黒に染まる

曙なつき

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第1章 騎士団長と不吉な黒をまとう少年

第14話 もう一人のルーディス

 庭の中にいる彼の姿を見かけた。
 夕方近くになり、黄昏たそがれた空は美しいオレンジ色に染まっていた。
 鋏を持ち、バラの花を一本ずつ丁寧に剪定する庭師ボルトのそばに立って、笑いながら何かを話している。

 黒いズボンに白いシャツ姿の彼は、ひどく細い。艶やかな黒髪は後ろに伸ばし、紐で簡単に結わえている。大きな黒い瞳は、不吉な色だといわれていたけれど、私はそれがいつも綺麗だと思っていた。寝台の上では濡れたように輝くのだ。唇も柔らかく、いつまでも触れていたくなる。
 そう、彼を想うだけでも身体は熱くなる。

 すでにその身を我がものにしていたが、一度摘みとった花はひどく美しく咲くようになった。その色香で人を惑わすかのように。

 陛下が会いたいと言ったが、決して彼を会わせるつもりはなかった。
 それが独占欲だと知っていた。


 前世の彼は、長い銀の髪に紫色の瞳をして、伝説の精霊の化身のように神々しくも美しかった。
 今世の彼は、黒い髪に黒い不吉な瞳の色をして、そのせいで赤子の時に捨てられたという。だけど、黒は今の彼にひどく似つかわしい。退廃を知った今となっては、清廉な白だけで彼はもういられないだろう。

 私が庭を歩き、彼の方に近づいていることに気が付くと、庭師のボルトは頭を下げ、荷物を持って去っていった。

「……邪魔をしたようだな」

 気を遣ったのだろう。私とルースを二人にしてくれた。
 屋敷の者達は、私達を見守ってくれていた。
 三十を越した大の男が、こんな年若い少年に溺れる様子に、彼らは何も言わなかった。
 それが初めての恋のように見えるのだろう。実際、私は神官長ルーディスに秘めた想いを持ち続けていた。他の誰かをこのように激しく愛したことはなかった。

 ルースは、ボルトから受け取ったらしい真っ白いバラを一輪手にしていた。

「これをもらったんだ。後で、部屋に活けるよ」

「綺麗なバラだな」

「そうだね。ボルトはバラ作りの名人だね。この庭には白バラがたくさん植えられている」

 私は彼の身体を抱きしめ、身を屈めてその額に唇を落とした。

「白い花は、お前のようだったからな。好んで植えさせた」

「……そうなんだ」

 彼は口ごもった。
 白く清浄なイメージしか、彼の中にはなかったのだ。決して手の届かない清らかな人。白バラの咲く花園に、かつての彼を、ルーディスを案内した時、花園の中の彼は本当に美しくて、この世のものとは思えないほどだった。

 ルースの唇をそっと吸うと、彼は薄く口を開いた。舌を絡める濃厚な口づけを求めると、少し驚いた顔をしていた。

「……ん、こんな外で」

 咎めるような声。誰かに見られることを恐れている。強張る身体に、羞恥に赤く染まる頬。

「今更、誰に見られてもいいだろう」

 白バラの中で、彼に口づける。清らかなルーディスの魂を持つルースの唇を激しく奪う。
 そのシチュエーションに、私はひどく興奮した。
 シャツの胸元を乱し、手を入れて胸元の突起を摘まむようにすると、彼は小さく啼いた。

「だめだ、こんなところで」

「興奮しないか、ほら」

 手はズボンの中に入れると、そこがもう反応して固くなっていることがわかる。そのことを教えるように、親指の腹で先端の割れ目を乱暴に擦ると、彼は首を振った。

「いやだ、ヴェルディ」

 先端からトロトロと精が溢れ出す。それを更に苛めると、ぐちゃぐちゃという淫らな音とともに、硬さを増していく。彼もいつもよりも早く感じてしまっているようだった。羞恥は欲望を煽る。
 耳朶を噛み、舌を耳の中に入れると、彼は立っていられないように地面に腰を落とした。細い腰を掴み、逃げようと前に動くその身体をきつく掴んだ。唇を重ね、舌を絡める。唾液が唇から溢れる。

 そして彼のペニスを強く扱くと、その刺激にあっけなく果てて、私の手の平を汚した。たっぷりと吐き出されたその精を彼の後孔に塗り、指を入れようとした。

「だめだって、だめ、ヴェルディ!!」

 外で犯される。
 そのことに驚いたルースは抵抗した。
 嫌がり大きな声で叫ぶ。だが、私は彼を抑え込んだ。指を入れると、連日の荒淫にそこは柔らかくほころんでいて、すんなりと指は入って行く。

「やだ、こんなところでいやだ!!」

 私の下で、彼は恐慌をきたしたように叫んでいた。

 突然、ガクンと彼の力が抜けた。

 まさか、これだけで意識を飛ばしてしまって、気絶したのかと私は彼の顔を見下ろす。
 下に組み敷いた彼は目を一度閉じ、それから開いた。
 その見開かれた漆黒の、私を見つめる彼の瞳には一切の光がなかった。

「やめろ、ヴェルディ」

 声もどこか平坦だった。ルースの声であって、ルースの声ではないようだ。
 その顔つきにも、いつもの彼の優しい雰囲気は一切消え去って、冷え冷えとしたものしか感じなかった。

「……ルース?」

 私の問いかけに、黒々とした瞳のルースは、冷ややかな笑みを口元に浮かべて答えた。

「いや、私はルースであって、ルースではないな。言うならば、だ」

 私の下から上体を起こす。
 そして乱れた黒髪を掻き上げた。

「あまり、ルースを苛めるな。苛めると、私が出てくるぞ」

「……どういうことだ」

 困惑している私の前で、もう一人のルーディスという人物が言った。

「そのままの意味だ。ルースを苛めると、もう一人のルーディスが現れる。ルースを守るためにな。ああ、お前はひどいな。こんな外で、ルースを犯そうとしたのか? ルースは神殿育ちの箱入りだぞ。外でするとか耐えられないだろう」

 彼は気だるげに息をついていた。

「ルースが大切なら、お前はもっと大事にしなければならない。壊してしまったら元も子もないぞ」

「……」

 人格が二重になるという人物の話は聞いたことがあった。一人の肉体に二つの人格があるのだ。目の前のルーディスは恐らくそれなのだろう。ルースは前世のルーディスの記憶を持ちつつ、更にこのもう一人のルーディスが別人格として中にいるということなのか。

「お前はいつから、ルースの中にいるんだ」

「それを聞くのか?」

 もう一人のルーディスという人物は、面白そうにヴェルディを見つめた。

「お前が、もう一人のルーディスというのなら。もしやお前は」

「御明察。私はルーディス神官長時代からいるよ。だけど、お前と会ったのはこれが最初だね。初めまして、ヴェルディ騎士団長殿。そして、もう二度と私を起こさないように気を付けるんだね。お前のことをルースは気に入っているようだから、私は許しているけれど、もし、ルースを傷つけたら、私はお前を許さないから」

 彼は光のない黒々とした瞳で私を見つめた。
 ルースの顔をした、もう一人のルーディスと名乗った人格は。
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