫌そうな舌打ちが、轟音の中なのに不思議と耳の傍に届いた。
 ガラガラと、岩なのか土砂なのか壁が降り積もる音は思ったよりも軽く聞こえた。

 同時にフロアの照明が全て消え、視界は暗闇に落ちる。しばらくして非常電灯の明かりがつく。

 生きてるな。

 さっぱり意味がわからない。なんで生きてるのか。そもそも何が起こったのか。自分に覆い被さっている体温にとてつもない違和感──コレ俺のじゃないんだけど。という、ごくごく根源の本能の抗議。子供の我が儘のような脳の主張を無理矢理納める。別のアルファの匂いなのだ。該当する人物は一人しかいない。
爲永ためながさん」
 呼びかける。返事は無い。
 えーとこれ、そういう事だよな? 我ながら自分の出した結論に自信がないけれど。

 咄嗟に爲永にかばわれたのだ。

 オメガ嫌いなんじゃ……ってわけでもないんだったか? 直前の会話を思い出して溜息をつく。
 ほんと──難儀な人だな。
 返事がないのは気を失ってるからだろうか。
 手を突いて立ち上がろうとして、
 ざっと音を立てて血の気が引いていく。

 びちゃりと手に付いた──接する地面に拡がっていく、ぬるい水たまりの感触。次第に濃くなっていく血の匂い。

まどか
 俺がびくっとしたのは仕方ない。地下深く、ぐったりした爲永と自分の二人以外に誰もいない筈なのに違う声が聞こえたんだから。普通にホラーかと思う。
 すぐに解ったけど──暗闇の中でもはっきりとその姿が浮かんで見える。
「どうしようナイト」
 どうしてここにいるのかを考える前に助けを求めた。
「大丈夫だ」
 無造作に爲永を押し退けて俺を抱き抱える。久々の、半日ぶりの匂いにすごくほっとするそうじゃない。焦る。
「違うナイト、俺じゃなくて、爲永さんが怪我してる」
 モアサナイトは不快そうに爲永を見下ろす。
「円に感謝するんだな」
「は……え? 俺に?」
 逆じゃないか?
 意識があるのかどうかも怪しい怪我人相手にナイトは何を言ってるんだ。感謝しなきゃいけないのは俺の方なんだけど。
 ──咄嗟の行動でまさか庇われるとは思わなかった。
 むしろ俺を盾にする方が爲永さんらしいのに。
「コイツは円を庇ったから助かったんだ」
「……え?」
 意味を図りかねてぼうっとする俺にモアサナイトは場違いに穏やかな微笑みをみせる。
「僕が君を危険にさらす筈がないんだよ」
 えっと。
「でも天井が降ってきたのはナイトのせいだよね? タイミング的に」
 見つめると、少し気まずそうに視線を逸らす。
「少し、ズレたんだ」
「ずれた」
「僕は地下の空間とは少しばかり相性が悪くてね。この手の場所に転移しようとすると目測からずれる事がたまにある」
「偶に……。確率的には?」
「八割かな」
「八割は成功するんだ」
「……成功が二割だけど」
「……」
「けど!」 と取り繕うように俺と視線をあわぜる。「怪我はないだろう? 円の周囲には防御魔法をかけたから。完璧に!」
 防御魔法──あの春の風かな。言われてみれば俺に怪我はなく、見れば自分の周囲だけは不自然に惨状を逃れている。
 要するに……俺は庇われなくても無傷だったってこと? 脱力する。
「なんでそんなに容赦ないの」
「容赦?」
「それ俺を助けなければ爲永さんの命は無かったってことじゃん!」
 俺の突っ込みにモアサナイトは顔をしかめる。
「気に入らないな」
「……なんで?」
「だって円に密着してこいつは助かったんだろう?」
「そこかよ」
「……まさかそれでわざと円を庇ったのか?」
「ないよ!? ナイトが壁の中に転移してきてあまつさえその壁ぶち砕いて落ちてくるとか! 誰も予測できないよ!? これトルマリンさんでも予想外だったんじゃない!?」
「まあ、そうだね。壁の中の転移なんて普通は死ぬから僕以外はやらないだろうし……さすが円、よくわかってるな」
「ああもう」 先に言うべき台詞を思い出す。「……助けに来てくれてありがとう」
 だって二割なのに。危険なのに。手段も選ばず来てくれた。
 さらっとやってきたように見えて、ものすごい無茶してる。ああそうか──それが爲永との違い。

 モアサナイトは俺を助けるのに絶対に迷わない。

「どういたしまして。じゃあ帰ろうか」
「ちょっ、ちょっと待って、爲永さんは助けてくれないの?」
 モアサナイトが首を傾げる。
「トドメを指さない優しさはあるよ」
「ナイト、そういう事を良い笑顔で言っちゃ駄目」
「放っておいても構わないさ。アルファだから案外しぶとい。それにこいつは」
「もういい」
「え、円?」
 無理矢理モアサナイトの腕から抜け出す。腕力では到底敵わないけど、自由に動けた。俺が本気の時はモアサナイトは邪魔をしない。
 悠長に遊んでる時間はない。放っておいたら目の前の男は死ぬ──どうしてか、それだけはわかる。

 爲永の傍にしゃがみ込む。ナイトから離れると結構な暗闇で、自分の手元すらよく見えない。おかげでグロテスクな様が見えないのは救いだけれど。
「……円?」
 それ・・ を意識してやってみたことはなかった。恐る恐る手をかざす。全くなにも起きない。ぐぐぐ、と思い切り力んでみる──変化無し。ヤバ。恥ずかしいだけじゃん。焦ってくる。
 息を吸って吐いて深呼吸。

 そっと爲永の肩を抱くと背後で息を呑む気配がした。傷口はどこだろ。やり方なんて知らない。けれど、多分出来るのだ。いや絶対に出来る。──それは確信じゃなく、思い込みだ。でも大丈夫。こういうのはまず信じることが肝心なんだから。だから大丈夫。俺の番が傍にいるのだから。──そうだ。ナイトがいる。今の俺に出来ない事は何も無い。
 もう一度。
 爲永の肌に右手を滑らす。ふと何かにひっかかる。物理的じゃなく、気持ち悪い感触に手が止まる。そこに意識を向ける。

 ずるり、と──自分の中のが抜けていく感じ──ビンゴ。繋がった。

 なにがどう繋がったのか、説明はできないけれど繋がった。吸引力のある掃除機の前にいるような、自分が穴のあいた風船になったような気分。うん。コレ──
 面白いぐらいごっそりと力が奪われていくな。短時間でぐいぐい身体が重くなっていく。
 ふだん気にも止めない重力をすごく意識する。若干寒気がするのに脂汗が額を伝った。床に突っ伏さないように、相当努力しなければいけなかった。
「円、その辺で止めて」
 狼狽した声に罪悪感がわく。心配させてるけど。
「……もうちょっと」
 力を吸われた分だけ、相手が回復している手応えを感じるのだから止められない。

 限界まで力を注いでから、とんでもないことに気が付いた。
 ──止め方がわからない。

 えっと……あれ? 身体を離せば良いんだろうけど、指を一本上げるのにも苦労するのにどうやって身体を離すんだ? 動けないな。反省……限界までっていうのは失敗だった。ナイトの言うことを聞いておけば良かった。密かに焦っている間にもずるずると力が奪われ続け、視界がまっくらになる。あ。これ貧血。
 それでも力の流出は止まらない。耳鳴りが強くなって──
 うう……格好悪い。ついに身体を支えられなくなってがくっと顔から地面にぶつかる寸前、支えていた筈の腕に支えられた。

「動くな」 爲永が言う。動けませんが?「……つがいを殺されたくはないだろう?」

「……。命を助けてくれた相手を人質にして脅すのが君たちの恩の返し方なのかな?」

 ああ、ナイトに向けて言ったのか。いや待って。駄目じゃん。気持ちよくブラックアウトしそうだった意識を慌てて引き戻す。アルファの直接対決って。悠長に寝てられない。

 爲永はすっかり元気そうで何より。
 力が入らなくて皮肉も言えやしない。思うように身体を動かせないのがもどかしい。
「少しでも動いてみろ。左腕でも秒あればオメガの首を折るぐらいは出来る」
 俺を抱えたまま、爲永が右腕を持ち上げる。
 拳銃?
 モアサナイトを狙って。──それは駄目だ。
 腕を、銃を掴む。力は弱々しかったはずだけれど、俺が動いたことの方に驚いたのか、爲永は腕を振り払うのも忘れて俺を見る。
「待って爲永さん」
「誰が待」
「それじゃ駄目でしょうが」
 俺、いま勢いだけで喋ってるから人の台詞を遮ってたかもごめん。
 会話のキャッチボールする余裕は無いんだ。
「ここで自棄やけになったら駄目だろ。交渉しないと。目的があるんだろ?」
「……お前は」
 やっぱり眠い。
「だから俺に任せて」
 今度こそ意識が落ちる寸前、すごい勢いで視界が回った。抱きしめられる。ああ、この匂い。──奪い返してくれたのか。
「ねえ、ナイト」
「円」
「喧嘩禁止だからな」
「……」
 すごく情けない顔する。フォローしてあげたいけれど、もうダメめちゃくちゃ眠い。せめて、せいいっぱい抱きつく。
 おやすみなさい。

 あきらめたような溜息が聞こえた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される

水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。 行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。 「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた! 聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。 「君は俺の宝だ」 冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。 これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...