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第3章:宮廷の闇、血塗られた神事
第1話:男装の陰陽師は穢された祈りの謎を追う3
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内裏の中枢で起きた、前代未聞の妖魔襲撃事件。
結界は破られていない。
ならば、妖魔はどこから現れたのか? そして、その目的は何だったのか?
明らかに、帝を狙う動きがあった。
これは単なる妖魔の暴走などではない。
何者かの明確な意志が、この事件の裏に介在している。
そうとしか考えられない。
(また、守れなかった……!)
西市の娘、志乃さんの件に続き、またしても目の前で犠牲者を出してしまった。
僕の胸に、焼け付くような無力感と、やり場のない怒りが、激しく込み上げてくる。
ギリッ、と奥歯を噛み締めた。その肩が、小さく震えているのを、自分でも感じた。
「朔夜……」
真白が、心配そうに僕の名前を呼ぶ。
でも、かける言葉が見つからない、というように黙り込んでしまう。
その沈黙が、逆に僕の胸を締め付けた。
神事は、当然のことながら中止となった。
負傷者の手当てと、現場の検分が慌ただしく始まる。
そんな混乱の中、陰陽寮の長官である陰陽頭・藤原玄道様が、音もなく現れた。
瑠璃色の狩衣を纏ったその姿は、周囲の喧騒とは無縁であるかのように、際立った気品と、底知れぬ威厳を漂わせている。
彼は、冷静沈着な態度で、的確に指示を飛ばしていた。
「安部、賀茂。両名には、此度の事件の調査を命ずる。結界の異常の有無、妖魔の発生源、そして……もし存在するのならば、黒幕の影を探れ」
玄道様は、その青みがかった涼やかな瞳で、僕と真白を射抜くように捉え、静かに、しかし有無を言わせぬ響きで告げた。
その視線は、まるで全てを見透かしているかのようだ。
僕の……秘密までも? いや、考えすぎだよね。
「……御意」
僕と真白は、粛然と頭を垂れた。
この事件の闇は、想像以上に深いのかもしれない。
そんな予感が、二人の胸を重く圧していた。
***
数日後。
僕と真白は、事件の手がかりを求めて、内裏を文字通り奔走していた。
しかし、目撃情報は錯綜し、あの日の混乱も相まって、決定的な証拠は何一つ見つからない。
結界に異常はなかった。
やはり、妖魔がどこから現れたのかも不明のままだった。
民の間では、「帝は神に見放されたのではないか」「不吉なことが起きる前触れだ」という、胸騒ぎを覚えるような噂が、囁かれ始めていた。
都には、じわじわと、不穏な空気が漂い始めている。
「はぁ……参ったな……。これじゃあ、何一つわからねえよ」
聞き込みを終え、僕たちは南天殿の裏手、後宮へと繋がる渡殿(渡り廊下)の辺りで、しばしの小休止を取っていた。
真白が、大きく溜息をつきながら、ぼやく。
その顔には、焦りと疲労の色が濃く浮かんでいた。
「焦るな、真白。何かを、僕たちが見落としているだけのはずだ。もう一度、丁寧に、祭壇付近を調べてみよう」
僕は、そんな真白を冷静に、しかし力強く促す。
諦めるわけにはいかない。
この事件の裏には、必ず何かがある。
それを暴き出さなければ。
(それに、これ以上、誰かを傷つけさせはしない……!)
その決意が、僕の瞳に強い光を灯していた、と思う。
真白は、そんな僕の横顔を眩しそうに見つめている。
(……な、なんだろう、その視線。僕の顔、そんなに必死に見えるのかな……)
彼の真っ直ぐな視線に、また少しだけ胸が高鳴るのを感じて、慌てて気を引き締めた。
その時だった。
ふわり、と雅な香の匂いが、秋風に乗って漂ってきた。
高貴な女性が使う、上質な練香の香りだ。
一人の女官が、渡殿を静かに通りかかった。
年の頃は、僕と同じくらいだろうか。
利発そうな切れ長の目に、きりりと結ばれた唇。
控えめな化粧と、落ち着いた色合いの袿姿(女官の普段着)だが、その立ち居振る舞いには、育ちの良さを感じさせる、凛とした気品が漂っている。
女官は、僕と真白の姿を認めると、少し意外そうな顔をして、ふと足を止めた。
「まあ、賀茂家の……真白様ではございませんか」
女官は、渡殿の端に優雅に寄ると、真白に向かって、涼やかな声で話しかけた。
その声には、どこか芯の強さというか、勝気な響きが含まれているように感じられる。
「お、紅子じゃないか。久しぶりだな」
真白は、一段高いところから降ってきた声にハッと振り返ると、少し驚いたように目を見開いた。
どうやら、旧知の仲らしい。
「ええ、本当に。内裏でお見かけするとは思いもよりませんでしたわ。陰陽師になられたと、噂には伺っておりましたが」
紅子と呼ばれた女官は、軽く会釈する。
その仕草は、驚くほど優雅で洗練されている。
言葉の端々には、親しげな、それでいてどこかチクリと棘のあるような、独特の響きがあった。
(なんだ、この感じ……。ただの知り合いってわけでもなさそうだな。もしかして、真白の昔の……いやいや、変なこと考えるのはよそう)
僕は、二人の様子を興味深く、そして少しだけソワソワしながら見守った。
結界は破られていない。
ならば、妖魔はどこから現れたのか? そして、その目的は何だったのか?
明らかに、帝を狙う動きがあった。
これは単なる妖魔の暴走などではない。
何者かの明確な意志が、この事件の裏に介在している。
そうとしか考えられない。
(また、守れなかった……!)
西市の娘、志乃さんの件に続き、またしても目の前で犠牲者を出してしまった。
僕の胸に、焼け付くような無力感と、やり場のない怒りが、激しく込み上げてくる。
ギリッ、と奥歯を噛み締めた。その肩が、小さく震えているのを、自分でも感じた。
「朔夜……」
真白が、心配そうに僕の名前を呼ぶ。
でも、かける言葉が見つからない、というように黙り込んでしまう。
その沈黙が、逆に僕の胸を締め付けた。
神事は、当然のことながら中止となった。
負傷者の手当てと、現場の検分が慌ただしく始まる。
そんな混乱の中、陰陽寮の長官である陰陽頭・藤原玄道様が、音もなく現れた。
瑠璃色の狩衣を纏ったその姿は、周囲の喧騒とは無縁であるかのように、際立った気品と、底知れぬ威厳を漂わせている。
彼は、冷静沈着な態度で、的確に指示を飛ばしていた。
「安部、賀茂。両名には、此度の事件の調査を命ずる。結界の異常の有無、妖魔の発生源、そして……もし存在するのならば、黒幕の影を探れ」
玄道様は、その青みがかった涼やかな瞳で、僕と真白を射抜くように捉え、静かに、しかし有無を言わせぬ響きで告げた。
その視線は、まるで全てを見透かしているかのようだ。
僕の……秘密までも? いや、考えすぎだよね。
「……御意」
僕と真白は、粛然と頭を垂れた。
この事件の闇は、想像以上に深いのかもしれない。
そんな予感が、二人の胸を重く圧していた。
***
数日後。
僕と真白は、事件の手がかりを求めて、内裏を文字通り奔走していた。
しかし、目撃情報は錯綜し、あの日の混乱も相まって、決定的な証拠は何一つ見つからない。
結界に異常はなかった。
やはり、妖魔がどこから現れたのかも不明のままだった。
民の間では、「帝は神に見放されたのではないか」「不吉なことが起きる前触れだ」という、胸騒ぎを覚えるような噂が、囁かれ始めていた。
都には、じわじわと、不穏な空気が漂い始めている。
「はぁ……参ったな……。これじゃあ、何一つわからねえよ」
聞き込みを終え、僕たちは南天殿の裏手、後宮へと繋がる渡殿(渡り廊下)の辺りで、しばしの小休止を取っていた。
真白が、大きく溜息をつきながら、ぼやく。
その顔には、焦りと疲労の色が濃く浮かんでいた。
「焦るな、真白。何かを、僕たちが見落としているだけのはずだ。もう一度、丁寧に、祭壇付近を調べてみよう」
僕は、そんな真白を冷静に、しかし力強く促す。
諦めるわけにはいかない。
この事件の裏には、必ず何かがある。
それを暴き出さなければ。
(それに、これ以上、誰かを傷つけさせはしない……!)
その決意が、僕の瞳に強い光を灯していた、と思う。
真白は、そんな僕の横顔を眩しそうに見つめている。
(……な、なんだろう、その視線。僕の顔、そんなに必死に見えるのかな……)
彼の真っ直ぐな視線に、また少しだけ胸が高鳴るのを感じて、慌てて気を引き締めた。
その時だった。
ふわり、と雅な香の匂いが、秋風に乗って漂ってきた。
高貴な女性が使う、上質な練香の香りだ。
一人の女官が、渡殿を静かに通りかかった。
年の頃は、僕と同じくらいだろうか。
利発そうな切れ長の目に、きりりと結ばれた唇。
控えめな化粧と、落ち着いた色合いの袿姿(女官の普段着)だが、その立ち居振る舞いには、育ちの良さを感じさせる、凛とした気品が漂っている。
女官は、僕と真白の姿を認めると、少し意外そうな顔をして、ふと足を止めた。
「まあ、賀茂家の……真白様ではございませんか」
女官は、渡殿の端に優雅に寄ると、真白に向かって、涼やかな声で話しかけた。
その声には、どこか芯の強さというか、勝気な響きが含まれているように感じられる。
「お、紅子じゃないか。久しぶりだな」
真白は、一段高いところから降ってきた声にハッと振り返ると、少し驚いたように目を見開いた。
どうやら、旧知の仲らしい。
「ええ、本当に。内裏でお見かけするとは思いもよりませんでしたわ。陰陽師になられたと、噂には伺っておりましたが」
紅子と呼ばれた女官は、軽く会釈する。
その仕草は、驚くほど優雅で洗練されている。
言葉の端々には、親しげな、それでいてどこかチクリと棘のあるような、独特の響きがあった。
(なんだ、この感じ……。ただの知り合いってわけでもなさそうだな。もしかして、真白の昔の……いやいや、変なこと考えるのはよそう)
僕は、二人の様子を興味深く、そして少しだけソワソワしながら見守った。
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