黒に染まる

曙なつき

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第2章 騎士団長と神の怒り

第18話 情報交換(上)

 特別審理官三人が、寝起きしている部屋で起き上がり、ゴソゴソと身支度をしている時、扉がノックされた。

「はい、どなた様でしょう」

 カーターが声をかける。
 三人はすでに神官服を身に付けていた。
 詰襟部分に小さな星型の徽章がつけられ、それが特別審理官である身を示すのだが、そのことを知る者は神殿内でも少なかった。
 寒さが厳しくなってきたため、三人は神官服の上に灰色のケープを羽織った。
 扉を開けると、そこにいたのは、長い白髭を持つ小柄な老人だった。

 シューマッハは正直、驚いた。
 その老人は、元宮廷魔術師のグレゴリウスである。彼がこの神殿に身を寄せた時も驚いたものだが、朝早くにこの部屋に尋ねてきているこの事態にも驚いていた。
 何故という疑問の表情がそのまま顔に現れていたのだろう。
 グレゴリウスはうっすらと口元に笑みを浮かべたまま言った。

「やぁ、おはよう。入室を許可してくれんかのう。こんな寒い日に、寒い廊下に出されたままだと老骨にはちと厳しい」

 そう言われ、慌ててシューマッハは彼を狭い部屋の中に迎え入れた。
 扉が閉められた後、グレゴリウスはおもむろに小さな魔道具をテーブルに載せた。
 静寂の効果のある魔道具だった。
 小さくても性能が強いこのタイプは、部屋の中の会話を一切外には漏らさない。

 カーターはグレゴリウスに椅子を勧めた。膝に掛ける毛布まで差し出す。

「済まないのう。この神殿は便利な場所に建っていていいのじゃが、古いせいで隙間風がひどい。寒さがキツイわ」

 文句を言いながらも、彼がこの数週間、この神殿内で寝起きをしていることを知っている。
 友人だという神殿長の話だと、彼は調べもののためにこの神殿に厄介になっているという話だった。
 疫病が流行り大変な中、高齢の彼が病の巣窟といえるこの場所に居ることに、最初神殿長も渋った話だったが、グレゴリウスは強引に押し切ったらしい。

 グレゴリウス=アウステラ
 長らく王宮に勤めた天才宮廷魔術師だった。
 前王の信頼も篤く、派手な攻撃魔法の使い手だということも相まって、市民の人気も高かったようだ。
 五十で引退した後は、諸国を漫遊し、今は自宅で悠々自適の研究生活をしていると聞いていたが。


 彼は、ダルクが持ってきた温かなお茶を口にして、ほうっと白い息を吐き出した後に、シューマッハの方を見てゆっくりと言った。

「お主らと情報交換をしたい。そこそこワシの方も情報が集まったと思う。正解の照らし合わせじゃな」

「……情報交換?」

「特に十五年前の“ライシャ事変”の始末だな。アレを始末したのは当時の神殿の特別審理官為ナセル殿だと聞いた。彼は、犯人達の精神汚染について調べたと聞いているが」

 ずばずばと機密事項を聞いてくる。
 まず、“ライシャ事変”を担当した特別審理官の存在自体、神殿内でも機密事項であったし、精神汚染鑑定をしたことも、かなり厳しく管理された機密事項だった。
 ダルクとカーターは、グレゴリウスの言葉にどう対応したものかという様子で、動きを止めていた。

「それが神殿内でも機密事項だということは御存じですよね」

 グレゴリウスはぱたぱたと手を振って、茶をすすった。

「ああ、知っとる。知っとるけどまぁ、ワシは特別なんでね。そうだ、まず先に言っておこう。ワシは味方じゃよ。お主らに敵対する意志はまったくない。ゼロじゃ。それに見知ったことは誓って外に漏らさぬ。不安なら魔法契約を締結してもよい」

「…………」

「ほれ」

 用意がいいのか、グレゴリウスは胸元から四つ折りにした紙を取り出す。みっしりと精緻な呪言が刻まれているそれは、魔法契約の契約書だった。

「……契約は後で締結させて頂きましょう。正解の照らし合わせということですが、まずはグレゴリウス殿の話を聞かせてもらいますか」

「お主はひどいな。ワシの話を聞いた後、お主がちゃんと話してくれるかわからないのに。まぁ、とりあえず口火はワシが切ってやろう。途中途中、お主らに補足してもらう。その形で良いか」

「ええ」

 うなずいたシューマッハの顔を、ダルクとカーターは見つめた。




「十五年前、“ライシャ事変”が起きてルーディス神官長ら多くの神官達が被害に遭った。その事件の犯人として捕らえられた第一王子カールとその恋人の男爵令嬢、その仲間達は魔族らによる精神汚染を受けていた」

 シューマッハは眉間に皺を寄せ、厳しい顔をしながらうなずいた。
 それは第一級の機密事項だった。
 王家の王子が魔族に操られていた、精神汚染を受けていたということが一般に知られることはあまりにも影響が大きい。
 国家を統治する王族のその後継者が、魔族に操られていたのだ。それも、聖人を害したとなれば、不祥事も極まった話だろう。
 これが表に出れば、王族そのものの存在が揺らぐ。

 第一王子達が魔族の手に堕ちていたという噂は、王家が否定し、それを消そうとしても流れ続けていた。
 それというのも、あまりにも稚拙で凄惨な事件だったからだ。

「精神汚染鑑定は、当時の王族すべてに行われたが、第一王子カール以外の王族には、汚染は見つからなかった」

 それに、シューマッハはうなずいた。
 グレゴリウスは、どこでこうした情報を得たのだろうと思いながら。

「“ライシャ事変”の後、この神殿の敷地内で多くの神官や孤児院の孤児の遺体が見つかった。燃やされ、埋められた死体だった。だが、ルーディス神官長の遺体は最後まで見つからなかった。遺体は右手の“聖人の徴”を剥ぎ取った後に燃やしたと、第一王子達は証言したという話があり、遺体の捜索はしばらく続けられたが、やがて打ち切られた。神官長の遺体はどこにいったんじゃろうな。見つからないのはおかしいという話はなかったのか」

 問いかけるグレゴリウスに、シューマッハは答える。

「正直、当時はそれ以上、見つけるために割く労力がありませんでした。王家は王家で自身の出した不祥事を揉み消すことに懸命でしたし、神殿はほとんどの神官が殺されたんです。生き残った神官達は体制を立て直すことに懸命でした。裁判もはじまりましたし、王家では新国王への王位継承の儀もありました」

 当時は非常に混乱していた。
 神殿では死んだ人間が多すぎた。他の神殿から多くの神官達が応援に来たが、通常の生活に、業務に戻れるよう力を尽くすことで精いっぱいだった。とても、真相の解明に力は割けない。

「……というわけで、ルーディス神官長の遺体はうっちゃられ、裁判は第一王子と男爵令嬢とその仲間達すべてを処刑することで始末がつけられた。精神汚染を一度くらった人間は、よほどのことがない限りは処刑するしかない。心の内に、魔の種が撒かれると言われているからのう」

「本当によくご存じですね」

「元王宮魔術師じゃ。そんなことくらいは知っておるぞ」

 ルーディス神官長の遺体がうっちゃられ……と言われたところでダルクとカーターの顔は強張っていた。
 本当ならば、草の根をわけてでも神官長の遺体は探さなければならなかった。
 だが、あの当時、あの騒動の中で探すことは人員的に不可能だった。

「王家に対しては、定期的に精神汚染鑑定は行われていない」

 グレゴリウスは告げた。
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