10億人に1人の彼女

やまとゆう

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第2章 唯一の宝物

#18.

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            ✳︎

 「ふーん。何か納得出来ねえなぁ。男をキープするような女にも見えなかったしなぁ」

いつものファミレス、今日はそれなりに客がいる時間帯で目の前のイケメンは右の鼻の穴をほじりながら眉間を寄せてそう言った。あの夜、チハルさんとの真剣な話をしてから1ヶ月ほどが経ち、ようやくダイキと顔を合わせる時間が出来た。チハルさんとはあの日以来、まだ会っていない。

 「おれの話、聞いてる? 鼻ほじってるけど」
 「ちょっと待て! もうちょいでデッカいのが取れそう……っしゃあ!」

高々に人差し指を掲げるダイキだが、その指先を見ると食欲が無くなってしまいそうなので僕は目を細めてじっとダイキを見つめる。

 「ちゃんと聞いてるよ! ただ、その話を聞くと結局の所、チハルが踏ん切りついてなくて都合の良い関係にさせてしまってるようにしか思えないんだよなぁ。カケルもセフレより彼女がいいだろ?」
 「セ、セフレって……。まぁ確かにその方がいいけど、おれはどんな形であれ、これからもチハルさんの横にいられるならそれでもいいと思ってる」
 「ふーん。カケルは大人だな、やっぱり」
 「そうかな?」
 「おぉ。オレがカケルの立場なら多分、チハルが納得するまでオレの意見を通すと思うな」
 「確かに。ダイキからハッキリさせたそうだもんね」
 「チハル、絶対カケルのこと好きだと思ってたんだけどな」
 「いや、好きなんだって。本人がそれは言ってたから」
 「あぁそうだそうだ。悪い」
 「絶対ちゃんと聞いてなかったでしょ」
 「聞いてたって! 鼻の中も忙しかったんだよ!」

結果はどうあれ、ダイキにはチハルさんに言われたことを伝えることが出来た。ダイキは大雑把に物事を考えていそうで、しっかり悩み事は昔から聞いてくれた。僕が何度か部活を辞めそうになった時も、僕の意見を尊重しながら引き止めてくれた。チハルさんに言われてから胸の中に生まれていたモヤモヤとした感情が少しだけ軽くなった気がした。鼻はほじられていたけれど。

 「ハルカも知ってるんだろうな、お前らのこと」
 「分からないけど、チハルさんが隠したりしないなら知ってると思う。まぁ2人の関係性なら言っててほしいのが本音だけどね」
 「まぁオレもあの2人の間に隠し事はしてほしくねえな」
 「とりあえず今は、前みたいにダイキとおれとでスナックに行ってみんなで一緒にいる時間と、2人でいられる時間があるならおれはそれがいい」
 「そうだな、カケルとチハルは離れない距離感でいることが大事だろうな。て事で、カケル明後日の夜は空いてるか?」
 「うん。空いてるよ。スナック行く?」
 「もちろん行こうぜ! てかお前、ずるいぞ! 抜けがけして1人でスナック行きやがって!」
 「あ、あれはたまたまだよ! おれの異動が決まったお祝いをしてくれるってチハルさんが言ってたから……!」
 「あー! オレも仕事頑張ってるからハルカ、祝ってくんねえかなぁ!」

ダイキの大声は店内にいる客の視線全てを集めた。ついていないことに、今日は席が店内のちょうど真ん中ぐらいの所に座っているため、四方八方から色んな人の視線が僕らの方を向いていた。僕は気を紛らわせるために視線を目の前のジンジャーエールに移してそれを一気に飲み干した。

            ✳︎

 現場での勤務が終わり、念願の部署が移動してから3ヶ月ほどが経った。毎日通常の日勤で夜勤は無くなり、近くにいてくれる職場仲間も今回は優しい人がいっぱいいて、何よりも僕のストレスの権化だった山中さんとは関わることが一切無くなった。僕はそれが一番嬉しくて、毎日任されている仕事とひたむきに向き合うことが出来ている。ただ、やはり何事も新しく物事を始める時は目が回るほど毎日忙しくてあっという間に定時を迎えている。残業はありながらも充実感と使命感に溢れる日々を過ごすことが出来ている。ただ、最近はまともにスナックに足を運ぶことも出来ていなければ、ダイキやチハルさんとも会えていない。チハルさんとは毎日メッセージのやりとりが出来ている分、不安な気持ちは以前よりも少ないけれど、やっぱり直接会いたいし、欲を言えばまた彼女の家へ行きたい。

 「西島、今月も頑張ってるな」
 「あ、辻係長。お疲れ様です。毎日勉強になることがいっぱいで。ですが、毎日とても充実しています」

僕の目をじっと見つめる体も器も寛大な辻係長が話しかけてくれた。普段、昼休憩は課長や部長といったうちの会社の大御所たちと2階の食堂で食事をしている印象があるけれど、わざわざ1階の僕の座っている席まで足を運んで来てくれた。係長の温和な笑顔で心が浄化される気持ちになるのは、きっと僕だけではないはずだ。

 「それは良かった。その調子でこの新しい部署でも頑張れよ。あ、でも無理は禁物だからな。いくら夜勤が無いからと言って、体が疲れないことはないからな」
 「はい、ありがとうございます」
 「あ、それと。これから社内のメールBOXに一斉送信するつもりだが、急遽君たちの部署は明日と明後日、休日になることが決まった。理由としては労い休暇とは言わんが、ここ数ヶ月、働き詰めの時期もあったろうからそれの振替休日だと部長が言われていた」
 「ほ、本当ですか?」
 「あぁ。急な話で予定も狂うかもしれないが、しっかり体を労ってくれ」
 「あ、ありがとうございます!」

はいよーっと右腕をゆっくりと振りながら歩き去っていく辻係長の姿を見送り、姿が見えなくなってから深々と頭を下げた。僕は昼食の定番になっているコンビニで買うホットドッグの袋を開けながらチハルさん、ダイキ、ハルカさんの4人で作ったグループトークの画面を開いた。

            ✳︎

 「今日はまたいつもと違う気分だね!」
 「うん。ていうか、4人で食事に来るの初めてじゃない?」
 「ホントだよな! しかもカケルが誘ってくれたのがここだけど、初めてがしゃぶしゃぶってハードル高くね?」
 「え? まずかったですか? しゃぶしゃぶ」
 「だってオレたち、この鍋を共有するんだぞ?」

急遽、定時で上がれることになった僕が思いきって4人を食事に誘ってみた。グループトークでは誰も否定しなかった僕の提案でこの店に集まることになったけれど、ダイキがそうやって言うものだから妙に焦っている自分がいる。やっぱり僕が今、一番食べたいもので誘ったのは失敗だったのかもしれない。

 「いや? 私は全然気にしないよ? この3人なら特にね! ダイキ、私たちの距離感で今更そんな事気にしてんの? 超意外なんだけど!」
 「うん。私もむしろしゃぶしゃぶ好きだし丁度食べたかったな」
 
ハルカさんもチハルさんも全く気にしていないようだったので僕は安心したのか、全員に聞こえるくらい大きく息を吐き出して笑われた。

 「オレはお前らがいいならいいよ! オレも全く気にしねえし!」
 「後から言う人ってちょっと怪しいよねー」
 「ふふ、私も思った」
 「いや、ホントに気にしてねえから!」
 「ま、まぁ! みんなが良いって言ってくれて良かったよ」
 「カケルくん。今日は誘ってくれてありがとう。おかげでみんなで久しぶりに会えたしね」
 「確かに久しぶりだな! 元気してたか? チハル!」
 「私はぶっちゃけ元気じゃなかったよ。みんなに会えなかったし、特にこの1ヶ月カケルくんに会えなかったからね! でも、今日会えて嬉しいよ」

隣に座るチハルさんに肘で軽く左の肩を押された。少し彼女と体が触れ合っただけで僕の心臓が大きく反応するくらい、僕もチハルさんと会えて嬉しかったようだ。飲み物を頼んでから5分もしないうちに全員の分が揃い、再開を祝い合うように4人分のグラスがカチンと鳴る音がガヤガヤと人の声が飛び交う店内に響いた。
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