転生陰陽師は男装少女!?~月影の少女と神々の呪い~(ライト版)

水無月 星璃

文字の大きさ
17 / 86
第3章:宮廷の闇、血塗られた神事

第1話:男装の陰陽師は穢された祈りの謎を追う4

しおりを挟む
「ああ。こっちは安部朔夜あべのさくや。オレの同僚で、大事な……親友だ」

真白ましろが、少しだけ言葉を選びながら、僕を紹介する。
その「大事な」という部分に、妙な力がこもっていたのを、僕は聞き逃さなかった。

(今のって、どういう意味で言ったんだろう……)

顔がカッと熱くなるのを感じながらも、僕は丁寧に頭を下げた。

安部朔夜あべのさくやと申します。以後、お見知りおきを」
菅原紅子すがわらのべにこと申します。こちらこそ、どうぞよしなに」

紅子べにこさんは、僕を上から下まで一瞥し、軽く会釈を返した。
その視線は、まるで品定めでもするかのような、鋭さを含んでいる。
でも、不思議と敵意のようなものは感じられない。
むしろ、好奇心に近い何かだろうか。
僕は、その射るような視線を受け止めながら、この女官ひとは一筋縄ではいかない相手だと直感した。

紅子べにこ、お前、たしか後宮に勤めているんだったよな?」

真白ましろが、思い出したように尋ねる。

「ええ、左様さようですわ。何か、後宮にご用でも?」

紅子べにこさんは、少しいぶかしげに、小首をかしげて問い返す。
その仕草が妙に色っぽくて、ドキドキした僕は、思わず目をらしてしまった。

真白ましろの様子が気になって、チラ見したけど、あいつは平然としてた。
見慣れてるってこと?

「先日の神事の件で、ちょっと調べていてさ。何か変わったことを見たり、聞いたりしなかったかと思って」

真白ましろの言葉に、紅子べにこさんの表情が、わずかに曇った。

「……あの日のこと、でございますか。正直、思い出したくもありませんわ。わたくしも、あの恐ろしい場のすぐ近くにおりましたのよ。あとほんの少し逃げるのが遅れていたら、わたくしも……」

紅子べにこさんは、そっと袖で口元を覆い、小さく身震いする。
あの日の恐怖の記憶が、鮮明に蘇ってきたのだろう。
その瞳が、痛々しく揺れた。

「そうか……すまない、嫌なことを思い出させてしまって」

真白ましろが、心底申し訳なさそうな顔で言う。
本当、こういうところ、優しいんだよな。

「いいえ、お気になさらないで。それで、何か変わったこと、でしたわね……」

紅子べにこさんは、少し考え込むように俯き、やがてハッと顔を上げた。
何かを思い出したようだ。

「そういえば……神事の数日前、夕暮れ時だったかしら。正陽殿せいようでんの北側で、妙な人影を見かけましたわ」
「人影、ですか?」

僕は、鋭く問い返す。
これは聞き逃せない情報だ。

「ええ。わたくし、昔から目には自信がありますの。白張しらはり姿の男でしたので、最初は雑用の者が神事の準備をしているのかと思ったのですけれど……」

記憶を手繰り寄せるように、紅子べにこさんは涼やかな瞳を斜め上に向ける。

「その、仕草が、どこか優雅すぎると申しますか、まるで高位貴族のような、そんな立ち居振る舞いに感じましたの」

紅子べにこさんの口ぶりには、単なる一介の女官には到底思えない、冷静な観察眼がにじんでいた。

(この人、やっぱりただ者じゃない……)

僕は確信する。

「それに、顔立ちも……何だか、変でしたのよ。薄暗くてよくは見えなかったのですが、松明たいまつの光が当たっても、輪郭がぼんやりとしていて」

もしかすると、視認妨害の術かもしれない。

「まるで、誰か“よほど見られたくないお方”が、術か何かで偽装でもしているかのようでしたわ」

やっぱり、彼女もそう思ったみたいだ。

「……それから、何か気づいたことは?」

僕は、思わず身を乗り出すようにして尋ねる。

「すぐに姿を消してしまいましたが……その場から、風に乗って、ふわりと流れてきた香り……いえ、香りと呼ぶにはあまりに不自然で、強烈な匂いがいたしましたわ」
「強烈な匂いですか?」
「ええ。練香ねりこうのような雅なものではなく、もっと……そう、陰陽寮おんようりょうの密具に使われる、強い油と、幾種類もの薬草が混じり合ったような匂い――ツンと鼻につく、あの独特のものですわ」

真白ましろが、ハッと目を見開いた。

「……ああ、そういえば、あれ、結構キツイ匂いだよな。この間、陰陽寮おんようりょうの中でも、特に偉いさんしか入れない部屋の近くで、確かに嗅いだ覚えがあるぞ、オレ」
「あの一番奥まった、普段は誰も近寄らない部屋でか?」

僕は、驚いて真白ましろを振り向いた。
真白ましろは、その強烈な臭いを思い出したのか、顔をしかめて何度も頷いた。
紅子べにこさんは、ふっと目を伏せてから、意味ありげに言った。

「ふふ、あくまで“わたくしの気のせい”かもしれませんけれど。あのとき見た人影、どうにも“よほど高貴なお方、もしくは、その方に深く付き従う者”のように感じられましたの」

そこで言葉を切り、紅子べにこさんは、僕をじっと見つめた。

「……宮廷というのは、表と裏で、まるで違う顔を持っておりますから。ねえ、朔夜さくや様?」

その切れ長の瞳が、どこか僕の心の奥底を試すような、妖しい光を宿して、細められた。

(え……? なにその言い方。まるで、僕が何か隠してるのを見抜いてるみたいな……)

ゴクリと息を呑んだ。
この人、僕が女だってこと、もしかして気づいてる……? 
いや、まさか。

……今はとにかく情報収集だ。

「その人影について、現場に行って、もう少し詳しくお話を聞かせ願えないでしょうか」

僕は、真剣な眼差しで紅子べにこさんに頼む。

紅子べにこさんは、ふん、と小さく鼻を鳴らした。
その態度は、ちょっと偉そうにも見えるけれど、不思議と嫌味は感じない。
むしろ、その勝気さが、彼女の聡明さをより一層引き立てているように思えた。

「よろしゅうございますわ。ただし、わたくしも暇ではございませんの。手短にお願いいたしますわよ」

軽く肩をすくめ、悪戯っぽく笑ってから、紅子べにこさんは顎をしゃくって二人に建物内に入るよう促す。
そして、くるりと背を向けると、迷いのない足取りで正陽殿せいようでんの方角へと歩き始めた。
僕と真白ましろは、顔を見合わせ、静かに頷くと、そのあとに続いた。

僕は、紅子べにこさんに、奇妙な好感を抱いていた。
口ぶりは少々尊大だけど、頭脳明晰で、根は真面目そうだ。

そして、何よりも、頼りになりそうな気がする。
この出会いが、あるいは、この膠着した事件を解決する、大きな鍵になるのかもしれない。
そんな予感が、僕の胸を掠めた。

きっと、真白ましろも同じように感じているに違いない。
彼の横顔には、いつもの軽やかさとは違う、真剣な光が宿っていたから。
僕も、彼に負けないように、しっかりと前を見据えなければ。

◇◇◇

【あとがき】

カオス会議:第3章第1話「男装の陰陽師は穢された祈りの謎を追う」編

朔夜:男装陰陽師。自他共に厳しい生真面目枠。フラグ建築士。
真白:親友陰陽師。軽口とあおりとフラグ回収の名人。
夜刀:式神。抱きつきと過保護と警戒モードフル稼働。
紅子:宮廷女官。優雅に見せかけて、内心バチバチな毒舌メイド枠。


真白:
「いや~派手だったなぁ、今回の妖魔出現イベント! オレの登場もバッチリでさ~」

朔夜:
「それどころじゃなかったろ!? あれ、貴族の前で堂々と『臨・兵・闘…』やって、式場、火花吹いてたじゃん!」

真白:(ドヤ顔)
「オレの霊符が火を吹いた!ってやつ? うん、知ってる!」

夜刀:(食い気味に)
「その“火”が主の袖を焦がしたことについては、後ほど説教部屋で詳細を――」

朔夜:(じと目)
「本当に焦げたんだよ……下ろしたてだったのに、ちょっと穴空いたし……」

真白:(目逸らし)
「いや~思ったより火力出ちゃって……わりぃわりぃ」

紅子:(ふう、と扇子を閉じる)
「まったく、あんな清らかな祭祀の場で妖魔乱入なんて……貴族方の気絶率、七割を超えましたわよ?」

真白:(やや楽しそう)
「貴族って、ビックリするとホントに気絶するんだな!根性ねぇなーw」

紅子:(にっこり)
「真白様、救護要請が山のように届いておりますので、後ほどご指名でお呼びしますね?」

真白:(引きつり笑い)
「オレ、回復担当じゃないから……!」

朔夜:(ボソッと)
「でも紅子さん、あの時、けっこう冷静に対処してたっぽいよね?」

紅子:(目を細める)
「ふふふ、非常時の対応も宮廷女官のたしなみですわ。それに――」

紅子:(急に声を潜めて)
「この事件、表に出せない“裏”があります。どうか朔夜様、ご無事でいてくださいね……」

朔夜:
「……え、今、すごく意味深なこと言われた!?」

真白:(横から肘ツン)
「おーおー、朔夜、フラグ立てられてやんの~」

夜刀:(即反応)
「そのような旗は全力で折ります」

紅子:(涼しい顔で)
「……式神の主愛が激重なのも考えものですわね」

真白:(ヒソヒソ)
「バチバチしてる……そういや紅子、昔からちょっと怖いタイプだっ……」

紅子:(涼しい顔で肘打ち)
「……(ドスッ)」

真白:(崩れ落ち)
「……グハッ……」

朔夜:(涙声)
「ねー、“裏”ってなに!? こわっ!! 誰か……誰か助けて……!」

夜刀:(しっかり腕を取って)
「主、脈が早い。抱きしめによる応急安定処置を――」

朔夜:
「もうそれやめてぇぇええ!? 人前でやらないでぇええっ!!」

紅子:(クスリと笑って)
「ふふ、皆さま……本当に、賑やかですわね。こんな時だからこそ、“笑い”も必要でしょう」

真白:(わき腹を押さえながら)
「それ黒い笑顔で言うのやめれる!?」

朔夜:(深呼吸して)
「……というわけで、護国豊穣祭は一転して、妖魔の脅威に晒される混乱の幕開けとなってしまいました。でも僕たちは、希望を守るために立ち向かいます――っていうことで、次回も、どうぞお楽しみに!」

真白:
「はいはい! 次回は『真白、疾風怒濤の大活躍!?』でお届けしまーす!」

夜刀:
「それは事実であるか、確認が必要です……」

紅子:
「では、わたくしは影からこっそりとサポートを。……あくまで、“影”から、ですけれど」

全員:
「影の方が怖いわ!!」

◇◇◇

紅子さん、かなり好きなキャラです(笑)
よろしければ、♡や、お気に入りで応援していただけるとありがたいです!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。 文化が違う? 慣れてます。 命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。 NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。 いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。 スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。 今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。 「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」 ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。 そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

異世界ほのぼの牧場生活〜女神の加護でスローライフ始めました〜』

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業で心も体もすり減らしていた青年・悠翔(はると)。 日々の疲れを癒してくれていたのは、幼い頃から大好きだったゲーム『ほのぼの牧場ライフ』だけだった。 両親を早くに亡くし、年の離れた妹・ひなのを守りながら、限界寸前の生活を続けていたある日―― 「目を覚ますと、そこは……ゲームの中そっくりの世界だった!?」 女神様いわく、「疲れ果てたあなたに、癒しの世界を贈ります」とのこと。 目の前には、自分がかつて何百時間も遊んだ“あの牧場”が広がっていた。 作物を育て、動物たちと暮らし、時には村人の悩みを解決しながら、のんびりと過ごす毎日。 けれどもこの世界には、ゲームにはなかった“出会い”があった。 ――獣人の少女、恥ずかしがり屋の魔法使い、村の頼れるお姉さん。 誰かと心を通わせるたびに、はるとの日常は少しずつ色づいていく。 そして、残された妹・ひなのにも、ある“転機”が訪れようとしていた……。 ほっこり、のんびり、時々ドキドキ。 癒しと恋と成長の、異世界牧場スローライフ、始まります!

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

処理中です...