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第淕話 贖罪

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私達が着いた場所は何もない真っ暗なところだった。
「よくここまで来れたね。」
唐突に声がする。
「貞岡…尚。」
写真で何回か見ていたからその人物がすぐに貞岡尚だと分かった。
「貴女の未練はまだあるの?」
彼女日記を見た限り、皆に謝りたくて、私達を使ってそれを伝えたり、成仏へ導いたりしたのだと思った。
だから、それならもう現実世界帰れて良い筈だ。
しかし実際、帰れずに目の前には貞岡尚がいる。
「…ある。」
スッと貞岡尚が手を上げる。
そのすぐ後、視界が真っ暗になって暖かい感じがした。
それから煙草混じりの優しい香りが鼻腔をくすぐる。
「ライチさん…?」
いきなり抱きしめられて、困惑する。
「…え?」
時間差で、手にぬるりとした感触が走る。
私はこの感触を知っている。
この世界に来て嫌という程知ってしまった。
背筋が凍てつき心臓が破裂しそうなくらいにバクバクと音を立て始める。
「う…嘘…、嘘だ…。」
認めたくなて、でも現実は残酷で…。
そう、私はまた庇われた。
「なん、なんで!!何で皆して私なんか庇うの!?」
違う、私はこんなことを言いたい訳じゃない。
でも感情がもう抑えられなくて…。
「…優って泣き虫だね。」
「こんな時に何!?」
「こん、な…時、だからだよ。…聞いて。」
「っ!?」
「…私は優しかこの世界を攻略出来る人はいないと思う。それに、私に甘えてくれる優を守りたいと思った。勿論、歳上だからってのもあるけど…私をそうさせたのは間違いなく優の人間性だから…自信持って。」
その言葉を最後にライチさんまでもが…ー。
「…して、どうしてなの!!もう充分殺したでしょ!!それに皆成仏させた!!なのに…どうして…。」
私の悲痛な叫び。
私は怒っている。
珍しく。
勿論、貞岡尚にも怒っている。
だが、それ以上に不甲斐ない自分に怒りを抱かずにはいられない。
「ごめんなさい、必要だった。」
「は?何それ…。ふざけないで!!」
怒りにしか身を任せられない自分が歯がゆい。
分かってる。
一番悪いのは他でもない自分。この結果を招いたのは色んな人に甘え過ぎていた自分自身。
そう、頭では分かっってる。
けど心はついてきてはくれない。
「聞いてください…。」
悲しそうの言う貞岡尚の胸ぐらを掴み上げる。
「これだけのことをしておいて何を?」
「っ、ごめ…なさ…。」
「泣いても皆は戻って来ない…。お前に殺されたんだから!!」
「ひっ!!」
怖いのか小さく悲鳴があがる。
「あの…だから、生き返ります…。」
「…は?」
「生き返ります。…条件がありますが。」
以外な言葉にしばらく放心する。
「本当に?」
「はい。条件がクリア出来れば…。」
「御託はいい。条件を教えて!!」
「…条件は生き残りが1人なこと。」
「あ…。」
それでどっちかを殺す必要があったからさっき攻撃されたのか。
「更に強い思いが必要で…強く…本当に強く願わねばなりません。“自分以外が現実世界に生きて戻ることを”。」
「…ん?」
言葉が引っかかる。
“自分以外”って言った…よね?
「貴女に選んで貰います。皆の居ない世界に1人で帰るか、皆生き返らせてここに1人残るか。」
「そんなの決まってる。皆を生き返らせて。」
迷うことなんてない。
だって、どっちを選んでも私は1人だから…。
「本当に強く望む事ができますか?…例え、皆の記憶から貴女の存在した記憶が消えようとも…。」
「…良いわ。」
「本当に?皆は望んでないかもしれないのに?ただの自己満足じゃないの?」
いきなり、貞岡尚の声色が変わる。
精神的に揺さぶっているのだろうか。
「自己満足上等よ。」
「…どうして?孤独になるのに…。」
「あら?1人じゃないわ。…ここにはもう1人、貞岡尚、貴女が居るじゃない。」
「あ…ああ…っ!!」
貞岡尚は泣き崩れ、「ありがとう」と「ごめんなさい」をただただ、繰り返していた。






しばらくし、貞岡尚が泣き止むと黒い渦が出現する。
「待って!私は皆の居ない世界なんていらない!!殺して…。皆とここで…っ!?」
言っている途中で渦の中へと吸い込まれた。





渦の中に入ったら今まで数秒で放り出されたがそれがなく、見知った顔が現れた。
「春日…清彦…。」
「僕は信じてる。優ちゃんなら大丈夫。」
大丈夫じゃない。
私は人一倍…いや、それ以上に寂しがり屋な自分には皆の居ない世界など耐えられない。
それなら死んだ方が楽だ。
…いや、これ罰だ。
私が甘えを捨てれずにいたせいで私を庇って死なせてしまった。
それに対するむくい…。
「ちょっと、なんて顔してんのよ。」
「庚さん…。」
「大丈夫かい?」
「鶴羽先生…。」
「全く、調子狂うわね。しゃんとしなさい。貴女は皆を救ったんだから。」
「え?」
救った?
殺したの間違いじゃないの?
「なんだ、聡明だと思っていたが実は抜けてるのか。」
「九条…先生。」
「まあ、そんな君を観察するのはとても楽しかったよ。この私に興味を持たせる人間なんてそうそういない。誇っていいんだぞ。」
誰に何を誇れと?
どうやら進んで行くにつれて今まで会ってきた霊に会う様だ。
「私の頭…戻してくれてありがとうございます。」
「あたしも、先生に合わせてくれてサンキュ。」
「内村加奈枝…、野田智晴…。」
「私からも礼を言おう。君が居なければずっと輪廻していた。」
氷流が優しく笑う。
「君は君の正しい道を進めば良い。」
そう通り過ぎていったのは永岡朔太郎。
「贖罪を…監獄の罪を君に背負ってしまったな…。すまない。そしてありがとう。」
「紅月零亞…。」
「私の暴走、止めてくれたこと感謝します。…貴女の歌、好きです。」
宮原香は気まずそうに、だが嬉しそうに言う。
「尚が迷惑をかけたな。あいつ…図々しくもまだお願いがあるらしい。…すまないが妹の最後の頼み、聞いてやってくれないか?」
悠斗がそう言っていく。
「お願いってなんなの…。」
やっと冷静になれたのに…。
怒りはいつ爆発するか分からないのに…。
困惑していると今度は貞岡尚の母親が通りすがる。
「尚も苦しんでいるの。…こんなお願い、図々しいけど、尚を助けてあげて…。」
一体何を伝えたいのだろうか。
「あなたが残ることは必然でした。貞岡さんは月夜優さん、貴女を選んだから。」
「ちょっと待って!!選んだって何!?必然ってどういうこと!?」
疑問を投げかけるけど白木先生は何も答えず、通り過ぎていった。





それから、誰にも遭遇せずに気が遠くなってきた頃、彼女…貞岡尚が目の前に現れた。
「今見てきたのは何?貴女の心の代弁みたいなもの?」
「…私はあることを望み、叶える為にこの脱出ゲームを作りました。」
「その望みって何?私と関係あるの?」
「最初は誰でも良かった。でも貴女に決めました。」
「ごめん、意味が分からない。」
「…私が脱出ゲームを作ったのはその人の性格を見る為。人は危険な立場になった時素性が出ます。それを観察して私の望みを叶えてくれそうな人を探したのです。そして見つけたのが貴女。他のプレイヤー達は互いに殺し合い、奪い合い、協力をしようとする人が少なかった。そんな中、貴女の周りは違った。」
「そりゃあ、私が運良く親しい人間に会ったから。」
私の言葉に貞岡尚は首を横にふる。
「それは違う。例え親しくても肉親でも飢えに耐えきれず殺して食べたり、自分が殺されるのが怖くて身代わりに差し出したり…それがほとんどだった。」
「それって正体に気付いてないとかじゃなくて?」
「いえ、正体を知っていて尚…。」
「でも…どうして私なの?私の周りなら誰でも良かったんじゃ…。」
貞岡尚は首を横に振る。
「あのグループは貴女が要でした。だから貴女なんです。」
「…要って?」
「貴女がいたからあのグループはまとまった。貴女がいなければ殺し合いは起きた。」
「え?」
「例えば、貴女が姉と慕っていた月村一夜。学校で貴女と離れて邦孟陸奥や柳類に殺意を向けていた。柳類は貴女以外に敵意を向けていた。ライチは月村一夜に苦手意識を持っていた。邦孟陸奥は貴女以外に苦手意識を持っていた。コウタは月村一夜と邦孟陸奥に、紅蓮は邦孟陸奥に苦手意識があった。…ここで出てない名前は?」
「…私、だけど。」
「皆は貴女がいたから我慢出来た。皆何故か貴女に好意的だった。」
「私がゲームステージを攻略したからでしょ。」
「それは違う。貴女の人間性がそうさせた。攻略できるからってだけなら命がけで守る必要ない。自分の命を優先させるもの。自分が少しでも生き残る道を選ぶもの。」
「それは…」
「全てをずっと見ていた私には分かる。貴女は優しくて聡明。でも人と関わるのが苦手でどこか抜けてて放って置けない。きっとその人間性が人を引きつけるのね。だからこそ、私は貴女にお願いしたい。“真実”を語って欲しい。」
「真実…?」
「現実の世界では私は皆を…学校の人達、家族、春日さんを殺した殺人犯として死刑になった。」
「それって…冤罪なのに認めて貰えなくて死刑にってこと?」
貞岡尚は静かに頷く。
「そんなの…真実を語ってももう手遅れじゃない。もう、死んじゃってるんだよ…?」
「だからです。私の様に冤罪で不幸になる人をもう出さない為に。」
「でも現実では単なる一般人に過ぎない私が語った所で誰が耳を傾けてくれるの?」
「…現実に戻れば分かる。」
貞岡尚そういうと、再び黒い渦に飲まれる。
「ちょ」
まだ話は終わってないのに…。
しかし渦の中に引きずり込まれていく。






「痛っ」
相変わらず乱暴に放り出すな。
もう少し優しくしてくれないかな。
「と、ここは」
すっごい見覚えのある場所。
私の行きつけのバーの入り口。
「か、帰ってきた…。で、でも…。」
皆はもう居ない…。
「…お店、空いてる、かな…?」
恐る恐るお店のドアを開ける。
「いらっしゃいませ!」
「え?」
この声は…ううん、そんな筈…。
中入るとそこには…
「ら、ライチさん!?」
「っ!!」
カウンターから走ってきた。
「おぐっ!?」
そのまま突進される私。
「痛っ…」
そのまま抱きしめ…いや、これ苦しい!締め殺されそう!
「ぎ、ギブ、ギブ!!痛い!苦しい!」
「あ、ごめん。つい…。」
「…いや、いいけど。身体何ともないの?」
「うん。それよりありがとう!」
「は?」
お礼を言わなきゃなの私の方…。
「優ちゃんがクリアしてくれたから皆生き返ったんだよ!」
「ほ、本当!?」
「本当だよ。もう少ししたらここに紅蓮とコウタも来るよ。」
「っ!!」
私はスマホを取り出す。
「…もしもし、愛姉?…良かった。生き返ってた。どうもない?うん、大丈夫ならいいの。」
私は愛姉を始め、はなさん、邦孟先生、柳に同じ様に電話をかける。
「皆…良かった。皆何ともなくて…。」
安心から力が抜けてその場にへたり込む。
「だ、大丈夫?」
「あはは…大丈夫。…そういえば、私はまだしなきゃいけないことがあったんだ。」
「しなきゃいけないこと? 」
「“真実”を語らなきゃいけない。そう貞岡尚に言われたの。多分しなかったらきっと皆…。」
居なくなってしまう。そう言うのが怖くて口をつぐむ。
「でも…どうしよう。私はどうやって…。」
「まったく、そうやって何でもかんでも1人で解決しようとしないの。何の為に私達がいるの。」
「う…うん、ありがとう。」
私はライチさんの助言でゲームに参加していたメンバーでグループLINEを作った。
お願いしたら皆すぐに入ってくれた。
「よし、じゃあ始めよっか。」
にっこり笑いながらライチさんはそう言った。
始める?何を?
全く理解 出来ずにいると、唐突にLINE電話の音が鳴り響く。
「え?」
携帯を見ると今作ったばかりのグループLINEにライチさんがかけていた。
次々に皆、電話に出てくれて、全員と電話してる状態になった。
「さっきの話、皆にしなよ。」
「あ…そういうこと。」
皆で会うのは厳しいからこうして電話でって事ね。
「えっと…皆、生き返って安心してるとこ申し訳無いけど…まだ終わってないの。貞岡尚はまだ成仏してないから。」
「そうなの?でも、こうして電話してるってことは成仏させる手がかりを掴んだってことだよね?」
流石、愛姉は理解が早くて助かる。
「貞岡尚の願いは私達が見てきた“真実”を世に広めること。でも…方法が思いつかない。」
「何だ、簡単だよ。」
そう笑う愛姉。
「え?」
「優だからこそ出来ることあるじゃん。」
「優、よく小説書くでしょ?だから今までの事本にしちゃえば良いんだよ。」
「え、ええっ!?」
私は驚きを隠せずに思わず変な声を出す。
「わ、私、文才ないからっ!!」
「えー?前も言ったけど、優の書く話は面白いし何より読みやすいよ。少なくとも私はそう思う。」
「確かに、優ちゃんの書く話は頭に入って来やすいかも。」
「ちょ、ライチさんまで何言って…。私のは単なる趣味で…。そりゃ、小説家になりたいって思ったことはあったけど、それももう15年くらい前の話で…。」
「書いてみたら良いじゃない。面白くて読みやすい、頭に入って来やすいってことは印象に残りやすくて話題になるって事じゃないかしら。それに貴女のモットーはやらない後悔よりやって後悔、でしょ?」
「っ!!そ、そうだね。…私じゃ無理な時は皆に助けを求めるかもしれない。…良い?」
私の問いに皆「当たり前」っと言ってくれた。






「…先生?月夜先生?」
「え?ああ、何?」
「何?じゃなくて、もうすぐインタビューの時間ですよ。先生の大ヒット作の“リアル脱出ゲームと真相”の。」
「ああ…ごめん、考えごとしてて。」
「しっかりしてくださいよ、もう。」
担当におこられている私は今や人気小説家の仲間入り。
「ありがとう、尚ちゃん。真実を伝えたご褒美かな。…ねえ、今尚ちゃんは満足?」
私は1人呟く。
すると
「ありがとう…。」
と、どこからか声がしたのだった。
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