吾輩は時々、黒猫である。

やまとゆう

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最終章 黒猫と「人」

#31.

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            ✳︎

 時間の流れは僕が思っているよりも圧倒的に早い。歳を重ねて過去の記憶を辿ると一層そう感じる。また季節が変わった。年をまたいだ。師匠が旅に出たあの日から3年ほどが経った。相変わらず師匠はここには帰ってこない。僕は成人式を終えて家に帰る為にタクシーに乗った。学校に友達なんていなかった僕にとっては縁もなければ興味もない式だったけれど、行かないと師匠が悲しむからと優子に背中を強く押されて、仕方なく普段は着ないちょっと背伸びをした大人っぽい紺色のスーツに袖を通した。

 『今終わって家に帰る所だよ』

僕は優子にメッセージを送り、しばらくすると優子から電話がかかってきた。

 『おつかれさま。早かったね』
 『友達、みんな以外いないからね』
 『今どこにいるの?』
 『文化センターからの帰り道でタクシーに乗ってるよ。あと10分くらいで家かな』
 『ごめん。それなら目的地はあの公園にしてもらってもいい?』
 『え? どうして?』
 『私もニケさんの晴れ姿を見たいから』
 『え、えぇ?』
 『何? その変な声。じゃあ待ってるね』

僕の返事を聞かないまま優子はいそいそと電話を切った。

 「すみません。やっぱり、またたび公園まで行ってもらっていいですか?」
 「かしこまりました」

方向の違う目的地へ車の向きを変えた運転手の不機嫌そうな顔が鏡越しで見えた。僕は心の中で謝っておいた。タクシーは本当に10分くらいで目的地の公園に着いた。

 「あ」

公園に着くと、そこには本当に久しぶりに見た白猫と仙猫さんと戯れる優子の姿があった。僕に気づくと優子は優しく笑って手を振った。風に乗って優子の柔らかい匂いが僕に届いた。

 「おめでとう」
 「え?」
 「成人。大人の仲間入り」
 「あ、あぁ。ありがとう。何かしたかなって思って」

全く心当たりの無かった僕の反応を見て優子はまた笑った。優子は僕と一緒に住むことになってから笑う回数が格段に増えた。

 「でもそういう反応、ニケさんらしい」
 「は、はは。ありがとう」
 「よく似合ってるね。そのスーツ。ニケさんもすっかり大人だ」
 「背だけが伸びて中身は何も変わらないけどね」
 「どうだろ。私はそう思わないけど」
 「けど。来てくれるなら会場に来てほしかったな。僕、1人だったし」
 「人が多い所は私も苦手だから。それに、この公園でニケさんを見たかったし。この人、カッコいいでしょ」

優子は白猫に笑いかけると、それに応えるようにニャウーと鳴いた。仙猫さんは昔と同じように鳴き声を出さずに僕を見つめ続ける。

 「ほら。白猫ちゃんもカッコいいって」
 「は、はは。どうだろうね」
 「そういえば黒猫くんはいないね」

そう言って僕をじろりと見る優子の目を誤魔化すように僕はへへへと笑った。

 「き、今日は違う所にいるのかな」
 「そういえばもうずっと見てないな。あの黒猫くん、もう家にも来てないよね?」
 「そ、そうだね。やっぱり他に住処を見つけたんだよ。きっと」
 「それなら少し寂しいな。まぁ元気でいるのならそれが一番だけど」

本当に寂しそうな顔になった優子を見て胸の奥が少しざわついた。確かに僕はもうこの数年ずっと黒猫になっていない。正直、黒猫になれていた僕がいたことすら忘れかけている。黒猫になっていた時に出来た優子との思い出もあるから絶対に忘れたくないし、黒猫になれるなら、たまにはまたなりたいとも思う。けれど、それは願望であって叶うとは限らない。

 「ふふ。私より寂しい顔しないでよ」

再び優子に笑顔が戻り、僕の心もまた落ち着いた。

 「ごめん。僕も久しぶりに会いたくなったから。元気にしてるといいな」
 「そうだね。あの黒猫、ニケさんに似ていたから好きだった」

ナーと鳴いた白猫が優子の足元に来た。よしよしと白猫を撫でる優子の姿を見ていると、何だかとても懐かしい記憶が蘇ってきた。

 「そうだ。ニケさん、写真撮ろうよ」
 「え?な、何か恥ずかしいな」
 「今日のニケさんに拒否権はありません。その為にカメラも持ってきたんだから」

優子はスマホよりも小さくてとても可愛らしいサイズのカメラをバッグから取り出した。

 「じゃあ精一杯笑ってね」
 「いや絶対無理」
 「ふふ、冗談だよ。リラックスしてね」

僕はされるがまま優子に写真を撮られた。何も言わずに次々とシャッターを切る優子の顔が次第に明るくなっていく。その様子を見ていた仙猫さんが低い声で鳴いた。多分初めて聞いた鳴き声だった。予想以上に低くて少しびっくりした。優子は何も反応せずに写真を撮り続ける。

 「うん。ニケさんらしい表情」
 「それ、褒めてる?」
 「もちろん」
 「ならいいけど」
 「ありがとう。撮らせてくれて」
 「い、いえ。こちらこそ」

撮った写真をカメラで1枚1枚確認する優子は、何故か泣きそうに目を潤ませていた。

 「ゆ、優子?」
 「ごめん」
 「何で謝るの?」
 「私、ニケさんとみんなに言わなきゃいけないことがあるの……」

突然優子の目から堰を切ったように涙が零れ始めた。一体どうしたのだろう。深刻なことを言われる予感がして胸がざわつき始めた。

 「と、とりあえずあのベンチに座ろうよ」

僕は優子を、そして自分も落ち着かせながら彼女をベンチへ座らせた。白猫も心配そうに優子を見つめていた。

 「落ち着いて。チョコ、食べる?」

僕はジャケットのポケットに入ったチョコレートを彼女に差し出した。

 「どうしてチョコ持ってるの?」
 「優子が食べるかなと思って。いつも少しだけ持ち歩いてるんだ。知らなかった?」

優子は涙を拭いながら笑った。そして、僕の手からチョコレートを取った。触れた優子の手は氷のように冷たかった。その手を温かくしたくて僕は優子の手を優しく握った。

 「今日のニケさん、大人だ」

優子はチョコレートを口に運びゆっくりと味わいながらコートのポケットからスマホを取り出した。

 「どうしたの?」
 「みんなを呼ぶの。バーのみんな」
 「え、えっと」
 「詳しいことはみんなが来てから話すね」

 『みんな。突然ごめんなさい。私はずっとみんなに隠していたことがあります。それはみんなにとっても大切なことです。なので、みんなが来れるタイミングでビルの間にある、またたび公園に来てください。待っています』

優子が僕らのグループトークにメッセージを送った。すると、京子と風花からすぐにメッセージが返ってきた。

 『なに!? 怖いけど了解!』
 『すぐに向かいまーす!』
 「優子。僕には先に言っても」
 「ダメ。まだ言わない」
 「は、はい」

僕の意見をバッサリと切り落とした優子と僕は、しばらくみんなの返信が来るのを待った。その後、美咲と真希からもメッセージが返ってきて、30分もしないうちに全員がこの場所に向かって来てくれるようになった。落ち着きを取り戻した優子は、来るべき時に備えるようにじっとベンチに座っていた。時間は17時を回り日も暮れた。そしてあっという間に夜が訪れた。僕らを見守るように仙猫さんと白猫が公園の入り口で見つめていた。すると、その入り口から美咲が入ってくるのが見えた。僕らに気づいた美咲は右手を軽く上げた。

 「よっ。2人とも。ニケくんスーツ似合ってるね」
 「こんばんは。ありがとう」
 「こんばんは。ごめんね美咲、急に呼び出して」
 「ううん、遅くなったけど。みんなはまだ来てないの?」
 「うん。突然言っちゃったからね」

美咲が僕らと合流してから20分ほどが過ぎて風花と真希がやって来た。やっぱりこの2人は一緒に来た。

 「ごめんね! お待たせ!」
 「ちょっと県外に行ってたから遅くなっちゃった」
 「ううん、忙しいのに来てくれてありがとう」
 「あとは京子だけだね」

京子は大体いつも最後に来る。それは仕事の時も息抜きでみんな集まる時も。意外だけどいつまでも直っていない。むしろそれも彼女らしいと思うようになった。そして、19時を過ぎた頃に彼女はヘトヘトになりながらやってきた。全速力で僕らの前に来た彼女は肩で息をして、呼吸は乱れまくっていた。

 「ご、ごめんなさいっ! はぁはぁ、いつも、私が、一番、遅い……!」
 「落ち着いて息を吸って。大丈夫。来てくれてありがとう」

優子が彼女の背中を優しく撫でた。

 「ふふ、京子はいつまでも京子だね」
 「うん。この中で一番若いね。間違いなく」
 「ニケくんより若いよ」
 「真希、それは悪口だよ」
 「ふふふ。ニケくんが大人になったってことだよ。改めてニケくん、新成人の仲間入りだね」
 「あぁ。ありがとうございます」

これだけの人数に祝ってもらえることに未だ慣れていない僕は頭を掻き、そっぽを向いてそう言った。

 「そういう所はニケさんも昔のまま」
 「ふふふ、違いない」

それぞれの笑い声が楽器を奏でるように公園に響く。そういえばみんながこうやって集まったのは去年の10月にした優子の誕生日パーティ以来だったから多分3ヶ月ぶりくらいだ。以前と変わらずにバーをやっている僕らだけれど全員が顔を合わせるのは久しぶりだった。

 「そろそろ話してくれる? 優子」

しばらくしてから美咲が徐に口を開いた。京子の呼吸も既に整っていた。優子は一度僕らを見渡してから大きく息を吸った。

 「みんな。改めて集まってくれてありがとう。いきなりだけどこれからみんなをある所は連れて行きます。私についてきてください」

優子は僕らにそう言うと、公園の外へと向かって歩き出した。いつの間にかあの2匹の猫はいなくなっていた。

 「どこに行くの?」
 「ニケさんにも今は言えない。けど、すぐに分かるよ。私についてきて」
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