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前編
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【まえがき】
逆境をものともせず、優雅に「ざまぁ」する貴族令嬢の、マイペースなひとり語り。
前作『お礼を言うのはこちらですわ!』未読でも楽しんでいただけます。
------------------------------------------------
初めましての方は初めまして、そうでない方は、またお目にかかれて光栄ですわ。
ブランシェール辺境伯家の新妻、イザベラ・ド・ブランシェールでございます。
わたくし、優しい夫のテオドール様と彼のご両親に愛されて、今とっても幸せですの。
でも、この平穏で愛おしい日々を手に入れるまでには、一悶着ございましたのよ?
(あ、夫と出会う前にも色々あったのですけれど、それは以前お話ししましたので、気になる方はそちらをお読みになって?)
みなさまには、ぜひその顛末をお聞きいただきたいのですわ。
隣国・エルディア帝国からこのヴァロワール王国に嫁いできたわたくしには、まだこんなお話をできる友人がおりませんの。
どうか、お付き合いくださいましね?
事の始まりは、わたくしがこの国の辺境伯家の嫡男である、テオドール・ド・ブランシェール様に見初められて、婚約者としてこの国を訪れたことでしたわ。
わたくしはエルディア帝国の侯爵家の娘で、当時はイザベラ・フォン・リースフェルトと名乗っておりました。
わたくしの友人の家で開かれたパーティーに、テオ様(テオドール様の愛称ですわ)も参加なさっていたのですけれど、その時にわたくしに一目惚れしてくださり、そのままプロポーズされましたの。
素敵でしょう?
うふふ。
あの時は本当に、信じられない気持ちでしたわ!
辺境伯家は武門の家柄ですけれど、テオ様は決して無骨ではなく、見目麗しく、品があって知性的で、とにかく素敵な殿方ですのよ?
そんな方から突然プロポーズされるなんて、初めは冗談かと思ってしまいましたわ。
でも、テオ様から「貴女のような知的で美しい方と巡り逢えたこの奇跡を、逃したくないのです。どうか、私の妻になってください!」と、それはもうストレートなお言葉で、情熱的に告白していただいたのです。
まるで恋愛小説のような展開に、わたくし、柄にもなく舞い上がってしまって……。
気が付いたら「わたくしでよろしければ……」とお返事しておりました。
もちろん、今となっては大正解だったと思っておりますわ。
その時、わたくしは訳あって実家を追い出されていたのですけれど、それならうちに来ればいいとテオ様がおっしゃってくださり、素直にお言葉に甘えることにしたのです。
そんなわけで、わたくしは花嫁修業も兼ねて、結婚前からテオ様のお屋敷にお世話になることになったのですわ。
テオ様にも、わたくしを快く迎え入れてくださったテオ様のご両親にも、本当に感謝しかございませんけれど、あまりにも話がとんとん拍子に進むものだから、少し怖いくらいでしたわね。
順調過ぎて何か横槍が入りそうだと思ってしまいましたわ。
──あ。
みなさま、今、「フラグが立った」と思いましたわね?
ええ、わたくしも、こんなことを思って失敗したと、後から思うことになったのですわ……。
ひとまず、お紅茶で落ち着きましょう……。
ふう。
さて、どこからお話すればいいかしら?
……そうね、テオ様のご両親にご挨拶するために初めてお屋敷を訪れた日のことからお話ししましょう。
あの日、わたくしは朝からとても緊張しておりましたわ。
わたくしは、あまり動じない質なのですけれど、あの時ばかりは掌が汗で湿っていたくらいですの。
でも、ありがたいことに、お義父様もお義母様も、わたくしを驚くほど温かく迎えてくださいましたの!
テオ様に似て──いえ、テオ様がご両親に似ていらっしゃるのですわね。
とにかく、とても優しい方々ですの。
突然婚約者になった隣国出身のわたくしをどう思っていらっしゃるのか、とても不安に思っておりましたから、快く受け入れていただけて心から嬉しく思いましたし、ひどく安堵したのを覚えておりますわ。
でもその時、使用人たちの視線が、なぜだかとても気になりましたの。
決して嫌な視線ではなかったのですけれど。
あえて表現するなら「戸惑い」かしら?
そんな不思議な空気感が、使用人たちの間に広がっていたのですわ。
──今思えば、その視線こそ、これから起こる騒動の前触れでしたのね。
テオ様のお屋敷でお世話になり始めてから一週間ほど経ったある日の午後、わたくしとテオ様が客室のテラスでティータイムを楽しんでいると、外が急に騒がしくなりましたの。
何事かと庭を眺めると、正面玄関の前に、屋敷の使用人相手に何やら騒ぎ立てている可愛らしいご令嬢とそれを宥める清楚なご令嬢がいらっしゃったのですわ。
その方たちこそ、テオ様の幼馴染、姉のフェリシア・アルベール様と、妹のフェルミナ・アルベール様のご姉妹だったのです。
お二人はお隣の領地を治める伯爵家のお嬢様ですの。
両家は昔から親交が深く、テオ様とお二人は幼い頃から仲睦まじく過ごしていらっしゃったのですって。
特に姉のフェリシア様はテオ様の二つ下で年齢的にも釣り合いが良く、周囲の方々は自然と、テオ様とフェリシア様はいずれご結婚なさるのだと思うようになったそうですわ。
妹のフェルミナ様も大好きなお姉様とテオ様が結婚して家族になるのを心待ちにしていらして、当のフェリシア様もまんざらでもないご様子だったとか。
それが、突然隣国から知らない女が婚約者としてやって来たのですから、フェルミナ様は驚くやら腹立たしいやらで、居ても立っても居られず、お姉様の制止を振り切って、先触れも出さずに屋敷に押しかけた、ということのようでしたわ。
わたくしとテオ様の婚約についてフェルミナ様が文句を言っていらっしゃるお声と、それを宥めるフェリシア様のお声がテラスまで聞こえてきて、テオ様のお顔が次第に険しくなって行きました。
少し申し訳ない気持ちにはなりましたけれど、わたくしに非はございませんし、テオ様も「大丈夫。貴女は何も心配しなくていい。」と笑顔で言ってくださいましたから、事態を収めに行くというテオ様を見送って、そのままお茶を楽しんでいたのですけれど……。
そのうち廊下が騒がしくなりまして、突然部屋の扉がバーンと大きな音を立てて開いたかと思うと、フェルミナ様がものすごい形相で駆け込んでいらしたのです。
それはもう、しっかり教育を受けたわたくしの自慢の侍女ですら、思わず「きゃ!」と小さく悲鳴をあげるくらいの勢いで。
さすがのわたくしも驚いていると、「ちょっと、あなた、どういうつもりなの? テオ兄様と結婚するのは私のお姉様だって、昔から決まっているのよ⁉」とまくし立てるようにおっしゃるものですから、わたくし、目がまん丸になってしまいましたわ。
ご令嬢らしからぬ個性的な所作も、発言の内容も、理解し難かったんですもの。
わたくしはとりあえず立ち上がって、「初めまして、わたくし、エルディア帝国の侯爵家の長女で、イザベラ・フォン・リースフェルトと申します。この度、テオドール様にプロポーズしていただき、花嫁修業も兼ねてこのお屋敷にお世話になっております。」と淑女らしく微笑みながら、ごあいさつをいたしました。
爵位で考えれば、フェルミナ様の方が先にわたくしに挨拶すべきなのでしょうけれど、わたくしはよそ者ですから、今回はわたくしからごあいさつすべきと判断したのです。
でも、フェルミナ様にその配慮は通じなかったようでしたわ。
「フェルミナ・アルベールよ。隣の領地を治める伯爵家の次女。それより、テオ兄様は私のお姉様と結婚の約束をしているの。あなたにプロポーズしたなんて、何かの間違いじゃない?」と、睨みつけながらおっしゃるものですから、思わずキョトンとして「はぁ……?」と間の抜けた返答をしてしまいましたわ。
「『はぁ……?』じゃないわよ、馬鹿にしてるの⁉」と再びものすごい剣幕で睨まれたところに、慌てたご様子のテオ様が駆け込んでいらして、「待て、ミナ! 何をしているんだ⁉」と言いながら、わたくしとフェルミナ様の間に割って入ってくださいましたの。
フェルミナ様ったら、急に猫なで声になって、「だって~。ねえ、テオ兄様。この人が婚約者なんて、間違いよね? だって、テオ兄様にはお姉様が居るんだもの。大きくなったらお姉様と結婚して、名実ともに私のお兄様になってくれるって、約束したものね?」と上目遣いでおっしゃったのです。
テオ様はとてもお困りになった様子で、「え、いや、そんな約束はしていないよ? というか、シアと結婚しなくたって、ミナのことは可愛い妹だと思っているし。」と返したのですけれど、フェルミナ様は大胆にもテオ様に腕を絡ませながら、「それは嬉しいけど、でも両親も友人も使用人たちも、みんながお姉様とテオ兄様は結婚するものだと思っているのよ? 」とおっしゃって。
なるほど。
だから、初めてこのお屋敷に来た日、使用人たちがわたくしを見て戸惑っていたのですわね。
そんなフェルミナ様を「ミナ、年頃の令嬢がそんな風に男にくっついてはいけないよ。」と言いながら、テオ様がやんわりと引き剥がしているところへ、もう一人のご令嬢──フェリシア様が現われたのです。
フェリシア様はわたくしを見ると、静かに頭をお下げになって、「初めてお目にかかります。私はアルベール伯爵家の長女、フェリシア・アルベールと申します。私の妹が、大変失礼いたしました。その子に代わり、謝罪いたします。」と、それは丁寧にごあいさつしてくださいましたの。
元気な妹様と違って、お姉様は分別のある方のようで。
しかも、清楚可憐な美少女という言葉が本当によくお似合いになるお嬢様でしたわ。
ですから、わたくしも「ご丁寧に、ありがとう存じます。わたくしは、エルディア帝国の侯爵家の長女で、イザベラ・フォン・リースフェルトと申します。テオ様──テオドール様の婚約者として、このお屋敷でお世話になっております。どうぞ、よろしくお願いいたしますわ。」と、お辞儀をしながら丁寧にご挨拶を返したのです。
顔を上げたわたくしと目が合ったフェリシア様は、にっこりと微笑んでくださったのですけれど、その目の奥はまったく笑っていなくて。
直観的に、彼女にも歓迎されていないと感じたのですわ。
同時に、使用人たちからの非難のような視線も感じて、ご姉妹も使用人たちも、この婚約に納得していないのだと悟りました。
わたくしが実家から連れてきた侍女だけは、わたくしを気遣わし気に見たあと、ブランシェール家の使用人たちを睨み返しておりましたけれど。
忠誠はありがたいですけれど、はしたなくてよ?
侍女を目線で諫めていると、その微妙な空気を破るように、テオ様が「シア、ミナ、改めて紹介するよ。こちらがイザベラ・フォン・リースフェルト嬢。俺の婚約者だ。」とお二人にわたくしを紹介してくださいましたの。
続けて、わたくしにも「イザベラ、このご令嬢たちは私の幼馴染なんだ。仲良くしてやってください。」とお二人をご紹介くださったのですけれど。
フェルミナ様は「テオ兄様、その人が婚約者なんて、冗談なんでしょう? 」となおも食い下がっていらして。
テオ様は辟易したご様子で、それでもキッパリと「冗談なんかじゃないよ。俺がイザベラに一目惚れして、結婚を申し込んだんだ。」と言ってくださったのです。
一目惚れ──。
ああ、なんて素敵な響きなのかしら!
あの時のトキメキが蘇ってまいりますわ……。
それにしてもテオ様、お二人の前では「俺」っておっしゃるのね。
ちょっとだけジェラシーですわ……。
っと、あら、いけない。
お話が逸れましたわね。
失礼いたしましたわ。
それで、テオ様の言葉を黙って聞いていたフェリシア様はというと、顔面を蒼白にして、「テ、テオがそう決めたのなら、私は……」と消え入りそうな声で呟いたかと思うと、みるみるうちに目にいっぱいの涙を浮かべて、うつむいてしまわれたのです。
そっと閉じた目から、透明な雫が白く滑らかな頬を伝って零れ落ちていく様は、息を呑むほどに美しく儚げで。
わたくし、なんだか意地悪な悪女になってしまったように感じましたわ。
もちろん、わたくしに非など何もございませんけれど。
でも、フェルミナ様も使用人たちも、やはりわたくしを悪者のように感じたようで、再び冷たい視線が周り中から、わたくしに注がれましたわ。
テオ様はそれにはお気づきにならず、「シア、どうしたんだ⁉」と慌てたご様子でフェリシア様の涙を拭われて。
どうしたも、こうしたも、ございませんわよ。
テオ様ったら、かなりの朴念仁でいらっしゃったのね。
フェルミナ様はフェリシア様に「お姉様、大丈夫⁉」と心配そうに声をかけた後、わたくしをキッと睨み据えて、「お姉様を泣かせるなんて、許さないんだから!」とおっしゃられたのですけれど。
わたくしにおっしゃられても、困りますわ?
どう返答したものか戸惑っていると、テオ様が「ミナ、イザベラは何も悪くない。たぶん俺が悪いんだよな。……シア、ごめんな?」と助け船のつもりでおっしゃられたのです。
テオ様、ここは「たぶん」なんて、曖昧におっしゃってはダメなところですわ。
素直なところはテオ様の魅力のひとつですけれど、もう少し女心を学ばれた方がよろしくてよ?
案の定、それを聞いたフェリシア様は、「ううん、突然泣いてしまってごめんなさい。ちょっと、驚いてしまって……テオとはもう10年の付き合いだし、両親もミナも使用人のみんなも、もちろん私も、勝手に私がテオのお嫁さんになるものだと思っていたから……」とおっしゃりながら、また大粒の涙を零されたのです。
テオ様が初耳だと言わんばかりに「ええ⁉」と叫びながら驚いていらっしゃると、すかさずフェルミナ様が「何を驚いているの⁉ テオ兄様、責任を取ってくださいね!」とまくし立てられて。
テオ様はフェルミナ様の剣幕と泣き止まないフェリシア様にタジタジになって、「わ、わかった。とりあえず別の部屋へ移動しよう。誰か、彼女たちの案内を。イザベラ、すみません。少し待っていてください!」とおっしゃって、部屋を出ていかれてしまったのです。
その去り際、わたくしを盗み見るようにチラリと視線を向けられたフェリシア様の口元が一瞬勝ち誇ったように歪んだのを、わたくしは見逃しませんでしたけれど。
嵐が去った──。
そんな表現が相応しい出来事に、わたくしはポカンとして、侍女と顔を見合わせてしまいましたわ。
でも、本当に厄介なのは、妹様ではなくてお姉様のようですわね。
まあ、何があっても負ける気はございませんけれど。
それから暫くして戻っていらっしゃったテオ様は、「不快な思いをさせてすみません。彼女たちのことはなんとかします。両親はこの婚約を心から祝福してくれていますし、私はイザベラ以外の女性と結婚するなんて考えられません。私を信じてください。」と真摯に言ってくださいましたの。
真面目過ぎてちょっと揶揄いたくなってしまうほどに。
そこで、わたくし、先ほど感じたジェラシーの意趣返しとして、「ねえ、テオ様? わたくしのことは愛称で呼んでくださいませんの? フェリシア様やフェルミナ様のことは“シア”とか“ミナ”とお呼びになるのに。それに、ご自身のことも、わたくしの前では“俺”とは言ってくださいませんし。わたくし、テオ様に心を許していただけていないのかしら……?」と、悲しそうに言ってさしあげたのですわ。
テオ様ったら、叱られた子犬のようにしょんぼりなさって、「べ、ベラ! そんなこと言わないでください。わ……、俺は、貴女に心も何もかも捧げています。どうしたら信じてくださるのですか?」と必死になっておっしゃるものだから、胸がキュンとしてしまいましたわ。
「うふふ、ごめんなさい。疑ってなどおりませんわ。テオ様の愛を感じたくて、ちょっと意地悪をしてしまいましたの。許してくださる?」と、テオ様の両手をわたくしの両手で包み込むようにしながらお伝えしたら、テオ様は耳まで真っ赤になりながら、蕩けるような笑顔で「もちろんです!」と即答してくださいました。
うふふ、可愛らしい御方。
……あら、つい惚気てしまいましたわ。
ごめんあそばせ?
そうそう、その時に、わたくし、テオ様にある提案をいたしましたの。
テオ様が大切に想っていらっしゃる幼馴染さんたちと険悪でいたくはありませんから、お二人に贈り物をしたいと。
「わたくし、丁度、テオ様の瞳のお色の宝石を二つ持っておりますの。それを加工して、お二方にプレゼントしたいのですわ」と言うと、テオ様は「貴女は美しくて賢いだけでなく、優しい方なのですね!」と感激してくださいましたわ。
異性の瞳の色を身に付けるのは、本来恋人の特権なのですけれど。
これで幼馴染の方と仲良くなれて、テオ様からの評価も上がるのであれば、安いものですわよね。
まあ、正直なところ、このくらいであのご姉妹が折れてくださるとは思えませんけれど。
逆境をものともせず、優雅に「ざまぁ」する貴族令嬢の、マイペースなひとり語り。
前作『お礼を言うのはこちらですわ!』未読でも楽しんでいただけます。
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初めましての方は初めまして、そうでない方は、またお目にかかれて光栄ですわ。
ブランシェール辺境伯家の新妻、イザベラ・ド・ブランシェールでございます。
わたくし、優しい夫のテオドール様と彼のご両親に愛されて、今とっても幸せですの。
でも、この平穏で愛おしい日々を手に入れるまでには、一悶着ございましたのよ?
(あ、夫と出会う前にも色々あったのですけれど、それは以前お話ししましたので、気になる方はそちらをお読みになって?)
みなさまには、ぜひその顛末をお聞きいただきたいのですわ。
隣国・エルディア帝国からこのヴァロワール王国に嫁いできたわたくしには、まだこんなお話をできる友人がおりませんの。
どうか、お付き合いくださいましね?
事の始まりは、わたくしがこの国の辺境伯家の嫡男である、テオドール・ド・ブランシェール様に見初められて、婚約者としてこの国を訪れたことでしたわ。
わたくしはエルディア帝国の侯爵家の娘で、当時はイザベラ・フォン・リースフェルトと名乗っておりました。
わたくしの友人の家で開かれたパーティーに、テオ様(テオドール様の愛称ですわ)も参加なさっていたのですけれど、その時にわたくしに一目惚れしてくださり、そのままプロポーズされましたの。
素敵でしょう?
うふふ。
あの時は本当に、信じられない気持ちでしたわ!
辺境伯家は武門の家柄ですけれど、テオ様は決して無骨ではなく、見目麗しく、品があって知性的で、とにかく素敵な殿方ですのよ?
そんな方から突然プロポーズされるなんて、初めは冗談かと思ってしまいましたわ。
でも、テオ様から「貴女のような知的で美しい方と巡り逢えたこの奇跡を、逃したくないのです。どうか、私の妻になってください!」と、それはもうストレートなお言葉で、情熱的に告白していただいたのです。
まるで恋愛小説のような展開に、わたくし、柄にもなく舞い上がってしまって……。
気が付いたら「わたくしでよろしければ……」とお返事しておりました。
もちろん、今となっては大正解だったと思っておりますわ。
その時、わたくしは訳あって実家を追い出されていたのですけれど、それならうちに来ればいいとテオ様がおっしゃってくださり、素直にお言葉に甘えることにしたのです。
そんなわけで、わたくしは花嫁修業も兼ねて、結婚前からテオ様のお屋敷にお世話になることになったのですわ。
テオ様にも、わたくしを快く迎え入れてくださったテオ様のご両親にも、本当に感謝しかございませんけれど、あまりにも話がとんとん拍子に進むものだから、少し怖いくらいでしたわね。
順調過ぎて何か横槍が入りそうだと思ってしまいましたわ。
──あ。
みなさま、今、「フラグが立った」と思いましたわね?
ええ、わたくしも、こんなことを思って失敗したと、後から思うことになったのですわ……。
ひとまず、お紅茶で落ち着きましょう……。
ふう。
さて、どこからお話すればいいかしら?
……そうね、テオ様のご両親にご挨拶するために初めてお屋敷を訪れた日のことからお話ししましょう。
あの日、わたくしは朝からとても緊張しておりましたわ。
わたくしは、あまり動じない質なのですけれど、あの時ばかりは掌が汗で湿っていたくらいですの。
でも、ありがたいことに、お義父様もお義母様も、わたくしを驚くほど温かく迎えてくださいましたの!
テオ様に似て──いえ、テオ様がご両親に似ていらっしゃるのですわね。
とにかく、とても優しい方々ですの。
突然婚約者になった隣国出身のわたくしをどう思っていらっしゃるのか、とても不安に思っておりましたから、快く受け入れていただけて心から嬉しく思いましたし、ひどく安堵したのを覚えておりますわ。
でもその時、使用人たちの視線が、なぜだかとても気になりましたの。
決して嫌な視線ではなかったのですけれど。
あえて表現するなら「戸惑い」かしら?
そんな不思議な空気感が、使用人たちの間に広がっていたのですわ。
──今思えば、その視線こそ、これから起こる騒動の前触れでしたのね。
テオ様のお屋敷でお世話になり始めてから一週間ほど経ったある日の午後、わたくしとテオ様が客室のテラスでティータイムを楽しんでいると、外が急に騒がしくなりましたの。
何事かと庭を眺めると、正面玄関の前に、屋敷の使用人相手に何やら騒ぎ立てている可愛らしいご令嬢とそれを宥める清楚なご令嬢がいらっしゃったのですわ。
その方たちこそ、テオ様の幼馴染、姉のフェリシア・アルベール様と、妹のフェルミナ・アルベール様のご姉妹だったのです。
お二人はお隣の領地を治める伯爵家のお嬢様ですの。
両家は昔から親交が深く、テオ様とお二人は幼い頃から仲睦まじく過ごしていらっしゃったのですって。
特に姉のフェリシア様はテオ様の二つ下で年齢的にも釣り合いが良く、周囲の方々は自然と、テオ様とフェリシア様はいずれご結婚なさるのだと思うようになったそうですわ。
妹のフェルミナ様も大好きなお姉様とテオ様が結婚して家族になるのを心待ちにしていらして、当のフェリシア様もまんざらでもないご様子だったとか。
それが、突然隣国から知らない女が婚約者としてやって来たのですから、フェルミナ様は驚くやら腹立たしいやらで、居ても立っても居られず、お姉様の制止を振り切って、先触れも出さずに屋敷に押しかけた、ということのようでしたわ。
わたくしとテオ様の婚約についてフェルミナ様が文句を言っていらっしゃるお声と、それを宥めるフェリシア様のお声がテラスまで聞こえてきて、テオ様のお顔が次第に険しくなって行きました。
少し申し訳ない気持ちにはなりましたけれど、わたくしに非はございませんし、テオ様も「大丈夫。貴女は何も心配しなくていい。」と笑顔で言ってくださいましたから、事態を収めに行くというテオ様を見送って、そのままお茶を楽しんでいたのですけれど……。
そのうち廊下が騒がしくなりまして、突然部屋の扉がバーンと大きな音を立てて開いたかと思うと、フェルミナ様がものすごい形相で駆け込んでいらしたのです。
それはもう、しっかり教育を受けたわたくしの自慢の侍女ですら、思わず「きゃ!」と小さく悲鳴をあげるくらいの勢いで。
さすがのわたくしも驚いていると、「ちょっと、あなた、どういうつもりなの? テオ兄様と結婚するのは私のお姉様だって、昔から決まっているのよ⁉」とまくし立てるようにおっしゃるものですから、わたくし、目がまん丸になってしまいましたわ。
ご令嬢らしからぬ個性的な所作も、発言の内容も、理解し難かったんですもの。
わたくしはとりあえず立ち上がって、「初めまして、わたくし、エルディア帝国の侯爵家の長女で、イザベラ・フォン・リースフェルトと申します。この度、テオドール様にプロポーズしていただき、花嫁修業も兼ねてこのお屋敷にお世話になっております。」と淑女らしく微笑みながら、ごあいさつをいたしました。
爵位で考えれば、フェルミナ様の方が先にわたくしに挨拶すべきなのでしょうけれど、わたくしはよそ者ですから、今回はわたくしからごあいさつすべきと判断したのです。
でも、フェルミナ様にその配慮は通じなかったようでしたわ。
「フェルミナ・アルベールよ。隣の領地を治める伯爵家の次女。それより、テオ兄様は私のお姉様と結婚の約束をしているの。あなたにプロポーズしたなんて、何かの間違いじゃない?」と、睨みつけながらおっしゃるものですから、思わずキョトンとして「はぁ……?」と間の抜けた返答をしてしまいましたわ。
「『はぁ……?』じゃないわよ、馬鹿にしてるの⁉」と再びものすごい剣幕で睨まれたところに、慌てたご様子のテオ様が駆け込んでいらして、「待て、ミナ! 何をしているんだ⁉」と言いながら、わたくしとフェルミナ様の間に割って入ってくださいましたの。
フェルミナ様ったら、急に猫なで声になって、「だって~。ねえ、テオ兄様。この人が婚約者なんて、間違いよね? だって、テオ兄様にはお姉様が居るんだもの。大きくなったらお姉様と結婚して、名実ともに私のお兄様になってくれるって、約束したものね?」と上目遣いでおっしゃったのです。
テオ様はとてもお困りになった様子で、「え、いや、そんな約束はしていないよ? というか、シアと結婚しなくたって、ミナのことは可愛い妹だと思っているし。」と返したのですけれど、フェルミナ様は大胆にもテオ様に腕を絡ませながら、「それは嬉しいけど、でも両親も友人も使用人たちも、みんながお姉様とテオ兄様は結婚するものだと思っているのよ? 」とおっしゃって。
なるほど。
だから、初めてこのお屋敷に来た日、使用人たちがわたくしを見て戸惑っていたのですわね。
そんなフェルミナ様を「ミナ、年頃の令嬢がそんな風に男にくっついてはいけないよ。」と言いながら、テオ様がやんわりと引き剥がしているところへ、もう一人のご令嬢──フェリシア様が現われたのです。
フェリシア様はわたくしを見ると、静かに頭をお下げになって、「初めてお目にかかります。私はアルベール伯爵家の長女、フェリシア・アルベールと申します。私の妹が、大変失礼いたしました。その子に代わり、謝罪いたします。」と、それは丁寧にごあいさつしてくださいましたの。
元気な妹様と違って、お姉様は分別のある方のようで。
しかも、清楚可憐な美少女という言葉が本当によくお似合いになるお嬢様でしたわ。
ですから、わたくしも「ご丁寧に、ありがとう存じます。わたくしは、エルディア帝国の侯爵家の長女で、イザベラ・フォン・リースフェルトと申します。テオ様──テオドール様の婚約者として、このお屋敷でお世話になっております。どうぞ、よろしくお願いいたしますわ。」と、お辞儀をしながら丁寧にご挨拶を返したのです。
顔を上げたわたくしと目が合ったフェリシア様は、にっこりと微笑んでくださったのですけれど、その目の奥はまったく笑っていなくて。
直観的に、彼女にも歓迎されていないと感じたのですわ。
同時に、使用人たちからの非難のような視線も感じて、ご姉妹も使用人たちも、この婚約に納得していないのだと悟りました。
わたくしが実家から連れてきた侍女だけは、わたくしを気遣わし気に見たあと、ブランシェール家の使用人たちを睨み返しておりましたけれど。
忠誠はありがたいですけれど、はしたなくてよ?
侍女を目線で諫めていると、その微妙な空気を破るように、テオ様が「シア、ミナ、改めて紹介するよ。こちらがイザベラ・フォン・リースフェルト嬢。俺の婚約者だ。」とお二人にわたくしを紹介してくださいましたの。
続けて、わたくしにも「イザベラ、このご令嬢たちは私の幼馴染なんだ。仲良くしてやってください。」とお二人をご紹介くださったのですけれど。
フェルミナ様は「テオ兄様、その人が婚約者なんて、冗談なんでしょう? 」となおも食い下がっていらして。
テオ様は辟易したご様子で、それでもキッパリと「冗談なんかじゃないよ。俺がイザベラに一目惚れして、結婚を申し込んだんだ。」と言ってくださったのです。
一目惚れ──。
ああ、なんて素敵な響きなのかしら!
あの時のトキメキが蘇ってまいりますわ……。
それにしてもテオ様、お二人の前では「俺」っておっしゃるのね。
ちょっとだけジェラシーですわ……。
っと、あら、いけない。
お話が逸れましたわね。
失礼いたしましたわ。
それで、テオ様の言葉を黙って聞いていたフェリシア様はというと、顔面を蒼白にして、「テ、テオがそう決めたのなら、私は……」と消え入りそうな声で呟いたかと思うと、みるみるうちに目にいっぱいの涙を浮かべて、うつむいてしまわれたのです。
そっと閉じた目から、透明な雫が白く滑らかな頬を伝って零れ落ちていく様は、息を呑むほどに美しく儚げで。
わたくし、なんだか意地悪な悪女になってしまったように感じましたわ。
もちろん、わたくしに非など何もございませんけれど。
でも、フェルミナ様も使用人たちも、やはりわたくしを悪者のように感じたようで、再び冷たい視線が周り中から、わたくしに注がれましたわ。
テオ様はそれにはお気づきにならず、「シア、どうしたんだ⁉」と慌てたご様子でフェリシア様の涙を拭われて。
どうしたも、こうしたも、ございませんわよ。
テオ様ったら、かなりの朴念仁でいらっしゃったのね。
フェルミナ様はフェリシア様に「お姉様、大丈夫⁉」と心配そうに声をかけた後、わたくしをキッと睨み据えて、「お姉様を泣かせるなんて、許さないんだから!」とおっしゃられたのですけれど。
わたくしにおっしゃられても、困りますわ?
どう返答したものか戸惑っていると、テオ様が「ミナ、イザベラは何も悪くない。たぶん俺が悪いんだよな。……シア、ごめんな?」と助け船のつもりでおっしゃられたのです。
テオ様、ここは「たぶん」なんて、曖昧におっしゃってはダメなところですわ。
素直なところはテオ様の魅力のひとつですけれど、もう少し女心を学ばれた方がよろしくてよ?
案の定、それを聞いたフェリシア様は、「ううん、突然泣いてしまってごめんなさい。ちょっと、驚いてしまって……テオとはもう10年の付き合いだし、両親もミナも使用人のみんなも、もちろん私も、勝手に私がテオのお嫁さんになるものだと思っていたから……」とおっしゃりながら、また大粒の涙を零されたのです。
テオ様が初耳だと言わんばかりに「ええ⁉」と叫びながら驚いていらっしゃると、すかさずフェルミナ様が「何を驚いているの⁉ テオ兄様、責任を取ってくださいね!」とまくし立てられて。
テオ様はフェルミナ様の剣幕と泣き止まないフェリシア様にタジタジになって、「わ、わかった。とりあえず別の部屋へ移動しよう。誰か、彼女たちの案内を。イザベラ、すみません。少し待っていてください!」とおっしゃって、部屋を出ていかれてしまったのです。
その去り際、わたくしを盗み見るようにチラリと視線を向けられたフェリシア様の口元が一瞬勝ち誇ったように歪んだのを、わたくしは見逃しませんでしたけれど。
嵐が去った──。
そんな表現が相応しい出来事に、わたくしはポカンとして、侍女と顔を見合わせてしまいましたわ。
でも、本当に厄介なのは、妹様ではなくてお姉様のようですわね。
まあ、何があっても負ける気はございませんけれど。
それから暫くして戻っていらっしゃったテオ様は、「不快な思いをさせてすみません。彼女たちのことはなんとかします。両親はこの婚約を心から祝福してくれていますし、私はイザベラ以外の女性と結婚するなんて考えられません。私を信じてください。」と真摯に言ってくださいましたの。
真面目過ぎてちょっと揶揄いたくなってしまうほどに。
そこで、わたくし、先ほど感じたジェラシーの意趣返しとして、「ねえ、テオ様? わたくしのことは愛称で呼んでくださいませんの? フェリシア様やフェルミナ様のことは“シア”とか“ミナ”とお呼びになるのに。それに、ご自身のことも、わたくしの前では“俺”とは言ってくださいませんし。わたくし、テオ様に心を許していただけていないのかしら……?」と、悲しそうに言ってさしあげたのですわ。
テオ様ったら、叱られた子犬のようにしょんぼりなさって、「べ、ベラ! そんなこと言わないでください。わ……、俺は、貴女に心も何もかも捧げています。どうしたら信じてくださるのですか?」と必死になっておっしゃるものだから、胸がキュンとしてしまいましたわ。
「うふふ、ごめんなさい。疑ってなどおりませんわ。テオ様の愛を感じたくて、ちょっと意地悪をしてしまいましたの。許してくださる?」と、テオ様の両手をわたくしの両手で包み込むようにしながらお伝えしたら、テオ様は耳まで真っ赤になりながら、蕩けるような笑顔で「もちろんです!」と即答してくださいました。
うふふ、可愛らしい御方。
……あら、つい惚気てしまいましたわ。
ごめんあそばせ?
そうそう、その時に、わたくし、テオ様にある提案をいたしましたの。
テオ様が大切に想っていらっしゃる幼馴染さんたちと険悪でいたくはありませんから、お二人に贈り物をしたいと。
「わたくし、丁度、テオ様の瞳のお色の宝石を二つ持っておりますの。それを加工して、お二方にプレゼントしたいのですわ」と言うと、テオ様は「貴女は美しくて賢いだけでなく、優しい方なのですね!」と感激してくださいましたわ。
異性の瞳の色を身に付けるのは、本来恋人の特権なのですけれど。
これで幼馴染の方と仲良くなれて、テオ様からの評価も上がるのであれば、安いものですわよね。
まあ、正直なところ、このくらいであのご姉妹が折れてくださるとは思えませんけれど。
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