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・暗闇の処女と招かれざる者
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俺たちは女官に化けて赤竜宮を脱走した。そう一言で表現するのは簡単だけど、そこに一言では済まない苦労があった。
特に赤竜宮と宮廷を繋ぐ連絡路は現在も物々しい警備体制下にあり、鋭い監視の目が張り巡らされている。
そこを女装姿で抜けるなんて通常あり得ない。どれだけ勇気があっても足りない大いなる試練となると思う。
「ではまいりましょうか、新入りさん」
「は、はい……お世話になります……」
その試練に俺たちは挑んだ。自分が誰だかわからなくなるほどの不安と羞恥を抱えて、俺はうつむきながら長い連絡路を進んだ。
「そこの女官」
「は、はいっ!?」
「熱があるのではないか? ここにはアルヴェイグ殿下もご滞在されている。風邪をうつさないように」
「申し訳ありません、重々気を付けます……!」
「少しでも給金が欲しい気持ちもわかる。だが無理をしないように」
彼らは俺たちの正体に気付かなかった。
俺たちはまんまと連絡路を横断して宮廷へと抜け出すと、倉庫となっている地下へと下った。
倉庫の奥はひどく暗く、ソーミャが持つ燭台がなければ何も見えない。蜘蛛の巣と埃だらけの木箱の迷路をさまよって、ソーミャが壁に隠し階段を見つけた。
「こちらですわ、お美しいお嬢様」
「冗談きついですよ、姫様……」
それは照明のない螺旋階段だった。どこまでもどこまでも暗闇が続く下り道を、俺たちは転ばないよう手を繋いで進んだ。
「ふふふ……とてもお似合いですわ」
「ありがとう、全く嬉しくないです……」
その暗闇は燭台1つでは照らし尽くせないほどに深かった。いくら進んでも終わりの見えない螺旋の道は、まるで地獄に続いているかのように感じられた。
「艶やかな白い御髪と、幼さの残るやさしい顔立ち、引き締まったお体……。社交界の好色紳士に見つかったら、ふふ……しつこく口説かれてしまいますわね」
暗殺者にはあれだけ恐怖するのに、暗闇は全く怖くないようだ。この冒険を楽しんでいるふしさえあった。
「そしたらこの脱走計画は失敗、なんの得もないですよ」
「いいえ、最高の目の保養にございます。わたくしが皇子でしたら、きっとお兄様と貴方を奪い合っていたことでしょう」
「すみません、天界式のジョークはよくわかりません」
「冗談ではございません」
「でしたらなおさらに困ります」
「お考えを。お兄様はアル様のお母様との大恋愛に破れたのですよ? そんなお兄様の前に、そのお姿のアル様が現れたら――」
「一笑されて終わりですね」
「フ、フフフ……果たしてそうでしょうか。ああっ、妄想がたかぶりますわ……」
「そんなBLマンガみたいなことが現実に起きるわけがないでしょう……」
燭台を片手にソーミャ皇女が笑う。さっきまでの気を動転させていた彼女の気持ちを思えば、趣味の悪い妄想も笑って許せた。
「あ、到着のようですわ」
螺旋階段の終わりが見えると、ソーミャ皇女と繋いだ手を離して前に出た。安全確認のためだ。
そこは恐ろしくグロテスクな世界だった。赤錆だらけの鉄格子の向こうに、朽ち果てた寝具と鎖が見えた。
「こちら、五代目皇帝が母クローザが築きし――拷問場にございまーす♪」
「ご、拷問……っっ!?」
「はい、太古の怨念渦巻く拷問場にございます♪」
「ち、地下牢って言っていたじゃないですかっ!?」
「はて、両者になんの違いがございましょうか?」
「そんなの100人に聞けば100人が『大違い』って答えますよっ!! うわぁっっ!?」
ある一室をソーミャが燭台で照らすと、サビだらけの拷問器具がひしめいていた。赤サビが乾いた血のように見えて、ただただグロテスクだった……。
「まあ、なんと凄惨な。ここには、死と生の残滓が、満ちあふれております」
「襲われたときは震えていたのに、ここが怖くはないのですか……?」
「はい、別段危険はございませんので」
「俺はあると思います」
「はて? それはどのようなデンジャーにございましょう?」
勇気がある。頭もいい。器量だって悪くない。しかしソーミャ皇女はどこか抜けた女性だった。
「ここが本当に有事の際の脱出路なら、フリントゥス皇子の命を受けた侵入者も、ここを使う可能性が高くありませんか?」
悠々と残虐皇后の拷問場を歩いていたソーミャがピタリと足を止めた。敵がここを使うとは考えてもいなかったようだった。
「そ、その時はその時にございます……っ。今のわたくしには、最強の彼ピヨピヨがいるのですから……っ、も、問題ございませんっ!」
彼女はそう言って彼ピヨピヨの背中に回って盾にした。
男っていうのはバカだから、こうして盾にされると恐怖より喜びが勝ってしまうようだった。
「ここからは声を静めていきましょう。もし敵に遭遇したらかえって好都合。捕らえて尋問してしまいましょう」
「ふ……。わたくし、ちょうどクローゼ皇后ごっこがしたかったところです♪」
「まあここならできますね。趣味、最悪ですけど……」
それからソーミャ皇女の案内で一番奥の広い牢獄に入った。
「そこの鉄の処女の裏にございます。重い器具ですが、滑車が付いておりますので、左手方向になら――――ッッ?!!」
ソーミャが恐怖に息を飲んだ。何者かが向こう側から、鉄の処女を動かそうとしていたからだった。
俺はソーミャの背中に回り込んで口をふさいだ。腰にも腕を回して、この牢獄の外へと引っ張り出した。
「ア、アル様……ッッ」
「俺が始末します、君はここに隠れていて」
ソーミャ皇女の安全を確保すると、俺は牢獄の内部に引き返した。何者かは鉄の処女を動かすのに難儀していたが、隙間にナイフを突き立てる工夫を思い付くと、あっさりと鉄の処女は左手に滑っていった。
「おまちしておりました」
ソーミャ皇女から借りた燭台を片手に、俺はその侵入者を堂々と迎えた。
相手は女官の待ち伏せに驚き、たいまつを片手に鋭い短剣をこちらに向けた。
「フリントゥス皇子より赤竜宮への案内を命じられております」
「そんな話は聞いていない」
距離をつめてソーミャから借りた燭台で照らすと、20代前半ほどの若い男だということがわかった。服装は絹のアクトン。それなりの金持ち、あるいは詐欺師、さらに本命で間者だった。
特に赤竜宮と宮廷を繋ぐ連絡路は現在も物々しい警備体制下にあり、鋭い監視の目が張り巡らされている。
そこを女装姿で抜けるなんて通常あり得ない。どれだけ勇気があっても足りない大いなる試練となると思う。
「ではまいりましょうか、新入りさん」
「は、はい……お世話になります……」
その試練に俺たちは挑んだ。自分が誰だかわからなくなるほどの不安と羞恥を抱えて、俺はうつむきながら長い連絡路を進んだ。
「そこの女官」
「は、はいっ!?」
「熱があるのではないか? ここにはアルヴェイグ殿下もご滞在されている。風邪をうつさないように」
「申し訳ありません、重々気を付けます……!」
「少しでも給金が欲しい気持ちもわかる。だが無理をしないように」
彼らは俺たちの正体に気付かなかった。
俺たちはまんまと連絡路を横断して宮廷へと抜け出すと、倉庫となっている地下へと下った。
倉庫の奥はひどく暗く、ソーミャが持つ燭台がなければ何も見えない。蜘蛛の巣と埃だらけの木箱の迷路をさまよって、ソーミャが壁に隠し階段を見つけた。
「こちらですわ、お美しいお嬢様」
「冗談きついですよ、姫様……」
それは照明のない螺旋階段だった。どこまでもどこまでも暗闇が続く下り道を、俺たちは転ばないよう手を繋いで進んだ。
「ふふふ……とてもお似合いですわ」
「ありがとう、全く嬉しくないです……」
その暗闇は燭台1つでは照らし尽くせないほどに深かった。いくら進んでも終わりの見えない螺旋の道は、まるで地獄に続いているかのように感じられた。
「艶やかな白い御髪と、幼さの残るやさしい顔立ち、引き締まったお体……。社交界の好色紳士に見つかったら、ふふ……しつこく口説かれてしまいますわね」
暗殺者にはあれだけ恐怖するのに、暗闇は全く怖くないようだ。この冒険を楽しんでいるふしさえあった。
「そしたらこの脱走計画は失敗、なんの得もないですよ」
「いいえ、最高の目の保養にございます。わたくしが皇子でしたら、きっとお兄様と貴方を奪い合っていたことでしょう」
「すみません、天界式のジョークはよくわかりません」
「冗談ではございません」
「でしたらなおさらに困ります」
「お考えを。お兄様はアル様のお母様との大恋愛に破れたのですよ? そんなお兄様の前に、そのお姿のアル様が現れたら――」
「一笑されて終わりですね」
「フ、フフフ……果たしてそうでしょうか。ああっ、妄想がたかぶりますわ……」
「そんなBLマンガみたいなことが現実に起きるわけがないでしょう……」
燭台を片手にソーミャ皇女が笑う。さっきまでの気を動転させていた彼女の気持ちを思えば、趣味の悪い妄想も笑って許せた。
「あ、到着のようですわ」
螺旋階段の終わりが見えると、ソーミャ皇女と繋いだ手を離して前に出た。安全確認のためだ。
そこは恐ろしくグロテスクな世界だった。赤錆だらけの鉄格子の向こうに、朽ち果てた寝具と鎖が見えた。
「こちら、五代目皇帝が母クローザが築きし――拷問場にございまーす♪」
「ご、拷問……っっ!?」
「はい、太古の怨念渦巻く拷問場にございます♪」
「ち、地下牢って言っていたじゃないですかっ!?」
「はて、両者になんの違いがございましょうか?」
「そんなの100人に聞けば100人が『大違い』って答えますよっ!! うわぁっっ!?」
ある一室をソーミャが燭台で照らすと、サビだらけの拷問器具がひしめいていた。赤サビが乾いた血のように見えて、ただただグロテスクだった……。
「まあ、なんと凄惨な。ここには、死と生の残滓が、満ちあふれております」
「襲われたときは震えていたのに、ここが怖くはないのですか……?」
「はい、別段危険はございませんので」
「俺はあると思います」
「はて? それはどのようなデンジャーにございましょう?」
勇気がある。頭もいい。器量だって悪くない。しかしソーミャ皇女はどこか抜けた女性だった。
「ここが本当に有事の際の脱出路なら、フリントゥス皇子の命を受けた侵入者も、ここを使う可能性が高くありませんか?」
悠々と残虐皇后の拷問場を歩いていたソーミャがピタリと足を止めた。敵がここを使うとは考えてもいなかったようだった。
「そ、その時はその時にございます……っ。今のわたくしには、最強の彼ピヨピヨがいるのですから……っ、も、問題ございませんっ!」
彼女はそう言って彼ピヨピヨの背中に回って盾にした。
男っていうのはバカだから、こうして盾にされると恐怖より喜びが勝ってしまうようだった。
「ここからは声を静めていきましょう。もし敵に遭遇したらかえって好都合。捕らえて尋問してしまいましょう」
「ふ……。わたくし、ちょうどクローゼ皇后ごっこがしたかったところです♪」
「まあここならできますね。趣味、最悪ですけど……」
それからソーミャ皇女の案内で一番奥の広い牢獄に入った。
「そこの鉄の処女の裏にございます。重い器具ですが、滑車が付いておりますので、左手方向になら――――ッッ?!!」
ソーミャが恐怖に息を飲んだ。何者かが向こう側から、鉄の処女を動かそうとしていたからだった。
俺はソーミャの背中に回り込んで口をふさいだ。腰にも腕を回して、この牢獄の外へと引っ張り出した。
「ア、アル様……ッッ」
「俺が始末します、君はここに隠れていて」
ソーミャ皇女の安全を確保すると、俺は牢獄の内部に引き返した。何者かは鉄の処女を動かすのに難儀していたが、隙間にナイフを突き立てる工夫を思い付くと、あっさりと鉄の処女は左手に滑っていった。
「おまちしておりました」
ソーミャ皇女から借りた燭台を片手に、俺はその侵入者を堂々と迎えた。
相手は女官の待ち伏せに驚き、たいまつを片手に鋭い短剣をこちらに向けた。
「フリントゥス皇子より赤竜宮への案内を命じられております」
「そんな話は聞いていない」
距離をつめてソーミャから借りた燭台で照らすと、20代前半ほどの若い男だということがわかった。服装は絹のアクトン。それなりの金持ち、あるいは詐欺師、さらに本命で間者だった。
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