「青春」という名の宝物

やまとゆう

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最終章  再び動き出した時間

35.

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 僕が店の裏の鍵を合鍵で開けて泥棒さながら店の中に忍び込む。すると、店内のソファでくつろぎながらタオルや腹かけなどの衣類を畳んでいるアスカさんを見つけた。僕とユカリは目を合わせ、ゆっくりと頷き合った。そして三、二、一と指を折っていき、僕は小走りでアスカさんのいる方へ向かった。それに続くようにユカリも僕の後ろをついてくる。僕が先陣を切ってクラッカーの紐を思いっきり引っ張って盛大に部屋の中に破裂音を響かせた。それに続くようにユカリも持っていたクラッカーを鳴らした。

 「アスカさん誕生日おめでとうー!」
 「アッちゃん、おめでとうー!」

驚きすぎたアスカさんはそのクラッカーに負けないぐらいの大きな悲鳴を上げてとっさに頭を抱えて座っていたソファから崩れ落ちた。それからしばらく動けなくなったアスカさんはゆっくりと体を起こして僕らの方を見た。アスカさんは涙目になって僕らを睨んでいた。

 「何よもうー、強盗に撃たれたかと思ったじゃん!本当に死んだと思った!」
 「ごめんねアッちゃん!でもほんとに面白かったし、何ならめっちゃ飛んでたよ!天井に届きそうだった!」
 「すいません、アスカさん。どうしても祝いたいって聞かなくて」
 「サプライズすぎるよぉー、今の今まで私、今日が誕生日なの忘れてたし」
 「それなら尚更サプライズしてよかったよ!アッちゃん改めておめでとう!」
 「ありがとうぅー」

アスカさんは床に座り込んだまま、本当に撃たれたように体を倒していく。

 「アスカさん、とりあえず座りましょう。立てますか?」
 「ごめん、ガチで腰抜けちゃったみたい。しばらく立てなさそう」

倒れ込んだアスカさんは顔を伏せたまま体を休めている。僕とユカリはその隙に今日の主役を手招きしてこの空間に招いた。主役はゆっくりと確実に近づく。コツコツと革靴がリズミカルに鳴っているように思えたが、当の本人は緊張しているのか、そのかっちりとした音が徐々に不規則に聞こえ出して僕は吹き出しそうになった。ガチャリと丁寧に裏のドアが開けられ、僕の目線の先には両方の肩が思いっきり上がっている純白のスーツを着たヒロキが立っている。アスカさんもゆっくりと体の向きを変えてヒロキの方を見た。アスカさんはヒロキを見つめたまま時間が止まっているように動かなくなった。瞬きすらしていない。そんなアスカさんを見つめながらヒロキも充電が切れかけているロボットみたいな歩き方で近づいてきた。

 「北村くん!手と足、一緒に出ちゃってる!」
 
 ユカリは腹を抱えて笑っている。それにつられて僕もついに吹き出してしまった。長年色んなヒロキを見てきたが、こんなヒロキは僕も初めて見る。

 「ヒロキ、緊張しすぎ」
 「う、うるせぇ。緊張しちまうもんは仕方ないだろ!」
 「ヒロキくん」
 「はい。立てますか?アスカさん」

ヒロキは真っ赤な薔薇の花束を腕に抱えたままアスカさんの目の前で膝をついた。

 「結婚式でも出来そうな格好だね」
 「へ、へへ。はい。アスカさん、白が好きだからつい奮発して買っちゃいまして」
 「うん。似合ってる。カッコいいよ」

アスカさんの言葉に気を良くしたヒロキは分かりやすく鼻の穴が大きく開いている。嬉しい気持ちを表すクセは昔から何も変わっていない。

 「アスカさんにそう言われたら、もう今日生きてて良かったって思います」
 「大袈裟なんだよいつも。キミは」

気がつけばアスカさんの方も落ち着いたのか、いつものようにゆるやかな表情で話すことができていた。それは案外、誰かさんのおかげであることをその本人が知っていればいいが。

 「アスカさん、改めて誕生日おめでとうございます!これ、俺からの気持ちです」

ヒロキは抱えている花束をアスカさんにゆっくりと渡した。小柄なアスカさんがそれを持つと、さっきよりもその花束が大きく見えた。それに、アスカさんが抱えている薔薇の花がまるで喜んで笑っているように映えて見えた。

 「ありがとう。花束なんて初めてもらったよ。しかもこんなにいっぱいの薔薇の花。全部で何本あるの?」
 「百八本あります」
 「え?」

アスカさんのえ?よりも、僕の隣にいたユカリのえ?が一層大きく部屋に響いた。また中途半端な数をよく数えて持ってきたなぐらいにしか僕は思っていなかった。

 「アスカさん。薔薇の本数の花言葉、知ってますか?」
 「うん。知ってる」
 「それは俺の気持ちです。アスカさん、俺と!」
 「ヒロキくん、ちょっと待って」

アスカさんの声と右手が力みまくっているヒロキの口を塞いだ。だが、ヒロキは本当に真剣な眼差しでアスカさんを見つめている。アスカさんは、そんなヒロキを受け入れるように見つめ返している。

 「まず、起こして。多分、そろそろ立てると思う」
 「はい。ゆっくり。無理せずに」

ヒロキはアスカさんを包み込むように抱え、アスカさんはヒロキに支えられながらソファに座った。僕とユカリは二人の会話を邪魔しないようにただ黙ってその場を見つめている。

 「ありがとう。やっと体に力が入ったよ。金輪際、絶対あんな驚かせ方しちゃダメだよ」
 「はい。もう絶対しません」

実際に驚かせたのは僕とユカリなんだけど。という言葉を飲み込んだような表情でユカリも笑っている。

 「じゃあ改めてアスカさん」
 「はい」

ヒロキが仕切り直すように深呼吸をすると、また部屋の空気が入れ替わったように張り詰めたものになった。アスカさんも真剣な顔でヒロキを見つめている。ヒロキはさっきと同じようにソファに座るアスカさんの目の前で片膝をついてアスカさんを見つめた。

 「アスカさん、俺と付き合ってください!一生大切にします!一生離れません!一目見た時からあなたが好きでした!」
 「えぇ!!?」

僕の隣に座るユカリが椅子から崩れ落ちそうになるぐらいずっこけて驚いた声を上げた。

 「プロポーズじゃないの!?その格好で花束まで用意してるのに!?いつも一緒にいたじゃん!付き合ってなかったの?しかも、その薔薇の数の花言葉って」
 「ユカリ」
 「なに!?」

僕はユカリを諭すように声をかけて見つめた。彼女は驚きすぎて普段の三倍くらい目が大きくなっている。

 「多分、後からヒロキが教えてくれる。今は、二人の時間」
 「むー...」

ユカリは納得のいっていない顔のまま、口にガムテープを貼られたように黙っている。

 「吉田、ごめんな。俺、今日アスカさんに伝えるのに意識がいきすぎて、吉田には伝えられてなかったみたいだ。タクが言ったように後で説明する」

ユカリの膨れっ面を見たアスカさんが今度は堪えきれずに吹き出した。

 「ユカちゃんごめん。私もヒロキくんとのこと言ってなかったね」
 「何か私がサプライズされたような気がしてるよ」
 「あはは。ほんとだね」

ユカリに笑いかけるアスカさんの優しい笑顔がヒロキの心境を落ち着かせたようにヒロキも柔らかい表情になった。

 「ヒロキくん」
 「はい!」
 「やっと言ってくれたね。私も久しぶりに誰かのことを好きになってたんだ。キミのおかげで私はいつも幸せになってるよ。こんなオバさんで良ければよろしくね」

アスカさんの言葉を聞いた途端、ヒロキの目からは大粒の涙が溢れ出した。それと同時に、部屋に獣がいるのかと錯覚するほどの叫び声をヒロキが上げた。僕はポケットに忍ばせておいたクラッカーを鳴らして二人を祝福した。それに続くようにユカリも僕の隠しておいたクラッカーを一つ取って盛大に鳴らした。その音に驚いたアスカさんがまたふわりと宙を舞った。

 「だからぁー、その音ビックリするんだって!やめてよー」
 「いやいや、今は絶対鳴らすべきですよ。アスカさん」
 「そうだよ、アッちゃん!おめでとう!北村くんも!良かったね、二人とも!遅すぎじゃない?って思うけど」
 「ふふ。ありがとう」

クラッカーや拍手が鳴り止まない部屋には、僕らの笑顔も止むことがなかった。気づけばユカリもアスカさんも目から涙が溢れていた。僕はこの歳になってようやく幸せがどういうものなのか少し分かった気がした。
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