今日から始める最強伝説 - 出遅れ上等、バトル漫画オタクは諦めない -

ふつうのにーちゃん

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竜将軍大会第五回戦(準決勝):最強厨クルシュ VS 百鶫長ナフィ

・ココロとヒビキ - ヒビキ、呪う -

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 それからまた翌日、私は無理をし過ぎた身体を引きずりながら、昼間から街に気晴らしに出た。
 私は私の身体の潜在能力を評価していたが、どうも最近、おかしいような気がしていた。

 その疑惑は昨晩明確なものとなった。
 傷だらけ、打ち身だらけにされたはずの私の身体は、夕食の席ではツルツルの綺麗なお肌に戻っていた。

 どうやら私の身体は普通ではないらしい。
 もしかしたら私の身体はバトルマンガの主人公のように、竜や神々の血が混じっているのではないかと期待した。

「緑茶と三色団子をお願いします」
「おや、あんた噂のクルシュじゃないかい! ああ、銭はいいよ、ゆっくりしていきな!」

「いや、しかし……」
「試合見たよ! 凄かったじゃないか! ほらアンタッ、クルシュ選手がきたよっ!」

 私は武家街の茶屋の席に腰掛けた。
 金を払うと言っても、茶屋の女将さんと主人は受け取ろうとしなかった。

 超特急で配膳されてきた熱い緑茶をすすり、少し遅れてやってきた三食団子を口に運んだ。
 砂糖を使った甘い味付けの餅が、モチモチのぷるぷるで美味かった。

 大会が終わったら、しばらくキョウの飯屋を回って暮らすのもよいだろう。

「もし……お隣よろしいでしょうか?」
「ん……? おお、貴女は先日の……ココロさんの姉君ではないですか」

「あ、ご存じでしたか。姉のヒビキともうします」
「言われてみればよく似ています。ああどうぞ、ココロさんもお呼びしましょうか?」

「いえ……本日は貴方にお話が……」
「私に……?」

 私は残り一欠片となった団子をほおばった。
 それを茶で流し込み、目前の美人に背筋を伸ばした。
 ココロさんが劣等感を抱くのもわからなくないほどの、それはもう大変な美人さんだった。

「私はナフィが暮らす、千鶫将軍の屋敷で女中をしています」
「そうでしたか」

 何か事情あってのことだろう。

「この度は、貴方にナフィを打ち負かしていただきたく、直接お願いに参りました」
「それは、また……どういう……?」

 自分が勤める道場の代表を倒せとは、これまた奇妙な依頼だった。

「ご安心下さい。千鶫将軍様も、この件にはご理解いただいております」
「は、はぁ……そうなのですね?」

 説明するまでもないが、千鶫将軍というのはこの国の将軍位だ。
 位の上では千竜将軍と同格の扱いになる。

 ただ名声や実際の地位では、イーラジュ様の右に出る者などいるはずもない。
 不良ジジィであろうとも、イーラジュ様はこの国のナンバー3だ。

「百鶫長ナフィは天才です。武芸、魔法、どちらも完璧に使いこなす孤高の戦士です。私は先日まで、ナフィに敗北を与えられる人間は、イーラジュ様だけかと思っておりました」

 そんなに強いのか、あの男は。
 イーラジュ様に次ぐほどの実力を持っているということか。

 そうか、それは倒しがいがある。
 ナフィに勝てば、私はこの国で二番目に強い男ということになる。

「ナフィには敗北が必要なのです」
「イーラジュ様ではだめか。ああ、ダメだろうな、アレはなんというか……勝てないのが当たり前の存在。言葉通り、次元が違う」

「よくご存じなのですね……」
「ああ、先日も滅多打ちにされたっ! あれは同じ人間とは思えんっ!」

 あ、しまった……。
 つい素が出てしまった……。

 ヒビキさんは私の話をおかしそうに笑う。
 いやそれから、懐かしみ、寂しそうな顔に表情を変えていった。

「ナフィがなぜ破門になったか、ご存じですか……?」
「いえ、私は何も」

「ナフィはある任務中、兄弟子を見殺しにしたのです」
「な、なんと……」

「イーラジュ様はとてもお怒りになり、ナフィを破門にしました」
「そんなことがあったのですか……」

 イーラジュ様にしては厳しいが、それだけの理由があったのだろうか。

「それをナフィは反省していません。見捨てろと言われたから見捨てたと、そう開き直っています」
「だから、イーラジュ様の怒りに触れたと?」

「はい……」

 百鶫長ナフィとはそういう人間か。
 試合前にあった彼の姿からは、情を切り捨てた冷たいリアリストの雰囲気があった。

「彼は将への昇格を望んでいます。そのために彼は大会に出場しました。しかし、千鶫将軍様は、ナフィの人格を疑問視しています」
「だから、敗北が必要であると?」

「弟弟子に当たる男に敗北すれば、多少は目を覚ますでしょう。どうか、お願いできませんか……?」

 私のすることはどちらにしろ変わらない。
 試合に出て、二番目に強いとされる男を倒し、私がナンバー2になる。

「頼まれるまでもありません。私は竜将大会に出場し、最強の座を手に入れます。私にも、背中を支えてくれる人たちがいますから……」
「ふふ……」

「な、なんでしょうか……?」
「ココロが夢中になるわけですね」

「わ、私に、ココロさんが……っ?!」

 それは何かの間違い、いやヒビキさんの勘違いではないだろうか……?
 現に先日も私は、ココロさんを怒らせたばかりだ……。

「ココロは昔から、男の子の友達がいない子でした。そのココロが、男の子と一緒に街を歩いていたのですから、驚きました」
「確かに護衛として、食材の買い出しに付き合うことはございますが……」

「あんなに楽しそうに笑うあの子を見たの、何年ぶりかしら」
「いや、勘違いという可能性は……?」

「あら、意外と朴念仁さんなんですね」
「うぐっ?!」

 また言われてしまった……。

「たぶんあの子も、まだわかっていないのではないかしら……」
「そういうものですか……?」

 やはりヒビキさんの勘違いでは……?
 私とココロさんはまだ出会って間もない。
 か、仮に脈があるとしても! もう1,2年はじっくりと親交を重ねたい……。

「私の妹をよろしくお願いしますね」
「は、はいっ!」

 と、勢い任せに返事をしてしまってよかったのだろうか?
 私が戸惑っていると、ヒビキさんは茶屋のメニューを手に取った。

「お話を聞いて下さったお礼に何か奢らせて下さい」
「はっ、ありがたくご馳走になります!」

「すみません、ほうじ茶2つと、大福餅を8つお願いします」
「…………今、なんと?」

「半分ずつ、いただきましょうか、クルシュさん」
「……はい?」

 一人あたり大福餅4つ……。
 いけなくもないが、普通はいかない。
 一見たおやかに見えて、なかなかやるものである、この女性。

「すみませんが1つで十分です」
「遠慮されないで下さい。ただでさえ、ココロによくして下さっているのですから」

「いえあのっ、私はそこまでの甘党ではなくてですね?!」
「あの子、最近どうしていますか……? 貴方の口から、あの子の話を聞きたいのですが……」

「大福、そんなに、いりませんっ!!」
「大丈夫ですよ、たった4つです。むしろ、足りないくらい……? 5つにしますか?」

「糖尿になって死にますっ!!」

 私は誰もが羨む美人と優雅なお茶をして過ごした。
 私がココロさんの素晴らしさや、影ながらのサポートを称えるたびに、ヒビキさんはやさしそうに笑ってくれた。

 あんな黒騎士など見捨てて、道場に帰ってきてくれないものだろうか。
 ヒビキさんこのまま帰すには惜しい、それはもう美しい女性だった。

「しかしなぜ、そこまでしてナフィに尽くすのですか?」
「尽くす……?」

 私の問いはヒビキさんから笑顔を消した。

「違うのですか……?」
「私がイーラジュ様の元を離れたのは、ナフィのためではありません」

 キッパリと、冷たさすら感じる言葉づかいで彼女は言い切った。

「そうなのですか。ではなぜ……?」
「ナフィが見捨てた兄弟子は、私と将来を約束した男だったのです」

「え…………」

 あまりにも意外な返答に、私の背筋に冷たい怖気が走った。
 ならばナフィは憎むべき相手ではないか?
 それがなぜ、道場とココロさんを捨てて、付いてゆく……?

「不思議ですか?」
「え、ええ……」

「考えてもみて下さい。私が隣に居る限り、ナフィはあの人のことを忘れることができないではないですか?」
「んなっ?!」

「私は彼を苦しめるために、彼の後を追ったんです。あの人を私から奪ったこの恨み、一生をかけてでも償わせてみせます」

 怖ろしい……。
 そこまでするのか、この女性は……。
 死ぬまで隣に張り付いて、己の存在をもって罪をあがなわせる……。

 愛情と憎しみは二律背反。
 感情としては、非常に近しいものだという……。

「ココロも私に少し似たところがあります。大切にしないと、後が恐ろしいかもしれませんね」
「き、肝に銘じますっ!!」

「はい。あの子、口ではそれと言いませんので、察してあげて下さい」
「はっ、お言葉のままにっ!!」

「ふふふっ、面白い人……」

 私は肝に銘じた。
 銘じた上で、心に決めた。

 百鶫長ナフィに私は勝つ。
 不健全な泥沼の中に生きるこの女性には、それが多少の救いとなろう。

 何よりも、私は生ける怨霊のようなこの女性の祟りや逆恨みが怖ろしい!!
 食が進まなくなった私は、大福をココロさんへのお土産にすると言い訳して、彼女の前から逃げた。
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