愚かな道化は鬼哭と踊る

ふゆき

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【護り人形】

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 緑色をしたガラスの目玉と視線が絡んだ瞬間。少女の姿をした人形に重なるようにして、美しい女性が視えた。
 まだあどけなさが残る少女の輝く美しさを見事に表現した人形とそっくりな……いや。人形をそのまま成長させたような姿の、大人の女性だ。

 透き通るような白い肌。淡く色づいた薔薇色の頬。煌めく若草色の瞳。
 そのどれをとっても美しく、誰もが見惚れるであろう美貌の持ち主は、けれど。人形に取り憑いてはいなかった。

 取り憑いているというよりこれは--……彼女が、人形そのものなのだ。

 そう気付くのと同時にぎょっとして手を離そうとしたが、ほんの一瞬遅かった。
 布で出来た花やレースがふんだんにあしらわれたドレスの袖が持ち上がり、白魚のような指先が、オレの指を掴む。

 あっと思った時にはもう手遅れ。オレの意識は、人形から送られてくるイメージに、瞬く間に飲み込まれてしまっていた。

+++

 その人は、とても美しい姿形をした人だった。
 幼い頃から近隣の人々の注目を集め、年頃になった頃には美しさを金で買われ、時の権力者に奪われてしまうほどにも。
 彼の権力者は彼女を金で買い、自身の妻とした。いわゆる政略結婚だった。
 権力者の男は彼女の美しさに溺れ、独占欲から束縛をするようになっていった。
 やがて彼女が子を産んでも、男は彼女にのみ執着心を燃やした。

 一方で、彼女は政略結婚だとはいえ、夫となった男を『家族』として愛した。恋慕の情はなくとも、夫として慕い、尊敬していたのだ。

 だが子を産んで、彼女の中の優先順位は変化した。当然と言えば当然なのだが、彼女の愛情は、我が子へと大きく傾いてしまったのだ。
 男はそれをよしとせず、彼女は徐々に追い詰められる。
 子が可愛いのは母親としての本能だ。夫を慕う気持ちとは別なもの。いくら訴えても男は彼女の言葉を理解せず、執着心のみを押し付けてきた。

 心休まるはずの自宅で夫の狂った執着心を押し付けられ続けた彼女は、精神的な疲労から体調を崩してしまう。
 後はもう、坂道を転がるようなものだった。産後の肥立ちが悪かったこともあり、ずっと寝たり起きたりを繰り返していたところへ病を得たのがよくなかったのだろう。弱った心では病に勝てず、彼女は日々弱っていく。
 そうして己の死期を悟った彼女は夫の許可を得て、とある人形師を自宅に呼んだ。自分そっくりの人形を作らせるために。

 あるいは、夫の執着心を移す器としての役割も求めていたのかもしれないが、彼女の目的の本筋は、『自分の姿』を残すこと。
 遠からず幼い子供を残して逝くことになる己の姿を、人形として残したかったのだ。
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