Tsukakoko 〜疲れたらここへ来て〜

やまとゆう

文字の大きさ
40 / 68
第3章 故郷

#40

しおりを挟む

 「仲良いじゃん。いつの間にあんな関係性になったの?」
 「仲良くないです。京子ちゃんのノリに合わせてただけです」
 「そうなの? その割には笑ってる回数も多かったけどな」
 「そんなことありません」
 「食事の予定だってしちゃうんだし」
 「韓国料理にハマっているので。1人で食べに行ってもつまらないので」
 「……」
 「私が1人で食事に行けないことぐらい先生なら知ってますよね。って、何ですか、その変な顔は」

 いつものように冷静に話しながらも、口数の多さや口元の緩み具合で雫さんの考えていることが手に取るように分かる。そんな様子で話している彼女を見ていると、僕もつられて笑顔になる。

 「ううん。これからもっと2人が仲良くなっていけばいいなぁって思ってる、の顔だよ。って、今ナチュラルに人の顔バカにしたよね。流さないよ、僕は」
 「変な顔をしている人に変な顔してるって言って何か悪かったですか?」

 彼女はそう言うと、僕から逃げるように背を向けて施術室の方へと早足で歩いて行った。その背中は「照れている」と書いてあるようなほど分かりやすかった。それが何とも面白く、そして可愛らしくて愛嬌のある背中にも見えて僕の顔は余計に口角が上がった。それから僕も一旦、自分の部屋に戻ってから雫さんのいる施術室へ向かった。

 「ほら。先生、早くしないと次のクライアント来てしまいますよ。何やってたんですか?」
 「ごめんごめん。ちょっとカルテの整理してたら思ったより時間かかっちゃったね」
 「ったく……。次はカケルさんだから気合いが入るのは分かりますけど……。昨日のうちにしておいてくださいよ」
 「ううん。カルテ自体はもう準備が出来てるんだ。今整理してたのはまた違う情報のものだよ」
 「……用意がいいのか悪いのか。早くしますよ、先生」
 「はーい」

 どちらかが「先生」なのか分からないくらい僕に指示を出す雫さん。彼女の特徴、その6だ。「照れている時は」早口になり顔や手に血液が行き渡り赤みを帯びる。まさに今、彼女はその状態だ。気づいていないフリをしながら僕もいつ師匠が来てもいいように準備に取りかかった。そして京子ちゃんが帰って行ってから20分ほどが過ぎた頃、来店を知らせるインターホンが鳴った。モニターに映る師匠はいつものようにかっこいいジャケットを着ている。今日は黒色に近い濃い緑色のものに、真っ白なシャツを着ていてまさに上級者の着こなしをしていた。「応対」のボタンを押し、「おはよう、師匠。ようこそTsukakokoへ」と言うと、彼はカメラのレンズに向かって勢いよく手を振った。

 「久しぶり。今日もよろしくな。斗和」
 「こちらこそ。ちょっと待っててね。ドア開けるから」
 「うん、ありがとう」

 以前、師匠の家に行ってたくさんお世話になってから、もうかれこれ半年ぐらいは経っただろうか。いつだって時間の流れる速度は凄まじく早い。特にここ数年は早く感じる。師匠の娘さんであるリッカちゃんも来てくれたら嬉しかったけれど、今日はさすがに師匠1人だ。ドアを開けると、いつものように凛々しい笑顔で僕を見つめる師匠がいた。

 「久しぶりだね、斗和」
 「うん、久しぶり。この前、師匠の家で枕投げをしたぶりだね」
 「おぉ、もう半年ぐらい前だよな。やっとここに来れて良かったよ。ごめんな、今日はリッカは部活なんだ」
 「いいよいいよ。師匠が来てくれるだけでも嬉しいし。リッカちゃん、部活頑張ってるんだね。じゃあ師匠、こちらへ」
 「ああ、ありがとう。お邪魔します」

 師匠は靴を脱ぎ、軽やかな足取りで僕のあとをついてくる。足の動きを見ている限り、そこまで疲労も蓄積していないように見える。

 「リッカがさ、次の代のキャプテンに任命されたんだって。おれ、それをリッカから聞いた時、本人よりもビックリしたもんな」
 「すごいじゃん、リッカちゃん。あれ? もう3年生だっけ?」
 「いや、2年なんだけどさ、監督さんがリッカをえらく信頼してくれてるみたいでさ。リッカもそれに応えたいって言って意気込んでるよ」
 「フフ、リッカちゃんらしいね。すごいじゃん」
 「まぁ怪我や後悔のない過ごし方をしてくれたらおれも嬉しいけどね」

 施術室のドアを開けると、そこには背筋をピンとまっすぐに伸ばした雫さんが師匠を見ると、見事な角度で体を曲げて頭を下げた。

 「カケルさん。お久しぶりです。ようこそTsukakokoへ」
 「雫さん、久しぶり。今日もそのジャージが似合ってるね」
 「ありがとうございます。私も気に入っています」

 師匠はこういうことをサラッと言ってしまう。それが常であるから雫さんも何も反応せずに普段通りのサラッとした返答をする。それがフォーマットになっている僕らもいつも通り過ぎて逆に面白くなる。

 「師匠、前と同じジャージあるけど、着替える?」
 「いや、今日はこのままでいいよ。このズボン、ほぼジャージみたいな素材だから全然ストレス感じないんだよ」
 「うん、分かった。じゃあ今日はこのままでさせてもらうね。上のジャケットだけ預かるよ。セットアップ、カッコいいね。いつもながら似合ってるよ」
 「お、ありがとう。このジャケット、ここ最近のおれのお気に入りなんだよ。KUNIQLO(クニクロ)で買ったセットアップなんだけど、すっごく動きやすくて、それでいてシンプルなデザインでカッコよくてさ」
 「うん。カッコいいよ。そのラッパのワンポイントのロゴがちょっと師匠っぽいところもいいよね」
 「あぁ、可愛いだろ。おれ、楽器全般ダメだけどな」

 はははと笑う師匠を施術用の台に案内した。物音ひとつ立たせずに施術台に座った師匠。話している時はよく喋るのに(少し失礼)、いざ施術が始まるとなると、驚くほど静かな姿勢になるのもさすがだ。

 「師匠、DMで聞いてた通り、今日は全身のほぐしとメンタルカウンセリング、それと和食のオーダーでオッケー?」
 「うん、完璧です。それでお願いします」
 「お任せあれ。じゃあまずは全身ほぐしからね」
 「はいよー。あぁ、もう気持ちいいよー」

うなじの辺りを軽く揉みほぐし始めた瞬間からヘラッと笑い始める師匠は、2分もしないうちに眠りついた。全身に触れている感じ、やっぱり以前より体に溜まっている疲労は少なそうだ。より一層リラックスしてもらえるように僕は一箇所一箇所丁寧にマッサージを行った。

 「師匠。全身ほぐし、終わったよ」
 「あ、あれ? もう終わったのか?」
 「もうね、30分経っちゃった。お疲れ様」
 「マジかぁ、いつの間に寝ちゃったんだ。おれは寝てただけだよ。斗和がお疲れ様じゃん」

施術台を起こし、全身の確認動作をしてもらうために立ち上がってもらうと師匠は目を大きくして飛び跳ねている。

 「うおぉー、体軽っ! すごいな斗和! ジャンプ力上がりそうだ!」
 「師匠、今回はあんまり体の疲労は溜まってなかったからね。体の可動域も広がったと思うからほんとにジャンプ力も上がったかも。これなら好きだったバスケも出来ちゃうかもだね」
 「やっぱりすげーなぁ。斗和は。確かにこれだけ軽かったらバスケも久しぶりにやりたくなるな。ってもう十何年も前の話だよ」

イケメンアスリート。休日にボディメンテナンス。SNSでそう書かれて写真をアップされていても違和感のない外見なのが罪だ。はしゃぎながら雫さんからコーヒーの入ったカップを受け取ると、喉を鳴らしながらそれを飲んだ。やっぱりコーヒーの飲み方だけは人と違う。そこが妙にツボに入って笑えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

処理中です...