秘密のビーフシチュー

やまとゆう

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第3章 離れてはいけないし、離れたくない

#33

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            ✳︎

 「分かりました。店にとっては大きな痛手だし、僕らも寂しくなるなって思うところが本音だけど桜井さんが決めたことだからね。やりたいことが見つかって良かった。最後の日までよろしくお願いします」
 「ありがとうございます。短くもなく長くもない期間でしたが、こんな私を雇っていただいてありがとうございました。私の方こそ、最後の出勤日までやりぬくのであと少しの間、よろしくお願いします」

見慣れた事務所兼休憩室。北山さんのデスクは相変わらず、いつ届いたのか分からない社内通達や書類がどっさりと置かれていた。決意の固まった私は、それを北山さんに初めて伝えた。急に敬語を使って話してくる北山さんに少し緊張してしまい、私も同じように丁寧な言葉遣いで返した。

 「でも似合うね、桜井さん」
 「え?」

北山さんは普段通りの柔らかい笑顔を私に向けた。それを見た私も、緊張が解けたように体から力が抜けた。

 「気遣いが上手い人は料理も美味い。僕の偏見も少し入ってるけどね。他の人のために動くことが出来る桜井さんなら、働く場所が変わっても同じように客が安らげると思うよ。ましてや美味い料理が食べられるなら尚更ね」

いつか僕もそこに行ったら美味しい料理を振る舞ってね、なんて言って笑ってくれる北山さんを見ると、この職場から離れようとする気持ちも少し踏みとどまってしまう。けれどダメだ。やりたいことをする道を選んだのは私なんだ。私も北山さんに笑顔を返した。

 「北山さんにそんなに褒めてもらえるなんて思いもしなかったです。今日、クレームとか起こらないといいけど」
 「え? 俺、けっこう桜井さんのこと褒めてたと思うけど」
 「ふふ。冗談ですよ。ありがとうございます。そう言っていただけるとすごく嬉しいです。あと1ヶ月、精一杯お店に貢献させていただきます!」
 「なんかその言い回し、夜の店の店員みたいな言い方で笑えたよ」
 「え? 北山さん、そういうところ行くんですか?」
 「俺ぐらいの歳で独身だったら大体行ってるんじゃない?」
 「すごい意外で私はそこに笑えました」

えへへと笑う私につられるように、北山さんもくしゃっと笑顔になった。北山さんが目尻に皺を作って笑う時は、大抵嬉しそうに笑う時だと私はこの数年で覚えた。

 「うるさいよ。ほら、開店準備、よろしくお願いします」
 「はい。あ、開店準備、これから佐久間くんにも出来るようになってもらいたいので一緒にしてきていいですか?」
 「もちろん。むしろ教えてもらえるとすごく助かるよ」
 「じゃあ早速、お店に貢献してきますね」
 「はは。じゃあ今日もよろしくお願いします」
 「はい、よろしくお願いします」

北山さんの性格を全部知っているわけではないし、私には見せない一面ももちろんあるだろうけれど、一緒に働いていてよかった、ここを辞めるのが惜しいと思える魅力のある彼の人間性を、私は素直に尊敬するし羨ましくなった。

 「桜井さん、最近いいことありました?」

レジ機の開店作業をする佐久間くんが、いつもみたいに眠そうな顔を向けた。不意に聞かれたものだから無性に慌てた。

 「え? どうだろう? 何で?」
 「何か、前より自然な笑顔になったなーって思って」
 「前の笑顔は不自然で悪かったね」

わざと嫌味を言うタイプではない佐久間くんは、良くも悪くも言葉を選ばずに私の顔を見ることもなく笑顔の話をした。その言葉に反応はしたけれど、私自身悪い気はしなかった。

 「いや、そういう意味じゃなくて。この人、いつもなんか無理して笑ってるなーって思ってたんで。それが無くなった感じっす」
 「要するに褒めてくれてるってこと?」
 「まぁそんなとこっすね」
 「ふふ、ありがとう。佐久間くんのそういうところ、私は嫌いじゃないな」
 「なんで急にそういうこと言うんすか。やっぱりいいことあったでしょ」

目線が急に私の方を向いた佐久間くんは、驚いた様子で私の顔を見ている。もし私に弟がいたら、こんな気持ちになるのかなぁ。そう思える心の余裕さえ今はある。少しからかってやろうという気持ちが出てしまった。ごめん、佐久間くん。心の中で謝っておくね。

 「ふふん、まぁそのうち分かるよ。佐久間くんも」
 「何すか、それ。めっちゃ気になる。まぁ言わないならいいっすけど」
 「ありがとう。あ、それはそうと。さっき教えた流れ、メモしなくて大丈夫だった?」
 「はい。前にも何回か佳苗さんにも教えてもらったことあったんで。今、桜井さんに教えてもらってほぼ完璧に覚えたっす」

ちょっぴり生意気だけど憎めない男の子。彼女がいるのかは分からないけれど、彼は天然で側にいてくれる子を大事にしそうだ。結局のところ、彼は全体的に仕事もこなせるし、教える仕事も子の様子だとほぼほぼ無さそうだし。うん、お姉さんは安心して次の職場に迎えるよ。もちろん心の中で呟いた。

 「そうだったんだ。先、言ってよ。教えてもらったことあるって」
 「いや、自分としても復習したいなって思ってたんで。ありがとうございます」
 「うん、気持ちは複雑だけど覚えてくれたならよかったよ」
 「桜井さん」
 「ん? なに?」

まじまじと私の目を見つめる佐久間くんは、普段とは違う真剣な表情になっているように見えた。

 「自分は今の桜井さんの方が人間として好きっすよ」

こ、これは告白か? 少し頭が混乱しそうになりながらも、心に余裕のある私は素直に褒め言葉だと受け止めて彼に自然な笑顔を向けた。

 「へへ、ありがとう。なんか今日は色んな人に褒めてもらえてハッピーだよ。じゃあこの桜井さんで、短い間だけど今後ともよろしくね」
 「こちらこそ。こんな生意気な後輩ですがよろしくっす」

普段ではすることのなさそうな会話を終えてから私と佐久間くんは再び開店作業に取りかかった。その後は2人とも会話をすることなく開店を迎えたけれど、佐久間くんの客に対する言葉遣いが柔らかくなっていることに気づいたのは私だけだと思う。

             ✳︎

 「いやぁ、久々にノートにこんなびっしり文字を書きました。右小指の裏側が黒くなってるの久々に見ました。あー、学生気分」

バイトを終えてから優子さんの店に来てちょうど2時間くらいは経っただろうか。ひたすらノートに書き込んだこれから必要になる知識を見渡すと、我ながらよく頑張ったと自分で自分を褒めたくなった。じんじんと中指が私の努力を証明してくれているように軽い痛みがある。

 「思ってる以上に覚えること多いでしょ。少しずつ覚えていってくれたらいいからね」
 「大丈夫です。まだまだ1日のキャパには達してないので。個人的に記憶力もある方だと思ってるので尚更です」
 「ふふふ。頼もしいね。けど、仕事後にここに来るの大変でしょ。無理のしすぎはダメだよ」

午前中は弟みたいな佐久間くんを相手に喋ったりしていたけれど、夜はお姉さんみたいに思える優子さんの温もりあふれる声を聞きながら勉強することが出来ている。とても忙しいタイムスケジュールだけれど、とても充実している。人間関係も。

 「ありがとうございます。でも、こうやってこのニケさんと優子さんの店で勉強できるなんてとっても幸せだし、やりたいことが学べてるからどんどん知りたいって思えるんです」
 「……私たちは本当に良い子を雇うことが出来たんじゃないかなって思ってた。日菜ちゃん、キミは本当に素敵な子だね」

私が男だったら一瞬で惚れてしまいそうになる。いや、女の私でも危うい。本当に天使みたいな笑顔を向ける優子さんは、同じ人間とは思えないくらい素敵な人だと改めて思えた。今日は本当に色んな人に褒められる。ドッキリか? と疑ってしまうくらいに褒められる。

 「いやいや……どこにでもいるちょっとネガティブな女ですよ。買い被っちゃいけませんよ」
 「ていうかさ、日菜ちゃん。敬語に戻ってない?」
 「あ、仕事の時は先輩っていう目線が大事かなって思って。今は仕事の時間だと思って敬語を意識してます」
 「やっぱり日菜ちゃん、昔の私に似てる。私もどっちかっていうとそういう意識で生きていたからね。それから私は長い間、ニケさんにも他の友達とも仕事以外の時も敬語が抜けなかったなって思ってね」
 「敬語じゃない方がいいですか?」
 「ううん。強制はしないよ。日菜ちゃんのしたいようにしてくれたらいい。私の方こそ、敬語は強要しない。確かに仕事は仕事で先輩後輩はあるかもしれない。でも、それよりも根本的に日菜ちゃんのことを仕事仲間とかじゃなく、娘や妹みたいに家族みたいな目線で見てる私もいるから」

これはもう惚れているのではないか? 優子さんの声を聞くと、胸が高鳴ってしまって仕方がない。けれど、達月くんと話したり見つめ合ったりしている時に感じるそれとは全くの気持ちだ。でも、優子さんがそう言ってくれるとやっぱり嬉しい。

 「家族みたいな目線……」
 「あはは。ちょっと重いこと言っちゃったね。それくらい私たちは日菜ちゃんを大切に思ってるってことが伝わってくれればいいや」
 「うん。伝わってるよ。優子さん。ありがとう」
 「ふふ、うん。やっぱりそっちの方がいいね。距離感が近く感じる。あ、ここはね、こうやって覚えると理解しやすいかも」
 「あ、結構語呂で覚えたりするんだね。分かりやすい」
 「でしょ? その辺はお姉さんに任せなさい」
 「頼り甲斐のあるお姉ちゃんだ」
 「ふふ。お姉ちゃんか。悪くない響きだね」

 学習時間も3時間に差し掛かろうとした頃、出入り口のドアの鍵を開ける音がした。優子さんは今、お風呂に入っている。外にいるはずがない。椅子から立ち上がり、ドアから距離を取りながら音をした方を振り向くと、そこには久しぶりに見たニケさんが全身紺色のスーツを身に纏って立っていた。ニケさんを見たのはかれこれ半年ぶり以上になるかもしれない。相変わらず身長が大きい。前よりも大きくなったのではないだろうか。

 「ニケさん、久しぶり。お邪魔してます」
 「お、日菜ちゃん。久しぶり。ごめん、驚かせちゃったよね?」
 「ううん。ニケさんなら大丈夫」
 「ならよかった。勉強頑張ってるね。最初は覚えることばっかりでしょ」

抱いていた恐怖心はあっという間に吹き飛んでいった。ニケさんの声を聞くと、今日1日で溜まった疲れが一瞬で無くなるくらいの安らぎを貰える気分になる。例えは下手かもしれないけれど、何というか、温泉みたいな人だなと思える。

 「うん。全部詰め込んでるって感じ。でも、好きなことを覚えてるって思えるから全然苦にならない。あ、前の職場が苦しかったって意味じゃないからね」
 「はは。そんな風に思ってないよ。優子は今、どこにいる?」
 「あ、ちょうどお風呂に入ってるよ」
 「そっかそっか。あ、勉強の邪魔してごめんね」
 「あ、ううん。今、ちょうど休憩してたから。むしろ久々に会ったから色々喋りたい」
 「お、それなら喋ろうよ。僕も久しぶりに日菜ちゃんと話したいし」
 「その言い方、いくらニケさんでもチャラい人って思えちゃうよ」

からかうつもりでニケさんにそう言うと、ニケさんは、にへへと独特な笑い声を出して笑った。猫が笑ったらそんな声を出しそうだと思えて、少し笑えた。

 「えぇ、素直に思ったんだけどな。なんて言うんだろう、弟子の成長を見守る感じっていうのかな。日菜ちゃんね、昔の優子によく似てるんだ。それこそ、今の日菜ちゃんみたいに資格の勉強をしていた頃のね」
 「それ、優子さんもさっき自分で言ってた。私、自分では優子さんに全く似てないと思うんだけどな。優子さんみたいに綺麗じゃないし優しくないし」
 「いや、日菜ちゃんも綺麗な顔をしてるよ。それに優子のように優しい心もちゃんと持ち合わせてる。自分では分からないだけ」
 「うん、全く分かんない。優子さんと私の共通点なんて同じ人間ぐらいだよ」

思ったことをそのままニケさんに言うと、ツボにハマったみたいに口を大きく開けてニケさんは笑った。こんなに笑っているニケさんを見たのは初めてだ。そんなに面白いこと、言っただろうか。

 「いやいや言い過ぎだから。めちゃくちゃ笑い狙いに来たね。日菜ちゃんの口から冗談聞いて、久々にこんな笑っちゃったよ」

ニケさんの笑いのツボが独特なのか、私が無意識に面白いことを言ったのか。いや、多分前者だ。私は面白いことを言えることはない。

 「んー、冗談じゃなかったけど。あ、そういえばニケさん」
 「うん、なに?」
 「もう少ししたら達月くん、ここに来るよ」
 「お、そうなんだ? 達月、久しぶりだな。直接は2年ぐらい会ってなかったんじゃないかな」
 「へぇ。それは相当だね。それだけ間隔空いたら、久々に会った時何から話せばいいか分からなくなりそう」
 「確かにね。僕、そういう時それこそ話題考えて言葉詰まっちゃうんだよね」
 「分かる分かる。私もそうだから」

達月くんのことを話すニケさんの顔を見ていると、達月くんが本当に大切にされているのが伝わってくる。頭の中で2人を隣同士にしてみると、冗談抜きで兄弟のように見えてくる。もちろん、ニケさんがお兄さん。達月くんが弟だ。そんなことを妄想していると、ニケさんのスマホに達月くんからメッセージが届いたらしい。

 「達月、もうすぐここに着くってさ」
 「ニケさん、緊張してる?」
 「緊張? まさか。早く会いたくてしょうがないんだよ」

さっきよりも鼻を触る回数が増えたり、椅子から立ち上がって飲み物を入れてはそれを口に入れる回数が増えたり、咳払いの数が増えたりと、あからさまに落ち着かない様子のニケさんは、どう見ても緊張しているようだった。すると、出入り口のドアを3回ノックする音が聞こえた。「はいはい!」と声を大きくしながらニケさんがドアを開けると、そこにはいつものように落ち着いた様子で達月くんがいた。少し痩せただろうか。顎の辺りが前よりもシュッとしている気がした。

 「ニケさん」
 「達月。久しぶりだね」

2人は再会するなり、そのまま体をくっつけた。意外すぎるアメリカンな光景に私の心臓は大きく跳ねながらも、目の保養になっているそれを、ひとときも目を離すことなくじっと眺めていた。誰にも見られていないけれど、多分ニヤニヤした顔をしていたはずだ。
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