死の予言のかわし方

海野宵人

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後日談(オスタリア王国編)

消えた王族費の行方 (2)

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 ルートヴィッヒは、ロベールに向かって問いかけた。

「今なら戻っても、きっと歓迎されるだけじゃないかな。帰国してみますか?」
「いやいや。とても戻れる状況には聞こえないな」

 ロベールは首を横に振った。
 冤罪が晴らされたと言っても、今はまだそれだけだ。誰がどのような目的でこのようなことを仕組んだのか、肝心なことが全く解明されていない。

 世論はシャルルやニナの関与を疑っているようだが、ロベールはそれには懐疑的だった。あの二人は予言とその強制力に踊らされたに過ぎないと彼は見ている。だとすれば、黒幕は別に存在しているはずだ。それが誰だかわからない以上、うかつに生存を明かすべきではない。

 そう説明してから、ロベールはからかうようにルートヴィッヒに質問を返した。

「ご自分こそ、今なら生還を大歓迎されるんじゃありませんかね」
「いやですよ。やっと彼女と一緒になれたのに」

 ルートヴィッヒは即答で拒否し、とろけるような微笑みをアデールに向けた。
 アデールは頬を紅潮させながらも、困ったように微笑んでうつむく。そんな彼女を愛おしそうに見つめていたルートヴィッヒは、ふと目を細めてかすかに悲しそうな表情を見せ、ぽつりとつぶやいた。

「妹のことが心配ではありますけど、もう死んでしまった人間にはどうにもしようがありませんからね」

 その言い方は、気がかりな家族はもう妹しかいない、と言っているかのようだ。
 アデールはルートヴィッヒの横顔を気遣わしげに見やり、そっと手を伸ばして彼の手に重ねた。それに気づくとルートヴィッヒは彼女のほうを振り向き、うれしそうに目を細めて微笑む。

 アデールは彼の気分が浮上したのを見て安心し、話題を変えるべく口を開いた。

「みなさまは亡くなったとばかり聞き及んでおりましたが、どのようにしてこちらにいらっしゃったのですか?」
「船で」

 ヨゼフが愛想のかけらもなく端的に答えたのを聞いて、マリーは吹き出した。

「アデールさまは、そういうことをお聞きになってるわけじゃないと思うわ」
「差し支えなければ、いきさつをお話しくださいませんか」

 アデールも笑いながら言い直した。
 マリーがちらりと父ロベールの顔をうかがうと、父はうなずいて見せる。それを見て、マリーはそもそもの最初から話し始めた。ニナという少女が、伯父の指輪を持って屋敷を訪ねてきたところから。

 アデールは「未来を視る者」の伝承を知らなかったので、それについても説明した。
 王家にまつわる伝承なので、高位の貴族にしか伝えられていないのだ。
 最初は信じられないというような顔をしていたアデールも、話を聞くうちに伝承の重要性を理解したようだ。

 オスタリアから留学中だったリヒャルトが、ニナが「未来を視る者」だと気づいたこと。
 だがシーニュ国王は伝承を迷信と断じて、何も手を打とうとしなかったこと。
 リヒャルトとランベルトがマリーたちの味方となり、ニナから情報を引き出して知らせてくれたこと。
 ランベルトからヨゼフを紹介されたこと。
 ヨゼフの発案により身代わりの馬車を仕立てたこと。
 自分たちは船でオスタリアに亡命したこと。
 現在は家名をノイマンと変えて、平民として暮らしていること。

 ついでにルイの逃亡についても、話を織り交ぜた。
 王太子ルイがけがを負った後に死亡すると、予言されていたこと。
 ヨゼフが仲介役を務めてルイに情報を渡したこと。
 細心の注意を払っていたにもかかわらず、狩猟大会では実際に落馬したこと。
 でも事前準備のお陰で、たいしたけがにはならなかったこと。
 ルイもシーニュに見切りをつけ、死んだことにして逃げてしまったこと。

 話を聞き終わると、悲痛な表情を浮かべてアデールは深く息を吐いた。

「みなさま、本当に大変な思いをなさったのですね……。身代わりの馬車を御したかたは、ご無事だったのですか?」
「おかげさまで、このとおりでございます」

 マリーは振り返って、控えているマルセルを手で示す。マルセルはにこやかにお辞儀をして、アデールの質問に答えた。アデールは明らかにホッとしたように、肩から力を抜いた。

 このやり取りに、マリーは当時のことを思い出す。
 彼女たちがオスタリアのこの家に着いた後、マルセルの到着までどれほどやきもきしたことか。この亡命作戦は、マルセルが無事に到着して初めて成功したと言えるのだから。彼はマリーたちに遅れること五日後、馬二頭とともに、けがひとつなく到着した。

 安堵のあまり涙ぐんでねぎらいの言葉をかけるマリーに、マルセルはひょうひょうとこう言ってのけたものだ。

「やたら数だけ撃ってきたけど、一発たりともかすりもしませんでしたねえ。あの人たち、ちょっと訓練不足じゃありませんかね」

 何発も撃ち込まれたと聞いて、マリーは血の気が引く思いがした。だが当のマルセルは涼しい顔をしている。
 こんなマルセルだからこそ、銃撃を受けている中でも冷静に馬車と馬を切り離し、馬車だけ岸壁から落として逃げ延びることができたのだろう。御者のことは追っ手の眼中になかったらしく、馬車が落ちていくのを馬をとめて見ているばかりで、誰もマルセルを追ってはこなかったそうだ。

 ロベールからは事前に約束したとおり多額の報酬を渡したが、マルセルはシーニュに戻ろうとはしなかった。

「ヨゼフさまに執事長に取り立てていただく約束になっているので」

 執事長も何も、この家で執事は彼ひとりだけである。
 それでもマルセルは、自称執事長で満足しているらしい。いずれは人も増えていくだろうと、自信満々だ。何よりヨゼフの下で働けば退屈することがない、というのが彼がこの家に残ることにした一番の理由だった。

 そんな思い出をかいつまんでアデールに話して聞かせていると、マルセルはルートヴィッヒに向かって頭を下げた。そして、よりによってルートヴィッヒが一番忘れ去りたい出来事について口にする。

「あのときは締めすぎてしまい、大変失礼をいたしました。なにぶん、着せ付けはあれが初めてでございまして。あの後メイド長から手ほどきを受けたので、次の機会には完璧な加減でお支度できると思います」
「いや、次の機会なんてないから」

 謝罪の言葉を口にするマルセルに、ルートヴィッヒは少し焦ったような表情で早口に返した。もうこの話題はこれで終わりにしたい。アデールにはそれ以上聞かれたくない。そんな彼の気持ちなどつゆ知らず、アデールは無邪気に質問を発した。

「何を締めすぎてしまったんですか?」
「コルセットを」

 マルセルの答えを聞いて一瞬まばたきをとめたアデールは、ややあってからぎこちなくルートヴィッヒを振り返る。問いかけるような彼女の視線は、うつむいて片手で顔を覆ってしまったルートヴィッヒには届かなかった。
 ルートヴィッヒに代わって答えたのは、ヨゼフだ。

「王子さまは顔が知られすぎてるから、変装のために女装してもらったんだよ」
「ええ、それはもう本当に、腹が立つほどおきれいでしたよ」

 女装したルイがヨゼフに抱えられるようにして船に乗ってきたときのことを思い出し、いささか目を据わらせたマリーが横から口を出す。それを聞いたアデールは、何かを期待するような視線をルートヴィッヒに向けた。
 すると、マルセルがどことなくうさんくさい笑みを貼り付けて、ルートヴィッヒに向かって芝居がかったしぐさで一礼した。

「次の機会こそは、どうぞ安心しておまかせください」
「だから、次の機会なんてないってば」

 ルートヴィッヒは辟易した様子で胸の前で両手を振り、断固拒否する姿勢を見せる。それを見てアデールが吹き出したのを皮切りに、食事の席は笑いに包まれた。
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