黒に染まる

曙なつき

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第2章 騎士団長と神の怒り

第20話 特別な報酬

 ヴェルディは騎士団の隊服をまとった。
 紺色のマントに紺色の隊服を着た姿は、なかなかに凛々しい。だが、鏡をよく見て気が付いた。東地域に派遣されていた間、その激務から少し痩せたように思えた。頬が少しこけている。
 ルースはまだ眠ったままだった。そのままでいいと執事のハンスに告げ、一人、馬車で王宮へ向かった。

 街はどこもかしこも、人気がなかった。皆、疫病を恐れて家にこもっている様子だった。
 時折、無数の遺体を積み上げ、郊外へ運ぶ馬車が通り過ぎた。現在、疫病による遺体は郊外で土に埋め、埋葬を済ましている。当初は一体ずつ埋めていた遺体だが、処理が追いつかなくなり、大きく穴をほってまとめて埋めているという話を聞いていた。救護院などでの治療行為は懸命に続けられていたが、疫病の収まる気配は見えていなかった。

 ヴェルディは、自分を呼びだした国王ロベルトのことを思った。
 ロベルトとは、彼が子供の頃からの仲であった。ロベルトが長じては、彼に仕え、忠誠を誓った。
 “ライシャ事変”が発覚した後、事件を速やかに終息させ、混乱を収めるために王座に就きたいと言われた時には、当然のように協力した。
 聡明な彼ならば、良い王になれると思った。
 事実、彼は即位した後、王として混乱した国を即座にまとめた。その後も国をよく治めている。
 ヴェルディにとって、彼は信頼できる“良い王”であると思っていた。
 この間までは。


 
 馬車は王宮の門をくぐる。
 王宮に向かう馬車は一台も見えなかった。非常に静かだった。
 王妃たちの茶会をはじめ、舞踏会などの華やかな行事は一切取りやめられていると聞いている。
 王族達は息をひそめるように、王宮の中に閉じこもっていた。
 
 馬車の扉を小姓が開け、案内する小姓の後に従って歩き始めた。
 静まり返っていた。

 廊下を抜け、階段をのぼり、行きついた大広間の玉座に、国王ロベルトは座っていた。
 ひじ掛けに肘を置き、どこか考え込むような様子を見せていた。
 王のそばには数名の大臣と、ライト公爵が立っていた。
 その数も、疫病前に比べると各段に減っていた。
 蔓延を防ぐために、王宮への出仕も最低限に抑えているという話だった。

 窓から光が差し込んでいる。
 王の前の、毛足の長い赤い絨毯の上に、ヴェルディは膝まづいた。

「陛下、ただ今戻りました」

 華美な儀礼の言葉などを好まないヴェルディは、淡々と到着を告げる。
 ロベルトは碧い目を、彼へ向けた。

「そなたを含め、騎士団の無事の帰還を嬉しく思う。東地域の魔獣のみならず、その地の穢れを祓ったと聞いている。ご苦労だった」

 ヴェルディは頭を下げた。

「王都へ帰還できた騎士団には後ほど、報酬をつかわす。また東地域の現状の報告については、改めて書面で求めたい。今回、このような最中、そなたにわざわざ王宮へ足を運んでもらったのは」

 そこで一度、言葉を区切り、王は言った。

「そなたには特別な報酬を授けたいと考えている」
 
 特別な報酬と聞いて、嫌な予感がした。

「そなたには、王女マリアを、降嫁させる」

「陛下、私にはすでに伴侶がおります」

 すかさず、拒絶のためにヴェルディは申し出た。

 王女マリア。神官長ルーディスから奪われた御徴を右手に持つ偽聖女。
 彼女が幼い頃から、知っていた。蜂蜜色の髪に薄緑色の瞳を持つ美しい十五の少女。
 自分を慕っていたことも知っていた。

 だが、彼女との婚姻は到底、考えられない。
 
「そなたの現伴侶とは、その婚姻状態を破棄せよ」

 国王ロベルトは、自分が今、とんでもないことを言っていることに気が付いているのだろうか。
 王女を嫁がせるため、すでに婚姻を為している二人を引き裂くなど、あってはならない。
 それは特別な報酬ではない。一方的な、理不尽な命令ではないか。

「その命令には従うことはできかねます」

「……ヴェルディ、そなたは婚礼を為す時まで、この王宮に留め置く。連れていけ」

「陛下!!」

 複数の兵士達がヴェルディの周りを取り囲んだ。
 ヴェルディは、王座の王の顔を見上げた。

「何をお考えなのです!! このようなことを、何故」

 ロベルトは指で自分の顎に触れ、赤い絨毯の向こうで立つ、かつての友であり、騎士団長のヴェルディを見つめた。

「そなたはもっと早くに、王家に加えるべき者だった。喜べ。そなたは聖女マリアを娶れるのだ。我らが王家の一員として、誇るがいい」

 ヴェルディは王の御前から去る時も、じっとロベルトを見つめていた。
 彼は、王宮の北にある高い尖塔の中に連れて行かれ、閉じ込められた。そこはいわば、罪を犯した貴人達を収容する、豪華な牢獄であった。
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