黒に染まる

曙なつき

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第3章 騎士団長と別離の言葉

第5話 呪い

「自分を殺すことのない呪いじゃったよ。でも、あの黒い呪いは、自分で自分を隠すようにしたあの呪いは、ルースの中から為されていた。それはもう一人人格がいたから、そこから為していたんじゃな。生まれた時からずっと隠してきたんじゃ。まさか黒に染まった者を、誰も“聖人”だとは思わないだろうと」

「……あそこまで自分を呪うんですか? あんな真っ黒になって恐ろしいものになっていても」

 ダルクは絶句していた。

「お主にはそんなに恐ろしく見えるのか。まぁ、禍々しい黒色だからじゃろうな。ワシには必死に隠そうとしているようにしか見えなかった。……かわいそうにな。ずっとずっと隠そうとしていたんじゃろう」

「……誰からですか」

 ヴェルディは掠れた声で言うと、グレゴリウスは真っ直ぐな視線で見つめた。

「決まっておる。王家からじゃ」





「…………」

 言葉が無かった。馬車の中が静まり返る。

「王家はすでに一度、彼を殺してその御徴を奪い取った過去がある。ルースが生まれた時から“聖人”であるとわかると、精神汚染を受けている王家は再びルースを殺す可能性は高い。実際、いまや国はここまで“神の怒り”を受けている状況だ。魔族たちは大喜びじゃろう」

 疫病に、魔獣の大量発生をいっているのだろう。


「……そろそろ白の離宮に着く。ここに、ライトがいるのじゃろう。早いとこ、“もう一人のルーディス”を救い出そう。嫌な予感がするゆえ」




    *



 白の離宮は緩やかな丘陵に建てられている。
 道の両脇には白い花が咲き乱れ、風に揺れてさわさわと音を立てている。 
 ところどころ森の木々が見えるが、それ以外、白い花が地平線の向こうまで何百万本も生えている光景は、夢幻的な美しさだった。
 
 真白の花弁に黄金色のおしべとめしべを持つその花は、サニアと呼ばれていた。
 かつての王妃がこよなく愛した花で、その王妃のために離宮は造られたという話だった。

 離宮から少し離れたところに馬車を停めて降りた一行は、離宮へ続く道を歩いていた。
 離宮の入口には門番の詰め所があったが、不思議なことに誰もおらず、門も小さく扉が開いていた。
 罠ではないかと思われたが、進むしかない。

 グレゴリウスは門をくぐる前に言った。

「いいか、ヴェルディ、お主にも言っておく。もし、ワシが精神汚染を受けていることがわかったら容赦なく殺せ。そして、ワシもそなたらが汚染を受けているとわかったら、即殺す」

「……」

「これが終わったら、神殿騎士団の要請をするのじゃよ。討伐せねばならない」

 グレゴリウスは、誰を討伐するとは言わなかった。
 


 


 離宮の建物に続く道を歩いていく。
 遠目に見える白い花に囲まれたその離宮もまた、白い石だけで造られていた。

 ダルクはこのような時であるのに、感心したような声で言った。

「いやぁ、綺麗ですね。心が洗われるように綺麗です。天国っていうのはこういうところを言うんじゃないですか? 僕は死ぬならこういうところで花に囲まれて死にたいですね」

「……突入前に物騒なことを言うな、ダルク」

 シューマッハが彼を叱った。空気を読まない特別審理官の若者に、ヴェルディは苦笑している。

「ライト公爵を見つけて、そのルーディス神官長の魂を閉じ込めている小さな珠を奪えばいいんですよね。ライト公爵は神官長の魂を持ってどうするつもりなんですかねぇ」

「彼は、昔からルーディス神官長のことが好きだったんだ」

「ふぅん。好きだから、その魂も手に入れたいってわけですね。凄い執着ですね」

 凄い執着
 そう言われても、ヴェルディはライト公爵のことを否定できない。
 彼への執着は、自分も同じだった。
 ヴェルディも、ライトも、ずっとルーディスに囚われている。あの美しい神官長に、死してなおも囚われ続けている。
 こんな想いを持ち続けているから、ルーディスは生まれ変わったとしても、前世の記憶を持ったまま来てしまったのではないか。
 男達の妄執が、彼をずっと捕え、苦しめているような気がした。

 前世の記憶を持たずに、まったく無垢の状態で生まれてきたら、ルースはどうだったのだろうと思う。
 呪いも受けず、黒に染まることもなく、生まれた時から右手に“聖人の徴”を持ち、神殿で敬われかしづかれ育つ。
 ……そう考えて、それは、生まれ変わる前の、ルーディス神官そのものではないかと思った。
 彼も、“ライシャ事変”に遭うまではそうだった。皆から敬われてあの神殿で暮らし、私は彼のもとへお茶を飲みに行っていた。
 その幸せな記憶が一瞬脳裏を横切り、胸がひどく苦しくなった。

 あの忌まわしい事件が無ければという思いが何度も去来した。何度も何度も。
 この手をすり抜けていったあの幸せな時間が、愛おしく、切なく、自分を苦しめる。
 ルースと婚姻後、彼と過ごす時間で上書きができると思っていた。そう、上書きができると思っていたのだ。
 ルースと過ごす時間もまた幸せで、彼を自分は愛している。
 だが、過去のルーディスと過ごした時間もまた、別にあるのだ。上書きはできなかった。
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