10億人に1人の彼女

やまとゆう

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第1章 巡り合わせ

#2.

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            ✳︎

 見上げると、まさに絵の具一色で塗りつぶしたような真っ青な空。目線を前に向けると、自分がこの中で一番大きいのだと張り合っているように立ち並ぶビルの群れ。見下ろすと車がミニカーみたいな玩具に見え、歩いている人たちはアリみたいに小さく見える。もうこの世に未練はない。生きることに疲れた。ここから飛び降りることでそんな苦しみからは一気に解放される。そんな期待を込めて僕は両手を広げて飛び降りた。思っていた以上に地面はすぐに目の前に来た。その瞬間、何もかもが終わったかのように視界が真っ暗になった。再び目を開けると僕はいつも寝ているベッドの上にいた。

 「また自殺する夢か……」

僕は大学を卒業してから今の会社に就職してそれから4年ほどが経つが、年を経る毎に自分で自分の命を終わらせる夢をよく見る。シチュエーションは様々だが、一番多いのはたった今見た高い場所から飛び降りる夢だ。この前に見た飛び降りた夢は、下を見ると海になっている断崖絶壁だった。そしてこういう夢を見ると、決まって全身汗でびっしょりになっている。

 「最悪な休日の始まりだな……」

夜勤も終わり今日は久々の3連休の初日だった。だが、そんな初日の朝がこんな形で始まった。部屋の壁にかかっている時計を見ると6時を少し過ぎたぐらいだった。日勤の時に起きる時間よりも少し早いぐらいに目が覚めた。すっかり仕事人間の体が出来上がっている。そんなこと嬉しくあるはずもなければ誇らしいことでも全くない。僕は二度寝を試みて再び目を閉じた。どうせ早起きしてもすることなんかない。次に見る夢はせめて楽しい夢であってほしい。そんなことを考えていると、意識はむしろハッキリとしていき、眠ることが出来なかった。結局布団の中でスマホを触り続け、僕が本格的に体を動かそうとした時には既にスマホが疲れきっているくらい電池を使ってしまっていた。もぞもぞと体を芋虫のように動かしベッドから起き上がった。寝ている姿勢が悪かったのか、首を左に傾けると寝違えたのかと思うほどの痛みが襲ってきた。僕しか住んでいないこのアパートの一室でブツブツとぼやきながら体と脳を起こしていく。そして毎日同じ朝食である食パンを一斤食べきった。ふとスマホにメッセージが届いた。確認すると、送り主はダイキからだった。

 『おっすー! 例の日、明日だな! そういやカケル、デート用に使う服とか揃ってるか?』

先月、ダイキと約束した夜の街を歩く計画の日が明日に迫っていた。ファッションに興味のない僕はそんな服があるわけなかった。大学の時に着ていたベージュのセーターと、使い古した黒いチノパンぐらいしかない僕の気分を落ち込ませるには十分すぎた。

 『全然持ってない。服なんて大学時代に着てたものくらいしか残ってないしね』

僕がそう返信すると、ダイキからはやっぱり数分でメッセージが返ってきた。

 『それなら今日、買いに行かないか? ちょうどオレも1日フリーなんだよ。家にいてもやる事無くなっちゃうし』

僕は今日こそ体の疲れを癒すつもりでいた。夜勤で疲れきった体を休めるためにゲームをしたり動画を見たり音楽を聞いたり。思いきり部屋に籠るつもりでいた。けれど嫌な夢を見て気分が落ちるところまで落ちていたので、ダイキと会って気分転換をするのは、今の僕にとって最善な選択な気がした。

 『ダイキさえいいならいいよ。どこに集まる?』
 『今からお前ん家向かうわ!』
 『は? 今から?』

スマホで時計を見ると、まだ8時にもなっていない時間だった。

 『朝メシ食ってからショッピングしに行こうぜ!』

これが陽キャの行動力かと改めて感心した。僕は相変わらず自分とは正反対のダイキに笑えた。今日はもう陽キャの流れに身を任せよう。そう決めた。

 『分かったよ。じゃあいつでも行けるようにしておくね。おれん家の位置情報送るからそこまでお願いします』

ダイキにメッセージを送ってから僕はスウェットを脱ぎ捨て、登板回数が桁違いな今さっき思い浮かべた定番コーデへ着替えた。大学時代の時よりもズボンに足を通すのがスムーズになった。以前よりも体が細くなっているのだろうか。僕は複雑な心境のまま着替え終えてダイキが迎えに来てくれるのを待っていた。テレビの画面を見るとちょうど今日の占いコーナーだった。

10月生まれの人→
「今日と明日は人生のターニングポイントになるかも? 自信のある服を身に纏って出かけよう!」とコメントが出て、順位は1位になっていた。

 「人生のターニングポイント? んなのもうとっくに終わってるよ」

鼻で笑いながら僕はテレビを消してスマホやサイフなどをトートバッグに入れて家を出た。入念にロックをしたか確認してアパートの駐車場でダイキの車が来るのを待った。暇つぶしにスマホのゲームをやっていると、駐車場で待ち始めてから20分くらい過ぎた頃、ダイキがあの黄色い車で砂利を払いのける荒々しい音を立てて僕の目の前に来た。運転席に座るダイキは僕と目が合うとニカッと笑って右手を上げた。こんな朝っぱらから太陽みたいに明るい笑顔になれるダイキが素直にすごいと思った。

 「おはようさん! 余裕を持って行動してるとこ、流石だな!」
 「おはよう。仕事で身についた唯一のことかもね」
 「ハハ、それは昔からだぞ? カケル」
 「え? そう?」

車に乗り込んだ瞬間から僕たちは絶え間なく言葉を交わし合った。さっきまで僕を思いのまま誘っていた睡魔はいつの間にかどこかへ飛んでいったのか、僕は普段よりも頭が回転しながらダイキと会話が弾んでいる。こんな時間から頭が働くのなんて何に数回くらいしかない気がする。とても珍しいことだ。

 「そういえば今日はどこに行くの?」
 「川守屋敷町に出来たアウトレットモール。SNSで情報見たんだけどオレの好きなショップが何店か入ってたんだよ。だからそれを見に行きがてらお前の勝負服を見立てる!」
 「川森屋敷? めっちゃ遠くない?」
 「んな事ねえよ、平日のこの時間なんて渋滞もしないだろうし2時間ぐらいで着くだろうさ」
 「いやぁ遠いでしょ。悪いね、運転」
 「気にすんな! 運転好きなの、昔から知ってんだろ?」
 「そりゃそうだけど」
 「けど、オレも安心したよ」
 「何が?」
 「カケルの顔、前より明るくなった気がするからさ!」
 「顔? あぁ、あの日は仕事後だったから疲れてたりもしたんじゃないかな?」
 「いや、何て言うんだろうな? オーラっていうか雰囲気が暖かいものになった気がするんだよな?前は真冬みたいに冷ややかな感じがしたからさ」
 「ダイキ、人のオーラなんか見えるようになったの?」
 「いや見えねえよ! イメージだよ! 言葉が出てこねえんだ」
 「ダイキは昔からボキャブラリー少ないもんね」
 「うるせーよ! 人には人の良いところがあんだよ!」

車内でかかっているアップテンポの曲に乗せて僕らの会話もテンポよく弾む。ダイキと話し込んでいるとあっという間に時間が過ぎていき、アウトレットモールの駐車場に着いた。平日のオープン前なのに、駐車場は既にぎっしりと埋まっていた。アウトレットモールを少し超えた所にあった第2駐車場にようやく車を停めることが出来たダイキは勢いよく車のドアを開けて外に飛び出し、車の中でガチガチに固まった体を思いっきり伸ばしている。僕も腰が重く感じ、ゆっくりとドアを開けて車の外に出てから体を右や左に大きく捻った。バキバキと骨が折れたかと思うほどの音が鳴りダイキに少し驚かれた。僕自身は今の瞬間とても気持ちよかった。駐車場の周りを見渡すと、真っ青な空の下に手を伸ばしているように見える大きな山々が神々しく聳え立っているのが見えた。まるでピクニックに来たのかと思えて、より一層心地良くなった。
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