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傍観。暴走したアルファはちょっと止められない
しおりを挟む「困っているんですよね」
いきなりなに。
「なんでですかね。この間からずっと微妙に確実に距離を取られてて、いえ原因は多分あれかなって、まあそれしか無いというのはわかってはいるんですけど、どうしたら良いのかが全くわからなくてですね」
ぬっと出てきた途端に語り出した。
「トルマリンさん、落ち着いて主語を言ってくれるかな」
──現在、ここは飛空艇の中。
しょぼんとしおれた大型犬みたいにわかりやすく落ち込んでいるけれど、回りくどくて一体何を理由で落ち込んでいるのかは全くわからない。俺に相談に来る理由もわからん。
「ええ……なんで円さんがわかってくれないんですか」
しかも理不尽。
「俺はテレパシーなんて持ってないもん。ちゃんと内容を喋ってくれないとわからないな」
皮肉が通じたのか別の原因か、そう聞き返すとうっと怯む。
「……すみません、また今度で」
今度?
「どうしたんだ?」
振り返ると仲嶋がいた。首を傾げる。
「トルマリンさんがおかしい」
「はあ? どんな風に」
「どうって、見ての通り──あれ? いないし」
振り返ったら姿が消えていた。一瞬でどこ行った?
「んなことより円、アルファ協会との連絡はどうするんだ?」
「どうするって?」
「呑気だなあ。いつまで放置すんのかって聞いてんだよ。連日ワイドショーがすごいぞ? お前、たまに出演する癖に全然見ないよな」
「あー」
俺の反応に、仲嶋は腕を組んで呆れた顔。
「あれから何日過ぎたのか分かってんのか?」
「浮世から離れてると急かされることがないからなあ……数えてないや」
「駄目だろそれ」
でもぶつけちゃけこの船に乗っている限りはあらゆる追及から逃れられる。隔離された空間にいると世論に追われない分、引き籠もりに拍車が掛かってしまう。
……一応、狙いはあることはあるのだけれど。
相手は世界で最高の権力を持っていると言っても過言ではない。その全力の機動力で以て捜しても無駄だという事をわからせて、平和的に格の違いを示しておかないと。交渉の場に立つ前段階でなるべく優位になっておきたいのだ。
とは言え、どう取り繕っても引き籠もりは引き籠もりなのも変わらない。
けど引き籠もりに慣れない仲嶋はスマホで地上の様子をチェックしているみたいだった。
この船、最初の頃は充電も出来なかったのに、ちょっとでも洩れた不満はすぐガーデン君に拾われて進化しちゃうので今は電波も普通に入る。
「それほど急ぐつもりはないんだけど。仲嶋は気になる?」
仲嶋が溜息ついて頬をかく。
「暇なんだよ。なんなら俺が斥候に立とうか? ツテがあるから内情を調べるくらいは出来るし、俺が一番顔を知られてないしさ。それか仲介してやってもいいけど」
「いやそういうのは危ないから──」
「駄目に決まってるでしょう」
否定の台詞が被さる。振り返ると消えたトルマリンさんが戻ってた。さっきは居なかったのに忙しいな。
「言っとくけど君だって当然顔を知られてるよ。君、頭良くて要領良い癖して自分への認識が甘いよね。どうしても地上に行きたいなら俺も一緒についていくよ。何処へでも」
仲嶋はそんなトルマリンさんをちらりと見て、
「……いや、いいっす」
すっと目を逸らした。
「えっ」
大したやり取りじゃないのにガーンってあからさまにショック受けてるトルマリンさんだ。
「……。ああそっか」
唐突に納得の声を上げた俺を、仲嶋が訝しげに見る。「どうした?」
「なんでもないよ」
なんとかに蹴られたくないし黙っとく。疑わしげな視線を向けられても無視する。
「……ところで円はどうやって番を避けてるんだ?」
なにを考えたのか仲嶋が話題を変えた。
「え。避けてるように見える?」
「見えるも何も、ずっと会ってないだろ。俺が知る限りだけど。それとも知らない所で会ってたのか?」
「会ってないよ」
「だよな」
「だよな?」
「わかるって。相手さん、相当に切羽詰まってる感じだったぜ? もし会っていたならお前、タダじゃ済んでないよ」
だからわかるんだ。とにこやかで悪気のある笑みに、微笑みで返してみせる。
「仲嶋、アルファから逃げる方法知りたい?」
すると背後で聞き耳を立てていたトルマリンさんがすごく嫌そうな顔をする。
「ちょっと……彼に何を吹き込むつもりですか」
「ガーデン君に頼めば良いんだよ」
「……ああ。なるほど」 納得の声が上がる。そう。船の協力があれば、上手いことナイトとすれ違うようにしてくれるのだ。どうやっているのかはわからないけど、そこはなにせ不思議空間。部屋の配置を変えるぐらいはしているかもしれない。「じゃあ俺には関係ないな。それ、円だから協力してくれてるんだし」
『そこは内容によりますよ』
人の会話に自由気儘に割り込んでくるガーデン君だ。もう慣れたもので、俺も仲嶋も驚かないけれど。船だから船にいる限りは神出鬼没なのだ。
「ふーん。じゃあ」
「待って!」 仲嶋の台詞を必至に遮ったのはトルマリンさんだ。「ごめんなさい!」
「いきなり何」
「避けないでよ!」
トルマリンさんはぎゅっと仲嶋の両手を握りしめる。いつの間に傍に来たのか。
「……はあ? 離してくれないかな?」
「俺は君を虫だなんて思ってないよ」
トルマリンさんの唐突な宣言に、中嶋の目がすいっと細くなる。
掴まれた手を振り払──払おうとして出来なかったっぽい。
無言でぐぐぐっと手を引き抜こうとしている中嶋の二の腕の筋肉の盛り上がりをみると割と全力っぽくて、思わず見守ってしまう。あれ羨ましい。細い割に何気に鍛えてる。対アルファには通用しないのが惜しいけれど。仲嶋の手のひらを握り込んでいるトルマリンさんの方は、まるで壊れ物を扱うみたいに力を入れてないように見える。
まあ余裕は無い感じだけど。
だってトルマリンさんから笑顔が消えている。仲嶋がイラッとした顔でこっちを見る。
「助けろよ!」
「え。なんで」
『特にピンチには見えませんよね』
「なにから助けるの?」
「こいつから!」
『それ襲われてるんですか?』
「まだ襲われてはいないかな。膠着状態」
『見守ります?』
「うーん」
『なんとかに蹴られたくはないですよね』
「それな」
「このバカ! 船とオメガで変な連携すんな! こうなったのは円がアルファから逃げる方法とか口走ったせいじゃねえか!」
「俺のせいじゃないと思う」
「……ふうん。やっぱり逃げたいんだ」 らしからぬ低い声が聞こえてビクッとなる。びっくりした。すごくびっくりした。「ねえ。怒ってるならこんな風に避けるんじゃなくて、直接言って欲しいんだけど」
「別に怒ってない」 そう言いつつあきらかに怒ってる仲嶋だけど、トルマリンさんの変化にも怯まない怒りに俺はなにも突っ込めない。「俺からそっちに言うことなんて、何も無い」
「だっ……だって」 トルマリンさんが泣きそう。弱い。アルファ打たれ弱い。と思ったらぐっと顔を上げて仲嶋の手を胸に引き寄せて正面から覗き込む。持ち直した。「じゃあ話を聞いて。君が怒ってないなら構わないよね?」
「臭い」
「え」
「アンタ今、フェロモンで誤魔化そうとしたろ」
「ち、違うよ? 全然違います」
『動揺してますね。嘘付いてますよ』
「へー。ガーデン君って嘘ついたらわかるんだ?」
『彼とは古い知り合いなんです。長い付き合いですから』
「あれ、意外と原始的。てっきり脈拍とか動悸を見てわかるのかと思ったよ」
『それもありますが、その人が嘘をどう思っているかで個人差が出てきますからね。データが多い方がより正確に答えを導き出せるんです』
「つまりトルマリンさんは正確に仲嶋にフェロモンをぶつけたと」
「すみませんお願いですから黙っててください! 効いてないし!」
叫ぶトルマリンさん。
「開き直ってんじゃねえ。いい加減この手を離せよ」
「嫌だ」
ベータを従わせるというフェロモンがどうしてベータの仲嶋相手に効かないんだろう。黙っていろと言われたので一応喋らないけども不思議だ。「……でもフェロモンが効かないなら頑張って自力で口説くしかないよね」
「「え?」」
仲嶋とトルマリンさん両者から声が上がった。
「あごめん、部外者は黙ってるんだった」
「円のあほ。これアルファなのにベータの俺を口説いてどうするんだ」
「あの円さん、それは俺が彼を好きってことですか?」
トルマリンさんが聞いてくる。
「いや、それ俺に聞くの? 知らないよ」
「そんな、円さん冷たいですよ。俺は円さんの手伝いをしたから誤解されて避けられて困ってるんです。責任取って協力してください」
「えー……誤解ってトルマリンさんがベータに喧嘩売った発言の事だろ? ベータは虫と同じで見分け付かないっての」
「言ってたな。誤解じゃないだろ」
『録画もありますよ』
「だから君は違うってば」
「はっ」 鼻で笑う。「そりゃ、どうもアリガトウゴザイマス。アルファサマなら飼ってるコオロギの見分けぐらいはつけられるよな」
「どうして君はそうなるのさ。どこからコオロギ出てきたの」
「うるさいな。俺の性分がどうだろうとアルファサマには関係ない。もう邪魔くさい。関わるな。俺の事は放っておけよ」
「嫌だ」
「……ああ!?」
「俺は君のことが気になるし、なのに最近すごく素っ気ないし、考えたくなくても気がつくと君のことを考えてるし、君は俺を避けるし、ずっと自分の感情が意味不明なんだよね。これがなんなのか円さんはわかりますか?」
何でこっちに振るか。
「……自分の感情は自分で考えてくれるかな」
「一生悩んででいいからその前にこの手を離せよ」
「嫌だ。離したら逃げるじゃないか。もうちょっと君を堪能させて」
「ちょ、円、助けろって! これ今おかしいから!」
「『確かに」』
「もー。どうして肝心な人に限って俺のフェロモンが効かないんだろ……効くならドロドロにするのに」
弱り切った人畜無害な顔してる癖に、ぼそっと怖いことを言う。なにドロドロって。
「あの。トルマリンさんはそう嘆くけど、ベータはみんなそうだよ?」
「……ベータは?」
トルマリンさんが不思議そうな眼をこっちに向ける。
「ベータはフェロモンなんて持ってないし、でもそんなもの無くてもちゃんとお互いに想いを伝えてあって伴侶を見つけているだろ? 結果、一番数を増やしてる。だから本気で手に入れたいなら諦めてベータに習って口説くしかないんじゃないか?」
「……ベータに、習う」
トルマリンさんはアルファだから自分がベータに合わせてみる、という発想自体が無かったのだろう。目から鱗が落ちたみたいな顔してる。ええと……良かったのかなこれ。
「もう信用ないから望み薄いけどね」
釘は刺しておこう。
「俺は信用、ないですか」
「ほぼそれが原因で怒らせた相手にフェロモンぶつけちゃダメでしょ」
「ちょっと、おい円、なに言ってる。コイツなんか混乱して血迷ってるから今、妙な事を吹き込むな」
「だからせめて安全な方法を教えてるんじゃん。アルファに常識ないよ? 仲嶋、いま全力で逃げようとしてて無理でしょ。力尽くは嫌だろ?」
「こわいこと言うなってば」
でもごちゃごちゃ言ってる間にトルマリンさんは覚悟を決めていた。
「……わかりました。俺、頑張って口説きます」
「無理。男だから無理」
秒で振られた。
『ざまあ』
……ざまあなのかなあ? あんまりトルマリンさん、堪えてないけど。
「それは君が男だから? それとも俺が?」
「両方だからに決まってんだろ!? 大丈夫か? 落ち着け? 今すぐ冷静になれ!」
「あ。そうか。アルファって」 ふと気が付いた事が口から漏れる。「オメガのせいで男でも攻略対象になるから性別にこだわりないのかも」
「考えたことはないですが……こだわりませんね。何か問題でも?」
「問題ありまくりだよ! 俺はこだわる。拒否する。全力で拒否だから!」
「なら気長に口説くよ」
トルマリンさんは自分の覚悟を決めてしまったからなのか、仲嶋の態度は変わってないのに鷹揚と構えてる。
「そもそもあんたはオメガ崇拝のベータ嫌いだろが。俺は虫なんだろ?」
「やっぱり怒ってるんじゃないか」 と溜息。「君は別だよ。君なら俺はベータの群の中に紛れていてもわかる」
「うっさい離せ」
仲嶋が涙目だ。てのひらを握り込まれているせいでちょっと可哀想な事になっている。
見てるうちにポロポロと滴が零れてきた。目元を隠せないし、涙も拭えないからだ。その事に自分で動揺して止められなくなってる感じ。
……てかなんで泣いてるんだ?
「……」
トルマリンさんは仲嶋をガン見してるし。両方共、顔が赤くなってる。
まあ仲嶋は多分みっともなく泣いてるところを見られて恥ずかしいんだろうけれど。ギッと音がする勢いでぽーっと眺めてるトルマリンさんを睨む。
「これは違う!」
「……違うってなんのこと? 具体的に教えて」
相手の手を取ったままトルマリンさんが腕を後ろ手に組むと仲嶋から抱きつくような形になる。顔を近づけて囁くように問い返すものだから流石の仲嶋も怯む。
「だっ……だから。アンタには気を許してたのに敵みたいに俺達ベータを見下したこと言うし……それを聞く俺がどう思うかなんて、あの時、考えもしなかったんだろ? それ以前に俺のことなんて思い出しもしなかったろ。結局、その他大勢なんだよ。なのに今わけわかんないこと言うし、俺は、悪くない!」
仲嶋が支離滅裂だ。
「……あれ、またフェロモン効かせてるのかな」
「出してないですよ。今は」
俺の呟きに即答してくれるトルマリンさんだ。仲嶋を見つめたまま振り返らないけど。
『嘘はついてませんね』
「ふうん」
「……思い出さなかったわけじゃないよ。ただ君は俺の中では最初から別枠だったから他のベータと同じじゃなかっただけ。でも君の気持ちは考えていなかったかも……ごめん」
「うぐ」
素直に謝られて困ってる仲嶋だ。
うん知ってる。この友人、口が悪いが人は悪くない。脇が甘いからつけこまれるんだって。
「それにしてもトルマリンさん、いつの間に仲嶋のこと気に入ってたんだ?」
「それがわからないんですよね。ほんとにいつの間にか」
トルマリンさんはそう言いつつ、その右手が涙の跡が伝う頬をそっと撫でる。あ。じゃあやっと仲嶋の手を解放したのか。
と思ったら、左手だけで仲嶋の両手を握りこんでる。どんだけ逃がしたくないのさ。
「わからないで済ますなよ。考えろ! それは気のせいだ。あれだ、ベータなんかに素っ気なくされて腹が立ったのを勘違いしてるんだよ。アルファなら番の相手はオメガから探せよ」
「そう? でもこの世界に俺のオメガなんていないよ」
「じゃあ元の世界に帰れ」
「ひどいな。帰れないよ」
「……あ、悪い」
即座に謝った仲嶋にトルマリンさんがふわりと笑う。
「こういうところが好きかな。ちなみにアルファは好みじゃないから問題外なんだよね。ほら。俺には君しかいない」
「……キミしかいないとか言う割にはアンタ、俺の名前だって知らないだろうが」
「うん?」
「ほら。最近はキミとしか呼ばないもんな」
「呼んでいいの?」
「んな!?」
「だって名字で呼ぶのは味気ないし皆と同じになっちゃうし、名前で呼ぶ許可は貰ってないから遠慮してたんだけど。これお許し出たってことだよね。ありがとう晶」
「……」
その場から離れたところでガーデン君が聞いてくる。
『放っておくんですか?』
「うん、まあ」
仲嶋の態度は硬化したままだけど、結局最後の方は俺に助けを求めて来なかったのだ。
まあ、あれでトルマリンさんがいきなり襲うってことはないだろうし。
仲嶋はこれ以上、俺に見守られる方が苦痛だったみたいだし。
放置すると怒るだろうけど。匙加減、難しいなもう。
でも仕方ない。俺は俺で、ナイトに会いたくなってきたのだった。
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