Tsukakoko 〜疲れたらここへ来て〜

やまとゆう

文字の大きさ
10 / 68
第1章 麻倉 斗和

#10

しおりを挟む

 「はーい。お疲れ様、2人ともぉ」
 「斗和さん! 雫さん! お疲れ様です!」

ドアを開けて出迎えてくれたのは午前中に約束していた師匠と、合宿へ行ったはずのリッカちゃんだった。リッカちゃんは、瞳の中に星が散りばめられているくらいキラキラと輝かせて僕らを見つめていた。久しぶりに見たけど、身長伸びたのかな? 目線が前より近い気がする。

 「こんばんは? リッカちゃん、合宿って師匠に聞いてたけど?」
 「そうなの。合宿だったんだけど、宿泊先の高校がインフルエンザ流行ってるみたいでさ、突然無くなっちゃったんだよね。だから今日は学校で普段通りの練習だったんだ」
 「そうなんだね。ごめん、せっかくの親子水入らずなのにお邪魔しちゃってるけど」
 「ううん! いいの! 父さんとご飯を食べるのも楽しいけど、斗和さんと雫さんが一緒にいてくれたらもっと楽しいから!」

ニシシと笑うリッカちゃんの笑顔はまるで太陽のように明るくて、同級生や同じ学校に通う男の子たちはこの笑顔を見ただけで彼女のことを好きになるんじゃないかと思えるほど、相変わらずとっても魅力的だ。

 「リッカちゃあんん! 何ていい子なの!? もう抱きついちゃう!」
 「えへへ、苦しいよ! 雫さん。私、まだシャワーしてないから汗くさいよ」
 「くさくない! むしろ、若い女の子のいい匂いがする!」

女性同士の会話とは言え、雫さん、今の発言は危ないにおいしかしないよ。師匠は僕と同じことを考えているような顔で2人が抱きしめ合っているのをじっと見つめている。

 「雫ちゃんの発言は、雫ちゃんが言うからギリギリセーフだね」
 「あはは。ちょっと舞い上がっちゃいました。先生が言ったら一発アウトですからね」
 「いや、言わないから。絶対」

とんでもないキラーパスが雫さんから飛んできた僕は、すかさずそれを放り投げるように素早く返事をした。すると、雫さんの腕の間からリッカちゃんがひょっこりと顔を出して僕を見て笑った。

 「斗和さんに言われても、私はアウトにしないと思うよ」

えへへと笑うリッカちゃんは僕を惑わすように言っているのではなく、本心でそう言ってくれている。昔からそうだ。彼女はウソをつかず、僕や雫さんを本当の家族のように、兄や姉のように想ってくれている。と、師匠からいつか聞いたことがあったっけ。そんなリッカちゃんに僕も頬を緩めて笑顔を返した。

 「父さんの歳に近いオジサンを現役女子高生がからかっちゃダメだよ」
 「そうそう。斗和だって男だからね。いくら師匠の娘だからって、これだけ可愛かったらドキってしちゃうだろうからね」

忘れていた。師匠はバカが5個ぐらいつくほどの親バカだ。つまり、リッカちゃんを溺愛している。どこぞの馬の骨が彼女の周りにまとわりつこうものなら、その優しい笑顔から一変し恐ろしい目つきをそれらに見せつける。らしい。リッカちゃんからずっと前に聞いた話だけど、あながち盛った話でもないといえそうなのが少し怖い。

 「大丈夫だよ。師匠。僕、未だに恋とか愛とかよく分かってない人間だから。リッカちゃんみたいに可愛い子から言い寄られても全く揺らがないのが実際だから」
 「いや、斗和。リッカぐらい可愛い女の子から言い寄られたらドキッとしろよ。おれでもしちゃうぞ。実際」
 「いやいや、師匠。それどっちに転んでも師匠が怒るパターンのやつでしょ」
 「はは。バレたか。まぁでもリッカも少し見ないうちに成長したろ?」
 「確かにね。パッと見ただけでも身長伸びてる気がするし、前よりも女性らしい体つきになってきてるね」

雫さんと抱き合っているリッカちゃんを見てそう呟くと、その言葉に即座に反応した雫さんの顔から笑顔が消え、鋭い視線を僕に向けた。

 「先生、それセクハラ発言ですよ。普通に」
 「いやぁー、斗和さんのえっちぃー!」

そして女性2人に茶化される始末。それを見てへらへらと笑っている師匠。僕は医師的目線で伝えたつもりでそんな邪(よこしま)な感情があるはずがない。そもそもリッカちゃんはまだ16歳だ。そんな子にそういう気持ちがあったのならその時点で僕は犯罪を犯している。

 「オジサンをからかっちゃいけないよ。僕は1人の医者としてそう言っただけであって、決してそんないやらしい気持ちなんてあるはずなくて……」
 「斗和。みんな分かってるよ」

師匠が僕の言葉を遮ると、3人とも僕を見つめてへらへらと笑っている。特にリッカちゃんが一際へらへらと笑っていた。

 「相変わらず斗和さんは真面目だなぁ! 父さんより真面目だよ」
 「えぇ? そう言われる父さんの心境は複雑なんだけど」
 「大丈夫です。カケルさんも先生と同じくらい真面目ですよ」
 「はは。ありがとう。しっかり者の雫ちゃんがそう言ってくれると、おれもいくらか自信が持てるよ。さ、そろそろゴハン食べるよ。今日はおれが作った得意料理だ。リッカ、斗和と雫ちゃんのコートを持ってあげて」
 「はーい! 2人とも上着、預かるね」
 「あ、ごめんね。ありがとう」
 「2人分のコートは結構重いと思うけど大丈夫?」
 「大丈夫だよ! 私、部活で結構筋トレしてるから」

そう言って僕らからコートを受け取ったリッカちゃんは、その発言通り軽々と僕らの羽織っていた厚手のコートをリビングの隣にある部屋の方へ持って行った。あの部屋は確か……。僕の記憶が正しければ、あの部屋だ。

 「師匠。チハルさんに挨拶してくるね」
 「うん。ありがとう。じゃあリビングで待ってるよ」
 「あ、先生。私も行きます!」

僕らは結果的にリッカちゃんを追いかける形で足を動かした。傷跡ひとつない綺麗な木目調のドアの前に着き、コンコンと軽い音を鳴らしてノックをするとドアの中から「はーい」というリッカちゃんの声が返ってきた。

 「リッカちゃん、ごめんね。チハルさんに挨拶させてもらっていいかな? もちろん雫さんも」
 「うん。当たり前じゃん。母さんも喜んでくれてるよ。きっと」
 「ありがとう」

目の前にある写真の女性、師匠の奥さんだったチハルさんはまるで満開の桜が咲き誇っているような綺麗な笑顔を僕らの方へ向けている。僕はその手前にある鐘をちんと鳴らし手を合わせた。

 『久しぶり。チハルさん。そっちの世界でも元気にしてる? おかげさまで僕も雫さんも怪我や病気をすることなく、元気に過ごしているよ。師匠とリッカちゃんと今日はここで食事を楽しませてもらうね』

心の中でチハルさんに向けて言葉を届けると、ほのかに薔薇のような上品な匂いが僕の鼻をくすぐるように香った気がした。この遺影写真を見ているといつも思う。まるでマンガに出てくるヒロインのような人だ。師匠が言うにはピンク色の髪の毛は地毛だと言うし、僕の3倍はありそうなほどの大きな瞳に、とろんと垂れている目は、この世界に生きる全人類を癒してくれそうなほどの優しい雰囲気が伝わってくる。

 「お待たせしました。さ、行きましょう」

僕よりも長い時間手を合わせていた雫さんは、チハルさんに挨拶を終えるとそのまま勢いよく写真に背を向けてスタスタと軽い足取りで歩いて行った。普段から歩くのが早い雫さんに、普段から歩くのが遅い僕がいつもより早めに歩いて行くと、リビングが近づくにつれてとっても香ばしい香りが漂ってきた。これはにんにくの匂いだ。その匂いが僕の体を貫通して直接食欲を刺激してくるようだった。

 「何これ、師匠。すっごくいい匂いしてんだけど」
 「あぁ、おかえり。2人とも。今日はね、アヒージョ作ったよ。豚肉とにんにくのね」
 「すごいですね! 何だか体の中の食欲に直接届いてくるようないい匂いがしてますね」

雫さんが僕と全く同じようなことを考えていて少し笑えた。

 「ん? どうしたんですか? 師匠」
 「いやいや、何でもないよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...