愚かな道化は鬼哭と踊る

ふゆき

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【護り人形】

拾参

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 求める者は既になく。空回りするだけの愛情を抱えてこの先も存在し続けるのは可愛そうだが、祓えないなら封じるしかないのだろう。
 ひとまず封じる方向で話が纏まったらしく、尼子さんが人形手を伸ばした時だった。

 悲しげにどこか遠くを見ていた女性の表情が、突如として変化した。

〖----……ジャマ……ルナ……ッ〗

 カッと目を見開き、美しかった顔が一瞬にして、憎悪に満ちた男の顔に塗り潰される。
 護り人形を怪異へと変化させたもうひとり。人形師の執着心だ。
 痩せて、陰鬱な表情をした男だった。ギラギラとした眼差しは、己の行動を邪魔するすべてのものへ対する憎悪に彩られ、怒りに満ちている。
 恐らく、会話の流れから封じられると気付いて、表面に出てきたのだ。

「龍くん、人形を離して!」

 佐津川さんがやや焦ったような声で叫ぶが、無理だ。

「さっきからやってます!」

 人形師であろう男が前面に出てきたのを見た瞬間、割れ物だという事も忘れて、咄嗟に人形を放り出そうとはしたのだ。
 だが、球体関節になった人形の指先が、何故だかがっしりとオレの指を掴んだまま、離してくれないのである。
 振っても引っ張っても指は外れず、外そうとすればするほど、人形の指先に力がこもる。

〖ジャ……マ、ヲ……スル……ナァアァァアァァアッッ!!!!!!〗

 四苦八苦するオレを見兼ねたのか。走り寄ってきた佐津川さんが、人形の指先に触れようと手を伸ばしたのを拒むかのように、人形師の絶叫がオフィス内に響き渡る。
 ビリビリと空気を震わせ、負の感情を無理矢理押し付けてくるような絶叫。
 慟哭であり、憎悪であり、後悔でもある、暗い感情。

「…………ッ」

 直撃を食らった佐津川さんがしゃがみ込み、余波を食らった尼子さんが小さく悲鳴を上げて尻餅をつく。
 辛うじて佐久間のおっさんが無事だったのは、ベニ姐さんが羽根を広げて護ったからだ。

〖--……ジャマヲ……ル……ッ。ジャマヲ……ジャマヲォオォ……ッ〗

 狂おしげな声で叫ぶ人形師の姿がぶわりと膨れ上がり、部屋いっぱいに顔だけが浮かびあがる。
 落ち窪んだ目はどろりと淀み、大きく開いた口の奥には闇が蠢く。
 ゾッとするほどおぞましい、悲しくなるほど痛ましい表情で、人形師は繰り返し繰り返し、『邪魔をするな』と叫び続ける。

 さっきまでは無害だった存在の突然の変異に、危険を感じたのだろう。

「尼子、祓え!」

 佐久間のおっさんが、荒れ狂うオフィス内の状況を見て、短く命じる。
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