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第3章 故郷
#40
しおりを挟む「仲良いじゃん。いつの間にあんな関係性になったの?」
「仲良くないです。京子ちゃんのノリに合わせてただけです」
「そうなの? その割には笑ってる回数も多かったけどな」
「そんなことありません」
「食事の予定だってしちゃうんだし」
「韓国料理にハマっているので。1人で食べに行ってもつまらないので」
「……」
「私が1人で食事に行けないことぐらい先生なら知ってますよね。って、何ですか、その変な顔は」
いつものように冷静に話しながらも、口数の多さや口元の緩み具合で雫さんの考えていることが手に取るように分かる。そんな様子で話している彼女を見ていると、僕もつられて笑顔になる。
「ううん。これからもっと2人が仲良くなっていけばいいなぁって思ってる、の顔だよ。って、今ナチュラルに人の顔バカにしたよね。流さないよ、僕は」
「変な顔をしている人に変な顔してるって言って何か悪かったですか?」
彼女はそう言うと、僕から逃げるように背を向けて施術室の方へと早足で歩いて行った。その背中は「照れている」と書いてあるようなほど分かりやすかった。それが何とも面白く、そして可愛らしくて愛嬌のある背中にも見えて僕の顔は余計に口角が上がった。それから僕も一旦、自分の部屋に戻ってから雫さんのいる施術室へ向かった。
「ほら。先生、早くしないと次のクライアント来てしまいますよ。何やってたんですか?」
「ごめんごめん。ちょっとカルテの整理してたら思ったより時間かかっちゃったね」
「ったく……。次はカケルさんだから気合いが入るのは分かりますけど……。昨日のうちにしておいてくださいよ」
「ううん。カルテ自体はもう準備が出来てるんだ。今整理してたのはまた違う情報のものだよ」
「……用意がいいのか悪いのか。早くしますよ、先生」
「はーい」
どちらかが「先生」なのか分からないくらい僕に指示を出す雫さん。彼女の特徴、その6だ。「照れている時は」早口になり顔や手に血液が行き渡り赤みを帯びる。まさに今、彼女はその状態だ。気づいていないフリをしながら僕もいつ師匠が来てもいいように準備に取りかかった。そして京子ちゃんが帰って行ってから20分ほどが過ぎた頃、来店を知らせるインターホンが鳴った。モニターに映る師匠はいつものようにかっこいいジャケットを着ている。今日は黒色に近い濃い緑色のものに、真っ白なシャツを着ていてまさに上級者の着こなしをしていた。「応対」のボタンを押し、「おはよう、師匠。ようこそTsukakokoへ」と言うと、彼はカメラのレンズに向かって勢いよく手を振った。
「久しぶり。今日もよろしくな。斗和」
「こちらこそ。ちょっと待っててね。ドア開けるから」
「うん、ありがとう」
以前、師匠の家に行ってたくさんお世話になってから、もうかれこれ半年ぐらいは経っただろうか。いつだって時間の流れる速度は凄まじく早い。特にここ数年は早く感じる。師匠の娘さんであるリッカちゃんも来てくれたら嬉しかったけれど、今日はさすがに師匠1人だ。ドアを開けると、いつものように凛々しい笑顔で僕を見つめる師匠がいた。
「久しぶりだね、斗和」
「うん、久しぶり。この前、師匠の家で枕投げをしたぶりだね」
「おぉ、もう半年ぐらい前だよな。やっとここに来れて良かったよ。ごめんな、今日はリッカは部活なんだ」
「いいよいいよ。師匠が来てくれるだけでも嬉しいし。リッカちゃん、部活頑張ってるんだね。じゃあ師匠、こちらへ」
「ああ、ありがとう。お邪魔します」
師匠は靴を脱ぎ、軽やかな足取りで僕のあとをついてくる。足の動きを見ている限り、そこまで疲労も蓄積していないように見える。
「リッカがさ、次の代のキャプテンに任命されたんだって。おれ、それをリッカから聞いた時、本人よりもビックリしたもんな」
「すごいじゃん、リッカちゃん。あれ? もう3年生だっけ?」
「いや、2年なんだけどさ、監督さんがリッカをえらく信頼してくれてるみたいでさ。リッカもそれに応えたいって言って意気込んでるよ」
「フフ、リッカちゃんらしいね。すごいじゃん」
「まぁ怪我や後悔のない過ごし方をしてくれたらおれも嬉しいけどね」
施術室のドアを開けると、そこには背筋をピンとまっすぐに伸ばした雫さんが師匠を見ると、見事な角度で体を曲げて頭を下げた。
「カケルさん。お久しぶりです。ようこそTsukakokoへ」
「雫さん、久しぶり。今日もそのジャージが似合ってるね」
「ありがとうございます。私も気に入っています」
師匠はこういうことをサラッと言ってしまう。それが常であるから雫さんも何も反応せずに普段通りのサラッとした返答をする。それがフォーマットになっている僕らもいつも通り過ぎて逆に面白くなる。
「師匠、前と同じジャージあるけど、着替える?」
「いや、今日はこのままでいいよ。このズボン、ほぼジャージみたいな素材だから全然ストレス感じないんだよ」
「うん、分かった。じゃあ今日はこのままでさせてもらうね。上のジャケットだけ預かるよ。セットアップ、カッコいいね。いつもながら似合ってるよ」
「お、ありがとう。このジャケット、ここ最近のおれのお気に入りなんだよ。KUNIQLO(クニクロ)で買ったセットアップなんだけど、すっごく動きやすくて、それでいてシンプルなデザインでカッコよくてさ」
「うん。カッコいいよ。そのラッパのワンポイントのロゴがちょっと師匠っぽいところもいいよね」
「あぁ、可愛いだろ。おれ、楽器全般ダメだけどな」
はははと笑う師匠を施術用の台に案内した。物音ひとつ立たせずに施術台に座った師匠。話している時はよく喋るのに(少し失礼)、いざ施術が始まるとなると、驚くほど静かな姿勢になるのもさすがだ。
「師匠、DMで聞いてた通り、今日は全身のほぐしとメンタルカウンセリング、それと和食のオーダーでオッケー?」
「うん、完璧です。それでお願いします」
「お任せあれ。じゃあまずは全身ほぐしからね」
「はいよー。あぁ、もう気持ちいいよー」
うなじの辺りを軽く揉みほぐし始めた瞬間からヘラッと笑い始める師匠は、2分もしないうちに眠りついた。全身に触れている感じ、やっぱり以前より体に溜まっている疲労は少なそうだ。より一層リラックスしてもらえるように僕は一箇所一箇所丁寧にマッサージを行った。
「師匠。全身ほぐし、終わったよ」
「あ、あれ? もう終わったのか?」
「もうね、30分経っちゃった。お疲れ様」
「マジかぁ、いつの間に寝ちゃったんだ。おれは寝てただけだよ。斗和がお疲れ様じゃん」
施術台を起こし、全身の確認動作をしてもらうために立ち上がってもらうと師匠は目を大きくして飛び跳ねている。
「うおぉー、体軽っ! すごいな斗和! ジャンプ力上がりそうだ!」
「師匠、今回はあんまり体の疲労は溜まってなかったからね。体の可動域も広がったと思うからほんとにジャンプ力も上がったかも。これなら好きだったバスケも出来ちゃうかもだね」
「やっぱりすげーなぁ。斗和は。確かにこれだけ軽かったらバスケも久しぶりにやりたくなるな。ってもう十何年も前の話だよ」
イケメンアスリート。休日にボディメンテナンス。SNSでそう書かれて写真をアップされていても違和感のない外見なのが罪だ。はしゃぎながら雫さんからコーヒーの入ったカップを受け取ると、喉を鳴らしながらそれを飲んだ。やっぱりコーヒーの飲み方だけは人と違う。そこが妙にツボに入って笑えた。
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