愚かな道化は鬼哭と踊る

ふゆき

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【首吊りの木】

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「無理矢理。どこで拾ってきたのかわかんないんだもん。努力でなんとかなるなら、とっくに自分でなんとかしてますう。なんともならなかったからオフィスに隔離されてるんじゃん。さあ、もう三日も温かいごはんを食べてない可哀想なボクに、おかわりを差し出すがいい!」

「だから、ないって言ってるだろ。温かい飯が欲しけりゃ、デリバリーでも頼め」

「それがさー。班長も佐津川のおじさんも、伝播する呪いだったらヤバいからダメだって言うんだよ」

 そりゃそうだ。怪異の専門家である詞葉さんでさえ、首を絞められるような息苦しさを感じているくらいだ。首吊り用のロープを首にかけた人間を量産して、その中の誰かが本当に首を吊ったりしたら、洒落にならない大事だ。

「だから、おかわりちょーだい」

「佐津川さんとオレが食って余ったらやるよ」

 当初、一応は先輩だからと使っていた敬語は成りを潜め、今やオレの詞葉さんに対する扱いは、近所の悪ガキに対するソレだ。詞葉さんも詞葉さんで、一回りも歳が上の相手から敬語で話されるのは尻の座りが悪かったらしく、オレの口調が乱れても、ニコニコと嬉しそうにしている。

「じゃあさ、じゃあさ。黒澤ちゃんの分を半分ボクにくれたらいいんじゃないかな? ボクと違って、黒澤ちゃんは出入り自由なんでしょ? ボクがおごるから、足りない分は買って来るってことでどう? てか、狗呂ちゃんに分けるくらいならボクにちょうだい!」

 トイレ休憩中の佐津川さんの分を取り皿に取り分け、残った分をオレの分として取り皿に移している途中。ずるりと足元の影から這い出してき狗呂が、ねだるように脛に頭を擦り付けるのを見て、詞葉さんが自分の取り皿を、ぐいっとオレに押し付ける。

 最近、新しい技を覚えた狗呂は、オフィス内や人前では、ティーカッププードルもどきの姿をして現れるようになった。どうにも、伊吹の件でなにやら思うところがあったらしい。
 どうしたら常にオレの側にくっついていられるか試行錯誤した結果。常日頃からオレが『家の中では大型犬サイズまでにしろ』と口煩く言っていたのを思い出し、『なら、小さければ小さいほどいいのでは?』と考えたんだそうだ。
 まあ、上着のポケットに入るサイズだ。くっつきまわされてもさして邪魔になるでなし。ボロボロの毛皮でも、ティーカッププードルサイズだと、くるくる巻き毛に見えて可愛らしい事もあって、好きにさせている。
 狗呂を拒むと、過保護な伊吹がいつの間にやら肩にちょこんと座っているからだ。
 小さな仔犬と少女趣味なビスクドール。連れて歩くなら、対外的にも仔犬の方がいい。
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