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本編(シーニュ王国編)
パチモンのお姫さま (7)
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あらかた食事が終わった頃、ロベールはグラスを揺らしながらヨゼフに声をかけた。
「明日からの予定だが、ヨゼフには社交の基本と礼儀作法を学んでもらうつもりだ」
「礼儀作法ですか」
「うん。今後仕事をするにあたり、ある程度のことは知っておいたほうが相手からあなどられにくくなるからね」
「はい」
ヨゼフは素直にうなずいたが、いまひとつ必要性が理解できていない表情をしている。それを見て、ロベールは笑みを浮かべて言葉を続けた。
「きみはこれまでただの船員だったかもしれないが、今日からは逆に船員たちを使う立場になる。若いというだけでもナメられやすいから、相手に軽く見られないための作法を身につけておいてほしいんだよ」
侯爵家が養子とした者を、下っ端船員のままにしておくわけがない。ヨゼフにもそこは理解できているものの、「船員たちを使う立場」が具体的にどういった立場のことなのかピンときていない様子だ。
ロベールはにっこりと、どことなくわざとらしい笑みをヨゼフに向けた。
「頑張ったらご褒美に船を買ってあげるから、どんな船がほしいのかパパに言ってごらん」
「もうおもちゃ買ってもらう歳じゃないんで、気持ちだけで」
ヨゼフは面白がって笑っているが、この期に及んでまだ「パパ」などとふざけている父にアンヌマリーは呆れ返った。
「お父さま……。そのネタ、いつまで引きずるおつもりなの」
「あ、いや。まあ、冗談は置いておいて。真面目な話、きみが仕事をしていく上でも、私たちの今後のためにも船は必要だからね。海賊対策を含めて最大限の安全を考慮するなら、どんな船がほしいかね? 費用は度外視していい」
娘の冷ややかな視線を受けて、ロベールは咳払いした後、一転して真面目な表情でヨゼフに問いかけた。ヨゼフは顎に手を当てて「うーん」と少し考えてから、問い返す。
「費用度外視ってことなら、一隻じゃなくてもいいですか?」
「もちろん。必要なら何隻でもかまわないとも」
「なら二隻、できれば三隻。一隻は海運業のための大型商船で、他は小型または中型の武装船がいいです。帆船は論外なんで、全部蒸気船で」
「ふむふむ。理由を教えてくれるかい?」
今はまだ商船として蒸気船を使う者は少ない。蒸気船にかかる燃料費を嫌うためだ。帆船のほうが燃料費がかからない分、運送費用が安くつくと、帆船派の船主たちは言う。
だがヨゼフの考えは違う。
たしかに帆船は燃料を必要としないが、その代わりに速度が天候や風向きに左右されるという大きな欠点がある。しかも悪条件が重なると、蒸気船との速度差は二倍どころか三倍以上にもなり得る。そうなれば、燃料代がかからなくとも船員の賃金という人件費がかさむ。
その上、蒸気船と比べると帆船のほうが、必要とする乗組員の数が多い。
だから長い目で見れば、実質的な費用差はそこまで大きくないと、ヨゼフは見ている。
加えて蒸気船の運航速度は、決して天候に左右されることがない。
したがって定期運航することが可能となる。正確な日程が組めるというのは、商売の上では必ず武器になるはずだ。
「明日からの予定だが、ヨゼフには社交の基本と礼儀作法を学んでもらうつもりだ」
「礼儀作法ですか」
「うん。今後仕事をするにあたり、ある程度のことは知っておいたほうが相手からあなどられにくくなるからね」
「はい」
ヨゼフは素直にうなずいたが、いまひとつ必要性が理解できていない表情をしている。それを見て、ロベールは笑みを浮かべて言葉を続けた。
「きみはこれまでただの船員だったかもしれないが、今日からは逆に船員たちを使う立場になる。若いというだけでもナメられやすいから、相手に軽く見られないための作法を身につけておいてほしいんだよ」
侯爵家が養子とした者を、下っ端船員のままにしておくわけがない。ヨゼフにもそこは理解できているものの、「船員たちを使う立場」が具体的にどういった立場のことなのかピンときていない様子だ。
ロベールはにっこりと、どことなくわざとらしい笑みをヨゼフに向けた。
「頑張ったらご褒美に船を買ってあげるから、どんな船がほしいのかパパに言ってごらん」
「もうおもちゃ買ってもらう歳じゃないんで、気持ちだけで」
ヨゼフは面白がって笑っているが、この期に及んでまだ「パパ」などとふざけている父にアンヌマリーは呆れ返った。
「お父さま……。そのネタ、いつまで引きずるおつもりなの」
「あ、いや。まあ、冗談は置いておいて。真面目な話、きみが仕事をしていく上でも、私たちの今後のためにも船は必要だからね。海賊対策を含めて最大限の安全を考慮するなら、どんな船がほしいかね? 費用は度外視していい」
娘の冷ややかな視線を受けて、ロベールは咳払いした後、一転して真面目な表情でヨゼフに問いかけた。ヨゼフは顎に手を当てて「うーん」と少し考えてから、問い返す。
「費用度外視ってことなら、一隻じゃなくてもいいですか?」
「もちろん。必要なら何隻でもかまわないとも」
「なら二隻、できれば三隻。一隻は海運業のための大型商船で、他は小型または中型の武装船がいいです。帆船は論外なんで、全部蒸気船で」
「ふむふむ。理由を教えてくれるかい?」
今はまだ商船として蒸気船を使う者は少ない。蒸気船にかかる燃料費を嫌うためだ。帆船のほうが燃料費がかからない分、運送費用が安くつくと、帆船派の船主たちは言う。
だがヨゼフの考えは違う。
たしかに帆船は燃料を必要としないが、その代わりに速度が天候や風向きに左右されるという大きな欠点がある。しかも悪条件が重なると、蒸気船との速度差は二倍どころか三倍以上にもなり得る。そうなれば、燃料代がかからなくとも船員の賃金という人件費がかさむ。
その上、蒸気船と比べると帆船のほうが、必要とする乗組員の数が多い。
だから長い目で見れば、実質的な費用差はそこまで大きくないと、ヨゼフは見ている。
加えて蒸気船の運航速度は、決して天候に左右されることがない。
したがって定期運航することが可能となる。正確な日程が組めるというのは、商売の上では必ず武器になるはずだ。
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