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第3章 故郷
#41
しおりを挟む「そういや師匠。今度、2人で僕の地元に行くんだよね」
「地元? っていうと川野町か?」
「そうそう。もう20年以上帰ってないけどね」
「おれがあの町でお前を保護して以来だもんなぁ。てか、2人って?」
「え? 雫さんと2人で行くんだけど?」
「え? マ、マジかあぁ!?」
「どうしましたか!? カケルさん」
あまりにも大きな声を出したものだから、キッチンで掃除をしていた雫さんもハンカチで手を拭きながら慌てて施術室に入ってきた。
「何だよ師匠、そんな大きな声出してさ」
「え? 2人で自分の故郷へ帰るってことはさ……。2人ってそういうこと!?」
「どういうことだよ」
「カケルさん。私と先生は以前と変わらない関係ですよ。今まで通り、何の変化もない先生と助手。それ以上でも以下でもありません」
「あ、そ、そうなんだ……。ごめん、ちょっと大袈裟に驚いちゃったな……」
予想とは違い、いや、予想以上に動揺している師匠と、何か含みの言い方をしたように思えた雫さんは同じように沈黙したままそれぞれが視線を別の方へやる。雫さんは何事もなかったようにキッチンの方へ帰ろうと歩き出した。僕はその瞬間、彼女が戻っていってほしくなくて「でもさ」と口を開いた。
「でも僕は雫さんと2人で見たい景色があるから連れてくんだけど。あ、正しくは今もあったらいいなっていう景色ね。災害が起きてから20年以上経って今もそこにあるのかは分かんないけど。はは」
「……」
雫さんは何かを言いかけたように足元が止まったが、それを躊躇ったように再び足が動き出した。彼女が見えなくなった瞬間、ガシャアンと食器と食器がぶつかった音が聞こえてきた。
「おいおい、大丈夫か? 今の音!」
「し、雫さんっ! 大丈夫!?」
僕と師匠は慌てながらキッチンへ駆けつけると、何事もなかったかのように食器を拾い終えた雫さんが異常に泡立っているスポンジで皿を入念に磨いていた。
「ごめんなさい。うっかり足を滑らせました。食器が地面に落ちる前に庇えたので何も割れることなく済みました。お騒がせしてすみません」
いつも通りのトーンで喋りながら皿を磨いている雫さんをじっと見つめていると、彼女の体に変化があることに気がついた。僕は駆け足で部屋へと駆け上がり、今彼女に必要なものを探した。過去の僕は優秀だったようで、僕が今求めていたものはすぐに見つけることができた。冷静に階段を下りて再びキッチンのへと向かい、雫さんの横に立った。
「雫さん。そのまま洗い物してていいからね」
「な、何ですか!?」
「気がつかなかったの? キミ、肘から血が出てるよ」
「え? あ、本当だ……。全然、気づかなかった……」
「余裕がなくなると視野が狭くなるのはキミの数少ない弱点のひとつだよね」
「ちょ……! ちょっと! カケルさんもいるのに! 絆創膏を貼るぐらい、自分で出来ますって!」
「手が濡れてたら何かと不便でしょ。それに気づかないまま過ごしてたら雫さんの大切な服も血が滲んじゃうでしょ。それはキミだって困るはずだ」
「ま、まぁ確かにそうですけど」
「まぁ大人しくしてなさいな」
「ご、ご迷惑をおかけします……」
「迷惑なんかじゃないよ。あ、しかもそろそろお昼ご飯の時間だね。いいタイミングで切り上げてお昼にしようか。あれなら師匠も一緒にご飯食べられそうだし」
「分かり……ました」
雫さんも落ち着いたようで僕も安心しながらキッチンから出ると、師匠がニヤニヤしながら僕の目の前に現れた。急に出てきたものだから、僕は軽く跳ねながら後ずさった。
「うわぁ! びっくりした! 何だよ師匠! そんなとこにいて」
「フフフ。やっぱりお前ら、仲良くなってんじゃん。前よりも確実に……」
「なに?」
「おれには隠し事しなくていいんだよ。それにお前がさっき見せた慌てた顔は……、まぁいいや。おれがそこまで言わなくても大丈夫そうだしな」
「師匠、さっきから何か楽しんでる?」
「いや? 何も。あぁ、でも何もってこともないか。まぁつまり斗和。あれだ。日々を楽しめてるなら、それが一番良いことだ。多分、いつも言ってるけどな」
「ん? うん。僕も雫さんも間違いなく日々を楽しんでるし、何なら今も幸せを感じてるけど?」
「うん、それが一番いいんだよ」
へらへらと笑う師匠にぽんぽんと軽く肩を叩かれる。僕はどう反応すればいいか分からなくて、師匠の肩に返すようにぽんぽんと肩を叩き返した。
「はは、やっぱりお前はずっと斗和だな」
「どういうことか分かんないけど師匠、お昼ご飯食べてく? 今から僕と雫さんが美味しい料理、作るけど」
「? もちろん食べてくよ。和食のオーダーを通したつもりだったんだけど」
「え? あ、そうだそうだ。ごめん師匠。すっかり忘れてたよ」
「あぁ、全然いいよ。ちょっとハプニングもあったしな。でも、斗和がそういうおっちょこちょいすんの見たの久しぶりだな」
「ごめんごめん。ちょっと僕も慌ててるみたいだ。何か和食で食べたいものってある? ごめん、いきなり聞いちゃうんだけど」
「あぁ。あるよ。実は今日、それが食べれたらいいなって思ってたものがあってさ」
「うん。食材は十分あるからね。何食べたい?」
「おれね、肉じゃが食べたいんだよね。今、ものすごく」
*
三重県のお気に入りの店舗から取り寄せたとっても美味しい牛肉。千佳子さんから教えてもらった老舗で注文したじゃがいもや玉ねぎといったラインナップ。あとは僕が昔から愛用している秘伝の甘口醤油。そしてそれを活かしながら、雫さんの編み出した絶妙な煮込み時間。食材や調理のタイミングが完璧に作ることができた肉じゃがをどんぶりの中へと滑らせる。ぐつぐつと煮え立つ出汁と甘い香りが僕の食欲を刺激する。そう考えていると、隣に立つ雫さんからぐーっと音が聞こえた。
「雫さんもお腹空いてるみたいでよかったよ」
「お腹は空いてません。今のは腸内活動です。決して鳴らしたくて鳴ったわけではありません。不可抗力です」
「はは。素直に食べたいって言ってもいいのに」
「そうはいきません。まずはクライアントであるカケルさんに食べていただいてからです」
「そうだね。キミらしいよ。じゃあ出来上がったから持っていこう」
「はい」
大事そうにその肉じゃがの入ったどんぶりが乗ったお盆を抱えながら僕の隣を歩く雫さんの顔をちらりと覗いてみる。さっきよりも顔が赤みを帯びていて、とても愛しく思えた。ただ、それを言っちゃうと彼女はまたどんなリアクションを起こすか分からないから今は言わないでおこう。心の中でそう言い聞かせながらリビングにいる師匠の元へと向かう。
コンコン。
「はーい。待ってました」
ドアをノックしたと同じくらいのタイミングで師匠の声が返ってきた。僕はゆっくりとドアを開け、両手に持っている料理を師匠の元へと届けた。
「おまたせ。本日の特製和食料理。『TsukaJAGA』だよ」
「え、待って。めっちゃくちゃ美味しそうなんだけど。もう匂いからして美味しさが伝わってくるじゃん! 何これ! え? ツカジャガ?」
「はい。私たちだけが作ることのできる肉じゃがです。どうぞ」
ごくりと喉を鳴らした師匠は勢いよく牛肉と少し溶けたじゃがいもを口の中に押し込んだ。
「あっつ……!」
「いや師匠。そりゃ熱いよ。湯気立ってるって慌てて食べちゃ……」
「いや、めっちゃ美味い! 何これ!? 高級料亭? ここ!」
「いえ。Tsukakokoです」
真剣な眼差しで師匠にツッコミを入れる雫さんを見ていると、僕はたまらず笑いを噴き出してしまった。「知ってるよ」と冷静なツッコミを返す師匠に軽く肩を叩かれた雫さんも僕と同じように口角が上がった。
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