「青春」という名の宝物

やまとゆう

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〜Another story〜

#4.

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            ✳︎

 八月二十四日。腕時計を確認すると時間は同窓会の集合時間であった十九時をとっくに過ぎていた。緊張している私の心境をほぐすように大きく体を伸ばした後、私は意を決して平松くんの経営している居酒屋のドアを勢いよく横に動かした。その瞬間、中にいた人たちの声は一斉に止み、そこにいた全員が私の方を向いた。

 「こんばんは!ごめんねみんな、到着も返事も遅くなりました!」

私はクラスの人気者。焦ってちゃいけない。私は必死に顔の表情筋を動かして大きな声でみんなに笑いかけた。すると、それに応えてくれるようにみんなの色んな声が飛び交っていて、そのどれもが私を歓迎してくれている声だった。

 「変わらないね、みんな!」

私を受け入れてくれたみんなのおかげで私は全員の顔を見ることが出来る余裕が心の中に生まれた。一人ひとり見渡したのち、ついに私は彼を見つけた。北村くんの隣に座る大きな男の子。森内くんがそこに座っていた。少しクセのあるマッシュヘアにすうっと一本綺麗な筋の通った高い鼻に、優しい印象が際立つ垂れ目。そして、私の両手に収まりそうなほどの小さな顔。十年前と何一つ変わっていなくて、まるで私が時間を遡ってここにやってきたように感じた。そんな森内くんを見つめていると、彼は私と目が合いそうになって慌てて目の前にあったビールに口をつけていた。その後、もみくちゃにされるようにみんなの声の矢印が私に向いた。北村くんはみんなを落ち着かせながら私を席に案内してくれた。その席は、隣にチーちゃんがいて向かい側には森内くんがいる何とも夢のような席だった。そこに座り、私は必死に平常心を保ちながらチーちゃんと話してからビールを勢いよく口に流し込んだ。目の前にいる森内くんは、あからさまに私と目を合わさないようにキョロキョロと周りを見渡している。私よりも慌てていそうな彼を見ると、私の心は嵐が突然止んだかのように落ち着いた。その流れで私は腕を上にうーんと伸ばして、彼を意識的に私の方へ向けさせた。母さんの言った通り、森内くんは「今ここでストレッチする?」みたいな顔で私を見ていた。私は今だ!と確信して覚悟を決めた。

 「あのさ」

彼の柔らかい瞳が私だけを見つめている。ビールのおかげか、私は気分が高揚したまま彼の目を見つめ続けられている。私は彼と目が合っているだけで幸せな気持ちになっていた。

 「なに?」
 「身長、また大きくなったよね」

彼との会話の第一声はこれでよかったのだろうか。私は心の中で自分の発言を後悔しながらも、半ば開き直って彼に言葉を届けた。それを聞いた彼はへへへと笑いながら私に言葉を返してくれた。そして私も、彼につられるようにししっと笑えた。彼と話を続けている途中、不意に母さんの顔が頭に浮かんだ。私は心の中で母さんに礼を言ってから森内くんと会話を続けた。

            ✳︎

 私を迎え入れてくれるみんなは、私の息をつかせる間もなく色んな話を聞いてくれるししてくれた。皮肉を言うつもりはないけれど時間は無情にも過ぎていき、森内くんと話す機会は最初に話した数分だけしかなかった。夢の時間だったような同窓会は本当に楽しいものだったけれど心残りが大きすぎて胸にぽっかり穴が開いてしまいそうな気持ちになった。そして二次会へ行こうとみんなが言い出していた矢先、彼は明日がバレーの大会だということでここで別れが来てしまう現実がやってきた。タクシーに乗った彼を見送る最後の瞬間、窓ガラス越しに彼と目が合って私の心臓はまた大きく跳ねた。私はこの時、彼に絶対自分からメッセージを送って行動しようと心に決めた。なんてったって私は母さんの娘であり、父さんの娘だから。その後、みんなと一緒にカラオケに行ってひたすらはしゃいだ私は、五年ぶりくらいにオールをして朝の眩しすぎる陽の光を全身で受けながらタクシーを呼んだ。チーちゃんには近いうちにまた会う約束をしてから分かれ、北村くんたちにはすぐにまた飲み会を開いてもらうように頼んでおいた。数分もたたないうちにやってきたタクシーに入った途端、アドレナリンが無くなったみたいに体の力が抜けて激しい眠気が襲ってきた。

 「お客さん、着きましたよー」

意識が無くなり、いつの間にか眠っていた私は運転手に眉をひそめられながら声をかけられていた。飛び起きた私は慌てて自分の持ち物を確認する。

 「本当にこの公園でいいんですか?ご自宅まで送れますが」

眉毛も目も細い運転手は、本意なのかは分からないけれど気を利かせてそんなことを言ってくれた。けれど、私はどうしてもここで降りたかった。

 「ありがとうございます。ここで大丈夫です!」

私は運転手に頭を下げてからお金を払ってタクシーを降りた。朝の煌びやかな陽の光から守ってくれるように大きくて緑の葉っぱを大量にぶら下げる木々がここには並ぶ。私の疲れを吹き飛ばしてくれるように心地の良い風が柔らかく吹き抜ける。私が目的地に指定したこの高台にある公園は、言わば私の秘密基地だ。中学生の頃、部活を終えて家に帰る前にこの公園から町を見下ろしながらその日あった楽しかったことや嬉しかったことを振り返るのが日課になっていた。その振り返りの大半がバスケと森内くんだった私は、長い日だと夜になるまでこの公園にいて母さんに心配されることも少なくなかった。中学生の頃の私が一番思い出の多い場所を挙げるとするならば、真っ先にここを挙げる。ここは、私の「青春」が詰まったような大切な場所だ。私は、数年ぶりにこの公園のベンチに座り町を眺めた。

 「いつかは二人でここに来たいなぁ...」

私の独り言に答えてくれたように風が木々を揺らした。すると、一枚の緑の葉っぱが風に揺られてひらひらと私の元に落ちてきた。私はそれを本能的に肩に下げたバッグの中に大切にしまった。決して傷つけないように大切にしまった。私はスマホを開き、グループから連絡先に追加した森内くんの名前を眺めた。私は名前を見ていただけなのに、何故か泣きそうになって慌てて感情を引っ込めた。

 「泣いちゃだめだ!がんばれ!私!」

私はそう言って自分を鼓舞し、ベンチから立ち上がった。これから始まる新しい日常に胸を躍らせながら。

 「上手くいったら北村くんに感謝しないとなぁ」

しししと物事を前向きに考えながら私は笑った。私の近くを散歩していた五歳くらいの男の子と、その子のお母さんにおはようございます!と笑顔のまま言った。すると、男の子とお母さんは揃って笑顔でおはようございます!と返してくれた。私はその声に励まされるように足を動かしはじめた。
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