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第3章 故郷
#61
しおりを挟む「それから僕の働いているクリニックによく通ってくれて。独立する僕の職場で働きたいって言ってくれた時は、本当に信じられなかったよ。それから僕の隣で一緒に頑張ってくれる君を見ていると、毎日夢のようだったよ。そんな君が今は僕の彼女として隣にいてくれてる。僕はこの世界に生きる誰よりも幸せ者だよ。雫さん、いつもありがとうね」
雫さんへ。心の中に生まれた感謝を独り言で伝え終えた僕は、彼女のサラサラで柔らかい髪の毛に触れたくなって頭の方へ手を伸ばした。目線が彼女の顔の方へ向いた僕は、その違和感に気づいた。
「ん?」
体全体がぷるぷると震え、気持ちよさそうに口を開けて眠っていた彼女の口が、何かを堪えるようにムッと噤んでいた。よく見ると、目を閉じている彼女の瞼も震えているのが明かりのついていない暗がりの中でも容易に分かった。
「雫さん……。起きてたんだ」
「……起きてない。寝てるよ……」
「起きてるじゃん……。ちゃんと会話してるじゃん」
「うるさいなぁ……。寝てるって……」
目は変わらず閉じたまま、彼女は悔しがるように眉毛をひそませながら不機嫌そうに呟く。
「いつから起きてたの?」
「……そんな大きな声で喋ってたら誰だって起きるよ……」
会話のキャッチボールがままならない雫さんは、依然目を閉じたまま会話を続ける。そこが何とも雫さんらしくて僕は笑いが溢れた。それを聞いた雫さんがついに目を開けた。彼女の顔は、まだお酒が残っているのか赤みが残っていた。
「何笑ってるの? 斗和さん」
僕は独り言が聞かれていたのが恥ずかしく思えた反面、それが彼女に伝わっていて嬉しいという気持ちが心の中にあった。そして僕は、色々シチュエーションを考えていたが、結局今がそのタイミングだと思い、ボストンバックの奥にあるポケットにしまってあった小さな箱を取り出した。
「雫さん。起きてるなら聞いてほしいことがあるな」
「……何ですか? 斗和さん」
彼女もそれを勘づいたのか、体を起こすとそのままゆっくりと立ち上がると姿勢を整えてその布団の上に座り直した。どくどくと大きくなっていく心臓の音を落ち着かせるように胸の辺りに手を添えながら僕は右手に持った小さな箱を彼女の前に差し出した。
「斗和さん……、これって……」
彼女の目が大きく、そして光るものが見えた僕はその箱を丁寧に開けた。そこにあるのは彼女が好きな色であるロイヤルブルーが煌めく宝石がついている指輪があった。僕は彼女に全てを伝えることを決めて口を開いた。
「雫さん。僕と家族になってください。僕の奥さんになってください。一生君の側にいさせてください。そして、一生僕の側にいてください」
言っちゃった。僕の体は尋常じゃないぐらい熱くなっていて、頭の中は真っ白になった。僕の気持ちは出し切った。この後どんな結末になろうと悔いはない。そう思った矢先、僕の体に強い衝撃が走った。胸の辺りを見ると、彼女は僕の背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめてくれていた。
「……こち……こ……です。斗和さん……」
「え……? ごめん雫さん、何て言ったの?」
僕の胸に顔を埋める彼女の声がこもり、脳が正常に機能していないのも相まって、上手く聞き取れなかった僕の質問に対し、彼女は勢いよく顔を上げ、両目から涙を流しながら優しく笑っていた。
「こちらこそです……。斗和さん。私と結婚してください……」
「……はは!」
彼女の涙につられるように、そして僕の考える幸せを掴むことができたこと、誰にも知られずに密かに決めていた僕の夢が叶ったこと、そんなことを考えていたら僕の両目からも自然と涙が溢れた。そして、僕も彼女の背中に両手を回し、彼女の体を包み込むように優しい力で抱きしめた。彼女の髪の毛からはいつもと同じ、ラベンダーのようないい匂いがした。
「雫さん、今、僕の夢がひとつ叶ったよ」
「え……?」
「雫さんが僕の奥さんになってくれますようにって」
「それを言うなら、私の夢もひとつ叶ったよ……」
「え……?」
「斗和さんが私の旦那さんになってくれますようにって」
「……僕と同じ夢を持ってたなんて奇遇だね、雫さん」
「そうですね。やっぱり私たちは似た者同士みたいですね」
お互いの目から伝う涙を掬うように目元に指を触れ合いながら僕たちはゆっくりと唇を重ねた。優しい波の音が部屋の外から聞こえる。その優しい音を聞いているうちに、荒く動いていた僕の心臓もゆっくりと元の動きに戻っていく。それとは反比例するように僕の肌に触れる彼女の体温が高くなっていく。
「斗和さん」
「ん? どうしたの?」
「私、生きてきて色んな辛いことがあったけど、今日まで生きてきて良かったです。こんなに幸せな瞬間が訪れるなら……」
「雫さんがそう言ってくれて僕もすごく幸せだよ。実際、僕も死にたくなったことは一度や二度じゃないけど、今こうして君と家族になれたことは、僕の人生のなかで一番の出来事だよ。これまでも、これからもね」
「……フフ。その言い方、ベタな恋愛曲の大サビみたい」
あははと笑いながら再び彼女の目から涙が伝った。それを人差し指で掬いながら僕は再び彼女の唇に触れた。普段から柔らかくて弾力のある彼女のそれが今日は一段と柔らかいように思えた。人の唇に対してこんなことを思う時点で、だいぶヤバいヤツだけれど、彼女のそれは本当に魅力的で、本当に優しく感じた。
「雫さん」
「何?」
「今から僕の奥さんって認識してもいい?」
「……私も酔いはとっくに覚めてる。一度寝て起きたら、夢だったのかなって思っちゃうかもだから、いいよ。今からで……」
「へへ。ありがとう。雫さんが今日から僕の奥さんかぁ……」
酔いが覚めたと言う雫さんの頬は、酔っていた時と変わらないくらい赤くなっていて、やっぱりほんのりと温かった。体の末端が冷えやすい僕が触れた手が冷たくて少し怒られた僕は、それが何だか嬉しくなって笑った。
「何笑ってるの? 斗和さん。私も体温下がって風邪引いちゃうよ」
眉をひそめてそう言う雫さんの顔を見ていると、僕はたまらずもう一度その唇に触れたくなって顔を近づけた。すると、彼女はお互いの顔の間に手のひらを挟んだ。そして、そのまま右手で僕の顎を掴み、彼女からキスをされた。予想だにしなかった行動に、僕の手のひらは自分でも分かるくらい熱くなった。
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