吾輩は時々、黒猫である。

やまとゆう

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第1章 僕とボク

#1.

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『吾輩は猫である』

 誰もが知っているであろうこの有名な言葉をまさか自分自身が使えるようになるとは夢にも思っていなかった。まぁ、残念ながらボクは自分の事を吾輩とは呼ばないし名前だってちゃんとあったりはする。ただ、ボクは本当に猫の姿になることが出来る。いや、出来るようになった。そのきっかけは自分でも分からない。普段の生活をしているなかで猫みたいにいつも好きな場所にいて好きな時にゴロゴロしたいなぁと心の中で思っていたら、いつしか本当に猫の姿になっていた。四足歩行、真っ黒でモフモフとした四肢が視界に入る。極端に視点が低くなった自分の姿を鏡で確認すると、強風に煽られればそのまま飛んでいってしまいそうなフサフサで柔らかくて光沢のある黒い毛が体中を覆っている。くりっとした大きくて黄色い瞳と、ふりふりと風に揺れるヒゲが生えている。尻尾はひょろっとして細長くて胴の長さと同じぐらいはありそうだ。自分で言うのもアレだが、なかなか可愛い黒猫になっている。

 だが、そんな黒猫にはいつでもなれるわけではない。なれるのは1週間に1回、多くて2回ほどで、決まって昼間にしかなれない。夜のイメージが強い黒猫なのに何故か昼間しかなれないのが不思議だ。そんな謎の制限性がありながらも、1週間ぶりに猫になる事が出来たボクはいつも決まってある場所に歩いていく。猫になっている時は、どれだけ冷たい風が吹いても寒く感じない。むしろ、黒い毛が太陽の光を吸収して体を温かくさせてくれる。ボクは自分でも分かるくらい気分が高まっていた。こんなに気分の良い日は1年を通しても滅多にない。まぁ普段がネガティブなボクだからそれは仕方のない事だと勝手に自己完結させて目的地へと向かった。

 ボクの住む街は都会という都会ではないが、それなりに施設は建てられていて、そこには「人間」がいっぱいいる。ここは良い意味でも悪い意味でも騒がしい街だ。そんな街に立ち並ぶてっぺんが見えないほど大きなビルとビルの間に、ぽつんと一際小さな公園がある。「人間」が2人ほど座れる小さなベンチと2人用のブランコ、あとはゾウの鼻が滑り台になっている子ども用の滑り台があるだけの公園だ。そして、その公園を外から囲うように大きな木々が立ち並んでいる。その大きな木々はまるで、外の世界からこの公園を守っているようにボクにはいつも見えている。猫になったボクはそこに顔を出す事がいつからか習慣になっていた。その公園に足を踏み入れると、決まっていつも2匹の猫がボクを歓迎してくれるように近づいてくる。1匹はボクと正反対で真っ白な毛並みの猫。もう1匹は見るからに仙人、いや仙猫といえそうな程毛むくじゃらで貫禄のあるボテっとした体型が特徴の、茶色と白が混じり合った毛並みの猫さんだ。年上そうなので一応敬っておくようにしている。

 「こんにちは。今日もいい天気ですね」

「人間」の言葉を話しているからか、2匹はいくら話しても何も反応してくれない。それの返事かは分からないが、白猫が変なタイミングでニャウと鳴いてボクを見る。

 「へ、へへ」

出来ているか分からないが、ボクはいつもこんな感じで愛想笑いを白猫に返す。一方の仙猫さんは大抵何も反応せずにのっそりと動いて、大きな木の間から射している太陽の光が水溜りのように光っているベンチの上でゴロゴロと寝転んでいる。そこが仙猫さんの特等席だとボクは思っている。

 「あ、今日もあの3匹いるよ!」

静かな空間を切り裂くような甲高い声が公園の入り口から聞こえてきた。誰も「人間」がいないのんびりした昼間を過ごしていると、学校から帰ってきている小学生がこの公園にやってくることが多い。ランドセルを背負っているが、背丈からして5、6年生ぐらいの男の子2人と女の子が一人の3人組だ。そのうちの1人の男の子がボクを見ると、どこからそんな力が出ているのか分からない程の力で抱きしめてくる。悪い気はしないがヘタをすれば骨が折れてしまうぐらいに力を込められる。

 「フ、フギャ」
 「あ、ごめん! カーヤ! 痛かった?」

こんな事を大体毎回やってくる。学習能力というものを学校では習わないのだろうか。ちなみにボクはこの子たちから「カーヤ」と呼ばれている。なんでも最近、怪談話を題材にしたアニメで「カーヤ」という黒猫がいるかららしい。その黒猫は体に幽霊の魂が宿り、「人間」と会話をしていたという。そんなこともあり、ボクもいつか人語を話すと彼らから期待されている。ボクは人語で毎日彼らに話しかけているが、どうもその声は彼らには届いていないようだ。やっぱりアニメは夢物語だ。そんなこんなで今日もこの子たちが帰るまで付き合ってやった。鬼ごっこをしたり木登り競争をしたり。もちろん全部ボクの圧勝で幕を閉じる。そんなやりとりをあの白猫と仙猫さんがじっと見つめている。この2匹とも小学生たちは戯れるが、2匹ともいつも無愛想でちっとも動かないので彼らの標的はすぐボクに変わる。あぁ、人気者はいつも疲れるなぁ。

 小学生たちが帰る頃には、いつの間にかさっきの2匹もいなくなっていた。何故か気がつくといつも2匹の姿は公園から消えている。この公園にボクしかいなくなるこの瞬間、ボクは孤独を痛感する。ボクの心の中が一番寂しくなる瞬間ともいえる。まぁ1人でいるのが辛いかと聞かれるならば、別にそうではないと答えるが。

ーーーーー。

 そんな事を考えていると、僕は大抵いつの間にか「人間」の姿に戻っている。ただ、本当に人間に戻っているのかは定かではない。鏡を見れば、切れ長で奥二重な瞼の男の子が鏡に映る自分に対して視線を向けている。道を歩けば他の「人間」たちが僕にぶつからないように避けて通り過ぎていく。目線の高さはそんな「人間」たちと大体同じくらいの高さに戻っている。そういうのが理由で自分が「人間」に戻っているといつも判断している。そんな僕の「人間」での生活は大体の時間が1人だ。友達なんてもちろんいない。一匹狼ならぬ、一匹黒猫の僕。あぁ今は「人間」か。一匹「人間」。いや、数え方が違う。まぁそんな事はどうでもいい。空を見上げると、今日もいつもと同じように太陽が沈み、まん丸の満月がうっすらと控えめに空にやってきていた。いつも通りの帰り道を歩いて、僕は僕の家に帰る。いや、僕の家と呼んでもいいのかな。まぁあの「人」のことだからそう呼ばせてくれるはずだ。さぁ今日も「人間」として生きる時間がやってきた。あぁ、面倒くさい。いっそ、ずっと黒猫のままがいいな。僕はそんな事を考えながら歩幅の大きくなった足を控えめに動かした。
 
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