黒に染まる

曙なつき

文字の大きさ
43 / 52
第3章 騎士団長と別離の言葉

第2話 王女来襲(下)

「……マリア……王女?」

 マリア王女は格子を掴み、乱暴にガシャガシャと揺すった。

「ああ、これは邪魔だわ。わたくしと閣下の間を邪魔する悪い格子だこと。壊してしまいたい。ねぇ、閣下、ここはどうすれば開くのかしら。閣下は御存知かしら」

 一瞬マリア王女は動きを止め、格子を握り締めたまま虚空をぼんやり眺めてしばらく考え込んでいた。

「ああ、牢番から鍵をもらえばいいのですね」

 いいことを思い付いたとばかりに、両手を叩き、無邪気にそう言う彼女の様子がどこか普段の彼女の姿とはズレているようで、恐ろしかった。

「待っていてくださいませ、閣下。わたくし今すぐ、牢番から鍵を頂いて参りますわ。そうしたら、すぐに結婚致しましょう」

 クスクスと笑いながら、彼女は再度入ってきた入口の扉の鍵を開け放って出ていく。
 ほどなくして戻ってきた彼女の手に握られていた鍵は、なぜかぐっしょりと血で濡れていた。

「すぐに開けて差し上げますわね」

 頬を赤く染め、嬉しそうに言うマリアはそれでも可憐な乙女に見えた。



 身の危険を感じたヴェルディは、内心、マリアが鍵を開けないでくれるといいと願った。
 だが、無情にも鍵は開けられ、錠前は床の上にガシャンと落ち、彼女は格子の内に足を踏み入れた。

「閣下……」

 マリアは目を輝かせ、両手を胸の前に組み合わせ、ヴェルディの姿をじっと見つめていた。
 そしてすぐさま、ヴェルディに抱きついたのだった。

「ああ、これでようやく閣下と結婚できますわ。閣下のことがわたくし、大好きですの。子供の頃から憧れておりましたのよ。王宮に来て、お父様とお話しするご様子もとても恰好がよろしかったですし、わたくし達に話しかけて下さるのもお優しくて、いつも閣下が王宮に来て下さることを楽しみにしておりましたの。だから、閣下が別の方と結婚されたと聞いた時は、悲しかったですわ」

 ヴェルディの顔を見上げるその瞳は潤んでいた。

「でも、わたくしと閣下が結婚して、一つになればすべてが良くなります。だって閣下は……」

 そこで、マリアの薄緑色の、金色の睫毛に縁どられた大きな瞳が一瞬、翳った。

「あの御方の唯一の弱みですもの」




「なにを言っている」

 マリアはヴェルディを寝台の上に押し倒した。
 華奢な女の力とは思えない強い力で、彼を組み伏せる。
 今やマリアは興奮したように、ハァハァと荒く息をついていた。

「閣下を手に入れれば、全部うまくいくのですわ。そう、全部うまくいく。貴方は本当に、本当に素晴らしい存在。矮小な人間の存在でありながら、あの御方の唯一になられるとは!! アハハハハッ だから早くわたくしのものになって頂戴。あの御方が夢中になったのだもの、きっと貴方の魂はさぞや美味しいはず」

 手首を掴むマリアの力は万力のように強い。抗えなかった。
 その王女は薄緑色の瞳を今やギラギラと輝かせ、興奮したように唇をぺろりと舌で舐めた。

「早く早く、閣下と一つになりたいですわ。ああ、ちょうどいいことに、ここに寝台があります」

 ヴェルディは思い切り身をよじり、懸命に抗おうとする。

「これはきっと、閣下をここでわたくしが手に入れろという“神の思し召し”ですわ」

 その言い回しが気に入ったらしいマリアは何度もそう口にした。

「そう、“神の思し召し”なのだわ。何もできない神の、“神の思し召し”。いつも、何もできぬ神は黙って指をくわえて見ておればいい。わたくしが閣下を手に入れるところも。堕とすところも。ねぇ、閣下、こちら側はとても楽しいのです。早く貴方もこちら側に来て頂戴」

 そう言って、マリアは柔らかなその唇をヴェルディの唇に押し付けた。
 その小さな舌が男の口に入った瞬間、ヴェルディは眉間に皺を寄せ、激しく抗った。

 何かが……入ってこようとしていた。
 ゾワリと本能的に、総毛立った。
 厭わしく、汚らわしい。

 だが、マリアは執拗に唇を求める。

「ああ、閣下、ダメですわ。ちゃんとわたくしの想いを受け止めてくださって」

 マリアの唇が何度も重なり、唾液すら流し込もうとしていた。

「やめ……」

 傍目から見ればおかしな光景だった。
 華奢な少女が、体格の良い男の上に覆いかぶさり、押さえつけて唇を奪っている。
 男の方が懸命に抗おうと、力を込め、押しのけようとするが、少女は平然とその細い手足で押さえつけている。


 
 ふいにパシンと音がして、マリアの身体が突然、ヴェルディから弾け飛ばされた。

 マリアの身体は床に音を立てて落ちる。
 ヴェルディは唇を何度もぬぐい、咳き込みながら起き上がった。

 そのヴェルディの前に立っていたのは、険しい顔をしたあの、ルーディス神官長の姿だった。
 その雰囲気から、彼は“もう一人のルーディス”なのだろうと思った。
 また、ヴェルディを助けに来てくれたのだ。

 彼はすぐさまヴェルディのそばにしゃがみこんだ。

「な……」

 何だと言う前に、美しい神官長はその唇を、ヴェルディの唇に重ねた。
 驚愕にヴェルディは目を見開いていた。
 白い手を伸ばし、男の背中に手を回し、舌も入れてくる濃厚な口づけをされる。

 王女に続いて、前神官長にまで唇を奪われたヴェルディは、フリーズしていた。



 だが、ルーディスは自分が愛しく思っていた男である。
 ヴェルディは口直しといわんばかりに、今度は自分から彼を寝台に押し倒そうとしたところで、ルーディスの実体がないことに気がついた。すっと身体を通り抜けてしまう。先刻一瞬実体を感じたが、それはほんの一瞬だったようだ。
 東地域討伐の際に助けに来てくれた時もそうだった。
 自分の背後にふわりと飛んでいるような気配だった。

「……ルーディス」

 ルーディスは形の良い眉を寄せ、ため息と共に呟いた。

「……本当に手のかかる、騎士団長殿だ」




 唐突に、彼の姿が消えた。

 そして笑い声が、格子の扉の向こうからした。
 心底、嬉しそうな声だった。

「ああ、ルーディス、また会えるとは思ってもみなかった」

 牢の入口から、満面の笑みを浮かべて入ってきたのは国王の兄公爵のライトだった。
感想 11

あなたにおすすめの小説

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

俺以外を見るのは許さないから

朝飛
BL
赤池凌平は、成瀬真介と出会い、緩やかに親交を深めてやがて恋人同士になるのだったが、時折違和感を抱いていた。  その違和感の正体が明らかになる時には、もう何もかも手遅れになってしまい……。 (女性と付き合うシーンもあります。) ※ネオページ、エブリスタにも同時掲載中。マイペースに更新します。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪
BL
【本編完結済】(番外編SSを追加中です) ユリウスはその日、騎士団の任務のために赴いた異国の山中で、死にかけの子どもを拾った。 抱き上げて、すぐに気づいた。 これは僕のオメガだ、と。 ユリウスはその子どもを大事に大事に世話した。 やがてようやく死の淵から脱した子どもは、ユリウスの下で成長していくが、その子にはある特殊な事情があって……。 こんなに愛してるのにすれ違うことなんてある?というほどに溺愛するアルファと、愛されていることに気づかない薄幸オメガのお話。(になる予定) ※この作品は完全なるフィクションです。登場する人物名や国名、団体名、宗教等はすべて架空のものであり、実在のものと一切の関係はありません。 話の内容上、宗教的な描写も登場するかと思いますが、繰り返しますがフィクションです。特定の宗教に対して批判や肯定をしているわけではありません。 クラウス×エミールのスピンオフあります。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/504363362/542779091

【完結】ダンスパーティーで騎士様と。〜インテリ俺様騎士団長α×ポンコツ元ヤン転生Ω〜

亜沙美多郎
BL
 前世で元ヤンキーだった橘茉優(たちばなまひろ)は、異世界に転生して数ヶ月が経っていた。初めこそ戸惑った異世界も、なんとか知り合った人の伝でホテルの料理人(とは言っても雑用係)として働くようになった。  この世界の人はとにかくパーティーが好きだ。どの会場も予約で連日埋まっている。昼でも夜でも誰かしらが綺麗に着飾ってこのホテルへと足を運んでいた。  その日は騎士団員が一般客を招いて行われる、ダンスパーティーという名の婚活パーティーが行われた。  騎士という花型の職業の上、全員αが確約されている。目をぎらつかせた女性がこぞってホテルへと押しかけていた。  中でもリアム・ラミレスという騎士団長は、訪れた女性の殆どが狙っている人気のα様だ。  茉優はリアム様が参加される日に補充員としてホールの手伝いをするよう頼まれた。  転生前はヤンキーだった茉優はまともな敬語も喋れない。  それでもトンチンカンな敬語で接客しながら、なんとか仕事をこなしていた。  リアムという男は一目でどの人物か分かった。そこにだけ人集りができている。  Ωを隠して働いている茉優は、仕事面で迷惑かけないようにとなるべく誰とも関わらずに、黙々と料理やドリンクを運んでいた。しかし、リアムが近寄って来ただけで発情してしまった。  リアムは茉優に『運命の番だ!』と言われ、ホテルの部屋に強引に連れて行かれる。襲われると思っていたが、意外にも茉優が番になると言うまでリアムからは触れてもこなかった。  いよいよ番なった二人はラミレス邸へと移動する。そこで見たのは見知らぬ美しい女性と仲睦まじく過ごすリアムだった。ショックを受けた茉優は塞ぎ込んでしまう。 しかし、その正体はなんとリアムの双子の兄弟だった。パーティーに参加していたのは弟のリアムに扮装した兄のエリアであった。 エリアの正体は公爵家の嫡男であり、後継者だった。侯爵令嬢との縁談を断る為に自分だけの番を探していたのだと言う。 弟のリアムの婚約発表のお茶会で、エリアにも番が出来たと報告しようという話になったが、当日、エリアの目を盗んで侯爵令嬢ベイリーの本性が剥き出しとなる。 お茶会の会場で下民扱いを受けた茉優だったが……。 ♡読者様1300over!本当にありがとうございます♡ ※独自のオメガバース設定があります。 ※予告なく性描写が入ります。

婚約破棄されたから能力隠すのやめまーすw

ミクリ21
BL
婚約破棄されたエドワードは、実は秘密をもっていた。それを知らない転生ヒロインは見事に王太子をゲットした。しかし、のちにこれが王太子とヒロインのざまぁに繋がる。 軽く説明 ★シンシア…乙女ゲームに転生したヒロイン。自分が主人公だと思っている。 ★エドワード…転生者だけど乙女ゲームの世界だとは知らない。本当の主人公です。