「青春」という名の宝物

やまとゆう

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第2章  踏み出す勇気

13.

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 人生の終わりを感じ始めたのはいつからだろう。外の世界を見てみると、地面を見つめて歩き回る人間がほとんどで、片耳にスマホを添えて忙しいアピールを他の人間に見せつけているようにサラリーマンが走り回っている。テレビを点けてみては会議中に居眠りをする政治家の映像が映し出される。そもそもの議題がくだらなかったりして耳を傾ける気にもならない。たまにそんな政治家の不祥事やスキャンダルが発覚して国中の人間が蟻を潰すように誹謗中傷をその人に向ける。話題が変わればこの国のどこかで起こった交通事故や殺人事件。ニュースを見れば毎日憂鬱な気持ちが頭の中に濁流のように流れ込んでくる。良い話題なんてスポーツやタレントのおめでたい話ぐらいしか印象がない。僕はそんな世界と関わりたくなくて、いつの間にか「社会」という世界から離れた世界線で暮らしている気になっている。吉田さんと会ってからしばらく経ち、次の予定が入らないまま何とも面白みのない日々がただ雲が流れていくだけのように過ぎていく。僕はまた憂鬱な気分で毎日を過ごしている。
 強いて言うならばこの店に来てくれる人たちの緩やかな時間を見守ることで心が安らいでいたりする。カップ一杯のコーヒーを一時間近くかけて飲み干す老夫婦のやりとりや、初々しいカップルなのか何処かやりとりがぎこちない学生の会話を見ていると、僕は今日も人間として人生を過ごしている気になれる。

 「アスカさん」
 「ん?どうした?」

十六時二十分。客が二組だけの静かな店内で僕たちは使い終わった皿を拭いていた。

 「やっぱり社会人って大変ですよね」
 「急だね。何?就職口探してるの?」

アスカさんは悪戯を考えている子どものような笑顔で僕を見た。

 「いやいや。外に出れば楽しい話題って少ないじゃないっすか。大人になれば尚更。男の人は綺麗なスーツを着て走り回ったり、作業着を着た人たちが大きい車を動かしたり」
 「うん」
 「学生気分なんかとっくにありませんけど、何かこう、大人になったらなったで辛いこと以外の楽しみも欲しいって思いません?」

表情こそ変わらなかったものの、僕の言葉を聞いたアスカさんからはすぐに返事が返ってこなかった。

 「タクヤくんは辛いことばかりが嫌だからバレーをしてるってこと?」

太陽の位置が変わり、店内に差す影もさっきより長くなった時にアスカさんが口を開いた。相変わらず老夫婦のコーヒーはまだ残ってそうだった。

 「え?んー、そうっすね。それもあります。ストレスだけだったらしんどいし、おれが好きでやれることってそれぐらいしか無いんで」
 「ふーん」
 「え?怒ってます?」
 「言いたいことは色々あるけど、タクヤくんって大人に見えてまだまだ子どもだなって思ったよ。改めて」
 「え?」
 「少なくともあのおじいちゃんおばあちゃんたちの方がよっぽど楽しい時間を過ごしてそうだし、あの学生さんたちの方がよっぽど大人に見えるよ、私には」

僕を見つめるアスカさんの目には、怒りにも見えた炎が宿っているように見えた。その迫力に僕は皿を落としてしまいそうになって慌てて持ち直した。

 「どうしたんすか、アスカさん」
 「タクヤくん、今日店閉めてから予定ある?」
 「き、今日は特にないですけど」

アスカさんの目を見つめ直すといつの間に消えたのか、目の圧力は無くなっていていつものアスカさんに戻っていた。

 「ここでご馳走してあげる。そこでちょっと私と話、しよう」

僕が声を出そうとした瞬間、学校帰りの高校生たちがぞろぞろと入ってきた。時計を見ると針は十七時を回っていて、部活帰りの高校生や仕事帰りの大人たちが集まる時間帯になっていた。それから僕は、返答をアスカさんに告げられないまま仕事をこなした。さっき、長居していた老夫婦が使っていた机を掃除しに行くと机の上に置いてあった紙ナプキンに
 『ご馳走様。いつも美味しいコーヒーを淹れてくれてありがとう。また来ます』
 と、丁寧に書かれていた。僕はその紙ナプキンを汚したくなくて丁寧にエプロンのポケットに入れてから今日のラストスパートをかけるスイッチを入れた。
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