愛と優しさ 続き。

内川気分

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愛と優しさ 続き。

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 愛と優しさ 続き。
 
 テストも終わり冬休みに入ると優は受験勉強に励んだ。クリスマスイヴには彼氏のいる恵を覗いて三人でパーティをする事になっている。三人でスーパーでお菓子とケーキを買いワイワイと優の部屋で楽しんだ。パパ、ママは仕事で洋介は子供会のクリスマスパーティーに行っている。ロボットも仕事で、サンタクロースの格好をして保育園や幼稚園を廻りさらにスーパーでもサンタの格好でプレゼントを渡すのだ。夜遅くまで働いてサンタの衣装を脱いだ。休憩室でしばらく座って休んだ。開いた両膝の上に両手を開いて置いてじっと下を見ていた。完全におっさんの休憩姿である。店長から缶コーヒーをもらったけれど、俺はロボットじゃい、と心の中で思いつつも持って帰ってパパにあげればいいと思う。やっと外に出た。周りの人達はやはりどこか違う。みんな早く家に帰りたがっているみたいだ。塾帰りの学生もウキウキしている。ロボットがアイスケーキを買って帰っていて、あ! と気づいた。反対側の歩道を自転車をこいでいる良が走っていて後ろには女性が乗りしっかりと良の腰に手を廻している。ロボットは立ち止まってぼうぜんとその姿を見ていた。
 冷蔵庫にはスーパーで予約しておいたクリスマスケーキが入っている。夕食はから揚げである。パパが帰って来ると四人で食べた。ロボットは一人リビングでクリスマス特集の音楽番組をテレビで観ている。食事が終りそれぞれがお風呂に入って上がるとリビングに集まった。ママは大人用にコーヒーを作り、優が自分と洋介のオレンジジュースをグラスに注いで持って行き、さらにケーキの入った箱を注意しながら運んだ。ママがコーヒーと皿とホークそれに包丁を持って来ると洋介が箱を開けた。ママが大胆にそれを四等分に切った。リビングは暖房で暖まり、テレビの横には洋介が飾った優が小さい頃買ったクリスマスツリーがある。ロボットはソファに座って家族を見ている。四人はケーキを黙ってテレビを観ながら食べている。パパがさっと食べ終わると洋介には紙袋を渡して優には封筒を渡した。封筒の中には一万円が入っていて、紙袋には欲しかったポータブルゲームのソフトが入っていた。
「あら、愛ちゃんあまり元気がないわねえ、どうしたの? 」とママがホークに刺したケーキを食べながら聞いた。
「いえ、クリスマスって初めてだから」とロボットは上眼づかいに言った。
 ケーキを食べ終えた優と洋介は歯磨きをして二階に上がった。優はヘッドホンをして音楽をベッドに転がって聞いている。洋介はベッドに胡坐をかいてさっそのプレゼントのゲームをやっている。ママはキッチンで後片付けをやり、パパはリビングでテレビを観ながらウイスキーを飲んでいる。家の前の道路にはもうあまり車は通っていないけれど一台通った。そのライトが暗い闇夜をなめるように通って行き、その音とともに滑って行った。冬の闇夜はいつもより深い。周りは静かだ。優が夜中トイレに行こうと階段を降りているとその途中で壁に向かって立っているロボットがいたので思わず悲鳴をあげそうになった。
「何やってるのよ! 」
「いえ、別に」とロボットは少し泣きそうな顔で答えた。優はおかしな奴! と思いつつその後ろを通って階段を降りた。トイレから上って来るとまだロボットが階段にいて優を待っていたかのように見下している。優はそのままその横を通り過ぎた。
「あの」とロボットが優に声を掛けた。
「何よ」
「良君て恋人いるの? 」
 優はロボットの斜め後ろで一瞬厳しい顔になってから力を抜くように鼻から溜息を吐いた。
「いるわよ。知らなかったの? 」
 ロボットは顔を下に向けた。
「やっぱり。かわいい人ですね」
「見たの? 」
「ええ、自転車で二人乗りをしていました。良君の腰にしっかりと抱きついて」
 前の道路を車が通ったのがその音とライトで分る。優は腹が立った。あんたには関係ないじゃん、と言い捨てようかと思ったけれど、それを言うとロボットも自分も深く傷付くだろう。それに自分も関係ないのだ。優はそのまま階段を上った。ロボットは優の後ろ姿を見ていたが階段を降りてキッチンに行くと電気をつけず自分の眼でみかんを探してそれをむきながら暗い誰もいないリビングに行った。

 年末になるとパパとママも仕事が休みになり、大掃除と買い出しが始まる。ロボットは近所のお年寄りの家の大掃除を手伝う事になっていて朝から出掛けた。優はロボットがいるから今年は楽だと計算していたから当てが外れた。それでもロボットが夕方暗くなってから帰って来ると高い所の掃除や重たい物を運ばせた。二十八、二十九と掃除をやり、三十日にはみんなで大型スーパーに車で買い出しに行く。ロボットはロボットでお年寄りの手伝いに行っている。すごい人でカートを使いその上と下、さらにパパがもう一個かごを持って次々と年末年始の食糧や備品を入れて行く。洋介と優はチョコレートやポテトチップスなどをかごに入れている。そばを入れ、さらにそばにいれる天ぷら用のエビや野菜も入れる。
「今日は何がいい? 」とママが聞いた。
「僕、とんかつがいい」と洋介。
「とんかつ? ダメよ。明日は天ぷらなんだから、二日続けて揚げ物になっちゃう」
「ヤキニクがいいわ」と優。
「ヤキニクはお正月食べるでしょ」とママ。
「鍋でいいじゃないか、ゴミにならないように鴨とか肉がいいな」とパパ。
「そうね、じゃあ鍋ね」と鍋に決まり、お正月の肉や鍋に入れる鴨肉や豚肉をかごに入れた。かごはすぐにいっぱいになった。優がケーキをかごに入れるとママに睨まれた。優は舌を出した。年末ですごい人で込み合っている。優はまだ大人でないけれどもう子供でもない、それに処女でもない。それでもこの雰囲気が大好きだ。人がいっぱいいてごちゃごちゃしてうっとうしいけれどみんなシアワセそうな顔をしている。その人達のまわりには好きな人がいるのだ。優には家族以外に友達がいて、好きな人もいるけれどその好きな人にはちゃんと恋人がいるのだ。それでもやっぱりこういうのはいいと思うのだ。クラスメートの女子の相川さんが家族で来ていた。ほとんど喋った事はない。大人しい人で友達も大人しい人だ。メガネを掛けている。相川さんの両親もメガネを掛けていて小さい妹もメガネを掛けている。彼女は小さい妹と手をつないでいた。優は眼が合ったけれどお互い恥ずかしくて何も言わずに通り過ぎた。駐車場はほぼ満車である。それぞれ袋を持って外に出た。もう夕暮れで寒い風が吹いた。これから店に入る人達がいる。まだまだ人で混むだろう。優はパパの車を探すように駒のように並べられた車を見渡していた。
 ロボットはロボットで近くのスーパーにお年寄りに頼まれた物を買い出しに行っている。スーパーはどこも混んでいる。疲れ知らずのロボットは春山のおばあちゃんの買い物を両手に持って帰ると次は戸野のおじいちゃんおばあちゃんの買い出しを手伝いに行った。帰って来ると夜に餅つきをやると言うので優と洋介も帰っていたので呼んでやった。ちょうどおじいちゃんおばあちゃんの長男の家族が帰省して家に着いた。優と洋介はおじいちゃんとおばあちゃんの孫の小さい姉妹と遊びながら餅つきを見ていた。餅つきと言っても機械でやるからそれをジーと見ているだけだった。夕食があるけれどつきたての餅を優と洋介が食べてさらにもらって帰った。ロボットは疲れないけれどさすがに朝から晩まで働いて疲れた気がして湯船にいつもよりも長く浸かった。その間、キッチンでは家族が鴨鍋で夕食を食べていた。優は食事とお風呂を済ませるとベッドに転がりラジオを聴いた。年末のラジオはどこか秘密めいていて余計寂しくさせた。
 優も洋介も夜遅く眠ったのに朝早く自然と眼が覚めた。朝から大みそかの番組をやっている。優は味噌汁にご飯を入れて食べ洋介は卵掛けご飯にした。洋介の卵掛けご飯を見て優は自分も卵掛けご飯にすれば良かったと思った。大掃除も買い出しも終わりパパはのんびりリビングでテレビを観ている。午後からパパは散歩に行き、洋介は友達の家、ママも美沙の家に遊びに行った。優は昼寝をしてから起きて昨日買ったケーキをテレビを観ながら食べてから外に散歩に行った。橋本のおじいちゃんの家の前を通るとロボットが大掃除を手伝っていた。ロボットめ! と優はダウンのポケットに入れていた左手を出してその小指の爪を噛んだ。外は良く晴れていてるけれど空気が冷たくてとても乾燥している。各家の玄関や門には角松が飾られている。どの家ももう大掃除を終えたのかひっそりと静かだ。見慣れない他県のナンバープレートの車もあって帰省した家族とのんびりすごしているのだろう。小さい男の子とサッカーボールを持った若い父親が歩いていた。帰省した親子だろう。川に来て橋に行った。流れる水は冷たそうだ。そこに足を入れてサギが立ち長いくちばしを水の中に入れてエサを取っている。小学校に行くと誰もいない。フェンス越しにいつもとは違う光景を優はときめきもせず、冷静にだけれど集中してずっと見ていた。橋本のおじいちゃんの家の庭ではたき火をやっていてロボットがおじいちゃんとたき火にあたっていた。ロボットめ! と優は眉に力を入れて睨んだ。家に帰ると洋介がポテトチップスを食べてテレビを観ていた。ママとパパが帰って来て、ママが夕食の準備を始めた。ママに言われ手伝った。洋介は帰って来たパパとリビングで年末のテレビを観ている。天ぷらを揚げているいい匂いと音がする。優は炊上った赤飯をタッパーに詰めた。ママが揚げた天ぷらをパックに詰めるように優に言い優は詰めた。さらに他のパックに用意していたかまぼこやきんとん、黒豆などのおせちを詰めさせて橋本のおじいちゃんの家に持って行くように言った。優はそれをスーパーの袋に入れた。二階まで上がってまたダウンを持って来るのが面倒なのでフリースのまま外に出た。寒かった。夕暮れだった。途中ロボットとすれ違った。すれ違いざまたたき斬ってやりたいとロボットに対して思うけれど、そのまますれ違った。犬の鳴き声がする。前田さんとこのワンダだろう。おじいちゃんの家は今に電気がついているのが縁側を挟んで見える。ガラガラと引き戸をあける。
「こんばんわー」と優は大きな声を出した。大きな玄関には農作業用の長靴やサンダル、それにマジックテープの古いスニーカーが出ていて後はコンクリートだけで外と変わらないぐらい冷たい。
「こんばんわー」とまた優は声を掛けた。おじいちゃんが出て来た。
「ああ、こんばんは」
「これ、赤飯と天ぷらとおせちがちょっと入ってるから」と優はおじいちゃんに袋を渡した。
「ありがとう、ありがとう、ちょっと待ってね」とおじいちゃんは居間の方に行った。
「あ、帰さなくてもいいよ、また取りに来るから」と優は言った。台所の方だろうか、音楽が流れている。演歌だ。ラジオだろう。ラジオを聴きながら夕食を作っているのかも知れない。と優は思う。おじいちゃんは洗ってタッパーを持って来て、その中にチョコとホワイトチョコが入っている。
「洋介ちゃんと食べて」
「ありがとう」と優はお礼を言って受け取った。その手は皺だらけだ。
「じゃあ、良いお年を」
「良いお年を」
 外は暗くなっていた。玄関の引き戸を閉めて歩いた。とぼとぼと歩いた。外にいるのは優だけだった。テレビの音が家の中から聞こえている。もうのんびりと過ごしているのだろう。寒いなあ、と優はつぶやいた。家に帰るとキッチンではママが赤飯のおにぎりを握っている。優の家では年越しそばだけではお腹が減るので赤飯のおにぎりも食べるのだ。もう洋介はロボットとお風呂に入って上がり、パパが入っている。パパが上がって来ると優が入った。いつもより早く入り身体をよく洗った。冷えていた身体も暖まった。ママがお風呂から上がるとそばを茹でた。リビングで食事をする。そばや天ぷら、おにぎりを持って行き、紅白が始まり観ながら食べた。いつもの大みそかだ。パパがそばをすする音、洋介がおにぎりを手に持って食べている。ママも食べながら紅白を観ている。ただ、洋介の隣にはオッサンがいる。去年までいなかったロボットだ。ロボットは何も食べず紅白を熱心に観ている。食事を終えるとそのまま紅白を観ていた。パパは日本酒を熱燗で飲みママはみかんを食べながら紅白を観ている。優もぼんやりとクッションを抱きブランケットを肩から掛けて観ている。洋介はもううとうとしている。毎年、新年になるまで起きて神社に初詣に行く、と意気込んでいるけれど眠ってしまい、朝起きて文句を言うのだけれど、今年こそはと言っていたけれどダメみたいで、風邪をひくからベッドで寝なさいと言われて起きて首を振るがダメで完全に眠ったのでロボットがベッドまで運んだ。紅白が終ると外からバイクや車の音が聞こえて来た。さらに人の歩く音や話声や笑い声まで聞こえて来る。もう初詣に参拝するのだ。除夜の鐘もお寺から聞こえて来る。優は初詣に行って来るとダウンを取りに行ってそれを来てサンダルで外に出た。真っ暗だけれどよく車が通りライトが目立つ。ロボットも行くと言って二人で行った。やだな、と思うけれど否定も出来ないのでただ歩いた。神社にはたくさんの人が集まっている。火がたかれていて、酒がふるまわれている。悟が友也と来ていた。良は来てなかった。ロボットと帰るとママが入れ替わりに行った。パパは毛布を掛けて眠っていて、テレビをつけっぱなしだ。優はあくびをしながら二階に上がりベッドに転がって布団を掛けた。まだ起きていたい。テレビをつけようかと思うけれど、止めてラジオにする。たまに聴いている憧れの女優澤村綾乃のラジオは新年にやっているのかな? とラジオのスイッチを入れると声が聞こえて来た。
「新年あけましておめでとうございます澤村綾乃です。本年も澤村綾乃とこのハニービートをよろしくお願いします、ははは、去年は大変な一年でした。もちろん、いい意味でですよ、ふふふ、みなさんはどうでしたか? 嫌な事があった人は今年は良い年になるように、いい事があった人はそれを継続させてさらにもっと良い事がありますように、みなさんはどんな一年にしたいですか? 私は? と言う事で今日は今年の抱負を語りたいと思います。それでは最後までお付き合い下さいね。私から素敵なお年玉もありますよ」
 コマーシャルが流れた。優は眠たくなったけれど布団にもぐって暗い部屋で聴いた。
「去年は私、写真集を出しまして、カレンダーも出して買ってくれた人も多いのではないかと思います。写真集はおかげ様でよく売れて評判でしたけれど、家族からは不評でした。文句を言ったのは公務員の兄でして、胸が小さいだの、水着が少ないだの、これじゃあ、ファンが喜ばないとうるさかったんです、でも、妹の水着姿って言われても、ま、兄はファンのためだと思ってそれはちゃんと意見として受け取りました。カレンダーを送ったら市役所の友人に上げて、他にも欲しい人がいるからもっとくれと言うので買ってよ、と言いました。あ、それと去年は連続ドラマの主演をやらせてもらいました。大変だったけれど楽しかったです。今年は主演の映画ももう決って春にはクランクインします。秋に公開するので楽しみにしていて下さいね。他にはバラエティ番組のレギュラーもやったり、さらにこのラジオも始まってとても充実した一年でした。今年も充実した一年になりそうです。プライベートでは全国のラーメンを食べ歩きたいと思っています。もちろんみなさんも綾乃ラーメン調査隊の一員として詳しい情報の提供を待っています。あ、それとスポーツはジムで得意の水泳をやっているのですが海峡を渡りたいとマネージャーさんに言ったら危ないからと反対されていましたけれどやっとオッケーが出ました。という事で今年の夏泳いで海峡を渡ります。それがテレビ番組として放送されますのでみなさんぜひ観てください、あとはですね、ドライブでいろんな所に行ってみようと思っています」
 優はいつの間にか眠っていた。眼が覚めるとラジオのスイッチがオフになっていていつ消したのだろう、と覚えてはいない。眼覚めは早くパチッと眼が開いた。カーテン越しにオレンジが差し込んであわてて裸足のままサンダルを履いて外に出るとちょうど初日の出が上がっていてあわてて手を合わせて眼をつぶった。空気は冷たいけれどオレンジが全身にあたりそこだけ温かく感じた。中に入ると足が冷たかった。リビングで笑い声がするので覗いた。するとロボットが朝からテレビを観て笑っていた。
「あら、優さん早いですね。おはようございます」とロボットは優に気づいて言った。
「あんた、ずっとテレビ観てたの? 」
「はい、いやあ面白いですねえ。ずっとテレビやってるんですから」
「おはようございますじゃなくておめでとうございますっていうのよ」
「ああ、そうですね。おめでとうございます」とロボットは立ち上がっておじぎをした。
「おめでとう」と優は重い瞼で言った。外に新聞配達のバイクが通り過ぎる音がした。もう一度外に出るともう新聞が来ていたのでそれを持って入った。いつもより新聞は厚くて広告がたくさん入っている。それを持ってリビングに行くと暖房がついていない。ロボットは寒くも暑くもないから暖房をつけてないのだ。優は暖房を入れて先にトイレに行ってキッチンでミルクティーを温めてカップに入れて持って行き新聞を読みながらテレビを観た。ママが降りて来て雑煮の準備を始めた。パパと洋介も降りて来てリビングに集まった。洋介はなぜ、起こしてくれなかったの、と文句を言った。ママが餅を何個食べるか聞いて来た。
「パパは? 」
「八個だ」
「僕、三個」
「優は? 」
「私は五個」
 ママが作る雑煮は丸餅をお湯で柔らかく煮る。出汁は昆布と鰹節、それに細く切った人参、輪切りにしたねぎでとって醤油を入れる。最後に茹でたホウレンソウと味付けのりをのせその上にかつおぶしを掛ける。餅を海苔やホウレンソウで巻いて食べるのが美味しいのだ。テレビを観ながら雑煮を食べた。洋介は子供会で初詣があり出掛けた。外からは朝から初詣に参る人や車の音で賑っている。ロボットも初詣に出掛けた。パパは町内会の新年会があり出掛けてママと優はテレビを観て過ごす。バイクの音がして年賀状が届いた恵、華、美沙はもちろん、学校の友人達からたくさんの年賀状が来た。親戚からの年賀状もある。ロボットにも来ている。そういえばロボットも年賀状を出していたと優は思い出した。久美叔母さんからも来ていた。久美叔母さんはパパの妹で大都会で一人暮らしをしている。優をとても可愛がっていて、毎年春か夏にこっちに泊り掛けで遊びに来る。去年は春に遊びに来て優とママの三人で近くの温泉に泊まりに行ってエステをやった。ロボットが来るちょっと前の話だ。年賀状には今年は優が進学だからこっちに大学見学に来なさい、待っているから、と書いてあった。優はぼんやりとそのように考えていたので、夏頃に泊まりに行こうと思った。
 優は改めて初詣に出掛けた。着物姿の若い女性が多く白いファーを肩につけて破魔矢を持って歩いていてみんなうれしそうに笑っている。おみくじを引いた中学生ぐらいの女子達が騒いでいて、大吉だ、中吉よ、と喜んでいる。外は晴れていて美しい。神社の社務所では二人の女子校生と神主が忙しそうに破魔矢やお札お守りを買う参拝客の相手をしている。二人の女の子は色白で優の一年下の夢ちゃんと里ちゃんだ。赤い袴を履いて白い着物を着ている。二人とも色白で美しい。夢ちゃんの顔には小さいほくろがあってそれが色白で美しい。優はお守りを買おうと思った。
「優ちゃんだ」と里ちゃんが言った。
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
「お守りちょうだい」と優はお守りを買った。二人は小さい頃よく優と遊んでいて二人を弟子のように扱っていた。二人ともよく会うけれどすっかり大人になったと優は思うのである。
 家に帰ってママとテレビを観ているとロボットが帰って来た。
「いやあ、素晴らしいね、お正月って、ママ」
「そうお」
「うん、みんなシアワセそうな顔してますよ。でも、あれですね、凧揚げやかるた羽根つきやこまやらないんですね」
「やる訳ないじゃん」と優は冷たく言った。
 洋介が帰って来て三人でおせちを食べる。おせちはあまり美味しいくはない。ママはソファで昼寝をする。そのそばでロボットと洋介と優はテレビを観ながらトランプをやった。翌日の朝は空手の初稽古に行き午後からは恵と美沙が遊びに来てロボットを入れて麻雀を夕方までやった。華は海外旅行に行っている。美沙は翌日は家族で温泉に行くと言った。三日めは暇でずっとテレビを観ている。パパはパチンコに行きママは近所にお喋りに出掛けた。優は雑煮を食べてテレビを観て昼にはカップ麺を洋介と食べてテレビを観ていると外に出たくなりパーカーの上にフリースを着て雪だるまみたくなって外に出掛けた。ロボットと洋介もついて来た。橋本のおじいちゃんの家に行った。炬燵とクーラーがついている。炬燵がとても温かい。カレンダーも新しくなっている。銀行からもらった物で数字の上の写真は各地の風景になっている。壁に掛っている時計の秒針が時を刻む音がやけに耳に着く。テレビではアイドル軍団が芸人を仲間にしてゲームをやっている。洋介とロボットはゲラゲラと笑っていておじいちゃんもテレビを観ている。優はテレビに対して横の部分だ。フリースのポケットに手を入れパーカーを頭にかぶり、そのまま仰向けになって畳に寝転んだ。天井を見た。あれ、涙が眼尻から横に流れているのに気いた。こそばゆいけれどポケットに入れている手を出すのも面倒だ。テレビと洋介とロボットの笑い声と時計の秒針が催眠術のようになってうとうとして優は眠った。
「お姉ちゃん帰ろうよ」と洋介に言われて眼が覚めた。起きてパーカーを頭から外した。喉がカラカラだったけれどおじいちゃんが出してくれたチョコを一粒食べた。テーブルの上には洋介とおじいちゃんが食べたみかんの皮がある。甘さが喉に刺さり残っている。おじいちゃんが出してくれたジュースを飲んでそれを洋介のグラスと一緒に台所に持って行った。台所の柱には命名と書かれた札が貼ってある。美幸と書かれている。この間、遊びに来たひ孫の名前だろう。他にも台所にはひ孫を抱いた孫や孫の写真があるのに気づいた。優は寂しい台所でグラスを洗った。木のまな板が縦に置かれている。茶碗やお椀がある。部屋に戻った。これから帰って夕食はファミリーレストランに行く。おじいちゃんは一人だろう。部屋からはテレビの音が聞こえている。お正月のバラエティでタレントの笑い声が聞こえる。誘ったら来るだろうか? パパもママも怒らないだろう。私達家族とおじいちゃん。別に変ではない。ロボットだって食べないのに来るのだ。本当のおじいちゃんみたいで周りもそう思うだろう。おじいちゃんは何を食べるのだろう。だいたい私達はハンバーグだ。パパもママもおじいちゃんと何か話をしながら食事するだろう。何を喋るの? いつものように洋介はナイフとホークを持ってハンバーグを食べ私達も黙って食べる。何か喋るの? 特別な事? おじいちゃんを私達はじっと見ている。私の考えは間違っていると優は気づいた。台所を出ておじいちゃんにあいさつをして帰った。
「どこ行ってたの? 」とママが聞いた。
「おじいちゃんのとこ」
 優はコートのポケットに両手を入れ後ろの席で窓ガラスにおでこをつけて流れる夜の街やすれ違う車を見ている。ファミレスは混んでいた。孫と楽しそうに食事をするお年寄りがたくさんいる。祖父が生きていた頃を想い出した。食べ終えて外に出た。寒かった。パパがエンジンキーを廻すとラジオが流れた。
「おじいちゃんおばあちゃんお年玉ありがとう、今年は女の子がまた一人増えました。春には桜を観に長女を連れて帰ります、と主婦の方からの年賀状です。えーとこの方のおじいちゃんとおばあちゃんにあてた年賀状でしょうね。だから産まれたのはひ孫さんになるのでしょう」
「そうでしょうね。おじいちゃんもおばあちゃんもうれしいでしょうね」
「孫はかわいいですからね」
「娘さんが生まれて喜んだでしょう? 」
「ああ、私の両親ですか? もちろん、嫁の実家の両親も初孫ですからとても喜んで車で一時間ぐらい離れてますけれどよく面倒見に来てくれますよ。そのたびにたくさんお土産くれてとても助かってます」
「私は兄がいて結婚してますけれど子供がいないですから、私の両親は寂しがっていますね」
「最近結婚したのですか? 」
「いや、もう8年ぐらいになります」
「そうですか、じゃあ、丸尾さんが早く子供を作らないとね」
「その前に結婚です。誰かいい人いたら紹介して下さい」
「そんな事言っていいんですか? たくさん来ますよ。もてるんだから」
「そんな事ないですよ。私もてないです」
 優は隣に座っているロボットがうっとうしかった。
 
 優はママに叔母の家に春休みを利用して大学見物がてら遊びに行きたいと言った。それをパパに話すとパパはあまりいい顔をしなかった。パパは自分の妹なのにあまり叔母の事を好きではない。それとやはり一人で行かせるのが不安だった。
「大丈夫よ、もう高校生なんだから。でも優はすごく方向音痴だから」とママ。
「一緒に行ったらどうだ? 」
「私? 私は仕事があるじゃない、洋ちゃんは? 」
「僕いい、めんどくさい」と洋介はテレビを観ながら答えた。
 優がお風呂に入っている間に付添としてロボットが行く事になった。ロボットもいろいろと観光がしたいと言う。優は何で? とパパとママに抗議したがいいじゃない、と諭された。けれど自分が方向音痴だと分っているのでそれ以上は言えず、決まった。
 
 まだ寒い日が続いている。山に囲まれた街には冷たい風が残っている。三月の終わりでやっと桜の木につぼみが着き昼間は温かくなった。おしゃれをして準備した。駅までママに送ってもらった。ロボットももちろんいる。車から降りてママに手を振った。駅の売店でお土産を買い切符を買って改札を通る。ロボットとは会話などせず、切符を買うのも自分の分だけ買った。ホームには列車を待つ人がいる。朝早い時間でこらから会社に行く人もいたり、春休みでどこかに出掛ける優と似たような学生もいる。そんな中に良もいて優は驚いた。背中にリュックを背負っている。良は古都にある国立大学に見事合格したのだ。
「今日から? 」
「いや、イロイロ手続きがあってね。またすぐ戻るんだ」
「もうアパートとかは決ったの? 」
「うん、大学の近くに六万円の一部屋のアパートだよ」ロボットは良を見てうれしい。列車が来て四人掛けの席の窓際に優と良が向かい合って座りロボットは優の隣に座っている。列車は重くゆっくりと動き始めた。優はこれから大学見学に叔母の家に泊りに行く事などを話した。本当は一人で行きたいけれどロボットが観光したいなどと言ってついて来ていると不満をもらした。イロイロ優は話をした。いつもなら緊張して自分からはあまり喋れないのだけれどなぜかこの日は喋りたい事がたくさん浮かんだ。時間はあっと言う間に過ぎて新幹線に乗った。自由席だったので三人で窓際にロボット、真ん中に優、通路側に良が座った。良は弁当を買い、優はサンドイッチを買って食べた。
「美郷さんとは遠距離恋愛するの? 」美郷は悟の大学がある大きな街の市役所に就職する。
「そうなんだ。遠いけれど、車やバイクだと三時間だからね。ま、学生は休みが多いからしょっちゅう帰れるから、僕も車もそうだけどバイクの免許も取るつもりだから、バイクで多分帰ると思うんだ」
 優は美郷を後ろに乗せて走る良の姿を思い浮かべた。ロボットは自分はバイクに変化出来てバイクに変化して良とツーリング姿を想像した。
「優は今好きな人いないの? 」
「いないよう」と優は作り笑顔で答えた。ロボットは優を見てなんでうそをついたのだろう? 眼の前に好きな人がいるのに本当の事言っちゃえばいいのに、どうせ振られるんだから、と思う。
「来年は受験だから恋人がいた方がいいよ。俺も彼女がいて随分と助かったんだ」
 優はぐっと身体を固くしてシートの背もたれに奥深く座った。ロボットは優が小さくなったと思う。ロボットは身体を起こして良の方を向いた。
「優さんは良さんの事が好きなのですよ。もうずっと前から」とロボットが突然言ったので優は瞳孔を思い切り開いて見た。恥ずかしさ、驚き怒りなど様々な感情が入り混じっていてでもやはり怒りが大きいけれどロボットと二人切や家族の前ならロボットを罵倒したり暴力を振う事も出来るけれど良がいるから出来ず、頭が混乱して何を今言えばいいのか言葉が浮かばない。良も驚いて黙っている。三人の席だけ空気が違っている。周りは変わりなく音楽を聴いている若い男性、ゲームに夢中の子供、ぼそぼそと会話を楽しんでいるカップル、眠っている夫婦、雑誌を読んでいるサラリーマン、景色を見ている若い女性。車内でみんながすごすようなすごしかたをしているけれどこの三人は告白をしている。
「私も良さんの事好きなんです」とロボットは告白してみた。ロボットは食べたり飲んだり眠ったりする肉体的な感情はない。太陽エネルギーで動いているので太陽の光を浴びてそれを補充すれば動ける訳だ。ただロボットを作った産みの親の優の祖父は心の感情を入れた。それは人間とともに生活していくと感情も成長する人間と同じだ。つまり羞恥心はあってこの場合告白する状況ではないけれどあっさりと言ってのけた。なぜか? それは告白するこんな状況はあまりないだろうと思ったからだ。
「愛さんは男でロボットだからな」と良は照れて笑いながら言った。
「いえ、私は外見は男性だけれど中身は女性なんです。それにロボットとか人間なんて関係ないでしょ」優は調子に乗ってる、とロボットを睨んだ。良は固まっている。コツコツとブーツを履いて揺れている車内を若くてキレイな女性が通路を歩いて行った。
「あ、あの私、良君の事、空手の先輩として尊敬して憧れているって意味でロボットに言ったんです。それを勘違いしちゃったみたいで、だから異性として好きって言う意味ではないんです」と優はやっと言い訳が思い浮かんで声のトーンを落としながら言った。
「ああ、そうなんだ」と良が少し残念そうに言ったのにロボットも優も気づいた。
「そんな事ないですよ異性として好きなんです。だって、美沙さんや恵さんが言ってましたもん」
「ちょ、ちょっとさっきから何言ってるの」と優が怒った。
「好きだけどかわいい恋人がいるからあきらめているだけなんです」
「いい加減な事言わないで」
「いいじゃないですか、この際本当のこと言っておけば、別に良さんも悪い気はしないでしょ、それにどっちみち素敵な恋人がいてもいなくても振られるんだから」とロボットが吐き捨てるように言ったので優は眼を剥いた。ロボットは自分に対して悪意に満ちていると気づいた。良は二人の空気が険悪なのに気付いた。
「本当かどうか分らないけれど、でも、うれしいよ」
「ウソです、ウソです。私良君の事大好きだけど、恋人になりたいとかそういうのではないんです」
「ほら、別に優さん振られた訳でも嫌いって言われた訳でもないでしょ、だから、良かったじゃないですか」
 優はロボットを睨んだ。良君が駅で降りたら、自分達が新幹線から降りたらどうなるか覚えておけよ! と優は心に誓った。
 山の緑には桜が咲いている場所もあったり、風景には緑が増えている。三人は黙っていた。ロボットは外を見ていて、優は固く口を閉ざしてすぐ眼の前をじっと見ていて、良は通路の向こう側を見ている。
「そっかあ」と良がぽつりとつぶやいた。その良の横顔を優は見た。新幹線はゆっくりと速度を落として停まった。数人の乗客が降り、数人の乗客が乗って来た。新幹線はまたゆっくりと動き始めると走り出してさらに加速した。良は優の方を向いた。優はそれに気づいて良の方を見た。優は良に見つめられているみたいに思えてドキッとした。
「もし俺が美郷と付き合ってなくて優に告白されたら付き合ってるよ」と良は顔を少し赤くして言った。優はドキンとする。ええ! ロボットは驚いた。外見だけじゃん! こんなやんちゃ娘!
 ロボットは実は良に対する告白は今までいじめられストレスに感じていたのだ。いくら主従関係といえでどもあまりにも屈辱的であった。よく川を見ながら思っていた。自分のそんな複雑な心境をどうしたらいいか整理出来ずに生きていたのだ。あるプロ野球選手がコーチにいじめられ優秀な成績なのにもかかわらずスタメンを外された事もあり、見返してやろうと練習に励んだ。その結果以前よりも成績が上って活躍した。今思えばあの嫌いなコーチがいたからあれだけの成績を残せたのだと思うと現役を引退してから告白しているがロボットは詭弁だと思う。そのコーチがいなければがんばらなかったの? いなかったら優秀な成績を残せなかった? ひょっとしたらもっといいコーチだったらストレスもたまらず野球をする事が楽しくてもっといい成績を残せたはずじゃん。と思うのだ。この場合、ロボットに対して優はその嫌なコーチである。ロボットは優を憎むあまり困らせてやろうと思ったのだけれど裏目に出てしまった。新幹線は加速を続けている。その突き進む方向とは逆の方を売り子がゆっくりと何度もやって来て通り過ぎて行く。
「でも優さんとは付き合ってないと思いますよ。だって優さん、上杉っていう同級生と付き合ってましたから」
 優はロボットを大きな眼で睨んだ。
「あ、そうなんだ」
「はい」とロボットと頷く。
「いえ、その中二の時から三年の途中まで少し付き合っただけなんです」と優。
「私も一度見た事ありますが普通の丸顔で色白の冴えない奴で、どこがいいんだろうって、それなら一途に好きな人の事を思っている方が人間としていいじゃないですか、恋愛に興味があって付き合っただけなんです」とロボットは嫌な顔をして言う。新幹線はトンネルに入り車内は電気がついていえ窓ガラスは暗く車内が映っている。優はロボットの足を左手の拳で良に気づかれないように殴っている。
「優は美人でもてるから、周りの男子がほっとかないだろ」と良は笑顔で言った。いやいや、遠くに行かないで! と優は心の中で何度も首を左右に振った。
「いやあ、人間外見じゃないですよ、心ですよ、いくら美人でもあ、この感じ嫌だなってあるでしょ。やっぱり美人とかブスとか関係なく心が顔に現れるんですよ。だから、上杉ってのに美人だけど軽いなって思われて隙をつかれたんですよ。それにプラトニックじゃないんですよ。キスしてるんですよ。最初の相手があの饅頭の大将みたいな奴ですよ。私だったら笑っちゃって出来ませんよ。大人で何回も経験があるのなら分りますよ。でもファーストキスがあれじゃあ恋してるって友達に自慢出来ませんよ」
「あんた何言ってるの」とさすがに優は怒った。それを無視するロボット!
「上杉って知ってます? 」
「いや、知らないなあ」
「そうでしょ、華さんや美沙さんにどんな性格ですかって聞いたらたいした事ないって言ってましたよ」良は苦笑いする。優は完全にキレて眼が半半開きでロボットを黙って見ている。ロボットはにやっと笑った。優はもうこれ以上はダメだ、とロボットの口をふさごうと手を伸ばすがロボットにその手を払われさらに手首をつかまれる。
「それにキスだけじゃないんです。その小林にやられてるんです。つまり処女じゃないんです」
 良の顔は引きつっている。通路を歩いていた若い女性がチラッと三人を見た。通路を挟んで良の隣の席に座っている弁当を食べているサラリーマンも三人の方を見た。
「この! 」と優は良の前では抑えていた汚い言葉を履いてしまった。
「ま、恋愛だからね」と良は苦笑いするが完全に引いてしまった。商業都市で大半の人が入れ替わり古都に近づいてスピードが遅くなって行く。三人は黙っていた。アナウンスが流れると古都で降りる客がその準備を始める。良も立ち上がり棚に置いていたリュックを降ろした。
「じゃあ、また、優、勉強がんばれよ」と良は二人の前に立って言いリュックを背負って他の乗客動揺に通路に並んだ。良が出て行った。二人はホームにいる良を探した。良は他の人と歩いている。ゆっくりと新幹線が動き出しても優は良をじっと見ていた。
「空いてますか? 」とスーツ姿の中年男性が良が座っていた席を呼びさして聞いた。
「あ、すいません、こっちが空いてます」と優はさっと良が座っていた席に移った。男性は優が座っていた真ん中の席に座り棚にバッグを置いて弁当を食べ始める。優は外を見ながら良の体温の温かさを感じていた。優はロボットに対して完全にぶち切れていたけれども、それよりも良が美郷と付き合っていなくて告白されたなら優と付き合っていた、と言ったのを何度も思い浮かべ考えていた。そうか、私と付き合っていたんだ。優はそればかりずっと考えていた。新幹線は加速して行き、風景はどんどん変っている。優は眠っていた。隣の中年は新聞を読んでいる。ロボットは窓の外を見ながら優に対していろいろ言ってやったのが良かった。ロボットはべーと誰にも気づかれないように舌を出した。
 新幹線を降りて乗り換えのためにホームを探す。緑のラインがついた番号だと聞いている。それにしても大きな駅で人も多くお土産屋が並び興味をそそる。
「それにしてもすごい人ねえ」とロボットが口にしたが優はホームに向かう。電車がちょうど来てたくさんの人もうすでに並んでいた。優はその後ろに並んだ。電車のドアが開くと中から人がたくさん降りて来て優はすごいと思いつつ遅れないように前の人に続いて乗った。もうすでに椅子は埋まっていて優は左手にバッグを持って左手はしっかりとつり革をつかんだ。ロボットは余裕で優のバッグを持ってやろうと手を伸ばした。
「いいよ! 」と優はきつく言った。ロボットはさっと手を引っ込めて心の中で舌を出した。さっきの告白でまだ腹を立てているのだわ、とロボットはふん! と鼻で笑う。電車には降りる駅に近づく程、人が入って来て車内は混んだ。優は息苦しい。前の席に座っている女性は電車のうるさい音や話し声がうるさいのにもかかわらず本を読み、その女性の隣のサラリーマンは眼をつぶっている。優の隣でつり革を持っているメガネを掛けた男性は大きなヘッドホンで音楽を聴いている。こんな状況に慣れるのだろうか? と優は思いつつ窓の外を見る。どんよりと曇っていてビルの灰色のような色に見える。駅に着くと乗降率が多い駅で雪崩のように人が降りて優も続いた。息を知らないうちに我慢していたのか歩きながら大きく息を吸い込んでいた。人の流れはずっと続き走る事も出来ず歩いた。バッグを蹴られた。男性の足にあたったのだが男性は誤りもせず歩いている。優はもちろん何も言わずそのまま切符を持って歩いて行った。外に出た。街には人があふれ待ち合わせをしているのだろうか多くの人が立ち止まっている。さらにどこかに行こうとしている人もたくさんいる。優は乗り換えの地下鉄の出入り口を探して歩いた。ロボットは何も言わずついて来る。何か言うと優は怒るだろうからそれに迷子になってもそれはそれで面白いと思ってるのだ。地下鉄に乗ると席が空いていたので座った。バッグを棚に上げず下にも置かず抱き抱えている。ロボットはドアのそばに立って暗い地下鉄の外を見ている。どこを見ていいのか分らない。前の席に座っている男性と眼が合った。優はつり革の広告を見た。漫画雑誌でアイドルの写真が載っている。駅は六番目でやっとついた。他に降りた乗客は歩いているけれど優は横を地下鉄が流れて行く風を感じながら叔母に電話した。
「あ、着いたの? 」
「うん、今地下鉄のホームの中」
「早いわね、どこかぶらぶらしてればいいのにこっちはまだ仕事だから」
「うん、分った」
 優は電話を切るととぼとぼと歩いた。後ろからロボットがついて来る。途中に鏡があって立ち止まって見る。ロボットがいても構わない。今の自分を見てみたかった。なるほど疲れた顔をしている。階段を上がって改札を出てさらに階段を上って外に出た。ドーナツショップがありそこに入った。オールドファッションとミルクティを買って空いている席に座り、むしゃむしゃと食べた。もっと食べたかった。いや、眠りたくて何度もあくびをした。外に出てまだ時間があるので牛丼屋に入って並盛を食べた。食べ終わるとお茶を飲んだ。六時まではあと一時間以上もある。コンビニの中に入ってぐるりと一回りして外に出た。床屋を覗いた。二つ並んだ席におじいさんが髪を切ってもらっていてその隣ではおじさんが椅子に寝てカミソリでひげを剃ってもらっていた。商店街を歩いた。そこにあるコンビニに何度も入って廻った。カフェに入りサンドイッチとアイスティーを頼んだ。贅沢だ、と思いつつたまの事だから贅沢するんだ。と思った。ロボットは何も言わず、優の前に座っている。やっと携帯が鳴って叔母がもうすぐ着くからと連絡があり待った。優は店を出て待った。叔母が地下鉄の出入口から出て来た。
「すごい疲れた顔してるね。疲れた? 」
「うん。疲れたよ」
「正直でよろしい。あ、こっちが愛さんね」
「初めまして愛と言います」
「わざわざご苦労様ね。疲れた? 愛さんも」
「いいえ、ロボットですから」
「ああ、そうね」と叔母は笑った。優は疲れて溜息をついた。スーパーに寄るつもりだったけれど早くマンションに行きたそうなので叔母はそのまま帰った。キャリアウーマンの中年女性が住んでいる豪華なマンションだ。前に来た時は賃貸の古いマンションだったけれど新しいマンションを買ったのだ。一階で眺めはよくないけれど庭がついていて植物が好きな叔母は庭で花を植えている。夕食は宅配を頼む事になりピザになった。ピザとサラダとポテトが来て叔母と二人で食べた。最高に美味しかった。優は先にお風呂に入るともう眠たくてすぐに眠った。叔母はそんな姪がかわいくて笑った。ロボットと話が合い缶のカクテルを飲みながら叔母は夜遅くまで話をした。その笑い声がたまに優の耳に届いていた。身体は重くずっしりとして布団に沈んでいた。夢を見ていたけれどすべて忘れた。
 翌日は土曜日で叔母について行った。電車を乗り継いで海辺の街に行ってショッピングをして高層ビルから街を見る。海があり、街には建物がぎっしりと詰っている。昼食を食べると映画を観た。アクション物でロボットは興奮して叔母に面白がられた。スイーツを食べまたショッピングをする。叔母が買ってくれるのだ。買った物は宅急便で送るからとイロイロと買ってもらう。夜までいて、とんかつ屋でとんかつを食べる。きゃべつとご飯がお替り自由なので優はそれぞれお替りをした。マンションに帰ると優はすぐにお風呂に入ってすぐに眠った。叔母はお酒を飲みながらロボットを相手に夜遅くまで話をした。翌日も叔母と出掛け街を歩いた。人が多く疲れている。昼はラーメンを食べた。叔母おすすめの美味しいラーメンだと言われた。とんこつラーメンだった。美味しいけれど地元の五目そばの方が好きと思った。夜はヤキニク屋に入った。高い店だけれど叔母は金持だから平気だった。メニューを見ても値段が地元で食べるヤキニク屋の倍はする。
「こんな高い所よく来るの? 」
「よくは来ないけれど友達や後輩とね。さ、遠慮しないで食べてよ。愛ちゃんが食べない分二人で食べるわよ」
 優は分厚くて柔らかい肉をたくさん食べる。いつもなら洋介が狙っていた肉を横取りしてケンカになるけれどそれはなくよく食べた。地下鉄で帰ってスーパーに寄って翌朝のパンなどを買って帰った。
 月曜日は朝から大学見学に行く。朝早くもう叔母は目覚めていてスーツに着替えてメイクも済ませてトーストとスープで朝食を食べながらテレビを観ている。
「おはよう」と叔母は言った。
「おはよう、叔母さん早いね、いつもこんなに早いの? 」
「そうよ、早く行ってイロイロやるの、そうすれば仕事も早く終わるでしょ、朝のラッシュも嫌いだから、いいの、あ、悪いけれど朝食は自分で作ってね、コンビニ行ってもいいから、あ、お金ある? 」と叔母は財布を出そうとしたので、優があるあると言った。
「今日はこの間ぐらいに帰るの? 」
「そうよ、晩御飯何がいい? 今日もどこかに行く? 」
「ううん、私作ろうか? 」
「へー、いいじゃない、じゃあ、優に作ってもらおう。楽しみだわ」と叔母はトーストをサクッと食べてテーブルに落ちたカスを手で払った。叔母はぬるいコーヒーをゴクリと飲むと歯を磨いてバッグを持ち優に合いカギを渡した。ロボットと二人切になると優は冷蔵庫を開け卵とハムを出してオムレツを作りハムも焼いた。トーストにはバターをたっぷりと塗った。甘いカフェオレも作った。家の朝食はご飯とみそ汁なのでトーストはほとんど食べない。トーストを食べながらテレビを観る。やっている番組はほとんど同じだけれどチャンネルをパチパチと変えながら朝食を食べた。歯を磨くとメイクをした。フダンはノーメイクだ。目元がグンと大人っぽくなり、長い髪はやはりいつものようにポニーテールでまとめた。準備が出来るとロボットを連れて出掛けた。地下鉄の駅に行くとこんなにも人がいるのかと思うぐらい電車には人が乗っていて周りはオッサンばかりでイヤになった。乗り継ぎでやっと人が少なくなりそれでも席に座れず立ったままであった。駅に着いて地図を見ながら大学を探した。小春日和で風が冷たい。それでもよく晴れている。春休みだけれどクラブなどで学校に行く生徒を何人か見掛けた。門があった。その奥には小中高みたく運動場はなく大きな建物が奥に並んでいる。これが大学なのか! と優は思う。入ってもいいのだろうか? 後から来る学生は中に入っている。優はそのままロボットと中に入ってキャンパスを歩いた。建物のまわりをぐるぐると歩く。静かだ。女子大なので女性ばかりだと気づく。後ろを歩いているロボットが気になった。いいのかな? と思うけれどもう中に入っているからいいやと思う。女子大生は大人っぽい人もいれば子供っぽい人もいるけれど制服ではくて私服なのでやはりどこか違う。別に何がどうとは思わない。うん、ここで勉強したい、と思う。外に出て門の前で写真を撮る事にする。ロボットに撮ってもらうと大学の外も歩いて駅に向った。早く終ったので遊園地に行く事にする。園内に人は思ったよりも少ない。卒業旅行で来ているような女子のグループが何組かいた。灰色のコンクリートが白く乾いて見える。ときどき、女の子の笑い声や話声が聞こえて来る。園内の池を通る大きな船に乗った。周りの緑は濃く池の水も濃くて周りをその表面に映している。カルガモの親子がすいすいと通っている。かわいい、と女子達が写真を撮っている。優は後ろの方にいて手すりに手を置いて回りを見ている。時間をこうやって流しているだけだ。少し離れて手すりに手を置いて並んで立っている女子二人は自分達の友達の事を話している。今この状況を楽しんでいるようには思えず、あまりにも客観的に人生を眺めているようだ。園内の人気のキャラクターと子供や女子達が写真を撮っている。美沙達と来ていれば自分もああやってはしゃいでいるだろうと思う。朝、鏡を見ながらメイクをした自分の顔を思い出してもう自分は大人になったんだと分った。雲が太陽を隠していたけれど雲間からまぶしい太陽が出てそれが身体にあたると小寒い身体が暖まった。ジャケットのポケットに手を入れていたロボットも太陽からエネルギーをもらえてうれしかった。もうお昼であろう。周りの人達はポップコーンや長いチョリソーを食べてながら歩いている。レストランもあり、家族や女子達が食事をしている。優はハンバーガーを食べる事にする。ロボットが一人でイロイロ見てみたいと行った。優は一人ハンバーガーを食べた。ロボットは園内を歩きながら優め! 暗いんじゃい、と思いつつ、イロイロ周りキャラクターに抱きついたりした。キャラクターはオッサンが一人ではしゃいでいて抱きついたりするので少しビビった。乗り物にも乗った。お城の前でカップルに写真を頼まれた。すると次は女子二人、家族連れに頼まれた。もう、私はカメラマンじゃないのよ! とロボットは憤慨する。優と約束の時間は三十分も過ぎている。急いでレストランに戻った。優はいない。もう、短気ねえ、とロボットは園内を探す。拉致があかないと優の写真をプリントアウトする。体内カメラで保存している優の写真は口から出る。ロボットをロボットであると分っている人はここでは優以外にいない。一時テレビで全国的に放映され話題になったけれどそれもすっかりみんな忘れているのだ。だから口から写真を出している姿を見られるのはマズイので隠れて出した。写真を出してスタッフやキャラクターの写真を見せた。スタッフに迷子の連絡をしたら? と言われたけれど首を横に振った。ひょっとして先に帰ったのかしら? と思う。もう一度レストランに戻ると優がいた。
「あんたいつまでまたせるのよ」
「さっき戻っていなかったのよ」
「トイレに行ってたのよ」といつもならもっと怒られるけれど激しくなかった。外に出ると犬のキャラクターがいてロボットはうれしくて抱きついた。気分も晴れた。そばにいた小さい女の子はオッサンがキャラクターに抱きついているので驚いた。お土産物を選んでいるとパレードが始まった。ロボットは優に許可をもらって見に行った。周りには人が座っている。子供から大人までが楽しそうに手を振っている。楽しい音楽と雰囲気にロボットの気分は最高だった。そろそろ優の所に行こうと思った。お土産物の所にまだいるのかしら? と思っていると優もパレードを見ていた。スプリングコートに両手を入れてじっとパレードを見ている。刑事か! とロボットは思った。ロボットもお土産を素早く買った。優は洋介にはTシャツとペンケース、美沙達にはペンなどを選んだ。電車に乗って座れたので眠った。ロボットに起こされて駅を降りた。若者が集まるストリートにも行く。クレープ屋の廻りは女子達がたくさんいて食べている。みんなうれしそうな顔をしている。優も食べたくなって買った。少し恥ずかしくて食べながら歩く事は出来ず一人でむしゃむしゃとあふれる生クリームを気にしながら食べた。その姿を少し離れてロボットがじっと見ている。もちろん隠し撮りをしているのだ。後でプリントアウトして叔母や帰ったら家族や美沙達に見せるのだ。ストリートを歩いて美沙達にTシャツを買った。買った土産物を手に持って地下鉄に乗る。つり革に捕まっていた。ああ、夕食を作らなきゃと外に出るとスーパーに寄る。朝からギョウザを作る事に決めていた。でもその朝のテンションと違う。ギョウザはイロイロ大変で疲れている優にはきつかったけれどやはりギョウザにする。買った食材はロボットに持たせた。マンションに近づいた。もう夕暮れでオレンジ色が優しかった。ロボットが後ろで停まった。優は振り向いた。
「どうしたの? 」
「ずっとつけてるわ。うしろのスーツの男! ショップでお土産買ってる時いたもの」
「たまたまじゃない? 」と優は疲れているのでなげやりに言った。
「そんな事ないわよ、それに叔母さんに迷惑が掛るじゃないマンションがばれると」とロボットに言われ確かに自分達は帰るからいいけれど、ロボットの言う通り叔母に迷惑が掛るかも知れないと分ったのでロボットと一旦停まってまた二人で歩き始めた。確かにつけられている。
「プリントアウト出来る? 」
「もちろん」
「じゃあ、行くわよ」と優が合図すると二人は走って角を曲った。男も走ってついて来た。男が角を曲ったら、そこにはロボットと優が立っていた。
「あんたずっと俺と妹をつけているけれど何か用か? 」とロボットが言ったけれど男は冷静だ。
「お兄さんですか、それは都合がいい」
「何を! 」とロボットが興奮する。その隣で優はお土産とスーパーのビニール袋を持って冷静に男を睨んでいる。
「ほう、すごくいい。やっぱり、睨んだ顔もキレイだ」と男は気色の悪い事を言った。
「調子のいい事を言いやがって、このスケコマシのストーカーが! 妹はな、キレイかも知れないけれど性格は無茶苦茶なんだよ」とフダン優の前で言えない事をロボットは口にする。
「そんな気の強い女性の方がいいんですよ」と男は笑っている。完全に変態だとロボットは思う。
「お前はマゾか! 一緒に生活していてどれだけ周りが泣かされているか分らないくせに、分ったような事言いやがって」優はロボットにムッとする。
「あの、何なんですか? 私達の事ずっとつけていたんですか? 」と優は冷静に聞いた。
「はい」
「図々しい野郎だ。隣に俺がいるのにさ」とロボット。
「恋人ではないと思ってましたから、だって手はつながないし距離を取って歩いてましたからね、お父様かお兄様と思ってました」
「で、何か? 」
「分りません? 」
「ストーカーだろ」
「まさか」
「図々しいサラリーマン」
「当たってますね」と男は笑いながらジャケットから財布を取り出して中から名刺を取り出してロボットに渡した。
「何だ。堂々と売春をお願いするサラリーマンか! 」とロボットは名刺を見ながら聞いた。
 名刺には横野寛治オーケープロダクション、主任マネージャーと書かれている。優はロボットから名刺を取って見た。オーケープロダクションは聞いた事がある有名芸能プロダクションである。
「聞いた事あるでしょ、うちのプロダクション」
 最近では大活躍している女優の今野夢がいて優も大好きである。
「スカウトです」
「スカウト! あのなあ、いくら妹が男勝りだと言っても女だぞ、プロ野球でやれる訳ないじゃん、あ、ひょっとして俺をスカウトなの? 」
「お兄さん! 外したボケを言いますね」と横野はかなりあきれた。ロボットはスカウトと言ったらプロ野球しか知らないのでマジだったのに、ボケたと思われしかもかなり寒い奴と思われた事にかなり傷付いてへこんだ。
「芸能プロダクションですよ。妹さんは女優に向いている。だからスカウトするんです」
 優はドキドキした。まったく考えていなかった事だ。芸能人? 映画やドラマが好きで憧れていたけれど自分が女優になれるとかなりたいとか思ってもみなかった。自分は大学に進学してその間に地元で就職するかそれともこっちのいわゆる大企業に勤めるかそれを決めてあとはいつか結婚するだろうとそれぐらいしか思っていなかったのだ。思いがけない事に何が何やら分らないけれど心は波打っていてそれがいい事なのかどうなのかいったい何なのかが分らないのだ。
「ハハハ、あんたねえ、見る眼ないよ、こんな意地汚い女が女優、腹が減ったからって立ったまま、コロッケ食べたりさ、饅頭食べたり、この間なんかスプーン出すの面倒だからって指でプリン食べてんだから、下品極まりないのさ」優はロボットを睨んだ。
「どうです、興味ないですか? 」と横野はロボットの言う事なんか無視して優に直接聞いた。
「あのう、私、実は叔母の家に遊びに来ていて大学進学するつもりで朝大学を見学に行ってたんで、あさって帰るんです」
「そうですか、ピュアな所があると思った。クレープを一人で寂しそうに食べている姿がとても良かったから、もちろん、実家に帰って相談して下さい。今決めろって言うんじゃないですから。我々の事を調べてもらっても結構です。もし興味があるんならいつでも連絡下さい、なんならご実家の方に私達が出向いても構いませんから」と横野は優しく笑顔で言った。優はその態度に心が説かれていた。ロボットは嫌な顔をして横野を見ている。
「では、これで、お兄さん失礼します」と横野は言い帰って行く。スーツ姿の後ろ姿を優は見ている。オレンジ色に染まった街に横野の影が長く伸びている。ちょっとした風が吹いている。優のそばを後ろから小さい子供を前と後ろのチャイルドシートに乗せた自転車を濃いでいる若い主婦がそのかごにスーパーで買った夕食の食材を入れて通り過ぎた。優は名刺をじっと持っている。今起こった事は本当だろうと名刺の紙質を親指と人差し指で感じている。でも、どうなるのかさっぱり分らない。早く答えが欲しいのか、それともじっくりと寝かせて結論を出した方がいいのか、それさえも分らない。とにかく、急に心の片隅に思いもしなかった事が置かれてそれが気になって仕方がないのだった。マンションンに向かって黙って歩いた。ロボットは優の後ろ姿を見ながら、いいのかしら? 処女じゃなくって? と考えた。
 ギョウザは丁寧に作った。叔母のために丁寧に作っているのはもちろんだけれど、それ以上にやはりじっくりと考えたいから丁寧だった。この前パパとママが出掛けて昼食は優が作ったけれど、ギョウザのあんの中に和風の出汁の素をたくさん入れ過ぎて味がいまいちだった。洋介もそう言った。今回は味付けを慎重にやった。それと生姜はちゃんと擦った。今まではすでに擦りおろされているチューブの生姜を買って使っていたので風味も辛みもいまいちだった。焼いたのを味見した。美味しかった。久し振りに美味しいギョウザだった。ギョウザを初めて作った時は生姜をちゃんと擦って丁寧に作った。その時、すごく美味しくて感動したから、ギョウザを何度も作って来たけれど、どれも初めて作った時よりいまいちだった。でも今回はすごく美味しく出来たのでうれしい。他にキュウリの浅漬けを切り、スープと惣菜のマカロニサラダとハムが並んだ。叔母も美味しいと褒めた。叔母にスカウトの話をした。
「優はどう思ってるの? 」
「う、うん。だって考えてもみなかったから」
 叔母はスープを飲んだ。スープには白菜とギョウザのあんの残りを入れている。ハムもサラダもきゅうりの浅漬けどれもどれも美味しい。
「興味ある? 」
 優は答えられない。ただ、ギョウザを思っていた以上に上手に作れた事を叔母に褒めて欲しい。
「やってみたいと思っているのならやってみたら。そりゃどうなるか分らないけれどこんなチャンスってないんだから」
 ロボットはソファに座って不機嫌な顔をしてテレビを観ている。
「チャンスをつかむ事ってどれだけ大変か、みんなそれで苦労しているのよ。チャンスは逃さない方がいいの。迷ってるって事は興味があるんでしょ」
 ギョウザは二人でぺろりと食べた。叔母がもらった名刺の所に電話を掛けた。事務所には横野がいて叔母と話をした。本人も迷っているけれど何突然の事なので、それに親にはまだ何も話していないので帰ってから相談するから、と答えた。もちろん、横野はその通りだと承諾する。そのような話を横野としたと叔母は優に言った。優は説明を聞いた。眠たくなりお風呂に入ってベッドにもぐるとイロイロ考えたけれどすぐに眠った。
 翌日もロボットと出掛けた。どこも人が多く疲れた。カフェに入り抹茶ラテとショートケーキを頼み窓際に座り繁華街を行きかう人の流れを見ていた。ロボットはイロイロ行きたがっているようなので、行って来たらと言うとロボットは喜んで一人で行った。ビルの壁には大きなポスターが貼ってある。ドラマの番宣のポスターで今野夢が女子高生役で男子高校生役の俳優と主演で並んで写っている。いい女優になると横野は言った。本当だろうか? クレープを食べている姿を見られたのだ。恥ずかしくて一生懸命早く食べていただけなのだ。抹茶の苦味が喉を通った。ファッションビルには同い年ぐらいの女の子が春休みという事もあって平日にたくさんいる。赤いカンカン帽をかぶり、マスカラをたっぷりとつけた女の子と眼が合った。かわいいと思う。女の子は優の事は気にせず服を熱心に選んでいてもうすでに大きな袋を持っている。優は疲れて外に出て近くに漫画喫茶があったので漫画を読んでいると眠くなったのでそのまま眠った。眼が覚めるとロボットとの約束の時間が近づいていたのでまたカフェの前に行った。ロボットはお金を持っていて飲食はしないのでイロイロ買っていた。二人で街を歩く。裏通りにある叔母が言っていたおしゃれな靴屋に行く。裏通りにはあまり人はおらず、それでも料亭やお店があり大きなバイクなどが停っている。
「そんなに買って」
「自分のお金だから」
「そうだけど、もったいない服ばっかり、家にもたくさんあるじゃない。女装した時の服もあるんだから、身体が大きいから誰も着れないのよ」
「いいんです」
「そんなロボットなのにおしゃれなんか気にしちゃって」
「ひどい、ロボットだっておしゃれします」
「だいたいロボットってぬいぐるみみたいなのが良かったのよ分りやすくて、人間そっくりじゃあかわいい事ないじゃない」
「かっこいいじゃない」
「かっこいいっていらない要素よ。ロボットなんだから。子供達に慕われる要素を持ってないと人気者になれないわ。ロボちゃんとかみいなのがいいのよ」
「またその名前を言う! 私の前でその名前を言わないでよ」とロボットは激怒した。
 ふふ、と優は笑う。眠って元気が出たのだ。それにロボットをからかうのは楽しい。
「自分だって! 」
「何よ。私が何? 」
「女優だなんて」
「いいじゃない、私美人だもん。美人だからスカウトされたのよ」
「美人だからって中身が大切だと思うわ」
「中身もいいじゃない。どこがいけないのよ」
 ロボットはじーと優を見下した。優はじーとロボットを見上げて[中川1][中川2]いる。
「性格ブス」
 優はロボットが口答えならまだしも悪口を言ったので蹴って蹴って蹴った。
「オカマのくせに! 」ロボットは眼を向いた。
「それは言わない約束でしょ」
「そんな約束したおぼえないわよ。このオカマ」
「うるさい」
「のっぽのオカマ」と優の方が優勢だ。うーとロボットは唸った。
「非処女」優は眼を向いた。そばの公園の手すりに腰掛けて携帯をじっと見ていたスーツ姿の営業の男性が驚いた。ロボットは優の勢いが止まったのを感じた。
「上杉にやられたくせに! 」とロボットが言うと優は眼をさらに向いてロボットに飛びかかり首を絞めた。ロボットは手すりに背中をあてて優の力に圧倒され背中が曲がるけれど両手に袋を持ったまま盛り返す。まさしく昭和プロレスの場外乱闘だ。そばにいた営業マンは止めていいのか、女の子が襲われているのならすぐに止めるけれど逆で女の子が男性の首を絞めているので何が何だか分らず見ている。
 灯りがともり、信号や車のライトが闇夜を騒がしくさせている。叔母と待ち合わせて叔母が仕事が終り合流した。若者の街の隣は環境ががらりと変って静かな大人の街だ。叔母はイタリアンに行こうと誘った。おしゃれな店だ。薄い生地のピザやねっとりしたクリームのパスタが美味しかった。叔母はワインをよく飲み顔を赤くしている。ロボットとキスやセックスの話ばかりしている。
「愛ちゃんキスした事ないんだ? 」
「もちろんですわ。でも憧れって大切だと思う」
「そりゃそうよ。じゃあ、大切にしないとね。どんな人とするかな」
 何を話してんだとこのオカマロボットは! 叔母も叔母である。優はあきれて食べている。電車には乗らず隣の街まで歩いて戻った。さらにその裏通りを歩いた。叔母が美味しいシュークリームの店があると言うので三人で歩く。裏通りは飲み屋が多い。観光に来た金髪の外国人カップルがカメラとガイドブックを持って飲み屋の前に立っている。ラーメン屋があり立ち食いそば屋もあって、焼き鳥屋の前を通ると煙が見えていい匂いがする。待ち合わせで携帯を見ている女性やグループでどこの店に入ろうか迷っている人達がいる。銀行の前の花壇のコンクリートには近くの料理人が休憩に来ていて白い長靴を履いてタバコを吸っている。その隣では金髪の外国人男性が座りそばにリュックを降ろしてコンビニで買って来た缶ビールを飲んでいる。長い髪で髭が伸びている男性の浮浪者が乳母車に荷物を載せてそれを引きずって歩いている。シアワセそうな恋人が通り過ぎた。特別な街、変な組み合わせの自分と叔母とロボットの三人で歩き、特別な時間をすごしているのではないかと優は思うのである。それはきっと昨日、横野が現れスカウトされ、叔母にやってみろと言われ、曖昧であった未来が少し見えて気がして成長したからであった。繁華街から離れたけれど国道の大通りに出た。バスのターミナルからバスが出たり戻って来たりしていて、車の通りも多い。信号待ちで同じ会社のバスがターミナルに向かって三台も並んで待っている。優はその乗客を見た。つり革をつかんでいる人がいて前を向いて座っている人がいる。決してうれしそうではない。自分も普通の顔をしているけれど、いい時間を過ごしていると感じている。シュークリームを売っている店には人が並んでいた。シュークリームを四個買った。
「カラオケ一時間だけ」と叔母に言われ付き合う事にした。叔母はカラオケが好きである。優もママや美沙と美沙の母親や華や恵とカラオケにはよく行く。けれどロボットの前で歌うのはどうかな、と思う。
「私はいいわ」
「ダメよ。歌も歌う事になるかも知れないじゃない」と叔母に言われた。ロボットも生意気によく歌う。優が好きな外国人の女性ロック歌手の歌を上手に歌いやがり優はこいつ、自分がいない時に勝手にCD聴いているな、と思う。叔母はご機嫌でロボットと肩を組んでデュエットしたりした。結局三時間もいて叔母は酔っ払っているのでタクシーで帰った。タクシーの中で運転手に遠回りしたらこの人が殴るから、とロボットの事を言い、運転手を脅した。かわいそうな運転手さんと優は思う。ロボットは冷たい眼で運転手を見ていて運転手は大男に見られてビビッていて思っていた以上に早く着いた。お金は優が払った。叔母はシャワーを浴びるとすぐに眠った。優もシャワーだけにして浴びてからシュークリームを一個だけ食べながらテレビを観ると歯を磨いて眠った。
 朝早く眼が覚めた。朝食を食べ叔母と一緒に出た。外はまだ青白く空気が冷たい。住宅街を静かに三人で歩く足音が響く。駅に近づくと学生やら仕事に向かう人達が歩いていてみんな黙っている。優の地元みたく知り合いではないのでみんなあいさつなんてしない。地下鉄に乗るとまだ七時前なのにもう席には座れなかった。叔母とつり革を持って立って並ぶ。女性専用車両になったからロボットは隣の車両に一人だけ乗っている。
「スカウトの事何かあったら私に言いなさい。兄さんには私が言ってあげるから、義姉さんは多分反対しないと思うから」
「うん」
 車内は静かで暗闇を走る電車の音だけが耳に入る。女性達は眼を閉じたり音楽を聴いたり、携帯をいじったり一人の時間を過ごして目的地までいるつもりなのだ。優にはそれがとても深く暗い静かな寂しい事だと思えた。叔母と別れて電車を乗り換えてロボットと二人になった。二人とも黙って混雑した車内に立っていた。新幹線の駅に着くとようやくほっとして車内で食べる駅弁やお菓子を選んだ。新幹線が動き始めた。窓際の二人掛けの席に座った優はゆっくりと動き出す巨大な箱の中でごろんと背もたれに後頭部をつけ正気を失ったみたいな眼で窓際の方をむいていた。そこには他のホームで待っている人達やビルや空などがあるけれどすべて時間が過ぎて行く過去そのものだと思えた。新幹線が加速するとゆうべ寝不足であったからすぐに眠りに落ちた。隣では雑誌や新聞をたくさん買ったロボットがスポーツ新聞を読んでいた。隣の景色を見ながら優もその中にいる。優がよく眠っているのを確信してエッチな女性の裸が載っている記事を読んだ。
 家にようやく着くと一人いた洋介が甘えて来た。お土産に買ったチョコクッキーを食べている。優はそのまま隣の立花のおばさんの家にお土産を渡して来てさらに橋本のおじいちゃんの所にも行った。帰って優もチョコクッキーを食べているとママが仕事から帰って来た。ママが夕食を作り始めた頃を見計らってスカウトの事を話した。名刺も見せて叔母がちゃんと電話で確認を取った事も話した。ママは冷静だった。
「やってみるのはあなたが決めればいいとは思うけれどパパが何と言うか、パパは大学を卒業したらこっちに戻って来て就職して欲しいと思ってるんだから、反対すると思うけど、ちゃんと説明しなきゃダメよ」
「うん」と優は冷蔵庫にもたれながら元気なく頷いた。ママの言う事は優自身すごく分っていてだからすごく悩んでいるのだ。でももう自分の心は決っていた。パパが一人で遅い晩御飯を食べていると優が降りて来てスカウトの事を言った。やはりパパはいい顔をしなかった。ずっと考えていて、もう少し考えようと言った。翌日、美沙、恵、華を呼んでお土産を渡した。スカウトの事をとても言いたかったけれど止めておいた。言ってダメになった時に恥ずかしいと言う事もあるけれど、喋ってしまうとダメになりそうな気がして黙っていたのだ。それだけもう優にとってはこの事はとても大事でデリケートな事になっていた。地元の桜はもう満開を迎えた。桜がたくさんある美咲公園では昼間から桜の木の下にビニールシートを敷いて花見をやっている人達がたくさんいた。連日良く晴れ温かかった。風が良く吹いて花びらが舞った。野球場では地元の高校の練習試合が行われ、散歩に来た人が桜を見たり、野球を観ていた。金曜日の夜はパパは会社の人達と花見をする。ロボットも手伝いに行っている会社の人に誘われて夜桜の花見だ。優は空手から帰って来て一人で食事をした。夜遅くタクシーでパパがべろんべろんに酔っぱらって帰って来た。ロボットは帰ってない。洋介はもう眠っている。ママと優が二人でパパを介抱する。
「優、お前本当に女優になりたいのか? 」と優は耳元でパパに言われた。酒臭く顔を優はしかめた。パパを寝室までママと運んだ。パパはベッドのそばの床にスーツ姿で座った。頭をうなだれている。
「やりたいのならやれよ。でもなあ、俺の気持は大学はあっちでいいけど就職はこっちでいいだろ、それで結婚して近くに住んで子供産めばいいと思ってるんだ。でもなあ、お前がやりたければいいさ。それはいいんだ。俺はずっとパパなのだ。パパはずっと優のパパなんだ」
 優はママと眼を合わせた。階段を一人ゆっくりと降りて行った。壁に少しだけ指をすべらせながら降りた。白い壁のざらつきを指に感じていた。ロボットは一人夜中の静かな街をゆっくりと歩いて帰っていた。見上げると星空がきれいだった。この間カラオケに行った時に叔母が歌った懐メロを口ずさみながら帰った。
 翌日の朝早くママは弁当を作っている。ママの会社の花見が行われる。優が洋介とママの作ったおにぎりを食べていると二日酔いのパパが降りて来た。リビングでパパはテレビをつけて新聞を読みながら苦いブラックコーヒーを飲んでいる。昨日の事パパは忘れているのだろう。でもあれが本音なのだ。お昼になって美沙と恵が来てタコ焼きを作った。パパは洋介の野球の練習を観に行っている。ロボットは会社の手伝いに行っている。翌日に美沙と花見に行く約束をした。恵は彼とデートである。翌日の朝、美沙の家に材料を持って行き、華と桃も来て四人で弁当を作り美咲公園に行った。日曜で良く晴れ桜は満開で人であふれていた。何とか場所を確保して四人で弁当を食べた。青いビニールシートから出た四葉のクローバーがあり、桃が見つけた。美沙がいいことあるんじゃないと言った。美沙達と別れて家に帰った。洋介はロボットと友達の家に遊びに行っている。ママに呼ばれてリビングに行った。そこにはパパがいた。
「本当にやりたいんだよな? 」とパパにスカウトの事を聞かれた。
「多分」
「優だって考えてもみなかった事だから曖昧よ」
「うん。まあ、やってみるがいいさ。チャンスなんだから。チャンスは滅多に来ない。来ない人もいる、気づかない人もいる。だからチャンスは絶対逃しちゃ行けないんだ。絶対後悔する。後悔するのはよくない。それを引きずって生きるからな、それは思い出すために不幸になる。すべてそれが原因にだと思うようになるんだ。だから、パパやママの気持とは別だ。ただ、そういう事を大切にして生きて欲しいんだ」叔母さんと似たような事を言う。やはり兄妹だと優は思う。
「パパと私は賛成したけれど、まだ決った訳じゃないからね。叔母さんが確認したって言うけれど、まだその人が本物のプロダクションの人か決ってないんだから。それにあなたが成功するとは限らないでしょ。ダメだった時の事も考えなければ行けないの」優はそれはそうだと心の中で頷いた。
「それでママと相談したんだけれど条件があるんだ」優は少し喜んでいたので、驚いた。
「厳しい世界だから覚悟をしておいて欲しい。そのためにも大学に行って欲しい。だから、大学に合格するってのが条件だ」ああ、それか、それが条件なら、いいと思う。
「うん」と優は頷いた。
「だから、大学生になってからそっちの仕事もやればいいだろう」とパパが言った。ようやく家族での結論が決った。パパが改めて名刺の電話番号に電話を掛けて確認して決った事を横野本人に伝えた。
 横野は約束通り土曜日の飛行機でやって来た。横野だけではなく部下の今田という若い男も連れて来た。洋介は興味があったけれど友達と約束があり、それにどうせ大人同士のつまらない会話なので自転車で出掛けた。それとすれ違うようにタクシーが家の前にやって来て、横野と今田が降りて来た。リビングには優、パパ、ママがいてそれにロボットもいる。横野と今田はパパとママにそれぞれ名刺を渡してお土産と事務所のパンフレットも渡した。みんながソファに座っている中、ロボットだけは壁にもたれて立っている。それを今田は気にしている。
「ああ、あちらはお兄さんだよ。この間スカウトした時に会ったんだ」と横野が今田に説明した。
「お兄さん? いいえ、愛ちゃんはロボットですよ」とママがあっさりと言った。
「ロボット! 」と今田は驚いた。優はマズイ! と思う。デビューが決まるまでにロボットを始末しなければと優は思った。
「ああ、そう言えば話題になりましたよね。そうでしたかこの家だったんですね」とママから説明を受けて冷静に横野が言った。
「そうだ、そう。、ちょっとだけ話題になりましたよね。へー、こんなに人間そっくりとは思わなかった」と今田がやけに軽く言うのでロボットはムッとした。横野はママが出してくれた緑茶に手をつけた。
「その事が影響あるでしょうか? 」とママが聞いた。優は実は心の奥でずっとその事を懸念していたけれど、それが理由でこの話がおじゃんになると考えるだけでイヤなので考えないようにしていたのだ。あの人間そっくりのロボットと生活をしていた女優だなんてそっちに気を取られてそういう扱いになるのではないかと思うとやり切れない。
「関係ないでしょう」と横野は言い緑茶をすすった。
「まあ、最初は隠しておいて、そのうちばれますからそれからでいいですよ。何もその事で心配する事はないです」と横野。ロボットは眼を剥いて横野を見た。横野はロボットの方には気付いているけれど兄ではなくロボットと分った時から無視するようにしている。ロボットは屈辱だった。自分がお荷物にされているのだ。この間はお兄さん、お兄さんと自分を突破口できっかけのように慕っていたのに今はこの扱いだ。悔しい! 改めてパパから大学合格が条件だと説明を受けて横野と今田は承諾した。優はさらに横野からせっかく進学するのだから学業をおろそかにしないようにこっちも調節するけれど優自体も頑張るようにと言ったので安心した。
「ちょっと写真撮らせて下さい」と今田がデジカメを取り出した。優はパパ、ママの前で何枚か写真を撮られた。どうポーズしていいのか優は照れながらもしっかりとファインダーの方を向いていた。横野はそのリンとした姿を見てこれはいい、やはり間違いはないな、と直感的に思うのだ。ロボットは壁にもたれたままそのやりとりを見ながら邪魔してやろうかしら、と思ったりもする。それから、芸能界の事についてパパ、ママ、と横野、今田が話したり、この地域の事、優の学業の事など話をした。今田はママが出したくれたクリーム饅頭が美味しくて二個めを口に入れた。
「あの」とパパが言った。
「はい、何でしょう? 」
「何て言うんですか、そのまあ、安全面では安心しましたけれどその、恋愛とかとは別にプロデューサーみたいな人とか大物の俳優とかにセクハラというかナンパというかそういうのはどう何でしょう、何と言っても大事な娘でして、長女でまあ、その、まだ未成年ですし、親の口から言うのもなんですが、厳しく育てて、まだ、男性と付き合った事のないもんですから」とパパが言った。
「パパ」と優が恥ずかしそうに言った。ロボットは眼を剥いて驚き組んでいた腕を緩めた。え! 処女じゃないのよ。上杉っていうブッサイクな丸顔の色白の男にやられたっていうか、本人も同意してやったんだから。本当に好きな人と出来ないから。ただ、興味があってから、身近に出来るセックスをもうやって性質悪いんだ。その事パパ分ってないんだ。とロボットはどうしよう? と本当に迷った。
「はは、その事はもちろん男親なら心配でしょう。もちろん、そう言った関係はないとは言えません。プロダクションによっては恋愛は本人の自由と言っているところもありますから。でも我がプロダクションの方針は厳しいです。桜井会長が真面目な方で、ある意味公務員より厳しいかもしれません。それは恋愛に関する事はもちろん、生活面も部屋の掃除をするとか、正しい食生活とかそういうのはちゃんと我々が指導します。さらにダンスなどもそうですがお茶なども最初習っていただきまして、とても遊んでいる暇はないと思います。それに質問に答えるとセクハラみたいな事はぜったいに許しませんから。それは関係者はうちが厳しいと分っていますので安心下さい」と横野に言われ、パパは安堵した。ロボットは冷たい眼で横野を見下している。
「優さんがどう考えているか分りませんけれど、友達と遊ぶ暇がないくらい大変ですよ」と今田が笑顔で言った。優は笑顔で今田が厳しい事を言ったので緊張した。
「ま、恋愛は大学を卒業するまで、その時の状況にももちろんよりますが、卒業しても何年か恋愛は出来ないと思いますよ」と横野が言った。ちょっと横野が厳しい表情だったのでパパとママは顔を合わせた。
「恋愛出来なくても平気かな? 」と今田が聞いた。
「は、はい」と優。
「さっき、お父様が言われてたけれど今、恋人いないよね」
「はい」
「いや、いてもいいんだよ。別に別れろなんて言わないから」
「いえ、いないです」と優が答えたので、パパは安堵した。ロボットが一重でじっとそのやりとりを見ている。
「じゃあ、勉強頑張ってもよ。大学に君が合格してくれないと始まらないんだから」と横野。
「はい」と優。
「がんばって」と今田が笑顔。
「はい」と優。
 横野と今田が立ち上った。スタスタとスリッパの音を鳴らして横野と今田が玄関に行く。ロボットが追い掛ける。駅まではパパが車で送る。パパは先に外に出た。その隙を狙ってロボットが横野近づいて、腕を掴んだ。
「あの」
「は? 」
「処女じゃなくてもいいんですか? 」
「え! 」優もママも固まった。
「彼女の事とは関係なく聞きたい、仮に処女じゃないとしたらどうなんです? 」
「それは関係ないでしょう? 」と横野は厳しい口調で言った。
「愛がなくてもですか? 」
「愛があるとかないとかそれは本人同士の問題ですから」と横野は睨むようにしてロボットを見て言う。ロボットも厳しい眼で横野を見ながら掴んでいた横野の腕からそっと腕を放した。横野は今田と外に出た。それを追いかけるママと優。優はロボットを睨みながら外に出た。
 パパの車に横野と今田が乗った。
「じゃあ、受験頑張ってよ」と今田。
「はい」と優。
「あ、夏休み頃、夢の主演映画の撮影がこの近くの川であるんだ。その時遊びにおいでよ。連絡するから」と横野が言った。
「はい」と優は答えた。
 車が出て行く。今田が手を振った。ママと優がお辞儀をした。車が去ったあと優はほっとして、玄関に戻り、そばにいたロボットをぼこぼこにした。ロボットは優にぼこぼこにされながらも心は折れなかった。優は必ずデビューまでにロボットを始末しなければならない、と思った。
 洋介には友達や近所の人に優がスカウトされた事についてゼッタイに言わないようにと言った。優も美沙、恵、華の三人以外には言わないように事にした。美沙、恵、華はそれを聞いて驚いたけれど絶対に誰にも言わないと約束した。
 三年生になり優は勉強を今まで以上にやった。もともと優秀で早くから合格圏内であったけれど絶対に落ちる事が出来ないと強く決めた。理数系の学部を受験する。合格して大学生活を送りながら女優としての仕事もこなすのでかなり大変になるだろう。今のうちに慣れておかなくてはならないと思うのである。分らない所は職員室にまで行って聞いたり、放課後は図書館に残って閉館までやった。家に帰っても空手の稽古がない日は部屋で勉強する。学校では出来ない音読を繰り返した。土日はほとんど部屋の中で勉強をする。もちろん、音楽を聴いたり、好きなテレビ番組を録画しておいてそれを息抜きに観たりはする。美沙達も遊びに来て話をしたり遊んだりもした。そんな娘の姿を見ていてパパもママも本気なのだと思った。図書館では眼が疲れると立ち上がり窓の方に行きグラウンドを見る。夕日が沈んでいてオレンジ色に染まりその中で生徒達が小さくミニチュアのように動き廻っている。それはなんとも美しいと素直に感動した。
 土曜日も朝から勉強をした。お昼はママが買って来てくれたハンバーガー三つとポテトを食べながら録画していたテレビを観る。食べ終わると歯をしっかりと磨いて昼寝をする。眠たくてすぐに眠る。ドアを叩く音がして目覚めた。時計を見ると二時を過ぎていた。パパがドアを開けて顔をのぞかせた。
「優、夕飯どうする? 」
「どうするって? 」と優はベッドにまだ寝転んだままだ。
「ママと洋介がカツオ君のママとカツオ君と舞台を観に行ってて食事もして帰って来るんだ」
「そうなんだ、何でもいいよ」と乾いた身体で上半身を起こして血がうまく廻ってない白い顔そして乱れた長い髪である。
「ラーメンでも食べに行くか? 」
「パパと二人で? 」
「そうだよ」
 優は机の上にある鏡を見た。
「息抜きにいいじゃないか」
 優はあくびをした。
「うん。いいよ」
「じゃあ、後で」
 ドアが閉まると優は頭を掻いた。
 起きてからは目薬を差して音楽を聴いて勉強はやらなかった。身体がなまっていると思いストレッチをやり蹴りや突きの練習をやった。身体が暖まると窓を開けて山の方を見たりする。テレビを観て過ごした。ドアを叩く音がした。
「そろそろ行こうよ」とパパが顔をのぞかせた。
「うん。いいよ」と優は返事をして、着替えた。デニムのスカートを履き、チェックの長袖シャツを着た。鏡を手に持ち顔を見る。すっぴんで白い顔だ。鏡を机の上に置いていつものようにシュシュで長い髪を後ろで束ねる。階段をゆっくり降りてリビングを覗いた。テレビを観ていたパパが振り向いて気づいた。
「行くか? 」
「うん」
 久し振りに助手席に乗る。何年ぶりだろうか? ママの車の助手席にはよく乗るけれどパパの車に乗る時はいつもママが助手席で子供達は後ろだ。カーナビでテレビを観る。
「久し振りに緑黄園に行こう」とパパが言った。緑黄園は街中を過ぎゴルフ練習場を過ぎラヴホテルクリームの近くにある。パパはこの店が好きで、ゴルフやゴルフ練習場の帰り、釣りの帰り、洋介と出掛けた時などによく寄っている。優も小学生の頃、出掛けた帰りに食べた。家族では来ない。と言うのはママが行かないと言うのだ。理由はマズイと言うがマズイのはとても味噌味とは思えない味噌ラーメンとチャーハンについて来る小さいスープだけで他はとても美味しい。本当はここの娘さんとママは同級生だから恥ずかしいからと優は知っている。久し振りにゴルフ練習場のそばを通った。土曜日だと言うのに店内のお客は老夫婦一組しかいない。優とパパは小さい席に向い合って座った。祖父はここの五目そばが好きだった。優も好きだけれど優はいつもチャーハンを頼んでいて、まっさきに小さいスープを我慢して飲み、そこに祖父が五目そばを分けてくれてそれを食べるのが大好きだった。ママがこの店に来たがらないのでパパはよく祖父を連れて来た。パパは養子である。祖父とあの時何を話していたのだろう? と優は考えた。メニューを見た。パパはいつものあんかけチャーハンにギョウザである。優はチャーハンと春巻きにしようと迷ったけれど五目そばと春巻きにする。洋介はいつもラーメンとエビマヨだ。パパが漫画雑誌を持って来て読み始める。優は青年誌は読まないけれど退屈なので持って来て読む事にしようと持って来た。知っている漫画は一つしかない。優が子供の頃からやっている不良少年がやっているサッカー漫画だ。まずアイドルのグラビアがあった。水着の女の子の写真がある。優も事務所に入ったらこんな写真を撮るのだろうか? と考えた。料理が来た。早速、五目そばにコショウを掛けて蓮華でまずスープを飲んだ。思わず片眼をつぶった。ああ、この味だ。野菜のうまみが凝縮されていてコーヒー牛乳のような濃い色の味だ。美味しい。
「ギョウザ食べていいからね」とパパが言った。もちろんそのつもりである。パパに春巻きを一つ上げようと思うけれど春巻きは二本だけなので二本食べたいので言わない。パパは春巻きは食べないだろう。だから、言わないのだ。家族連れが来て丸いテーブルに座りイロイロ注文している。子供は小学生五年生の姉と二年生の弟だ。
「僕、ラーメンと肉団子食べたい」
 店内は混み始めた。その頃にはもうほとんど優もパパも食べ終えていて優は凝縮された美味しいスープを蓮華で何度も救って飲んでいた。とてもこれから上品な女優になるとは思えないわ、と自分で思いつつも止められなくて最後にはどんぶりを持って飲み干した。食べ終えてちょっとだけ漫画を読んだ。パパが立ち上がり優も立った。後ろの席の家族連れの席の女の子が美味しいね、と弟に言うと、うん。また来ようね、と弟が答え、家族が笑った。パパが少し遠回りをして帰ろうと言った。優はうん。いいよと答えた。窓を少し開けた。ゴルフ練習場の前を通った。緑の網で覆われ照明がまぶしい。それから滅多に通らない暗い方に行った。優はテレビを観ている。ほとんど対向車もなく静かで田んぼや畑ばかりだ。たまにある自動販売機のライトがよく輝いている。
「きっと大学には合格するだろう。優なら」とパパが言った。優はそれは合格して欲しくないと言っているようにも聞こえ、合格して事務所に入って頑張って欲しいけれど寂しいと言う風にも聞こえた。優は黙ったまま前を見ていた。小さい食堂があるけれどもう閉っている。郵便局があり古い美容室が隣にあった。古い街灯だけでは寂しすぎる。優は祖父の事をそっと想い出した。よく膝に座ったり手を繋いで歩いた。鯉の養殖場に行きたいとせがんで連れて行ってもらった。パパと三人で緑黄園に行った。
「ねえ、パパ、おじいちゃんに結婚のあいさつする時どうだったの? 」
「どうだったって、フツウさ」
「フツウってドラマでやってるようにお嬢さんをお嫁に下さいって正座して言ったの? 」
「いやいやそんなのはなかったね。家に行ってご飯食べて話しただけだよ。ママに養子に来て欲しいって言われてたからこっちはもう兄貴が結婚して子供がいたからだから養子に入る事になってたからそんなあいさつはなかったんだよ」
 無数のタイヤが積まれてあった。山が削られそこにはショベルカーがあった。パパは指輪をしている。その指輪を優は見た。横の窓の外に眼を向ける。自分の細い指を見た。拳を握って見た。どこにいても私とパパとママと洋介は家族だろうと思う。
「何で、そんな事聞くんだ? 」とパパが少し笑って言った。
「え、だって緑黄園に久し振りに行ったから。おじいちゃんをよく連れてったもんね」
「おじいちゃんは五目そばが好きだったもんな」
「そう、ママが嫌がるからみんなでは行かなかったけれど、でも味噌ラーメンとかは美味しくないけれど他の料理は美味しいよ」
「ママもあそこの五目そば大好きなんだよ」
「え、そうなの? 」
「そうさ、あそこの店の妹さんとママが同級生なんだ」
「それは知ってるよ。でもその人と会わないでしょ、お嫁に行ってるんだから」ふふ、とパパは笑う。
「今、料理作ってる人が二代目でお兄さんになるけれど、ママの事が好きで告白したけれどママが振ったんだよ。それでママ行くのが嫌なんだ」
「へー、そうなの! 」と優はパパの方を向いた。パパはまっすぐ見ている。
「結婚してるからね。それに高校時代の話だからいいとは思うけれど、ママは嫌がるんだ」
「何だそうなんだ」と優はママの若い頃の話を聞いてうれしくなった。パパにコンビニに寄ってもらってケーキを買って帰った。もうママと洋介、それにロボットも帰っていた。
「どこ行って来たの? 」とママが優に聞いた。
「緑黄園、五目そば美味しかった」
「そう」とママは無関心を装って言った。
「いいな、僕もギョウザ食べたかったな」と洋介。
「ご馳走食べたんじゃないの? 何食べたの? 」
「カレー」
「ケーキ食べる? 」
「うん」
 二個入りのショートケーキの一つを洋介にあげた。
「ママの分も買って来てくれればよかったのに」とママが言った。
「じゃあこれ食べる」
「いいわよ」
「あ、そ」と優はそのままテレビを観ながら洋介とケーキを食べた。ケーキを食べると勉強はもうやらないと決めていたので、漫画を読んですぐに眠たくなったので眠った。

 梅雨に入り雨が続いている。洋介は長靴を履いて傘をさして学校に通っている。晴れていると休み時間はドッジボールであるが雨なので体育館で警察とドロボーをやっている。優は自転車通学で黄色いカッパを着ている。そのカッパが肌にあたると冷たくて濡れていないのに濡れている感じがして気色悪くて嫌だった。ロボットは雨の日は基本的に働きには行かない。と言うのは太陽エネルギーなので、雨の日に動くと蓄えているはいるけれどあまり動きすぎると蓄えがなくなる恐れがある。それがまったくなくなると動かなくなり、それは東教授でさえ、修理出来ないので、雨の日は家の中でテレビを観たり本を読んで過ごす。
 日曜日も雨だった。洋介は友達の家に遊びに行き、パパはパチンコに行った。ロボットは最近家にばかりいるので病人みたいに元気がない。優は久し振りに華、美沙、恵が遊びに来ると言うので朝早く起きて勉強を済ませた。お昼近くに三人が来た。優の部屋に集まって勉強机の椅子に恵、ベッドに優と華、絨毯の上に美沙がそれぞれ座っている。四人の進路はそれぞれ決めている。優は女子大に進学して事務所に入り女優になるつもりだ。美沙は古都にある私立大学の経済学部か法学部に進学する予定。華と恵はもう決っていて、華は地元の銀行に就職、恵は母親や姉と同じく美容師になるために大きな街の専門学校に通う。高校を卒業してとりあえず地元に残るのは華だけである。美沙は大学を卒業すると地元に帰って就職するつもりではいる。恵も地元に戻って来て、母親の店から最近独立してオープンして評判の姉の店を手伝いいずれは自分の独立するつもりだ。三人は優がスカウトされ女優になるつもりでいる事をとても喜んでいて必ず売れてテレビや映画に出て有名になって欲しいと思って、そうなれと優に言っている。今のうちにと優の胸を揉んだり、抱きついたり、キスしたり、裸を見たり楽しんでいる。四人でウノをやる事になり雨で元気がないロボットも呼んでやった。
「本当に元気がないのね」と美沙がロボットに言った。ロボットはうらめしそうに美沙を見た。
 優はロボットを見る。
「いつも元気なイメージがあるからね」と華。ロボットは少し笑ってみせた。部屋の中では音楽がずっと流れている。でも耳をすませて曲の間になると雨の音が外から聞こえる。下の部屋で電話が鳴った。ママが出た。四人は相変わらず楽しそうに笑っている。ロボットもそれにつられて笑うようになった。いつかは雨はあがり、晴れる日が来るのだ。ロボットはずっと雨が降り続いてもう晴れないとそんな事はないと分っているのにそうネガティブに考えていたのがだんだんそれが止めて来たのだ。ママが階段を上がって来てノックした。
「お昼何がいいの? 」
「何でもいいよ。この雨の中何か買って来てくれるの? 」と優。
「うん。駅まで迎えに行くから」
「誰? 」
「東先生」とママが言ったのでロボットはママの方を見た。
「じゃあ、ハンバーガーでも買って来てもらう? 」と優がみんなを見た。
「ピザでいいじゃない、ハンバーガーは面倒だわ」とママが言ったのでみんな喜んだ。
「ママ、いっぱい買って来てよ。みんなたくさん食べるんだから」と優がママに言った。
 ママは駅に着く前にピザ屋に電話をしておいて東を迎えて車に乗せてピザ屋によりピザを受け取ると後部座席に乗せて家まで帰った。車内にはピザの香が充満している。
「ピザですか? 」
「はい、先生お好きですか? 」
「大好きです」
「良かった」
 優はロボットと降りて東にあいさつをした。ロボットが東を嫌がっているのがその表情で優には分る。優は美沙を呼んでピザを運ばせてジュースを自分が持って行った。リビングではロボットが東にイロイロ聞かれて身体もチェックされそれがすむと二階に戻り、ママがピザを温めなおしてママと東がピザを食べながら話をした。四人がピザやポテトを食べながらジュースを飲んでいる。
「愛ちゃん何を聞かれたの? 」と美沙が聞き三角ピザを上にやり首を後ろにやってその先から垂れるチーズを口に入れながら先から食べて行く。 
「イロイロと」とロボットは四人がピザを美味しそうに食べている姿を見ながらそっけなく答えた。優はいつもと違うロボットを見ながらピザをむしゃむしゃ食べる。カーテンの向こうでは雨が降り続いていて、それを胡坐をかいたロボットが見つめている。優もそんなロボットをチラッと気にしながら窓の外を見ていた。

 よく考えると春に愛ちゃんが来たのだからもう一年経っていて誕生日を祝ってないわね、とママがリビングでパパと優に言った。
「ケーキでも買って来てみんなで食べればいいんじゃない」と優は本人がケーキを食べない事を分っていて言う。
「何かプレゼントをすればいい」とパパ。
「えー」と優が拒否反応を示す。
「プレゼントもそうだけれど誕生日会もやろうと思うの。愛ちゃんは歌が好きだからみんなでカラオケに行くのはどう? 」とママ。
「自分が歌いたいんじゃない」と優。
「僕は留守番しているからカラオケはいいや」とパパ。
「えー! 私とママと洋介とロボットで行くの? 」と優。
「美沙ちゃん達も誘うのよ」とママ。土曜日の夜からオールナイトでカラオケ大会をやる事になり、優はみんなを誘った。
 土曜の午後になると美沙と美沙の母親、華と桃が来た。恵はデートがあるから遅れて来る事になっている。リビングではソファに座ったり立っている。恵もやって来たのでデジカメで記念写真を撮った。プレゼントを渡す事になり、まず洋介がお小遣いを貯めて買った靴下をプレゼントした。
「ありがとう、洋介君、大好き! 」とロボットはとても喜んだ。靴下をもらった所をデジカメでパシャリ! パパはサングラスを送った。もちろんロボットであるから太陽光線はまぶしくないから必要はない。けれど、外見がカッコイイからと掛けて見るとカッコイイ。ロボットはこれも喜んだ。サングラスを掛けている所をパシャリ! ゲストで来た美沙達や美沙の母親はまとめて化粧品を贈った。もう最近は女装をしないけれど基礎化粧品なのでこれもうれしかった。それを持ってパシャリ! ママは花束だ。ロボットは豪華なバラなどの花が入った花束をもらい喜んだ。それを持っている所をパシャリ! でもなんて事はない、ママは花が大好きで玄関にいつも花を飾っていて早速ロボットの花束も玄関の花瓶に飾ったのでいつもと変わりはない。優は朝から出掛けて本屋に行っていた。そこでロボットがタイプだと言っていた俳優の岡部龍人の写真集を買おうと思ってじーと写真集の前に立っていた。でもお金がもったいない気がした。何でロボットのために写真集を買わなくちゃならないのかと葛藤した。お金がもったいない訳でもないのだ。ロボットの事が嫌いなのだと思う。この間だって、横野さんに処女じゃないなんて言って、とても腹が立った。でも叔母の家に行った時、街を歩いていてデブにぶつかった時、デブを睨んでくれた。優はすぐに首を横に振った。そうだ、良君にも処女じゃないと新幹線で言ってすごく引かせたのだ。でも、その時、美郷さんと付き合ってなかったら優と付き合っていると言ってくれた事を聞くことが出来た。優は首を振った。写真集に手を伸ばしたけれど、止めた。優は参考書を立ち読みして結局何も買わずに帰った。帰ると自分の部屋に行き机の引出を開けて中からミニアルバムを出した。そこには自分や美沙達の写真の他に良の写真も何枚もある。それを机の上に並べて見た。良が高校の空手の大会で優勝した写真があった。汗で濡れて鍛え上げられた胸の筋肉が胴着から見えている。横顔の写真もあり、濡れた前髪がセクシーだ。考えた結果その横顔の写真を封筒に入れた。それを今持っている。
「さ、優」とママに言われた。優はロボットの前に立った。ロボットは普通の顔をしている。優は何でお気に入りの写真を私あげちゃうのだろう? と思って今から部屋に行って他の写真と取り換えてこようと思った。でも、もう良君とは絶対にどうこうなる事はない、今まで期待していたけれどこれがいいキッカケになると思って封筒を渡した。
「何それ? 」と桃が座っているソファの背もたれに座っている恵が聞いた。
「いいから後で開けてよね。誰にも言ったらダメよ」と優は言った。
「ありがとう、優」とロボットが言った。優はムッとする。と言うのは今まで優さんと言っていたのに、叔母の家に行ってスカウトされ、横野に兄だと説明した時から自分の事を呼び捨てにしている事に気づいた。ただ、フダンは名前で呼ばれないので家の前を超高級スポーツカーが通ったぐらいで外を見るとその独特の音だけが残っていて姿はないみたいな感じでまあいいか、と思っていたけれど今すごく気になった。でもみんなの手前それにロボットの誕生日でもあるからぐっと口を堅く閉じた。夕食はお好み焼屋に行く事になった。パパの車と美沙のママの車に別れた行った。鉄板を二つ囲んで食べた。ワイワイガヤガヤと賑やかだ。食べ終わるとカラオケボックスに行く。洋介は行かないと言った。恵に行こうとよ、と肩を抱かれて言われたけれど首を振った。結局パパと帰る事になり、カラオケボックスまでみんなを送ってパパと洋介は帰った。カラオケは盛り上がった。美沙の母親はお酒を飲み、他はジュースとつまみを食べる。デュエットしたり、ママが歌うムード歌謡で美沙と恵が抱き合って踊ったりしてとても盛り上がった。ロボットはとてもうれしそうに笑っている。みんなもそうだ。優はほとんど歌わずみんなをよく見ていた。恵に誘われて美沙、恵、優、桃、華とロボットで流行の女の子グループの歌を歌った。それが気に入りそれを何曲も唄った。
 洋介は朝早く眼が覚めた。小鳥のさえずりが聞こえたと同時に冷たい空気を肌に感じた。外から車のエンジンが掛る音が聞こえた。パパの車だと分る。まだママや姉が戻ってないのが分る。今から迎えに行くのだろうと思い下に降りた。リビングでテレビをつけたけれど日曜の早朝で子供が観る番組はまだやっておらず、DVDでお笑い番組を観た。カラオケボックスではジュースのグラスが並びそれぞれストローが刺さり、もう氷はとけていて飲まれていたり半分残っているメロンソーダもある。優は最後にソファを確認する。そこにはメロンパンのような帽子が残っている。駐車場にみんな出た。外は夏が近いのに肌寒い。恵は優に帽子を掛けられ驚いたけれど、自分の忘れ物だと気づいて優に笑った。そこにパパの車がやって来た。美沙の母親はまだアルコールが残っているのでママが運転する。それぞれ車に別れた。
「パパ、みんなラーメン食べたいって言うから畑ラーメンに寄って」とママが行った。そこは早朝の五時からやっている人気のラーメン屋だ。トラックの運転手やデート帰りのカップルがいて、カウンターが空いていたのでみんな並んで食べた。パパはその間ハンバーガーショップに行き自分と洋介の朝食を買って来てみんなが食べ終わるまで車で待った。みんなを送り届けて家に帰ると優とママはすぐに眠った。ロボットはシャワーを浴びて洋介の部屋で着替えた。パパと洋介はリビングでテレビを観ながらハンバーガーを食べている。ロボットは優からもらった封筒を開けて見た。良の写真だった。優が眠っている部屋の方の壁を見た。写真を封筒にしまうとオルゴールつきの宝石箱に大切にしまった。
 夏休みに入る前、大きな街の予備校で優は全国模試を受けた。結果が来て 合格圏内のBランクだったので安心した。夏休みに入ると図書館にほとんど毎日通って勉強をした。そんなある日、横野から電話があり今野夢が近くの川に主演映画の撮影で来ると言うので見学に来てもいいよ、と云われたので美沙、華、恵、それにロボットもぜひ相手役の町元気に会いたいと言うので来た。バスに乗って行き河原の近くには撮影隊の大きな車があり、噂を聞きつけたファンも大勢来ている。気温は高くすぐ汗が出る。太陽が眩しく川面に反射している。横野がいて優達はあいさつをした。ロボットも丁寧にあいさつしたけれど軽くいなされてムッとした。最初会った時とえれえ違うじゃねえかよ、とロボットは憤った。夢は地元の高校生役で夏の制服を着ていて素朴な感じだ。テレビで流れている化粧品の大胆な大人の化粧とはかなり印象が違う。優が横野に紹介されて夢に会った。
「初めまして今野夢です」と言い、優の他の美沙、華、恵、ロボットにまで気さくに握手をしてくれた。
「お兄さんですか? 」と夢はロボットと握手を交わしながら聞いた。
「違う! ロボットだ」と横野が冷たい眼と声で言うと触ろうとした生き物が毒を持っていると聞いた時みたいにすぐに素早く素早く夢は手を引っ込めた。
「あの元気さんは? 」とロボットが夢に聞いたので優たたしなめた。
「あっちのロケバスです」と夢が答えた。みんなと写真を撮ってくれ、来年は大学に合格してぜひ、事務所に入って下さい、と夢が優に言い、優はお礼を言った。
 撮影が始まった。バスから出て来た元気に興奮を隠しきれないロボットは美沙と恵にたしなめられた。河原で二人のケンカのシーンが始まる。夢の眼が変った事に優は気づいた。二人は言い争いをしている。
「まあ、生意気な女! ぶん殴ってやればいいのに! 」とロボットが言うので美沙と恵がロボットをぶった。
「あ! 」とロボットは驚いた。急に言い争いをしていた二人がいきなりキスを始めたのだ。周りの人達は汗を流して見学している。ロボットはロボットなので汗をかかないけれど二人のキスシーンをじっと見ている。カットが掛り二人は離れた。二人は何も言わず黙ったままですぐにメイクが入った。
「もう一回行こう。ちょっと唇がずれてる」と監督に言われた。
「役得ねえ、あの夢って女優」とロボットは隣の美沙に言った。キスを二人はまたやりさらにもう一度別の角度からキスシーンを撮るためまたした。やっと撮影が終るとやって来たファンがサインや写真を二人に求めて人が集まった。ロボットや美沙、恵、華は元気の所に行き優は横野と夢にあいさつに行ったけれど夢はファンに囲まれていた。
「ひょっとしてあのロボット兄さんマネージャーとしてついて来ないだろうね」と横野は苦笑いして優に言った。
「そんな事は絶対にありません」と優が真面目に答えると横野は笑った。
「じゃあ、がんばってね」と横野に励まされた。ロボットは元気にサインはもらえなかったけれどカメラでその姿を収める事が出来た。熱い中みんなとぼとぼとバス亭まで歩いた。バス亭の近くに古い小さい商店があってそこでロボットに優がおごらせてアイスを買って食べた。バスが来るまで三十分もあり近くをアイスを食べながらぞろぞろと歩いた。近くにある保育園では熱い中小さいプールで子供達が遊んでいる。それをアイスを食べ終わって見ていた。時間になったのでバス亭に行きバスに乗った。バスの中で優は夢の姿を想い出している。あの眼、表情の変化まさしく女優だと思う。ロボットは一人一人掛けの席に座って先程のキスシーンを想い出していた。いくら役とはいえあんなに激しいキスをしてもいいのだろうか? あの夢っていう女優は完全に演技を忘れてキスを楽しんでいた。キス! キス! キス! と眼の前で男女がキスをやっている所を初めて見てロボットは興奮している。運転席の後ろの席ではおばあさんが座りセンスで自分を扇いでいる。水中キス! 森林浴キス! 球場キス! 車内キス! キスにする場所によってさまざななキスがあります。またその種類も豊富で初めてのキスはファーストキス、お互い初めてだとWファーストキス! 激しいデープキス! 一人が舌を入れようとしているけれど一人はキスは許すけれど舌まではダメ! と唇を固くなに閉じている抵抗キス! この場合、男が舌を入れたがり女性が抵抗する場合が多い。頬にキスをやりながら唇に近づいて行き唇を重ねるだんだんキス! わざと唇をずらすキス! など恋人同士になればイロイロやってみたいでしょうが究極のキスはなんと言っても空中キスでしょう。これは滅多に出来ないキスです。と言うのは一方が階段から足をすべらせて飛んできた時に下にいた人間と唇を重ね合わせたキスはよくありますが、これは両方が飛んでいる状態で気唇をあわせている状態なのですから大変難しいのです。じゃあお互いがジャンプしてやってみようかと気軽にやるとたいがい激しくぶつかり過ぎて唇を切ったり前歯を折ったりします。これは大変難しいのです。その一つの事例を紹介しましょう。バスケットボールのオフェンスとディフェンスのシュートを打ちそれを阻止しようとする攻防でお互いジャンプした時唇が合ったと話は聞きましたけれどこれはお互い同性同志の話なのでスポーツをやっていての空中キスはまず同性同士のキスなのです。だから意識してやるのが空中キスなのですがそのちから加減がとても難しいのです。とロボットは雑誌で読んだ記事を想い出している。後ろの席では優が窓に頭をつけて眠りその横で美沙が起きている。その後ろの華と恵も眠っている。
「ねえ、さっきの二人のキスシーン舌を入れてたと思う? 」とロボットはまだキス未経験の美沙に聞いた。
「何をいきなりやあねえ、愛ちゃん」と美沙は他の三人は眠り後ろの席にはおばあさんが乗っていて、あとは前におばあさんが乗っているだけの車内だけれど美沙は照れた。
「あれは入れてないの、毛筆キスっていうの」
「何それ? 」
「だってすごく頭をお互い交互に動かしていたでしょ、つまり筆で字を書いているみたいな感じじゃない」
「それを毛筆キスって言うの? でもすごく激しかったわ、入れてたんじゃない? 」と美沙はせもたれから背中と後頭部を離してロボットに顔を近づけた。
「違うの! 入れてたら唇を離した時にさ、唾液が糸を引くわよ、これを吊り橋キスって言うのよ」
「へー、愛ちゃん詳しいのねえ」ロボットは黙ってゆっくりと頷いた。横で眼をつぶって眠っていた優は二人の会話を聞いてバカが! と窓ガラスに頭をつけたまま薄めを開けてまだキスやセックスの事を話している二人を見て思った。

 空手の稽古の帰り夜の街をジョギングしている男性がいて優は自転車だから近づくとそれは良だと分った。どうしよう? 声を掛けようか? それとも反対側に写って気づかなかったフリをしてそのまま行こうか? 考えながらその後ろ姿を見ている。美郷さんと付き合っていなかったら私と付き合っていたかも知れない、確かにそう言ってくれたんだ。その言葉を想い出して優はスピードを上げと横に並んだ。
「良君」
「お、おお、何だ、優か! 」と良は驚いて走るのを止め優も停まった。
「良君夏休みで帰省してるの? 」
「そうそう。一週間だけなんだけど、バイトの都合があってさ」
「バイトって何やってるの? 」
「家庭教師とレストランのコックさ」
「すごいね二つも! 」
「家庭教師の方はどうにでもなるんだけれどコックはシフト制だからね。きついし嫌な奴もいるけれど美味しいご飯と料理を覚えられるからいいんだ。空手の帰りかい? 」
「うん」
「勉強の方は頑張ってる? 」
「うん」
 通りにはどこにでもあるような店が並んでいる。弁当屋、コンビニ、美容室、本屋、病院、接骨院には小さい電光掲示板があり光の文字が流れて営業時間なども文字が流れている。昼の暑さが収まりやっと空気が冷たくなって肌に心地よい。走っている良の顔からは汗が流れている。
「どう? 」
「え? 」
「一人暮らし? 」
「ああ、いいね、自由だよ、あっちで出来た友達もよく来たりこっちもアパートに遊びに行ったりしてとにかく時間を気にしないのがいいね。好きな物食べれて好きな時間にお風呂入れてさ、ま、もちろん、贅沢はしてないよ、お風呂もシャワーだけだから、それに部屋も狭いんだ」
 優は良の背がまた少し伸びたような気がした。髭もいつもキレに剃っていたけれどこっちに帰って来て剃っていないのか伸びていてやはり大人になっているように見える。美郷さんとは上手くやっているのだろうか? それならばいい、自分はもう大学に合格して事務所に入って女優になると決めたのだから。この事は良は知らない。言ってみたいと思う。言えばとても力になると思う。でも言おうか、言わないでいていきなりデビューして有名になっていつか会った時にすごく驚いてもらうのもいいと優は考える。通りを走る車の量はグンと減っている。コンビニから弁当が入っている袋を持った男性がスクーターの足を置くとこにそれを置いて走って行った。
「私、この間、新幹線で一緒になったでしょ」
「ああ、大学見学に行ったんだろ、ロボットの愛さんと一緒に」ロボットの事はどうでもいいのに! それに愛さんだなんてよく覚えている。良君とても驚くに違いないと優はワクワクする。
「その時ね私、スカウトされたの」
「スカウト! 」
「うん、女優にならないかって今野夢さんとかがいるプロダクションなの」
「え! 女優だってすごいじゃん」と良が予想通り驚いたので優はうれしかった。良は汗が引き始めたおでこを手で拭った。
「女優になりたかったの? 」
「ううん。まったく考えてなかったけど、こんなチャンスはないからやってみようと思って」
「そうだよな、うん。断らない方がいいよ、そっかあ、女優か」と良が少し寂しそうに言うので優は不安になる。どうしたのだろう? ひょっとしてキレイでかわいい自分がこの間間接的ではあるが告白してそれでも美郷さんというかわいい彼女がいるのだから、当然恋は成立しない、それでよかったけれど、急に女優になって有名になると分り惜しくなったのかな、と随分と優は自分の立場を逆転させて思うのだ。
「でも条件があって大学に合格したらって、だから勉強がんばらないといけないから今ずっと勉強ばかりやってるの」
「そうかあ、でも優なら大丈夫だよ」
 優はふふ、と笑った。ずっと好きな人との恋は実らないけれどそれもきっと素敵な恋なのだ。それよりも自分には大切な物を見つける事が出来たのだ、と思うのだ。
「実は俺、美郷と別れるんだ。彼女に彼が出来てさ、まあ、別にだから優には何も関係ないけれど、ただ、この間、俺の事好きだって言ってくれた事がうれしくてさ、うん、その有名な女優になって初恋の人って言われたら空手をやっていた先輩ですって答えてくれたらうれしいなって今思ったんだ」
 優は曖昧に笑った。え、美郷さんと別れたの! 順番間違えた! やはり黙っておけばひょっとしたら良君と付き合えたかも知れない。
「じゃあ、がんばれよ、。っと合格して女優になってくれよ」と良は言った。
「うん」
「握手してくれよ」と良が手を出したので優は握手した。その二人のそばを自転車に乗ったスーツ姿のサラリーマンが通りこんな所でカップルが握手してるのを不思議な眼で見ながら通り過ぎた。
「それじゃ、またね」
「うん。がんばれよ、応援してるから」
 優は自転車を少しスピードを出した。ちっきしょう、ちっきしょう、ワーイ、ワーイと優は喜びながら悔しがりながらいろんな想い出良から離れて急いで家に帰った。覚めていた身体から再び汗が流れて家に帰るとすぐにシャワーを浴びて身体を洗い頭もゴシゴシとシャンプーを掻きたてて滝修行みたいにお湯を頭から流した。がんばるぞ、がんばるぞう、と湯船に浸かって思い、ご飯を食べるとまた勉強に取り組んだ。疲れが心良い。これで良かった絶対合格しなければいけない。女優になって有名にならなければいけない、と改めて思いベッドに入るとそれを唱えながらすぐに眠った。
 お盆を過ぎても暑い夏は続き梅雨で例年より雨の日数が多かったけれど本格的な夏は逆に雨が少なくて気温も高くみんな夏バテで疲れていた。ロボットは太陽が毎日出ていてそれを身体に浴びて元気であり、疲れている人間に代ってものすごくよく働いたのでどこの現場も重宝されて来て欲しいとリクエストされた。ロボットは疲れないから日曜日も夏の間は働いた。夏休みの終わりの最後の土曜日には隣の県の大きな街で花火大会がありそれに行こうとパパが言った。優は勉強を毎日頑張っていて、息抜きにいいと思う、それに来年はこの家を出ているだろうからぜひ行っておこうと考えた。午前中少しだけ勉強をすると昼前には出掛ける。ロボットも行く事になりパパの車で出掛けた。昼過ぎに着いて街を歩いた。ロボットはサングラスを掛けていて、カッコイイけれど怖い。人が多いせいか、ロボットはそれに負けないようにチンピラよろしく凄んで歩いていて、背も高いから周りを威圧している。
「ちょっと、何偉そうに歩いているのよ」と優が太った男性に少しがんを飛ばす勢いのロボットを注意した。男性はロボットにびびって通り過ぎた。
「ケンカ売られないようにしなきゃと思って」
「中学生か! あんたにケンカ売る人なんていないわよ」
 ロボットは優に注意されてムッとする。
 優は家族でこうやってちょっとした旅行で歩くのはとても久し振りだった。ま、家族と認めたくないロボットもいるけれど気にしないでおこうと思う。この街はオシャレな街で優は美沙達と何回か遊びに来ている。また恵の姉にドライブがてら連れてきてもらっておしゃれな服も買った事があうから、来る前にどんな夏の衣装にしようかとても迷った。デニムにTシャツでキャップで少しボーイシュな感じかそれともノースリーブのワンピースの涼しい感じにストローハットにしようかと迷ったけれど、キャップを被ったボーイシュな感じにしたのだ。今は無名だけれど女優になってこうやって歩いていたら騒ぎになって写メを撮られたりツイッーでささやかれたりするのだろう。今だって目深にキャップをかぶっているのだけれど若い男の子が自分の事をジロジロと見ているのだ。通り過ぎるカップルの男性でさえ、自分の事を見ているのだ。きっとカワイイ、キレイ、あんな子が僕の彼女になってくれて二人で歩きたい、俺の彼女よりもキレイだと思っているに違いないと確信する。
「お姉ちゃん何が可笑しいの? 」
「え、別に」と洋介に笑っている姿がばれて恥ずかしかったけれど、心の中まではばれていないので平気だった。それに、こんなキレイな姉がいて良かったね、もうすぐ女優になって自慢出来るじゃないと洋介の野球少年らしくキャップをかぶっている頭にポンと手を置いた。あ、また、じろっと見られた、と通り過ぎた男性が自分に見とれながら通り過ぎたのを優は確認してきっと女優になればいいのに、と心の中で思っているに違いないわ、と随分と勝手な事を想像した。
「お姉ちゃん気持悪いニヤニヤしてさ」
「ほんと」とロボットが洋介に同意した。
「うるさい」と優はロボットに怒った。
 お昼はハンドメイドのハンバーガーショップに入った。どれも大きくみんなかぶりついた。食事をすませるとファッションビルやデパートに行った。パパはパチンコに行き、洋介はロボットとゲームセンターなどに行った。ママと優はショップを廻って服や靴を買った。夕方になってパパと洋介と合流してカフェでお茶を飲んだ。花火大会がある会場には人が集まっていて若い女性達は色あでやかな浴衣を着ている人も多い。周りには屋台も並びフランクフルトや焼きそばかき氷を売っている。まだ浅青い夕暮れの空に花火が打ち上がりうっすらとした花とその煙が見える。まだ始まったばかりかそれとも予行演習なのか一発一発の間の感覚は大きい。人混みの中を待つのは嫌なので優達家族は中華料理屋で食事を楽しんだ。食事が終って外に出るともう外は暗く花火の打ち上がる音がする。その方向へ家族は向かう。会場まで行かないで花火が充分に見える所で家族は花火を見上げていた。ロボットは近くで見たい[中川3][中川4]という洋介とともに会場に向かい人混みに紛れて花火をずっと見上げていた。その大きな身体に花火は反射している。花火は一瞬だった。何発も何発も夜の空に上がり暗闇で回りを美しくするけれどそれは永遠ではない。それでも絶え間なくその日の夜は続いていた。帰りの車の中ですれ違う車のライトをじっとロボットは優と洋介の間に座って生まれて来た人生と重なり合わせていた。隣ではまだ子供の二人が眠っている。車内にはパパが掛けているパパとママが若かった頃のアイドルの音楽がずっと流れていた。

 秋の新学期が始まると洋介は修学旅行に行く。バスで海に掛った大きな橋を渡る一泊二日で洋介はとても楽しみにしている。立花のおばさんや橋本のおじいちゃんもそれを知っていてお小遣いをくれた。
 朝、優が少し早く眼が覚めたのはやはりいつも寝坊助の洋介が早く目覚めて準備をしていた気配が聞こえていたせいだろう。ゆっくりと階段を降りるとキッチンで洋介がママに作ってもらったおにぎりを食べていた。隣の椅子にはリュックが置かれてある。その前には珍しくロボットが座りテーブルに両肘をついてそこに顎を乗せて洋介を我が子をいとおしく見るような眼でじっと見ている。
「そんなに早く行くの? 」と優は聞いた。
「うん」と洋介はおにぎりほうばって頷いた。それがとても美味しそうで優は空腹を覚える。膨れたリュックの中にはトランプやウノが入っているのを知っているのだ。意地悪を言ってやろうと思った。
「でも雨だって言うじゃない。台風が近づいているから延期になるわよ」
「そんな事ないよ。台風はどっかに行くよ」と洋介は強く言った。
「楽しみにしていた修学旅行だから大丈夫よ」とママが言った。あ、そ、と優は心の中で言った。ふとさっきまでにこにこしていたロボットが寂しい顔をしていたのに優は気づきながらキッチンを出た。リビングでテレビをつけると天気予報をやっている。台風の進路は遅く進路は外れるけれども夜遅くから雨になり突風に気を付けて下さいと言っている。パパが階段から降りて来た。洋介は朝食を済ませるとリュックを背負って玄関に行った。パパとママとロボットが見送っている。優も顔をリビングから覗かせた。
「おばさんとおじいちゃんのお土産を忘れたらダメよ」とママに言われて洋介はうん、と答えた。
「お金やろうか? 」とパパが言った。
「ううん。いい」
「あまり食べ過ぎたりお菓子やジュースを買い過ぎちゃダメよ」
「薬持ったか? 」
「大丈夫だよ。保険の先生も行くんだから」
 優は自分の時はこんなに心配しなかったのに、と心の中で笑った。洋介がドアを開けるとひんやりとした風が中に入って来た。
「行ってきまーす」と洋介は勢いよく出て行った。バタンとドアが閉まった。
 優は授業中一度も洋介の事を考えなかった。授業が終わるといつものように図書館へ行って勉強をした。息抜きにいつものようにグラウンドを見ようと窓のそばに行った。その時、今頃洋介はどうしているだろう? 自分の時と同じコースだからもう旅館についてお風呂かしら、お風呂はまだ早いかな? とサッカー部の練習を見ながら考えた。他にテニス部陸上部の部員が走ったり身体を動かしている。いつもなら美しい夕焼けがオレンジ色に染める頃だけれど空は雲で覆われていてその雲はすごいスピードで動いている。五時になり外へ出た。空気が冷たく風が吹いてそれが重いと感じる。自転車をこいでいると眼にゴミが入って痛くて自転車を停めた。涙で流れるだろうと思ったけれど涙が出ないで指でごしごしとこすった。風が吹いてスカートをめくりそうになったので手で押さえた。上を見ると暗い表面の雲が流れていてずっとどこまでも続いていた。家に帰るとロボットも帰っていた。いつもは優よりも遅い。リビングでテレビを観ている。天気予報だ。台風の進路は外れている。夕食はパパが帰って来てからママと三人で食べる。いつも洋介がいるので感じが違い静かだ。パパとママは洋介の事をちょっと喋った。
「旅館でもう夕食食べてるんじゃないか? 」とパパ。
「そうね。どうなの、優? 」
「え? もう食べ終わってるわよ」
「そうか、で、何が出た優の時は? 」とパパ。優はうざいと思う。
「うどんが出たって言ったでしょ。炊き込みご飯とハンバーグ」
「そうか、うどんが名物だから、洋介はうどんが大好きだから喜ぶだろう」
「メロンも出たって言ってたじゃない」
「私の時はよ。そんな泊ってる旅館も一緒がどうかも分かんないでしょ」
 お風呂の湯船には長く使った。その間も外の風の音が聞こえた。洋介の部屋のドアは閉まっている。いつもと変わらない。ロボットがいて電気がドアの隙間から漏れている。優は風の音であまり集中出来ず早めに勉強を切り上げて眠った。
 翌日は風と雨の音で眼が覚めた。リビングではロボットがテレビを観ている。台風関連のニュースでヘルメットをかぶったレポーターが海の近くからレポートをしていて海は荒れて風に流れている雨がよく見えた。天気図に変わり台風の進路やその性質が解説されている。その規模は大きくスピードも遅い。進路もこっちには来ないと思っていたけれどこっちに上陸するように変更になっている。ママが新聞を取りに行った時雨と風の音が耳に入った。優はいつもの雨の時のようにカッパを着る。いつもより少し強い雨の感じであった。それでも安全を考慮して授業は三限目で終わりになった。初めから休校にしろよな、と男子が笑いながら言っていて、みんな早く帰れるからうれしそうだった。まだカッパは濡れていてそれが肌に触れるのが気色悪いと分っているが着た。朝よりも雨が重くなっていた。ハンドルを持つ指が冷たくなって早く帰りたかった。またに突風が吹いて身体に何度もぶつかって来る。その風に含まれる雨はビー玉をぶつけられたような痛みで同じような格好の女子生徒の悲鳴が聞こえた。優はしっかりとハンドルを握っている。お昼はまだなのでママに作ってもらった弁当を帰ったら食べるつもりであるけれど少し休憩も兼ねてスーパーでアイスクリームかお菓子を買ってみよう、と寄ってみた。駐車場のアスファルトは濡れて濃く数台の車が泊っている。駐輪場には自転車はない。優は自転車が風で倒れるだろうと思いつつもカッパを掛けた。指先が冷たい。カゴを持っていつものように果物や野菜コーナーを歩く。買わないけれど見ている。アイスクリームをカゴに入れて惣菜コーナーに行くと桑田さんのおじいさんと孫が二人弁当を選んでいるのが見えた。桑田さんは洋介と同級生の長女がいて、その下に小二と年長の妹がいる。小学校は早くから休校になっていたのだろう。で、おじいさんが孫の昼食を買うために連れて来たのだろうと、優は分った。桑田さんは父親が病死して母子家庭で母親が働いていて祖父母が農家をやっている。ロボットがたまに畑の手伝いをやりに行ってそこではお金は受け取らず代わりに野菜をもらって帰って来た事が何回かあった。
「洋介君優しいの。桑田さんのお嬢さんが他の男子にいじめられているのを見て助けてケンカになったのよ」とロボットが自慢していた。
「あんたその時何やってたのよ? 」
「だって、優さんそりゃ、子供のケンカですから、私こう見えても大人でめちゃくちゃ強いですから。私が相手をやると問題になるでしょう」
「誰がケンカしろって、止めればいいでしょ」と優は洋介の自慢話をしたのに自分の判断の鈍さを突っ込まれたロボットの驚いた顔が浮かんだ。その女の子は洋介と同じクラスで修学旅行に行っているのだ。買い物を済ませてカッパを着る。雨は降り続いている。傘をさした桑田さんのおじいさんと子供達が軽自動車に乗って駐車場を出て行った。川のそばを通ると水かさが増えてミルクティーみたいな色で流れている。家に着くと温かいシャワーを浴びて身体を温めると内側からも温めようとインスタントの味噌汁にお湯を注ぎレンジで弁当を温めた。リビングで暖まった身体でテレビを観ながら温かい味噌汁付の弁当を食べるのが良かった。テレビでは番組の端でつねに台風情報をやっている。ドアが開く音がした。ドアはちゃんと閉めた筈だけれど強い風で開いたのか? ひゅーと強くて隙間を通り圧が増した風が中に入ってくる音がした。何だ! ロボットだった。ロボットは雨の日の仕事は梅雨みたいに雨が続けば休むけれど一日ぐらいならば出掛けている。そんな時はカッパを着て行くのだ。濡れた身体をタオルで拭いたロボットがそばにやって来てテレビを観ている。優はお腹が膨れると眠くなり歯を磨いて自分の部屋のベッドで眠った。ドアがバタンと強く閉まる音が聞こえてた。それで眼が覚めた。耳には外の激しい風と雨の音がずっと続いている。ロボットが外にでも行ったのかしら? と起きて降りた。するとママだった。
「どうしたの? 仕事も台風で休み? 」
「緊急連絡網が掛って来たのよ」
「え! どこから? 」と優はまだ降り切ってない階段を降りた。
「どこからって小学校に決っているじゃない」
「何かあったの? 」
「バスはもう通行止めになる前の大橋は渡ってこっちに向かって帰っているらしいけれど。何かあったらいけないから家で待機しといてくれって」
 リビングを覗くとテレビがつけっぱなしで台風情報をやっている。ロボットがどこかに行ってるのかしら? と思ったら何とソファに横になって眼を閉じている。眠らないロボットが横になるのは夜洋介のベッドの隣ぐらいで後はずっと動いているか立っているか座っているかなので、雨で故障して動きが停まったのではないかとドキッとした。優は眼を閉じて動かないロボットをじーと見下した。ママがチャンネルを変えるとロボットが眼を開けたので、なんだ! と優は思う。台風は予想を外れ県内に上陸している。雨と風は激しく河川の増水とがけ崩れが心配だとアナウンサーは何度も伝えている。ロボットは眠らないのに寝起きのような眼で上半身を起こしてテレビを観てそのまま何も言わず階段を上って行った。ママは立ったまま腰に左手を置き右手でチャンネルを変えている。
「愛ちゃん仕事に行かなかったのかしら? 」とママが聞いた。
「ううん。お昼に帰って来たのよ」
 ママが大きくため息をついた。それはどのチャンネルの情報も同じだからである。洋介が乗ったバスが通る国道のそばは山が多くがけ崩れの心配がある。雨の量も多い。ママはリモコンを置いてリビングのカーテンを開けた。窓には容赦ない雨と風がぶつかっている。空は暗く見上げれば雲はすごいスピードで動いている。それを優はソファに座って見ている。ママも座った。ロボットがいつの間にか降りている事にママも優も気づかなかった。ロボットは二人を見下している。
「今から洋介君の所に行って来ます」
 優はドキッとした。本気なのだと分る。いつもなら何を言ってるんだと思うけれどそうはちっとも思わないのだ。ロボットの手にはリュックがある。
「大丈夫よ愛ちゃん」とママが言った。ロボットは冷たい眼でママを見返してさらにテレビを観てカーテンの開いている外を見た。
「行きます」
「愛ちゃん、この雨よ、太陽エネルギーの消耗がいつもより多くなるから」
「大丈夫です。そのために今日も仕事から早く帰って来ましたから」
 優は自分の細く長い指を見ている。今自分は何も言うべきではない。ママとロボットの話し合いで決めればいい事であり何よりも洋介が無事に帰ってくればいいのだ。
「気持はありがたいけれど愛ちゃんが言っても何もする事がないわよ。危ないって分ってたらバスも待機して待つから、台風だって夜には通り過ぎて行くから、それにねえ、この雨の中濡れたら、愛ちゃんの身体だって心配なの。もし故障でもしたらあなたを治す人はあなたを作った私のパパと東先生ぐらいしかいないのよ。その東先生だってすぐに来てくれる訳じゃないんだから。あなたはもう私達家族の大切な一人なのよ」
 ロボットは冷たい眼でママを見ている。優は冷たい眼で自分の膝のあたりをじっと見ている。途切れた会話の後からテレビの情報と外から聞こえる激しい風と雨の音がする。すごいしぶきを上げて通る車の音もする。時々熊がこの家を壊そうとぶつかるような激しい風が窓を叩く。ロボットはふと笑った。すると持っていたリュックを指の力を緩めて放した。リュックはロボットの足に落ちて音を立てた。優はロボットがリュックをゆっくりと放した指の動きを見て人間ではなく人工的に作られた機械の手の動きに見えてやはりロボットなんだと思った。
「行きます。私は私を作ってくれたママのパパつまり私のパパでもある博士にイロイロ言い聞かされています。まず私は優と洋介ちゃんを守る事、次にママとパパを守る事、次に地域の人を助ける事、そしてみんなの役に立つようなロボットになる事、私はママの弟さんの生まれ変りだとも知っています。私は博士に愛されて作られたのです。いろんな体験を出来るように作られた事も知っています。だから、とても満足です。だからこそ今博士との一番大切な約束を守らなければならないのです」
 優はママには弟がいて小さい時に病気で亡くなった事は知っているけれどその小さい叔父の生まれ変わりのために作ったとは知らなかった。
「もう急がないと行けない。私は優と洋介君を守る事が第一です。それと優と洋介君の命令が絶対です」
「愛ちゃん」
「優、言って!そうでしょう、洋介ちゃんの事が心配なんでしょ。だから行けって言ってよ」
 優はロボットから眼を避けて下を向いてスリッパを履いているつま先を見ている。眼を深くつぶり顔を上げて深くため息をついた。
「行って来てよ」
「優! 」とママ。ロボットはにやりと笑った。リュックを持つとそれを背負った。
「それと必ず洋介を無事に連れて帰るのよ」
「分った」とロボットは優を見てとびきりの笑顔を見せて急いで行こうとする。
「もう一つ、あなたも帰って来るのよ」
「もちろん、そのつもりです」とロボットは振り向いて笑って行った。ドアが激しく風で押され閉る音がした。いつの間にかロボットはいない。先程まで一つの答えを出そうとした空間では長い時間だったのに答えが決ると時間は一瞬だった。部屋は静かだった。優は外を見た。もうロボットの姿はどこにもなかった。
 橋本のおじいちゃんは縁側に立って窓の外を見ている。縁側の薄いガラスは風で今にも割れそうな勢いで揺れている。ロボットが来て眼が合った。ロボットはにっこり笑って雨で濡れた顔をまるで涙を拭うように腕で拭いた。おじいちゃんが頷くとロボットも頷いて走って行った。
 ロボットは誰もいない道路を走っているがこれでは間に合わない久し振りにバイクに変化する事にする。車が通るが人は通らない。服を脱いでパンツ一枚になると服を丁寧にリュックにしまってバイクになって走った。道路にたまった水しぶきがバイクになったロボットのタイヤでまるで度で買い包丁で切っているみたいに通って行く。ロボットはすごいスピードだ。あきらかにスピード違反だけれど関係ない。風を切ってロボットは走っている。この風はいったい追い風なの? それとも向かい風、温かい風、冷たい風、どうでもいいわね、ふふふ、さすが優ね、あの子はきっといい女優になるわ、とロボットは走りながらにやっと笑った。
 国営放送が全国のニュースから地元のニュースに切り替わり台風情報を伝える。
「ただ今入ったニュースです。この台風の影響で地盤が緩み山が崩れがけ崩れが発生した模様です。大きな岩と土は国道をふさいだようです。中継が入り次第お伝えします」
 優とママは驚いた。国道は今まさに洋介が乗ったバスが通っているのだ。もう洋介はその場所を通ったのだろうか? それともまだなら帰ってこれないではないか、と思った。
「情報によるとがけ崩れによる土砂に挟まれる形で車数台が立ち往生している模様です」とアナウンサーが伝えた。電話が鳴り、ママがその中に洋介の乗ったバスが含まれている事を知った。映像では国道を通るそばの川の増水も懸念されさらに雨により自然とアスファルト自体の水も増え続けているのが分る。誰もいない国道をロボットはバイクになり走っている。情報を得るために体内にあるラジオを聴いていてバスが立ち往生している事も分った。急がなくてはと制限速度を無視して走っている。アスファルトに水が溜まっているのが自分が通ると両サイドに高く上がる水しぶきでよく分かった。ただ自分は今はこうやって目的地に着くまで走ればいいのだ、とその事だけを考えていた。
 パパが帰って来た。ママはテレビを観ながら緊急連絡網で電話をしている。パパはスーツ姿のまま立ってソファの背もたれに手を置いてテレビを観ている。
「これは」とパパがつぶやいた。雨の音が激しい。風も激しい。中にいるのに外の音がやたらと届き優の心を乱した。
「さっきロボットが助けに行ってくれたの」と優はパパに言った。
「そうか」とパパはつぶやいた。優は窓の外を見た。暗く雨粒の大きい雨が見えていた。
 ロボットは現場に近づいたのが分った。バイクを停め人型に戻りリュックから服を出して来た。リュックの小さいポケットから封筒を取り出した。そこには良の写真が入っている。フンと笑うと封筒をリュックの中に戻した。眼の前にはなるほど山が大きく崩れ土砂に混じって大きな岩石それに何本もの木が国道を塞いでいる。その前には警察と消防の車が何台も停まりカッパを着ていてこれからまだ着いたばかりらしくこれからどうやろうかと戸惑っている。風が強いのが山にある木が激しく揺れているのでも分る。人も立っていても吹き飛ばされそうなぐらいで作業をするのも上手く行かない感じだ。木の枝は空中を舞、身体にあたる雨粒は豆を激しくぶつけられているみたいに痛い。けれどロボットはその痛さを感じない。ロボットはカッパを着るとスタスタと警察と消防がいる中を進んで行く。
「あ、ちょ、ちょっとあなたこれ以上は進めませんよ」と警察の一人が言った。ロボットは振り向いた。冷たい眼をしていてフダンは黒眼だけれど青くなっている。
「あの向こうにバスがあるんだろ」とロボットは聞いた。
「え? 」
「バスがいるんだと聞いているんだ」
「ええ、はい」と警察は急に来た大きな男が威圧的な態度で言うので圧倒された。
「あ、ダメですよ」
「決まり切った事を言うな、この状況を見ろ、お前ら何も出来ないじゃないか、俺がやるんだ」とロボットは言い捨てそのまま走った。警察は戻って下さい! 戻って下さい! と言うが雨と風でかき消されさらにその激しさで進む事も出来ず守るしかなかった。ロボットは勢い風や雨に負けずふわりと土砂にジャンプした。なるほど、何台かの車がいてその先に修学旅行のバスが二台見えた。バスの下には雨が溜まっている。先頭にもう少しで土砂に飲み込まれるギリギリで停まっている。食料品を積んだトラックが停まっている。さらに乗用車やトラックがあり、軽自動車もあってそこにはスーツ姿の若い女性がいて不安そうにハンドルを両手でしっかりと持っている。ロボットが中を覗くと気づいたけれどまだ不安とエンジンを切っているから寒さで震えている。これは急がなくてはならない。しかし、バイクに変化してスピードを出してエネルギーを消耗している。この土砂をキレイに排除するには相当のエネルギーを消耗するだろう。ひょっとしたら補助エネルギーも使う事になるかも知れないぞ! とロボットは覚悟した。洋介達が乗っているバスも離れて見て分った。ロボットは手袋をはめながら崩れた山の方を見て計算する。早くしないと土砂崩れが再び起こって今度は車を飲み込むかも知れない、と考え早速土砂に向った。ロボットは慎重にかつすごいスピードで土砂をそばを流れる川の方に払っている。土はジョジョに払われ大きな岩が見えた。反対側にいる警察や消防がそれに気づき手伝い始めた。後は大きな岩をどけるだけになったロボットはすっとその岩にジャンプすると作業をしていた警察と消防に危ないから下がれと言った。みんなが言われた通りに下がるとロボットは岩を見下した。ボロボロになっている手袋をした手で瓦割をやるみたく岩を叩いた。岩の表面が砕けロボットはマシンの如くそれを続けた。岩は小さく砕けた。現場にはテレビ局も駆けつけ映像で岩を砕いているロボットとそれを運ぶ警察と消防の映像が映し出された。
「ようやく今塞いでいた大きな岩石が砕かれ取り除かれて運ばれ立ち往生している車数台の様子が分りました」
 テレビでソファに座りそれをパパ、ママ、優が観ている。反対側の土砂や崩れた木も警察と消防によって取り除かれている。ロボットは補助エネルギーを半分ぐらい消耗している事が分った。でも優との約束は守れそうね、と安心した、さっき見た良の写真を想い出した。台風の風も先程より弱まり雨も小降りになっている事に気づいた。洋介の所に行こうと向かった。もう車は土砂と木が除かれると安全を確認して動けるようになるハズだ。ロボットは自分の姿を見た。泥だらけではめている手袋は破けさらに岩を砕き続けた手は皮膚をも突き抜け中の金属が覗いている。これはどうしよう? とロボットは苦笑いしながらもバスに近づいた。各車両のエンジンが掛った。下には雨水が貯まっている。ロボットは長靴で進む。その時、急に突風が吹いた。さらに雨もまた激しくなった。ゴウと恐ろしく不気味な風が耳のそばを通った。外にいる作業員達は思わず身をかがめたりさらに身体が飛ばされぶつかりあった。また雨と風が激しくなり続いた。土砂がジョジョに崩れた。ロボットは崩れている山の表面を見た。中には大きな岩があるのが見えた。これは! と思った。瞬間その岩が落ちて来た。その下には軽自動車がある。ロボットは走り岩の下に立ち両手を開いてジャンプした。岩を顔面でも激しく受け止めた。これは、空中キスってやつ? とロボットは全身で岩を受け止め岩をコントロールした。ゆっくりと車の横で停まり、そのまま岩を持ち上げたまま安全な場所にゆっくりと置いた。後からザザザと残りの土砂が流れているのが聞こえたけれど車の横で止まり問題はなかった。運転席の若い女性と眼が合った。女性はお礼に何度もロボットに頭を下げた。ロボットは笑顔のつもりだけれどそれが出来てない事に気づいた。空中キスって随分とゴツゴツしているのね、とロボットは思いながら岩から顔と手と身体を離した。顔から金属が見えているのが自分でも分った。それよりも補助エネルギーもほとんど使った事が分った。バスの中で今の様子を見ていた児童達はすげーと言いながら喜んだ。洋介君の所のロボットでしょ、とみんな褒め称えた。そのロボットがゆっくりと近づいて来た。喜んでいたみんなロボットの汚れて金属がところどころ見ええている姿に引いた。けれど洋介は一人出迎えた。洋介は先生に言ってロボットをバスに乗せる事を許可してもらった。洋介は金属が出たロボットの手を握った。ロボットは早く動く事が出来ない。ジー、ジーと動く度に今まで聞いた事のない壊れかけた機械の動きのような音をさせた。みんなロボットに対して拍手したロボットは洋介と一緒に後ろの席に座り、桑田さんがバッグからタオルを出してロボットの濡れて汚れた身体を拭いてくれた。ロボットはロボットらしくぎこちなく笑った。バスはようやく動き始めた。
 テレビで優はロボットやバスの様子を見ていた。ママは緊急連絡網で電話をしている。
 バスの中ではみんな元気になった。外の雨と風に負けないぐらいの大きな声で歌を歌った。ロボットのために歌った。校歌も唄った。ロボットから涙は出ないけれど泣いているように思えた。
 学校にパパとママが車で迎えに行った。優は家の中に残った。外を見ると風も雨も弱まっている。道路には風で飛ばされた木の枝や濡れてアスファルトにくっついた木の葉が散らばっている。優は疲れていた。ベッドで眠るつもりで階段をゆっくりと上ろうとする。振り向いた。玄関には誰もいないから静かでリビングの時計の秒針の音が聞こえる。もう風の音もない。ゆっくりと上った。
 小学校ではバスから帰って来た児童達を保護者達が迎えた。桑田さんのお母さんが妹達と来ていて長女に気づくとうれしそうに肩を抱いた。洋介がロボットと出て来るとロボットの姿に改めてパパとママは驚いた。急いで車に乗せて帰った。
 優は眠れず椅子に座っていた。まとめていた髪をほどいてストレートにして雑誌を読んでいた。パパの車の音が聞こえて帰って来たのが分った。ドキドキしていた。なぜこんなに心臓がなるのか分らなかった。ドアが開いてみんなの声がする。
「優、洋介と愛ちゃんが帰って来たわよ」とママの声がした。優は部屋の電気もつけず雑誌を読んでいた。雑誌を閉じて机の上に置くと立ち上がって階段を降りて行った。階段の下には洋介とロボットがいた。
「お姉ちゃん。愛ちゃん僕達のためにボロボロになったんだよ」と洋介が言った。そのそばには濡れたズボンをママとパパに支えられ脱ぐのを手伝ってもらっているロボットがいる。ズボンを脱ぎ終わるとロボットが階段に立っている優を見上げた。優は驚いた。顔の左側は傷だらけで金属が見えている。
「ただいま」とロボットが言い笑った。優は鼻から息を吐きリビングから聞こえる時計の秒針を確認した。
「何よ。黙って優、ちゃんと愛ちゃんにお礼ぐらい言いなさい」
「ごくろうさん」と優は冷たく言って階段を降りないで上った。
 洋介とロボットがお風呂に入っている。夕飯の支度が出来たとママに言われ階段をゆっくりと降りた。キー、キーと音が聞こえる。その先には傷付いたロボットがゆっくりと動いている。ロボットは優に気づいて上を見上げた。優は階段の途中で立ち止まり厳しい眼で自分の本当の心を悟られないようにロボットを見た。ロボットも笑わず厳しい顔をしている。
「空中キッス」と優がささやいた。
「へ? 」とよく分からないロボット。
「飛ぶのよ」と優が言うとスタッとロボットめがけて身体を浮かせて飛んだ。ロボットはあわてて飛んで優を受け止めた。優はロボットと口を合わせた。一瞬だった。コレガクウチュウキッスカ! とロボットはそのまま優を受け止めたまままるで空から舞い降りてくる天使のように下で降りて音が立たないように踏ん張りすり足で廊下を後ろに滑った。優はそれでも唇を離さずロボットとキスをした。キッチンから家族の物音がして、やっと離れた。
「さすが経験者ね」とロボットが言って笑った。優は離れ際グーでロボットの胸を小突いた。
 勉強に集中出来ないと思っていたけれど音読を繰り返して気づけば深夜だった。そろそろ寝ようと思い電気を消そうと立ち上がるとキー、キーと音が聞こえた。隣の部屋のドアが開いて出て来たのはロボットだった。ロボットはこれと言って封筒を渡した。優は封筒を受け取り中身を見た。良の写真だった。
「これはあなたにあげたのよ」
「ええ、感謝してるわ。持って行ったの。でも、もう私には」
 優は厳しい顔でロボットを見た。ロボットも厳しい眼で優を見る。優はその瞳が青から白になっているのに気付いた。
「あれがキスなのね。痛みや感覚を感じない私でもその良さがなんとなく分ったわ」
 優はすっと横を向いた。
「洋介君やパパとママには悪いけれど、優には本当の事を言うわ。もう気づいているかも知れないけど、どうやら間に合わない、終わりね」
 優は斜め横からぐっと睨んだ。
「怖い顔ね。でもその顔がキレイ! 私、あなたが笑っている顔よりそんな怖い顔をしている方が好きかも、ま、あまり私の前で笑っている顔を見せた事がないからそう思うのかも知れないけれど」
 優はロボットがドアにもたれているのに気付いた。
「私はね。ボットだけれど、この一年みんなと生活をしていろんな感情を覚えたの。いろんな体験をさせてもらってとても人間に近くなれたと思う。だから、ここから自分がいなくなるって事がとても怖いの。怖くて怖くてたまらないのよ。泣く事が出来るのなら多分大泣きしてると思う」
 優。
「人間は輪廻転生があるんでしょ。あの世があってまた生まれて来るって、でも私にはそれがないの。だから、もうこれでお別れなのね」
 優の素足、その長い足の指。
「それだけ」とロボットは笑った。ロボットの裸足の大きな足。その長い指先。冷たい廊下に立っている。優はその冷たさを足の裏の表面で感じている。
「おやすみ、さようなら」とロボットはドアを閉めようとした。
「大丈夫よ」
 ロボット、振り向く。
「愛の事は私も洋介もパパもママもみんなの心の中に記憶として永遠に刻まれるか。、永遠によ」
「永遠? 」
「そう永遠」
 ロボットは自分の長い足の指を見た。よく作ってくれたと博士に感謝する。優はロボットの金属がむき出しになった左手を見た。それを両手で握り優しく自分の心臓にあてた。
「永遠」と優は言った。ロボットは優が初めて自分の事を愛と呼んでくれた事に今気づいて笑った。
「それは良かった」と笑った。優は優しくロボットの手から自分の手を離した。
「やっぱり胸小さいのね」
「うるさい」
と優は言いロボットは笑い洋介の部屋に入った。ギイギイともう壊れる機械のような音をたてていた。
 
 台風が過ぎ去った後は必ず晴天になる。アスファルトは乾き始めているけれど枝や木の葉はそこらじゅうに散らばっている。風が吹いて生暖かい空気が心地良い。
 優はいつもより遅く眼が覚めた。洋介が愛の名前を呼んでいるのに気付いた。部屋を出てドドドと階段を急いで降りて行った。優はベッドの上で眼を開けたまま天井をずっと見ながら隣の様子を聞いていた。
 東がやって来たがやはりダメだった。愛は動かなくなっていた。
 愛のお別れ会を開く事にした。橋本のおじいちゃん、立花のおばさん、美沙の親子、恵の姉妹、華の姉妹、仕事で愛に手伝ってもらった人が多く集まった。美沙は泣いていた。愛は棺に納められ一緒に服や小物も入れられた。そこには愛が優に返した良の写真もあった。橋本のおじいちゃんが愛に顔を近づけて、ありがとう、と言った。料理はママと優と美沙の親子がサンドイッチやおかずなどを用意していた。それを食べながらみんな愛の想い出を話していた。
 ワゴン車が来て玄関のチャイムが鳴った。源さんだった。源さんは握りと太巻きとサバ寿司をたくさん持って来た。誰も頼んでいないのでママは驚いた。
「ええ、お別れ会をするって言うんで持って来ました。私のおごりです。どうぞ、食べて下さい」と源さんは言ってママに渡した。
「ありがとう。でも、どうして? 」
「いや、先生にはかわいがってもらって先生がいろんな人に私の寿司をすすめてくれてそれで常連さんがたくさん出来てとても感謝してるんです。それで私をモデルにロボットを作っていると内緒で聞かされていて、そっくりでびっくりしました。いやあ、私はかわいがられているなと分ってとてもうれしかったんです。そのロボットが動き出した時会いに行こうかと思ったんですが恥ずかしくって結局ね、でも、何回か見掛けた事はあるんです、噂ではとても人の役に立ってるって聞いて自分の弟のように見えまして、うれしくて思わずニヤけてね、いつか、ちゃんと会おうと思ってたんですが、このようになって、とても残念です」
「そうなの、さ、上って」とママに言われて源さんが上った。みんな愛と源さんがそっくりなので改めて驚いた。源さんは金属が見えている愛の顔を見て自分とそっくりな事に感動した。源さんは愛の前にずっと立ってその姿をじっと見詰めている。寿司は見事な寿司でみんな遠慮なく食べた。もちろん博士の大好きだった太巻きやサバ寿司もみんなパクパクと食べる。愛が家に来てから実際源さんの寿司屋に家族で行く事がなかったので、改めて美味しいと優も洋介も食べて感動した。源さんが帰った後、六年生達が来た。愛の周りを多くの人が取り囲んだ。夕方になりみんな帰ると棺桶に蓋をして博士の研究所の愛がもともといた場所に棺桶を立てた。その部屋の電気を消すと部屋は真っ暗になった。

 冬になり優はラストスパートを掛けている。クリスマスイヴも朝から優は勉強をやっている。夕方になってママが予約していたクリスマスケーキを持って帰った。夕飯はクリームシチューと鶏のから揚げである。電話が掛り洋介が美沙からだと言うので出た。
「あした、予定ある」
「予定は勉強よ」
「一日ぐらいいいじゃない息抜きに、華と恵とでさ」
「うん。じゃあいいけど、恵はいいの彼氏とデートは? 」
「今日一日中デートしてるからいいって」
「ふーん」
「じゃあ、あしたの朝九時の列車に乗るからママが駅まで送ってくれるから、用意しといて」
 電話を切るとキッチンに行った。から揚げを揚げている音がする。みかんを一つ取って手で遊びながら着ているフードを頭からかぶり冷蔵庫を開けた。冷蔵庫にはクリスマスケーキが入っている。ママにあすみんなで遊びに行くと報告した。
 夕食を食べてケーキも食べる。優もパパとママと同じようにコーヒーにしたけれどケーキの甘さで砂糖をたくさん入れているのにとても苦かった。コーヒーを飲んだせいか眼がさえて早く眠るつもりが遅くまで起きて勉強をやった。
 真っ白い顔でフードをかぶって階段を降りる。とても寒く足に冷たい空気を感じる。パパはもう着替えて出掛ける所だった。財布を取り出してお小遣いをくれた。美沙の母親が車で迎えに来てくれて駅に行った。列車で大きな街に行った。寝不足で優と恵は列車の中で居眠りをした。華と美沙は眠っている二人の隣でぺちゃぺちゃとずっとお喋りをしていた。街はクリスマスのイルミネーションで飾られている。まず映画を観た。観終わるとレストランで昼食を食べ洋服や小物、メイク、靴などを観て廻りそれぞれがそれぞれの欲しい物を買った。カフェでケーキを食べた。ボウリングを一時間やりゲームセンターで遊んだ。外に出て街を歩いた。優はダッフルコートのポケットに両手を入れて歩いた。夕日が正面のビルの上にありそのオレンジが穏やかだ。優があくびをしたので三人は何回目! と怒った。華が優に身体をぶつけた。牛丼屋のカウンターには横一列で男性客が牛丼を食べ定員が牛丼を運んでいる。その隣に楽器屋があり四人は入った。店内にはクリスマスらしくクリスマスソングが流れている。ミュージックビデオでは激しいダンスでミュージシャンが踊って歌っている。店内にはピアノ、ギター、ドラム、ベースなどの楽器が並んでいる。エレクトーンがある。
「華何か弾いてよ」と恵が言った。ピアノが得意な華は立ったままエレクトーンをゆっくりと弾き始める。そのそばに美沙、恵、優が立っている。華はまるで子供が習ったばかりのようにゆっくりと確かめるような指使いでクリスマスソングを弾いている。電子音が心地良い。優達だけでなく店内にいる他の客や店員までもそのメロディに耳を傾けている。優はポケットに両手を入れている。去年、どうって事のないクリスマスを過ごした。ただ、座ってテレビをずっと観ていた。パパもママも仕事で洋介は子供会のクリスマスパーティに出掛けていた。昼寝をして起きてまたテレビを観ていた。ドアが開いて誰だろうと後ろを振り向くとサンタクロースが立っていたので一瞬驚いたけれど愛だった。愛は幼稚園や保育園や老人ホームにサンタクロースの格好で廻っていたのだ。その途中だった。
「はい、プレゼント」と愛はニヤニヤしながら袋の中から出したお菓子を優に渡した。優は不機嫌にそれを受け取った。それでも愛はご機嫌だった。
「優! 良君の事でも考えてるの? 」と美沙が言った。
「そんな事ないわよ」と優は言った。華は二人をチラッと見て笑いながら弾いている。
 カフェでケーキを食べた。夕食は地元で食べる事にして列車に乗った。すっかり夜で優以外の三人は眠っている。優はポケットに両手を入れてガムを噛んでいる。一粒の味が薄れるとまた一粒たした。恵が眼を覚まして真っ暗な外を見ている優を見た。ガムを頂戴と言って優にもらい噛んだ。
「さっき、良君の事じゃなくて愛ちゃんの事想い出してたんでしょ」と恵はガムの包をはがして口の中にガムを入れながら笑った。優はふと笑って恵を見た。
 駅に着くと近くにある焼肉屋でヤキニクを食べた。美沙のママに迎えに来てもらった。家に着くと食事を終えていた。夕食はハンバーグだった。
「優の分も一応あるけれど食べる? 」とママが聞いた。
「いらない、いらない」と満腹のお腹で優は首を横に振る。
「パパがねコンビニのケーキが安くなってたから買って来たのよ。冷蔵庫にあるわ」
「ふーん」と優は答えてから二階に上がった。
 夜中までずっと音楽を椅子に座りヘッドホンで電気を消した暗い部屋で聴いていた。愛も音楽をよく聞いていた。愛は優が聴いている流行りの曲ではなく昔の歌謡曲やフォークソングを聴いていた。たまにジャズなんかも聴いていてカッコつけちゃってと優は冷ややかに見ていた。その愛の買ったCDを最近よく聴くのだ。いい曲が多いと思う。ずっと聴いている。もうよそう眠ろうと思うけれど聴いていて夜中になった。お腹が減ってキッチンに行き冷蔵庫を開けた。中にパパが買って来たケーキが入っている。昨日食べたケーキよりも一回り小さい。中を開けると洋介とママが食べていて半分になっている。自分もその半分だけにしようと思ったけれどキッチンのテーブルに置いて立ったままホークで食べると美味しいのでそのまま全部食べてしまった。歯をしっかりと磨いて二階に上がった。
  
 大学に見事合格すると優は約束通りプロダクションと契約した。
 洋介は小学校を卒業して中学生になる。卒業式では校庭に記念として桜の木を植樹した。それは愛と名付けられた。
 優は叔母のマンションに暮らした。大学生活と女優の卵としての生活を送っていた。でも叔母に迷惑が掛るからと二年目からは寮に入った。ダンスやお茶などのレッスンを受けたり学校の授業も欠かさず出た。仕事もちょこちょことCMのちょい役やドラマや映画のエキストラに出たりした。大学在学中に世間に知られるまでになり、ドラマや映画でも脇役で活躍した。卒業すると主演のドラマも決まり忙しくなった。実家には夏と冬には帰っていたけれど忙しくなってなかなか休みが取れなくなっていた。映画の主演も決まり、撮影に入る前の夏に休みが取れたので久し振りに実家に帰った。タクシーで帰った。平日なので誰もいなくてそのまま橋本のおじいちゃんと立花のおばさんにお土産を持ってあいさつに行った。橋本のおじいちゃんは近くの畑からちょうど帰っていて後ろから声を掛けて一緒に家に行きお土産を渡して玄関で少し話をした。立花のおばさんの家でコーヒーを飲みながら話をしていると洋介が学校から帰って来たのが分ったので家に帰った。洋介は背が高くなっている。優はこの間会った時よりもまた背が伸びたと思った。中学からバスケをやっているからだろうと思う。中学に入った時に何で野球を続けないのか? と聞いたら坊主が嫌だからと言っていた。今では髪を伸ばしている。バスケ部で活躍しているらしく随分と女の子に人気らしい。姉が最近人気の美人女優と学校でも知れているから余計目立つのだ。華と久し振りに会った。もう社会人としてりっぱになり大人っぽくなっていて恋人もいる。お土産にカレンダーの撮影で行った海外で買ったアクセサリーを渡した。恵は姉の美容室を手伝っているが、付き合っていた恋人と結婚して今妊娠してもうすぐ予定日なので産休に入り休んでいる。いつか髪をやってもらう約束をしていたけれどまだやってもらっていない。華はよくやってもらっている。美沙は大学を卒業してそのまま古都で就職をしていて、恋人もいる。華と二人で電話すると会いたかった、もう少しずらせてくれたなら帰省で会えたのに、と残念がった。恵に電話すると今姉の店にいると言ったので華に送ってもらった。店に行くと姉と恵がいた。随分とお腹が大きくなっていてお腹をさわらしてもらった。シャンプーだけでもやってよ、と恵に言うと首を横に振られた。
「髪を切ったら」と恵は言った。
「うん、じゃあお姉さんに少し切ってもらおうかな」と優は言った。
「いいの? 」とお姉さんは言い、優の髪を切り始めた。そばに恵がいて華がいる。お腹に赤ちゃんがいる恵は隣の空いている席に座りその後ろに華が立ってゲラゲラとよく笑い優を見ながらお喋りをしている。髪を手入れしてもらうと三人で隣の最近出来たカフェレストランに入って食事をした。三人ともよくしゃべりよく笑いよく食べた。店を出ると恵が優の頬をなでて笑い華もなでて笑った。またゲラゲラと笑った。車で送ってもらい別れた。家に帰るとパパとママが帰っていて夕食をもう食べ終えていて、優は夕食を食べて来たのでそのまま二階に上がった。隣の部屋から音楽と洋介が電話している声が聞こえている。優は眠たくなってすぐに眠った。土曜日にはパパとママと優の三人で出掛けた。洋介はバスケの試合があるので行かない。優はパパの車の後部座席に座り黙って外を見ている。見慣れている風景なのに眼を凝らして見ている。山があり川があり自然が多い。新しい家も建っている。コンビ二の駐車場には自転車で来ている小学生の女の子が二人いて買ったお菓子を食べながらぺちゃくちゃ話をしている。優は後部座席からぼうとしながらもそんな風景を懐かしく新しく見ている。うどんを食べに行こうと海を渡って行く。海を越える大きな橋を渡る。途中の島で降りて休憩を取る。女優の優に気づく人もいて観光に来ている若い女性などが写真や握手を求めて来たので応じた。小学校の修学旅行で訪れた街をパパとママと行く。優はそこでも握手やサインや写真に応じた。うどんを食べて買い物をする。デパートでケーキや饅頭を買った。帰りの車では疲れて眠った。家に帰ると見慣れない自転車があった。
「奈菜ちゃん来てるのね」とママが言った。家に入るとリビングには誰もいないけれど玄関には確かに女の子の靴がある。リビングでケーキを用意をしていると洋介と奈菜が降りて来た。奈菜は優にあいさつをした。
「ケーキあるけれど食べる? 」とママが洋介に言った。
「ああ、上で食べるよ」と洋介が言い、ジュースとケーキを奈菜と運んでまた部屋に戻った。
「この間戻った時に会った子と違うね」と優はママにケーキをホークで食べながら言った。
「そう、中学の時は理奈ちゃんと付き合ってたの」
 二階から洋介と奈菜が降りて来た。
「奈菜ちゃん夕食は? 」
「あ、今日はいいです」と奈菜は言い洋介と二人で玄関の外に行った。ドアが閉まる音がした。優はモンブランの真ん中に乗っている黄色い栗をホークで刺して食べた。テレビでは地元のニュースをやっている。恒例の猫大会のニュースだ。
「いつもご飯食べて行くの? 」
「そうね、だいたい」とママが少しあきれて言う。
「よく食べるよ。洋介も奈菜ちゃんも前の理奈ちゃんも」とパパが言った。
「洋介遅いわね。ひょっとして送って行ったの? 」と優が聞いた。
「そう」
「まめねえ」と優があきれた。
「まめじゃないともてないだろ」とパパが言った。
 夕食はヤキニクだった。ほっとプレートでたくさん肉を焼いた。洋介はよく食べる。優もよく食べた。お風呂に入ってくつろいで部屋に戻った。隣では音楽が聞こえている。音楽が止まり洋介がお風呂に行った。優は古い雑誌を出して読んだ。持って帰った鞄の中には今度の映画の台本が入っていて新幹線の中で読んでいてもうだいぶ暗記している。いつも完璧に暗記するまで読み込んでいてこっちに帰った時にも何度も読もうと考えていたけれどまだ一度も出していない。そんな気になれない。雑誌は懐かしさからか集中して読んだ。いきなりドアが開いたのでびっくりした。
「何よ! 」とドアの方を向いた。立っていたのは洋介だった。
「俺にはお土産がないの? 」
「いきなり、図々しい。あるわよTシャツ」
「ちょうだいよ」とぶっきら棒に言った洋介に小さい頃はかわいかったのに、おっさんみたいな声になっていると嫌になる。バッグからTシャツを出して渡した。洋介はそれを見て受け取った。
「あ、それとカレンダー余ってたらくれよ」
「カレンダーって何よ」
「姉ちゃんのだよ。去年出しただろ」
「ないわよ。もう、家にあるんじゃないの」
「パパが大事にとってあるんだよ。事務所にはあるだろもらって送ってよ」
「何言ってるのよ。そんなの欲しいの、弟のくせに気持悪い」
「ちげーよ。俺な訳ねえだろ、周りのダチで欲しいってのがいるんだよ。それと先生で大ファンてのが、帰って来たら会いたいって言ってたけど姉ちゃん嫌がるだろ」
「別に嫌じゃないけど嫌だわ」
「何だ、それ、じゃあサインでいいからくれよ」
「自分で書けば、いっぱい色紙送ったでしょ、前、あれマネればいいんだから」
「何だよ。それ、あ、それとルイちゃんと共演して仲良いんだろ、サインと写真頂戴よ、あの子のファンなんだ」
「誰が? 」
「俺だよ」
「あんた彼女いるじゃない」
「それとは関係ないだろ」
「面倒くさい」
「じゃあ、いいよ、ケチ」と洋介はドアを閉めようとした。優はため息をついて雑誌を読む。するとドアが開いた。優はドアの方を見た。
「姉ちゃん」
 優は洋介を黙って見た。
「今でも、愛ちゃんの事想い出す事あるのかよ」
 優。
 洋介は何も答えず固まった優を見てふと笑いドアを静かに閉めた。

 翌朝は早く起きて近所を散歩する。お昼過ぎには帰るのだ。行く気はなかったけれどやはり鯉を見に行った。黒い水の底の水槽に色鮮やかな恋が何匹も泳いでいる。水は出ていない。よく愛とすれ違った。愛は洋介と来ている事もあったが一人で来ている事もあった。すれ違う時、いつもドキッとしていた。後ろから叩き斬ってやりたいといつも思っていた。そうやって振り返った時、ベーと舌を出している事があり激怒した事があった。それを想い出してふと笑った。養殖場から帰ると小学校に行ってみた。日曜の朝でまだ早いので誰も外にいない。洋介達が植樹した愛という桜の木はりっぱに育っている。それをフェンスの外から見た。グラウンドを見る。良く晴れている。ブランコや滑り台、雲梯、ジャングルジムがあるけれど誰もいない。グラウンドには白線が敷いてあり、こぼしたのか端の方に大量の白線の粉がこぼれていてそこから児童達の無数の足跡がいろんな方向にのびていた。
 洋介はデートに行きパパとママが送ってくれる。車でわざわざ大きな街まで送ってくれてそこで昼食を食べて駅まで送ってもらって別れた。
 新幹線の中では台本を出したけれど読まず、ずっと音楽を聴いていた。愛が持っていたCDの曲がほとんどだった。

 映画の撮影が始まった。朝、メイクをしないで現場に来る。メイクをしないと少し童顔なのである。今回は泣くシーンを撮影する。重要な場面である。けれど優は子供の頃からほとんど泣いた頃がない。祖父が亡くなった時に少し泣いただけでそれからは泣いた事がない。愛が壊れて動かなくなった時も泣かなかった。愛に外で働くようになってお金をもらうようになり女性になりたい、と女性用の服や靴を買った時があった。ウイッグやメイク品も買った。愛が長い髪でメイクしていた。以外にキレイだった。けれど女装を止めた。
「これ、あげる」
とメイク品を愛がくれた。普段メイクをしない、面倒くさい優だったけれど叔母の家に行く前にやってみた。鏡を見て自分で笑った。慌ててメイクを落としたけれどその前に愛が見ていて大笑いしていた。優は愛の腕を持って捩じ上げた。メイクさんにメイクをしてもらいながら思わず笑った。
けれどこれから大変なのである。家で泣く練習をやったけれどやはり泣けなかった。マネージャーや監督に相談した。悲しい事とかを想い出せばいいとお決まりのアドバイスを受けたけど泣けそうもない。どうしても泣けなかったら目薬を用意するからそれでもいいと言われた。重要なシーンでベテランの俳優にもその他のスタッフみんなに迷惑を掛けると行けない。そう思うと余計緊張する。前日に泣く練習をやったけれどやはり涙は出ない。リハーサルになっても泣けなかった。目薬は用意された。本番になった。優は愛の事を想い出した。自分はロボットであるから生まれ変わる事は出来ない、それが怖いの、でも泣く事は出来ないの、と言っていた。愛のいろんな事を想い出した。涙があふれ出てそれから大泣きした。わんわんと泣いた。自分でも驚くぐらい泣いた。
「カット! 」と監督が言い、オーケーが出て優は褒められた。それでも優は泣きやむ事が出来なかった。
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妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

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