ヒカリノツルギ

アフロマリモ

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蠢く影

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「……おじゃましまーす」

 もちろん誰もいないが、念の為。
 扉を開け中に入ると、そこには夕暮れに照らされた長椅子が並べられていた。壁も穴だらけでほとんどその役割は果たせておらず、周りの家屋が見えるほどだった。

(ほとんど張りぼてじゃん、この家)

 手近な長椅子に腰掛ける。何がこの村に起こったのだろう。凶暴なモンスターでもいるのだろうか、それとも災害か……。
 思考を巡らせていると、空が丸々見えるほど、大きな穴の空いた天井から蛍が入って来る。

「蛍! どこ行ってたの?」

 蛍はフラフラとこちらに向かい、私の膝元にふわりと着地する。それと同時に、夕暮れは終わり漆黒が空を染め上げる。そこには満点の星も、真っ白の満月も存在せず。どこまでも暗かった。
 その暗闇が、この大地にも降りかかる。蛍のおかげでかろうじて周りを見ることができるが、もしいなかったら私は一寸先すらまともに見ることができなかっただろう。

(いくら何でも暗すぎでしょ、どうなってるの?)

 壁の穴から、外の様子を伺う。隣の家屋とある程度、距離があるので、遠くの山々まで見えるはずが、見えない。その代わりに、その山があったであろう場所からは、私たちの世界では存在しえないものが、顔を覗かせていた。
 それは黒い太陽だった。
 そうとしか表現できなかった。
 ずっと見つめていると吸い込まれてしまうほど暗く、形容しがたい明るさを兼ね備えている。
 黒いのに確かに輝いていた。

(何……、あれ)

 昼間の私なら、まぁ、異世界だからね!と言える余裕があっただろう。
 だが今の私の心に湧き出るのは、本能的な恐怖だった。理由はわからない。ただどうしてもこの状況が怖くてたまらなかった。
 ここにいたら死ぬ。ただそう感じた。
 私は急いで、その家屋を飛び出す。

(ここは危ない。何故か分からないけど、ここにいちゃいけない気がする)

 逃げなきゃ。私は走り出す。並走するように蛍もついてきて、私の進む道を照らしてくれている。

「ありがとう。蛍」

 一刻も早くここから離れなきゃ、もっと明るいところへ。
 無意識に光を渇望する自分。
 最短距離で村を出ようと道をまっすぐ進み続ける。

(あれ?)

 私の視界が何かを捉えた。
 曲道の先に一瞬何、移ったような気がし、そちらを二度見する。
 そこには人がいた。

(人だ、昼間はいなかったのに)

 私は、村を出ようとする足を止めその人に近づく。

「あのぉ……、すいません」

 恐る恐る声をかけるが、反応しない。

(聞こえてないのかな)

 蛍は、顔の周りを飛び回り、邪魔をしてくる。

「ちょっと邪魔だって」

 手で蛍を追い払い、人に近づく。
 目と鼻の先までの距離になったとき、私は気づいた。それは人ではなかった。
 人の形をした影だった。その影は生きていた。
 影はこちらに振り向く。
 どこまでも暗い眼腔が、こちらを捉える

「あ……、え……」

 恐怖に声が詰まる。
 影はにやりと嗤う。異様に白い歯が覗く。
 急いで逃げようとするが、影は私の腕をつかむ。
 その手は不気味なほど冷たかった。恐怖がその冷たさに乗って体に流れ込んでくる。
 血の気が引き、頭が真っ白になる。

「いや! 離して!」

 そう言って離してくれるはずもなく。私は無理やり引き離そうとするが、なぜか私から触れることができず、すり抜けてしまう。

「うそ!? なんで!? 助けて! 誰か!」

 その叫びは誰にも届くことはなく、どこまでも続く暗闇に吸い込まれる。

 影がもう一方の手を、私に伸ばそうとしてくる。

「こっち来ないで! お願い……」

 涙ぐみながら懇願する。
 その時、小さな光が、影と私を割って入る。
 影はその光を嫌がり、私の腕をつかむのをやめ、自らの顔を覆うことに手を使う。
 当然手を離され、尻餅をつくが、手と足を目いっぱい使い、這いずり逃げる。

(なんなのここ!? 何あの化け物!?)

 心の中で驚愕しながら、全力で逃げる。蛍が目の前におらず周りが、ほとんど見えない。
 そんなことお構いなしに、逃げ続ける。
 突然、足の裏に激痛が走り、足がもつれ転ぶ。

「痛てっ! はぁ……はぁ……、もう最悪」

 疲れと痛みで体が震え、涙が止まらない。
 足の裏を見るとガラスの破片が刺さっていた。私の血で赤く染まった、破片を抜き取り歩き出そうとするが、痛みでうまく進めない。

(こんなことになるなんて、こんなの私の知ってる異世界転生じゃない。ここは地獄だよ)

 少しづつ進んでいると、急に周りが明るくなる。
 蛍だ。

「大丈夫だったのね! ありがとう、さっきは本当に」

 お礼をいう。てっきり私をかばって食われたと思ったが、無事だったなんて。
 蛍は私の周りを心配するように飛び回り、進むべき道を照らした。
 痛む足裏をかばいながら、村の外を目指す。
 後ろからうめき声が聞こえる。後ろをチラリと見ると、そこに影たちがいた。一匹だけでは何匹も。

(嘘!? こんなにいたの! 昼間は何もいなかったはずなのに)

 私は、追いつかれまいとペースを上げようと前を向くが、思わず足を止めてしまう。
 蛍が照らし出した道の先に、巨大な暗影が蠢く。
 後ろから追いかけてくる、人型の影の何倍も大きく、おぞましかった。
 頭は無く、首の部分から黒いタールのようなものが溢れ、ポコポコと泡を膨らませては割ってを繰り返す。その泡は人の顔のようにも見える。
 腕は分厚い胴体と、釣り合わない細さで、指先からは長く真っ黒な爪が生えていた。
 胴体に横の切れ込みが入り、そこから白い歯が覗く。

「ヒザジブリ ノ ゴバン」

 化け物はこちらに気が付くと、いくつもの重低音が重なったような声でしゃべる。

「あ……、あ……」

 足が一歩も動かなくなりその場にへたり込む。逃げなきゃいけないことは分かっていても、体が動かない。体は私ではなく、恐怖に支配されていた。
 蛍が、暗影の周りを飛び回るが、人型の影とは違い、怯む様子もなく、迷いなく気色悪い右手で、私をつかみ上げる。全身がひんやりとした影に包まれる。

「オイジゾウ ヤワラガゾウ」

 私は何とかして、逃げれないか身をよじり暴れるが、びくともしない。
 怪物は左手を私に近づける。

「もう嫌! 早く夢なら覚めて! 異世界転生なら力に目覚めて!」

 怪物は長い爪を、私の右太ももに突き刺す。
 ずぶずぶと私の肉を掻き分け、貫通する。

「あが……い……あ“」

 あまりの激痛に、叫び声すらまともに出なかった。
 死が迫っていた。あれほど望んだものが目の前に。
 涙が溢れ、体が痙攣する。
 激痛に耐えられず、意識が徐々に遠くなっていく。
 薄れゆく意識の中、私は思った。

(あんなに……死にたかったのに、今は……ただ死ぬのが怖い。意識を手放したくない)

「死に……たく、ないよぉ……うぅ、怖い……よぉ」

「イダダギマズ」

 怪物はそう言うと、私を自分の大口に放り込む。
 そこで私の意識は途絶えた。
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