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その14. つないだ手

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「戻るって、アキ君の部署に戻るの?」
「それは無いです」
「本当に、アキ君?」

 彼女の中では煽ってくるのは美晴の方で、名取と自分はその被害者とでも言わんばかりの態度だ。そしてそう持っていったのは、名取。

 上手いな。

 思わず心の中で、美晴はつぶやいてしまった。名取は人を誘導するのが上手い。相手の性質を見極めてその性質に合わせて、彼のことしか見えないようにがんじがらめに縛ってゆく。

 浜守はそんな彼の厄介な性質に気が付く日が来るのだろうか。過去に同じ立場だったせいか、美晴はついそんな心配をしてしまう。

「どちらにしろ、本社に戻ってくるんだ。困ったこととかあったら、いつでも相談に乗るからね」

 あくまでも人の良い振りをして、名取が言う。浜守の目がまたきつくなり、美晴の表情が一瞬凍った。名取はにこやかな笑顔を浮かべ、そんな二人の反応を観察している。

 美晴がまだ名取に気持ちを残しているなら、ここから名取を取り合っての泥試合が始まるのだろう。美晴にその気がなくても、浜守に嫉妬心を植え付けることには成功だ。こうして話をすればするほど名取のペースに巻き込まれていく。その厄介さに美晴は遅ればせながら気が付いた。

「……ありがとうございます。久し振りの本社勤務なので、先ずはまわりの方たちにご指導いただこうと思っています」

 最大限の笑顔を浮かべ、美晴はそう切り返す。別れて距離を置いて、それでも後悔や反省という名で残っていた彼への未練が、消えてゆく。もうこれ以上、この二人を相手に不毛な会話を続けたくはなかった。

「それではここで」
「美晴」

 後ろから声がして、美晴の肩が掴まれる。鼓動が大きく跳ね上がり、ビクリと体が反応した。

 しまった。

 口から出そうになる言葉を飲み込んで、美晴が振り返る。健斗に、こんな場面を見せたくはなかった。後悔、羞恥、混乱、苛立ち。感情の着地点が見つからないまま健斗と目を合わせる。

「健斗」

 真っ直ぐに、健斗は美晴を見つめていた。眉を寄せて唇を引き結んでいる。普段ただでさえ無愛想な顔付きが、余計に機嫌悪そうに見えた。でもそれは美晴を心配しての表情だ。美晴にはそれが十分に伝わった。

 本当は、今一番そばにいて欲しい人。そんな存在が実際にここに来て、寄り添ってくれている。

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