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第8話:これからは、私自身として。
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今日の北海道の朝の空気は、いつも以上に鋭く感じられた。道端で凍りついた雪が、蒼白な太陽の光を受けてキラキラと輝いている。
俺はアパートのドアの前で、中の方で勇気を振り絞っているであろう人物を待っていた。
ドアがゆっくりと開く。
一人の少女が足を踏み出した。着ている制服は同じだが、彼女の纏うオーラは完全に変わっていた。
いつもは乱れていた金髪は綺麗に整えられ、肩に真っ直ぐ落ちている。そして何より目を引くのは――当然、その顔だ。
カラーコンタクトもなく、太いアイラインもなく、派手な口紅もない。
「あ、荒木くん……変、かな?」彼女の声は震え、スカートのウエストを折るのをやめて少し長くなった裾を、何度も何度も手で整えていた。
俺は一瞬、言葉を失った。鼓動が少しだけ速くなる。
「……いや。君は、その……ずっと、良くなった。行こう、出発だ」
***
学校に着くと、予想していた通りの事態が起きた。俺たちが校門をくぐった途端、ヒソヒソ話がガソリンに火がついたかのように広がっていく。
中央廊下を通る際、アイさんの足取りは遅くなり、今にも俺の背中に隠れてしまいそうだった。
「えっ? 誰、あの子?」
「待って、あれ五木アイじゃない? あの安っぽいギャルの」
「嘘でしょ……全然別人じゃん。昨日の夜、整形でもしたの?」
俺はアイさんを盗み見た。彼女は俯き、拳を白くなるほど強く握りしめている。俺は彼女の肩を軽く叩き、言葉のないエールを送った。
教室のドアが開いた瞬間、完璧な静寂が俺たちを迎えた。
いつもなら真っ先に叫ぶはずの悟が、口を大きく開けて呆然としている。飲んでいたイチゴ牛乳がこぼれそうだ。
一方で明日香は、まるでこの光景を予見していたかのように、席から穏やかに微笑んでいた。
「な、なんだよこれ?! 荒木! 今すぐ説明しろ!」悟が俺のもとへ駆け寄り、信じられないという顔でアイさんを指差した。「誰だ、この清純で美少女な子は?! いつもの五木さんはどこ行ったんだよ?!」
「私だよ、悟くん」アイさんの声は小さかったが、はっきりとしていた。彼女はまだ震える足で、真っ直ぐ立とうと努めていた。
「は、はぁ?! お前、マジで五木なのか?!」悟は自分の頭を抱えた。
しかし、そのコメディのような空気は長くは続かなかった。レナとそのグループが近づいてくる。
レナの顔は真っ赤に変色していた――おそらく嫉妬か、自分たちのグループの「アイデンティティ」を裏切られたと感じたからだろう。
「ちょっと、どういうつもりよ、アイ?」レナは腕を組んだ。「メイクを落としたくらいで、今までの悪い噂が全部消えると思ってるの? 一晩で『いい子ちゃん』になれると思ってるわけ?」
後ろで数人の男子生徒が冷笑し始めた。「全くだ。顔が綺麗になったところで、どうせあいつは――」
「そこまでにしろ」
俺の声が男の言葉を遮った。俺は一歩前に出ると、アイさんとレナたちの間に立ちはだかった。
俺は彼女たちを一人ずつ、数人が後ずさりするほどの冷ややかな視線で見据えた。
「外見だけで他人の人生を判断する権利はお前らにはない」俺は冷淡に言い放った。
「それに、五木さんが変わることを選んだ理由について、お前らに説明する義務なんてない。おや? もしかして、五木さんの容姿が羨ましいのか? いいか、文句があるなら俺に言え。彼女にではなくな」
「荒木くん、もういいよ……」俺の後ろで、アイさんが俺の学ランの裾を引っ張りながら囁いた。
「いいや、アイさん。今回は黙っていてはいけない」俺は彼女を振り返った。
「君が本当は何者なのか、見せてやれ」
アイさんは深く息を吸い込んだ。彼女は俺の学ランを掴んでいた手を離し、俺の隣へと一歩踏み出した。そしてレナの目を真っ直ぐに見つめた。
「レナさん。私、たくさん間違いをしてきた。独りである現実から逃げるために、あのメイクで隠れてたの」アイさんの声が安定し始める。「でも、荒木くんが気づかせてくれた。生きていくために、別人になる必要なんてないんだって。だから、これからは……私自身として生きていく。私のことを嫌いなままでもいい、でも、二度と私を馬鹿にさせない」
レナは絶句した。いつも偽りの笑みを浮かべていた少女が、これほど毅然と話すとは思っていなかったのだろう。
彼女は忌々しそうに鼻を鳴らすと、困惑した様子の仲間を連れて去っていった。
クラス中がまだ俺たちを見つめていたが、その空気は変わっていた。侮蔑の視線ではなく、驚嘆と大きな好奇心の視線へと。
「くそっ……荒木、お前マジでかっけーな」悟が俺の背中を、突き飛ばされそうなほど強く叩きながら呟いた。「それに五木さん……いや、アイさん。今日のあんた、マジで綺麗だぜ」
アイさんの顔が完璧に真っ赤に染まった。彼女は恥ずかしそうに俯いたが、その口元には、微かな笑みが浮かんでいた。
「ありがとう……悟くん」明日香が近づき、アイさんの肩を抱いた。「おかえりなさい、五木さん。後で一緒に食堂に行かない?」
その光景を見て、俺は安堵の溜息をついた。アイさんを苦しめていた仮面は壊れ、道はまだ遠いかもしれないが、少なくとも彼女はもう冷たい雨の中に一人で立ってはいない。
だが、教室の隅で、昨夜の隣のクラスの男が、憎しみに満ちた視線でこちらを睨みつけているのが見えた。
ふん……どうやら、俺たちの問題は、まだ本当の意味では終わっていないらしい。
俺はアパートのドアの前で、中の方で勇気を振り絞っているであろう人物を待っていた。
ドアがゆっくりと開く。
一人の少女が足を踏み出した。着ている制服は同じだが、彼女の纏うオーラは完全に変わっていた。
いつもは乱れていた金髪は綺麗に整えられ、肩に真っ直ぐ落ちている。そして何より目を引くのは――当然、その顔だ。
カラーコンタクトもなく、太いアイラインもなく、派手な口紅もない。
「あ、荒木くん……変、かな?」彼女の声は震え、スカートのウエストを折るのをやめて少し長くなった裾を、何度も何度も手で整えていた。
俺は一瞬、言葉を失った。鼓動が少しだけ速くなる。
「……いや。君は、その……ずっと、良くなった。行こう、出発だ」
***
学校に着くと、予想していた通りの事態が起きた。俺たちが校門をくぐった途端、ヒソヒソ話がガソリンに火がついたかのように広がっていく。
中央廊下を通る際、アイさんの足取りは遅くなり、今にも俺の背中に隠れてしまいそうだった。
「えっ? 誰、あの子?」
「待って、あれ五木アイじゃない? あの安っぽいギャルの」
「嘘でしょ……全然別人じゃん。昨日の夜、整形でもしたの?」
俺はアイさんを盗み見た。彼女は俯き、拳を白くなるほど強く握りしめている。俺は彼女の肩を軽く叩き、言葉のないエールを送った。
教室のドアが開いた瞬間、完璧な静寂が俺たちを迎えた。
いつもなら真っ先に叫ぶはずの悟が、口を大きく開けて呆然としている。飲んでいたイチゴ牛乳がこぼれそうだ。
一方で明日香は、まるでこの光景を予見していたかのように、席から穏やかに微笑んでいた。
「な、なんだよこれ?! 荒木! 今すぐ説明しろ!」悟が俺のもとへ駆け寄り、信じられないという顔でアイさんを指差した。「誰だ、この清純で美少女な子は?! いつもの五木さんはどこ行ったんだよ?!」
「私だよ、悟くん」アイさんの声は小さかったが、はっきりとしていた。彼女はまだ震える足で、真っ直ぐ立とうと努めていた。
「は、はぁ?! お前、マジで五木なのか?!」悟は自分の頭を抱えた。
しかし、そのコメディのような空気は長くは続かなかった。レナとそのグループが近づいてくる。
レナの顔は真っ赤に変色していた――おそらく嫉妬か、自分たちのグループの「アイデンティティ」を裏切られたと感じたからだろう。
「ちょっと、どういうつもりよ、アイ?」レナは腕を組んだ。「メイクを落としたくらいで、今までの悪い噂が全部消えると思ってるの? 一晩で『いい子ちゃん』になれると思ってるわけ?」
後ろで数人の男子生徒が冷笑し始めた。「全くだ。顔が綺麗になったところで、どうせあいつは――」
「そこまでにしろ」
俺の声が男の言葉を遮った。俺は一歩前に出ると、アイさんとレナたちの間に立ちはだかった。
俺は彼女たちを一人ずつ、数人が後ずさりするほどの冷ややかな視線で見据えた。
「外見だけで他人の人生を判断する権利はお前らにはない」俺は冷淡に言い放った。
「それに、五木さんが変わることを選んだ理由について、お前らに説明する義務なんてない。おや? もしかして、五木さんの容姿が羨ましいのか? いいか、文句があるなら俺に言え。彼女にではなくな」
「荒木くん、もういいよ……」俺の後ろで、アイさんが俺の学ランの裾を引っ張りながら囁いた。
「いいや、アイさん。今回は黙っていてはいけない」俺は彼女を振り返った。
「君が本当は何者なのか、見せてやれ」
アイさんは深く息を吸い込んだ。彼女は俺の学ランを掴んでいた手を離し、俺の隣へと一歩踏み出した。そしてレナの目を真っ直ぐに見つめた。
「レナさん。私、たくさん間違いをしてきた。独りである現実から逃げるために、あのメイクで隠れてたの」アイさんの声が安定し始める。「でも、荒木くんが気づかせてくれた。生きていくために、別人になる必要なんてないんだって。だから、これからは……私自身として生きていく。私のことを嫌いなままでもいい、でも、二度と私を馬鹿にさせない」
レナは絶句した。いつも偽りの笑みを浮かべていた少女が、これほど毅然と話すとは思っていなかったのだろう。
彼女は忌々しそうに鼻を鳴らすと、困惑した様子の仲間を連れて去っていった。
クラス中がまだ俺たちを見つめていたが、その空気は変わっていた。侮蔑の視線ではなく、驚嘆と大きな好奇心の視線へと。
「くそっ……荒木、お前マジでかっけーな」悟が俺の背中を、突き飛ばされそうなほど強く叩きながら呟いた。「それに五木さん……いや、アイさん。今日のあんた、マジで綺麗だぜ」
アイさんの顔が完璧に真っ赤に染まった。彼女は恥ずかしそうに俯いたが、その口元には、微かな笑みが浮かんでいた。
「ありがとう……悟くん」明日香が近づき、アイさんの肩を抱いた。「おかえりなさい、五木さん。後で一緒に食堂に行かない?」
その光景を見て、俺は安堵の溜息をついた。アイさんを苦しめていた仮面は壊れ、道はまだ遠いかもしれないが、少なくとも彼女はもう冷たい雨の中に一人で立ってはいない。
だが、教室の隅で、昨夜の隣のクラスの男が、憎しみに満ちた視線でこちらを睨みつけているのが見えた。
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